15 拠点奪還④
第1水上戦群旗艦、護衛艦いずも艦橋。
F-35による敵航空戦力の無力化に成功したとする報は、即座に神戸の下に上げられた。
それを受け、神戸はエイセル島への地上部隊投入を決断。陸上自衛隊西部方面隊隷下の第8師団を中心とする編成部隊がエイセル島への上陸準備に取り掛かると同時に、水上戦群の各艦より次々に機動ヘリが飛び立ち、途中で複合部隊を形成したうえで東海岸に向かう。
決戦の狼煙は上がった。
後は制圧するのみ。
目まぐるしく動く状況に、いずも艦内は慌ただしさを増す。
そんな中、艦橋内ではどういうわけか二人の女性が言い争っていた。
「姫様おやめください! 本当にエイセル島に同行するおつもりですか!?」
「私は本気です! 私にはエイセル島での出来事を見届ける義務があると思うのです。今行動しなければ一生後悔することになります!」
「ですがっ、相手はあの帝国です! 万が一の場合、姫様の身にも危険が及ぶことになります」
「エルマ、どうか我儘を許して……例え危険だとしても、私はこの戦いを見届けねばなりません」
アリサはエルマに直訴する。
どこまでも真っ直ぐで淀むことのない瞳……
それはひとえにアリサの真剣さを体現していた。
「先程の戦闘機をあなたも見たでしょう? それだけではありません。私たちを助けた回転翼機といい、先程の戦闘機といい、ここには私たちが知らないことばかり。日本国の力を推し測るには我々が持つ常識では不十分なのです」
「……だから危険を冒してまでジエイタイに付いて行くと?」
「そうです。本当はあなたも気付いているのでしょう? この国の特殊性に――」
「……姫様が仰る通り、思うところはあります。ですがそれでも帝国に勝てるかどうかは別問題です。私の役目は姫様に降り掛かる厄災を払うこと。危険とわかっている場所にみすみす姫様を行かせる訳には――」
アリサの説得にもエルマは応じない。
お互いに譲れない信念があるが故のぶつかり合いだった。
けれど、そんな二人の喧嘩を見兼ねてか、シャトラドールが口を挟む。
「ほっほっほっ、人生において好奇心に勝るものはなし。帝国のお姫様は大変に勉強熱心でございますな」
「シャトラドール伯爵……まずは先程のご無礼をお許しください。日本国が帝国との戦争に踏み切った事実に動揺したとは言え、出過ぎたことを申し上げました」
「かようなことはお気になさらずとも良いのです。日本国を、そして日本国民を想ってのことと推察致します。己の意志は大事になさいませ。この先、大きな困難にぶつかったとき、磨かれた意志は最善の選択を導き出す糧となりましょう。ですが、時には部下の進言を受け入れることも大事。付き人殿の発言は純粋に殿下のご無事を案じてのこと。一度は救われた命、大事になさいませ」
大獅子の発言に、アリサは肩を落とす。
が、シャトラドールは次にエルマに視線を移すと、
「しかしながら、此度のエイセル島での安全は私が保証させていただきます」
と言い切った。
瞬間、アリサには笑顔が、エルマには困惑の表情が浮かぶ。
「このエイセル島は今後の二か国の力関係を示す場、東大陸情勢の縮図となりましょう。多分に見物するがよろしいかと」
そう言って、シャトラドールはエルマの正面に立つ。
「付き人殿もどうですかな? ここは我が老骨めの顔に免じて殿下の我儘を許してはくれませぬか?」
「そ、それは……伯爵閣下がそこまで仰るのなら……」
言い返す言葉もなく、エルマは小さく頷く。
その反応に、シャトラドールは微笑み、アリサは喜色を顔一面に広げた。
アリサはシャトラドールに感謝を示すと、正面切って一つの問いを投げ掛ける。
「シャトラドール伯爵にお聞きしたいことがございます」
「はて? この老骨めに答えられますかな?」
「先程、アルミナ大公国は日本国に対して多分なる支援を表明されておりましたが、我々が目にした戦闘機や艦艇を公国が日本国に供与した事実はない、そう思ってよろしいのでしょうか?」
確認の意味を込めた質問。
対してシャトラドールはゆっくりと頷く。
「殿下の推察通りでございます」
明確な回答を得て、アリサの手に一層の力が入った。
エイセル島、帝国軍西側軍事基地。
敵戦闘機が過ぎ去った基地内は依然火薬の臭いが立ち込めていた。
茫然と立ち尽くす者。当てもなく走り回る者。将兵たちは十人十色の反応を示すが、その中でひときわ大声を発するのがエイセル島駐留軍司令官“ベンゲル”だった。
「もたもたするなっ、早急に被害状況を報告するのだ!」
「どうやら被害は戦闘機の格納庫区画に留まっているようです。しかしながら滑走路を含む基地の航空施設は壊滅。対空レーダーも破壊され当基地の機能は著しく低下しています」
「――ッ……アルミナめ。好き勝手に暴れおって。今に見ていろ。その自慢の腕をへし折ってくれる」
ベンゲルはひどく激昂するも、さらなる報告が舞い込む。
「しっ、司令!」
「今度は何だ!?」
「西側軍港が敵潜水艦より攻撃を受けています! 港に停泊中の戦艦2隻、巡洋艦3隻、駆逐艦5隻が既に航行不能に――」
「待てっ、周辺海域にはジエルアーマ級駆逐艦やダジリス型潜水艦を配備していたのではなかったのか!? 海軍連中は何をやっている!?」
陸軍出身のベンゲルが悪態を付くも、警戒任務中の潜水艦は既に海の藻屑と消え、帝国屈指の索敵能力を誇る駆逐艦も敵潜水艦の存在にすら気付けなかった、その事実をベンゲルは知る由もない。
「加えて東海岸の監視班より報告、洋上に無数の艦艇を確認したとのことです! おそらくは敵船団と思われます。本島東海岸沿いに上陸の兆しあり――」
「――ッ……おのれぇ、正面切って上陸してくる気か」
本島奪還を見据えた地上部隊の投入。基地を爆撃された時点で可能性として考慮していたが、現実となった今、ベンゲルは大きく舌を打つ。
現状、公国の戦力は大幅に衰えているのは間違いない。加えて帝国軍の大部隊が公都“アルマニ”に迫るこの状況……
敵が本島奪還に戦力を割く意図がわからなかった。
「奴らめ、公都を捨ててまで何を狙っている? とうとう気が狂いおったか? だが、立ち向かってくるのなら引くわけにはいかん。東大陸の犬どもは蹴散らすまでだ! 至急部隊を招集せよ! 東海岸に移動し島の占領を阻止する! 奴らに意気揚々と島の土を踏ませるわけにはいかん。我らの恐ろしさを教えてやるのだっ」
天地が割れんばかりの怒鳴り声。
けれど、周囲の反応は薄い。
「で、ですが、もしまたあの戦闘機が現れたら――」
と一人の若者が口にする。
すると、ベンゲルは若い兵士に近寄り、己が所持する拳銃を兵の胸に突き立てると迷うことなく引き金を引いた。
パンと乾いた音と共に若者は倒れ、直に身体の動きが止まる。
「……帝国の恥さらしが――」
狂気の行動に、周囲が戦慄する。
敵の新型戦闘機は確かに脅威だ。
だが、あれほどの速力を誇る機体はエンジンへの負荷も相当なものだろう。故に長時間の軍事行動には不向きに違いない。例え厄介な相手だろうと、みすみす基地をくれてやる謂われはない。
ベンゲルはそう判断し、地上戦の決意を固めた。
一方、第13機動部隊を率いる“レモンド”は、軍事基地が爆撃されるや否や、南の隠し港に移動。敵船団が東海岸に迫っているとする情報を掴むと、戦艦3隻を率いてエイセル島東側の海に向かっていた。
決断力の速さは風のごとし。
駐留軍にはない機動部隊の身軽さを最大限に生かし、敵船団に奇襲を仕掛けるつもりでいる。
幸い、敵の目はベンゲルたちに向いているはず。十分に付け入る隙があると踏んでの行動だった。
敵も相応の戦力を用意しているだろうが、艦を一隻でも破壊できればそれでよし。
例え深い傷を負わせることができなくても、神出鬼没の機動部隊の存在は相当な脅威となるはず。
相手に手傷を与える前に退却する。そんな考えはレモンドにはない。
さらにエイセル島防衛の実質的な責任者はベンゲルなのだ。万が一に島が奪われたとしても広まるのは陸軍の無能ぶり。機動部隊の悪評は最小限に抑えられると判断していた。
「レモンド部隊長! もうすぐエイセル島の周回航路を外れます。敵船との接触も近いかと――」
「よし、各艦に臨戦態勢を厳命! 敵艦隊を捕捉後、距離が1万8000を切った時点で一斉に砲撃を開始する。一撃離脱、我ら機動部隊の戦い方をアルミナに見せつける」
レモンドの指示に多数の将兵が息まく。
士気の高さは駐留軍以上だった。
「前方に艦影っ、敵艦と思われます!」
「随分と早い接触だ。数は?」
「一隻のみ」
直後、エイセル島の島影から姿を現したのは見たこともない船だった。
アルミナの警備船か?
と、レモンドは双眼鏡を片手に口走る。
これまで何度となく公国の艦船を目にしてきたが、目の前の船は戦艦の形状から掛け離れており、どうにも奇妙と言わざるを得ない。
「各艦砲撃用意っ、まずは攻撃の意志を示し、敵の注意を引き付ける!」
ただし、レモンドは攻撃の姿勢を崩さない。
警備船か、輸送船か、その正体は判別できないが、今はそんなことはどうでもいい。
相手の船もこちらの存在に気付いているはず。それでも停船せずに接近するのは明確な敵対行動に他ならない。
レモンドは自隊に艦隊幅を大きく取るよう指示を出す。
それが水中に潜む味方艦への合図だった。
次回「拠点奪還⑤」




