16 拠点奪還⑤
エイセル島南海域。
潜望鏡を伸ばし水面ギリギリを航行する潜水艦が一隻、前方の水上艦を怪しく捉えていた。
ラーゼル型潜水艦“ラーゼル101”。隠し港より先行していた機動部隊所属の潜水艦である。
「――合図だ。部隊長はやる気だ。獲物は一隻の迷える子羊。かわいそうに。今から想定外の攻撃に晒され海の底に沈むとも知らずに」
レモンド率いる戦艦群が艦隊幅を広げたことを契機に、ラーゼル101艦長“アンドリュー”は魚雷装填の指示を下す。
これまで潜水艦は隠密性を活かし、単独の作戦行動が多かったが、機動部隊は水上艦との連携による艦隊運用を推進。一連の作戦に組み込むことで水上戦を有利に運ぶ手法を確立していた。
水上艦が敵艦の注意を引き付け、潜水艦が音もなく敵の側面や後方に回り込む。後はタイミングを見計らい敵艦を強襲。機動部隊では定石化した作戦行動である。
ラーゼル101も例に倣い、敵艦を強襲せんと魚雷発射の準備に取り掛かる。艦長アンドリューは無防備な敵艦の横っ腹を見て鼻を鳴らした。
潜水艦からの攻撃はもうすぐだろう。
敵艦の脇腹に水柱が上がる瞬間を待ちわび、レモンドは双眼鏡を覗く回数を増やす。
敵艦は僅かに一隻。
砲撃戦に持ち込んでも良かったが、念には念を入れるのが彼の美学だった。
「……ん?……ぶ、部隊長! 敵艦に動きあり! 上空めがけて何かを射出した模様!」
けれど、突然の報告に息を呑む。
「砲撃か!?」
「そ、それが何と判断したらよいか……」
要領を得ない回答に、レモンドは慌てて再び双眼鏡を覗く。
が、前方の敵艦からは白煙が立ち昇り、その先では正体不明の飛翔体が空に向かって滑空していた。
何の前触れもなく打ち上げられた小飛翔体。やがてそれは速度を鈍化させると空中で分裂する。後にパラシュートが開き海面に落下していった。
「奴らは何をやっている!?」
その純粋な問いに答えられる者は誰もいない。
一つ気付いた点があるとすれば、パラシュートの落下地点がラーゼル101の展開する海域と重なる点だった。
この奇妙な胸騒ぎは何だろう?
ラーゼル101のソナー員“トゲル”は数分前から続く呼吸の乱れを必死に押さえ付けた。
南の隠し港より出撃後、即座に当海域に展開。こちらに向かってくる一隻の異国艦を補足したまでは良かった。
当艦は隠密行動に優れた潜水艦だ。その特性を最大限に生かし今回も敵艦を沈める。それは既定路線と言えるだろう。
なのに、謎の胸騒ぎは治まる気配を見せない。
きっかけは少し前、敵艦が現れた直後に何かが海水面に投げ込まれる音を拾ったときから始まった。
きっと大きな魚が海面を飛び跳ねたのだろう。
そう自分に言い聞かせたが、以降呼吸の乱れが止まらない。どこか居心地の悪さを感じ背筋に寒気を感じる。
まるで誰かに見られているような嫌な感覚。己の感じた違和感を艦長に報告することも考えたが、根拠がないのでは藪蛇だろう。
トゲルは利き手で逆側の腕を何度も擦る。
早くこの悪寒が消えることを願って――
だが、その願いが叶うことはなく、
「――!」
刹那、やや離れた位置の海面から再び着水音が聞こえた。
先刻同様、また何かが放り込まれたのだろうか? それとも本当に魚の仕業か?
トゲルは再び葛藤に駆られるが、鼓膜を通して脳にインプットされる音が彼の顔を青色に変貌させる。
「かっ、艦長! 右舷前方よりスクリュー音を確認! 数2、距離1200、本艦に直進してきます! 間違いありません! これは魚雷です――!!」
「馬鹿なっ、なぜそんな場所から!? 別艦が潜んでいたのか!?」
艦長アンドリューは慌てて回避行動を指示する。
が、時は既に遅く
「ダメですっ、間に合いません! 直撃します!!」
「くそっ――」
突然現れた魚雷はラーゼル101の横っ腹付近で爆発。艦体は酷く損壊し直後に大量の海水が流れ込んだ。
海上自衛隊、第1水上戦群護衛艦すずつき。
エイセル島南海域より複数の帝国艦が東に向かっているとの報告を受け、現場に急行したのはあきづき型護衛艦の“すずつき”だった。
すずつきは目前に迫る戦艦群との対戦を見据え、まずは付かず離れずの距離を保っていた帝国潜水艦一隻を対潜用ミサイルにて撃破。その後に戦闘行動を対潜から対艦に切り替える。
「……敵潜水艦の破壊を確認。艦体が沈降していきます」
「了解だ」
「潜水艦にしてはやけに大きな音を立てる艦でした。わざわざ哨戒ヘリまで出して海面にソノブイを投下する必要はなかったでしょうか?」
「いや、警戒し過ぎるということはない。撃破した潜水艦は陽動で、別艦が存在する可能性も捨て切れないからな。前世界の技術も万能ではないことを肝に銘じておくべきだ」
すずつき艦長“岩代”はCICより、引き続き警戒を厳とするよう言い渡す。
「敵艦隊との距離は?」
「22000を切りました。残り2000で敵艦主砲の有効射程圏内に入ります」
敵艦の砲撃が開始されてもおかしくない。
その報告に岩代は頷くと、即座に前方艦への攻撃を指示する。
「水上戦群に接触させるわけにはいかん。敵艦はこの場で叩く! 攻撃よーい――」
岩代の指示の下、射撃員の指先が90式艦対艦誘導弾の発射ボタンに触れる。
「――発射」
刹那、指先を前に押し出すとけたたましい警報音が艦内に鳴り響き、直後に四連装発射筒二基より1本ずつ、計2本のミサイルが空中に解き放たれ、強力な推進力を以て天に飛翔する。
まさに実戦。
その一連の様子を、岩代は固唾を呑んで見守る。
遅い。あまりにも遅い。アンドリューは何をもたついているのか?
レモンドは双眼鏡を片手に足を小刻みに揺り動かす。
攻撃の合図は確かに送った。
いつもなら既に作戦行動に移っているはずだ。
なのに、なぜ何の音沙汰もない?
レモンドは不信感を募らせる傍ら、額に油汗を滲ませる。
「敵艦がさらに当艦に接近! 残り1500で主砲の有効射程圏に入ります」
「……よし、タイミングを図り砲撃を開始する。他艦にもそう伝達しろ」
「はッ!」
謎の焦燥感は消えないが、それを打ち消さんとレモンドは強気な姿勢を貫く。
敵は一隻、こちらは三隻。
分があるのは機動部隊であり、動じる必要は全くない。
それを自分自身に言い聞かせた。
けれど、直後に見張り役の水兵が叫んだ。
「部隊長! 謎の飛翔体がこちらに接近してきます! 回避行動を――」
怒号にも似た声が頭の奥を震わせるが、高速で迫る飛翔体はレモンドに考える暇を与えてくれない。
彼は急ぎ双眼鏡を覗くも、姿を捉えること叶わず、気付いたときには左右の味方艦が爆発に巻き込まれていた。
「本艦左舷の戦艦オーレム、並びに右舷のブラットノアが被弾――」
「オーレムの速力低下! ドメルマ艦長とも連絡がつきません!」
「ブラットノアのレーダー装置沈黙! 上甲板に火災発生! 艦橋にも被害が生じています!」
「い、今の攻撃は何だ!? 奴らは何をした!?」
上擦った声がレモンドの動揺を物語る。
彼は瞳を揺らし両艦に目を配った。
敵から攻撃を受けたのは間違いない。が、砲撃を受けたのではない。
第一、本艦主砲の有効射程圏にも入っていないことを考慮すれば、敵の砲が届くとも思えない。しかもあれだけ離れた場所から初手で両艦を打ち抜くなど熟練砲手でも困難だろう。
なのに、オーレムも、ブラットノアも今しがた甚大な被害を受けた。
それはつまり、敵が艦砲射撃とは異なる別種の攻撃手法を持っていることを意味する。
瞬間、レモンドの背中に冷たい汗が流れる。
彼は即座に撤退を叫ぼうとするも
「部隊長! 敵艦より再び飛翔体! 本艦に突っ込んできます――!!」
絶望的な報告が耳に届いた。
レモンドはハッとし、眼前に目を凝らす。
すると、今度は海面スレスレの飛翔体の姿を捉えることができた。その姿はまるで獲物を見つけた海鳥と同じ。
「ほ、砲撃だ! 砲撃せよ! あの得体の知れない鳥を撃ち落とせ!」
瞬間、レモンドが声を張り上げる。
戦艦“アレクシア”は迫る飛翔体を撃ち落とさんと主砲と副砲を問わず砲撃を開始する。
それでも水面上を高速で移動する飛翔体に命中することはなく、やがて飛翔体は突如として上空に方向を転換した。
「外れたのか?」と淡い希望を抱くも、海鳥が獲物を逃すことはなく、再びその軌道をアレクシアに向ける。
「――ッ……アルミナではないっ、決してアルミナなどではないっ、では私は、私は何と戦っているのだぁぁぁぁぁ!!?」
戦艦が爆炎に包まれる直前、レモンドは雄叫びを上げた。
けれど、その疑問に答えられる人間はやはりいなかった。
次回「拠点奪還⑥」




