14 拠点奪還③
第1水上戦群旗艦、護衛艦いずも甲板。
耳をつんざく警報音と共に登場した鉄塊に、エルマは度肝を抜かれた。
「……あれが戦闘機なのか……???」
本来あるはずのプロペラはなく、機首先端は魔女の鼻のように尖っている。
主翼は機体の中央後方に取り付けられ、一見するとアンバランスとしか思えない。
帝国のレシプロ機に比べると、機体形状は“歪”と表現する他ない。
「我が国が所有するステルス多用途戦闘機“F-35ライトニングⅡの垂直・短距離離着陸型”です。通常は“F-35B”と呼んでいます。まずはその機体形状に驚かれるでしょうが、各国が所有するレシプロ戦闘機との違いは、なんと言ってもエンジン機構です。従来型のレシプロエンジンに比べ、大出力を得ることが可能なジェットエンジンを搭載。爆発的な推進力の恩恵により飛行速度はレシプロ戦闘機を大幅に超過します。機体形状はあくまでも副産物とお考えください。音速をも超える飛行速度に適した形状があの姿だったに過ぎません」
「おっ、音速を超える!? 馬鹿を言うな!? それほどの出力をどうやって出す!? 機体や人体が超音速の負荷に耐えられはずが――」
エルマは居ても立っても居られず反論するが、アリサが止めに入る。
疑っても仕方がない。決めたのだ。まずはこの目で見届けると――
やがて甲板上に出現した戦闘機は轟音を響かせ始める。
レシプロ機とは明らかに異なるエンジン音、鼓膜を揺さぶる甲高い音が身体の奥を震わせる。
“F-35B”と紹介のあった機体は、やがてコックピット真後ろの吸気扉を開放すると次第に加速を始めた。
あまりにも滑らかな滑走。甲板が途切れる瞬間、アリサは「落ちる!?」と思ったが、機体はみるみる上昇に転じ、あっという間に天空に消えていく。
「私は夢を見ているのでしょうか……」
アリサの心が揺れ動く傍ら、戦闘機は次々に大空に飛び立っていく。
彼らの狙いは島西側の帝国軍駐留基地に併設された滑走路や戦闘機格納庫であり、爆撃によって敵航空戦力を無力化するという重大任務を負っていた。
「神戸司令、そろそろFICに移動を」
「結構だ、東艦長。ここにいた方が広い海を一望できる」
「ですが万が一の場合に危険では?」
「どのみちワシはエイセル島の上陸部隊に同伴し地上から指揮を取る予定だ。知っての通り、この神戸は陸自出身でな、海上よりも地上を好む。悪く思わんでくれ」
「……わかりました。ですが全ての作戦が終わった暁には再び本艦に乗艦ください。日本への帰還道中は司令の好きな焼酎を用意しましょう」
東は盃を煽るジェスチャーを披露する。が、
「気遣い感謝する。だがそれには及ばんよ」
「なぜです?」
「帰りの焼酎は空自に用意してもらう予定だ」
東は思わず笑った。
北―東大陸間海域、現帝国軍占領地“エイセル島”。
島の西側に存在する軍港からほどなくして、なだらかな丘陵地の間を縫うように帝国軍の駐留基地は設置されていた。
立ち並ぶ倉庫、付設の滑走路、丘の上には対空レーダーと高射砲が散在し、空に睨みを利かせている。
アルミナ討伐が始まって以降、帝国軍は次々に軍事物資を同島に搬入。東大陸への中継地点として重宝しているが、現状、荷物はただただ増える一方だった。
背景には“北方制圧部隊”の侵攻遅延が影響しているわけだが、溜まりに溜まった荷物は次第に基地内区画を占有。中には屋外に放置され雨ざらしとなる物資もある程だった。
「あ~あっ」
「こらっ、欠伸なんてだらしない。ベンゲル司令に見つかったらドヤされるわよ?」
「仕方ないだろ? 明け方近くまで物資の搬入作業をしてたんだ。ほんとは今日は非番だったんだぜ? ベンゲル司令、部下を好き勝手にコキ使ってさ。どーせ出世のことしか頭にないんだ」
青年“アルク”はあからさまな不平不満を口にする。
隣には医療腕章を右腕に付けた女性“レイ”が歩調を合わせるが、彼女は焦ったように周囲の様子を窺った。
「アルク、お願いだから注意してよ。今の話を誰かに聞かれたら、上の文句を言うなんて軍の規律を乱す不届き者だって、懲罰だけじゃすまないかもしれないのよ?」
アルクは「はいはい」と生返事。
レイは大きな溜息を吐いた。
幼馴染の彼らがこうして基地で顔を合わせたのは今から1年前だった。
アルクは一般兵として、レイは従軍看護婦として、東大陸紛争に参加。どちらも相応な身分の家柄であり、親も軍関係の仕事に従事するだけに、二人とも戦地に赴くことに抵抗はなかった。
「こんな何もない島で毎日物資の受け入れなんて、みんなよく頭がおかしくならないな?」
「それが仕事だもの。アルクももっとマジメに働いてもいいのよ?」
「やってるさ。でもこうも代わり映えしないんじゃ嫌になるぜ。神様は不公平者だ」
「きっと日頃の行いよ」
「言ってろ!」
アルクは憤慨するが、レイは楽しそうに笑った。
小さい頃から無鉄砲で飽きっぽい性格のアルク。そんな彼の一番の理解者だったレイ。
二人とも戦争中は会えないことを覚悟していたが、神様の巡り合わせか両者は派兵地で再び顔を合わせることになった。
「またお前と一緒かよ」とアルクは辟易していたが、レイは自分の目の届く範囲にアルクがいることにどこか安心感を抱いている。
「……レイ? 今少し笑ってなかったか?」
「えっ、そう? アルクの見間違いでしょ?」
「そんなわけあるか! 教えろよ。司令の弱みでも知ってるのか?」
「そんなわけないでしょ。私は諜報員じゃないのよ?」
とりとめのない日常会話。気心知れた二人の時間が過ぎるも、いつしかアルクが周囲の異変を感じ取る。
彼は突然立ち止まり、不意に空を見上げた。
「アルク? どうしたの?」
「……何か聞こえないか?」
「え?」
レイは首を傾げる。
そんな彼女を視界の端に、アルクは遠く東の空を見つめた。
同島、帝国軍西側軍事基地。ダングラス宿舎1階中央司令室。
緩やかに進む時計の秒針を横目に、エイセル島駐留軍司令官“ベンゲル”はブランデーの入ったボトルを傾けた。
同室には追加戦力として派遣された帝国第13機動部隊長“レモンド”が控えるが、顔を赤らめる司令官の姿に嫌味な顔を隠さない。日々の定例会議のために宿舎を訪れたが、あまりに緊張感に欠ける雰囲気に、彼はあからさまに舌打ちをする。
「おやおやどうしましたかな? 機動部隊長殿は本日は大変に機嫌が悪いと見える」
と、そこにベンゲルが顔を赤らめたまま嫌味を口にした。
帝国軍は陸・海・空の三軍に加え、別途機動部隊なる組織で構成される。もちろん機動部隊トップも全権代であり、細分化された部隊編成によって多種多様な任務を熟す、それが本来の役割だった。
しかし、既存部隊との任務の棲み分けは不明確ということもあり、陸海空上層部からは「雑用部隊」などと揶揄されることが多い。
そして、それはエイセル島でも同様だった。
「――ッ……どうもこうもない! まだ日が高いというのに何だこの体たらくは!? 駐留軍の醜態は目に余る!」
ベンゲルは高らかに笑う。
「気が小さいことだ。もっとどっしりと構えていたらどうか。それとも貴公は公国がこの島を奪還しに来るとでも思っているのか?」
「可能性はゼロではない。我々機動部隊は不測の事態に備える役目も負っている。駐留軍も気を入れ直したらどうだ!?」
「フンッ、帝国の東大陸平定はもはや時間の問題よ。レモンド殿は心配性をこじらせ、臆病風に罹り始めたと見える」
「何だと!?」
ベンゲルとレモンドの口論は激しさを増す。
だが、それを止める人間は誰もいない。
理由は二人の対抗心剥き出しのやり取りが今日に始まったことではないからだ。
周囲は“いつものこと”とでも言うように、素知らぬ顔で任務を続ける。それがここ、エイセル島の日常だった。
けれど、いつだって日常は唐突に崩れ始める。
「ベンゲル司令!」
「何だ? 些細な報告なら後にしろっ」
「で、ですが、先程からレーダーに異変が生じており、一応のご報告をと思い――」
防空レーダーの監視員は上階から中央司令室に入室し戸惑う様子を見せた。
内容は数分前からレーダーに不調が見られるというもの。瞬間的に白色画面に切り替わったかと思えば、以降は電源が落ちたように真っ暗となり、復旧の兆しが見えないという。
「ええい、故障か何かだろう。そんなことで俺を呼ぶんじゃない」
ベンゲルは整備班に見てもらうよう指示する。
しかし、そう指示したのも束の間、今度は基地全体を騒々しい警報音が包み込んだ。
さすがのベンゲルも顔を歪め、慌てた様子で立ち上がる。
すると、一人の帝国兵が息を切らしながら中央司令室にとび込んだ。
「敵襲ぅぅぅ、敵襲です! 東より複数の戦闘機が出現! 当基地に接近しています――!」
「何だと!?」
ベンゲルは顔を驚愕の色に染め、持っていたグラスを投げ捨てる。
そうして足早に宿舎外に出ると青い空を仰ぎ見た。
遠くに複数の黒点が確認できる。
「――ッ……なぜここまで接近を許した!? 見張りは何をしていたのだ!?」
ベンゲルは所構わず周囲の人間を叱咤する。
が、直前にレーダーに異変が生じたとする報告を思い出し唾を吐き捨てた。
――くそっ、こんなときにレーダーの故障とは付いてない。
ベンゲルは拳を握り締める。
とにかく今は敵戦闘機に対処しなければいけない。
けれど、高速で接近する敵戦闘機を前に時間の猶予はないに等しい。
止むことのない警報音に、散発的な高射砲音。
時計は刻一刻と秒針を刻み、やがてダングラシス宿舎の上空に複数の戦闘機が飛来する。
刹那、基地の一角から赤々とした火炎が立ち昇った。
「退避ぃいいい。防空屋に避難しろ!」
「いったいどこから現れたんだ!?」
「監視班からの連絡はなかったぞ!?」
爆発は基地の一角に集中しているが、突然の爆風と轟音が駐留軍の焦りを助長する。
空に伸びる黒煙は留まることを知らず、基地内は一瞬にして阿鼻狂乱の様相を呈した。
帝国歴821年。
エイセル島を巡る日本国と帝国の衝突は、日本の奇襲が成功し、帝国の航空戦力に大打撃を与える結果となる。
日本国所有の戦闘機“F-35B”10機は西側軍事施設内に敷設された5本の滑走路と50を超える戦闘機、及び格納庫を爆撃。加えて基地近郊に設置されたレーダー塔の破壊にも成功する。
斯くして、エイセル島を巡る両国の攻防は始まったのだった。
次回「拠点奪還④」




