13 拠点奪還②
第1水上戦群旗艦、護衛艦いずも。
かつてヘリコプター空母として建造された“いずも”だが、現在は戦闘機搭載可能な正規空母に姿を変え、エイセル島奪還作戦に同行。艦隊司令部もまた当艦に設置されていた。
アリサたちは長谷川の案内によっていずも艦内に通される。
狭くも清潔感のある通路を進み、人が集まる区画に到達すると、そこには見たこともない多数の電子機器が並んでいる。機械に詳しくないアリサだが、整然とした空間に立っているとまるで近未来にいるような感覚を受ける。
エルマは日本国を指して外界国独自に発展したに過ぎないと発言したけれど、これが本当にその姿だろうか?
「ほっほっほっ、これはお懐かしゅうございます。女性皇族が一人、帝国を抜け出し保護されたと伺っていましたが、よもやあなた様だったとは。再びお会いすることが叶い光栄の極みにございます、殿下――」
と、そこに一人の老人から声を掛けられる。
青い軍服を着用していることから公国の軍人なのは間違いない。
しかも躊躇なくアリサに近づくため、エルマが不意に身体を割り込ませる。
「止まれっ、まずは名を名乗るのが筋だろう」
「あなたは確か……」
目の前に立つ白髪の老人を見て、アリサはどこか見覚えがあるようだった。
はて、いったい何時どこで会っただろう?
確か帝国内ではなかったと思う。小さい頃、国外の、とても格式高い場所で会ったような……
「ほっほっほっ、思い出せないのも無理はありません。アルゲンハイム中央会議以来ですからな。あのとき、殿下は確か九つ程だったかと」
いくつかのキーワードを伝えられ、アリサは記憶の糸を手繰る。
四大国に加えて内界有力国が一堂に会する中央会議、それがアルゲンハイム中央会議だ。
あの場にいたということは相当高貴な方だろう。
如何にも品格のある話し方、存在感ある立ち姿、そして公国の軍服。
ああ、そうだ、この方は確か……
瞬間、アリサに衝撃が走った。
「――ッ……挨拶が遅くなったご無礼をどうかお許しください。シャトラドール伯爵!」
想像もしていなかった人物の登場に、アリサは息を呑む。
「……シャっ、シャトラドール伯爵!? まさかっ、東大陸の大獅子と謳われたあのシャトラドール卿なのですか!?」
けれど、アリサ以上に動揺したのがエルマだった。
目の前の人物を一端の老人と見ていただけに、驚きはアリサよりも大きい。
「ほっほっほっ、このような美女にまで名が売れていようとは。私もなかなかに隅におけませぬな」
シャトラドールは愉快そうに笑うが、アリサたちは気が気でない。
なにせ、目の前の御仁はアルミナ大公国の支配者“ファスティール大公家”筆頭騎士団長にしてアルミナ正規軍の副参謀。つまりは大公家の最側近にしてアルミナ正規軍の実質的ナンバー2に該当する人物なのだ。
そんな大物が一外界国の船に乗艦しているなんて誰が予想できるだろうか。
あまりに唐突な再会に、アリサはその蒼い瞳を大きく揺らす。
「シャトラドールさんは神戸司令に?」
「如何にも。本国から連絡が入りましてな、それを司令官殿にお伝えしたところです」
けれど、そんなアリサたちを他所に、あろうことか長谷川がシャトラドールと平然と会話を始めてしまう。
長谷川の気さくな性格はここでも健在。確かに先程はそんな彼女の態度に救われたが、この場では肝を冷やす原因にしかならない。
なぜなら相手はあのアルミナ大公国の大貴族、東大陸にこの方ありと称された御仁なのだ。何らかの失礼があり、機嫌を損ねようものなら、即刻国家間の争いにも発展しかねない。四大国のトップ層を相手にするというのはそれくらいの覚悟が強いられる。
この世界に生まれた者ならば誰もが知る常識だ。
なのに、長谷川はお互いの立場は対等だと言わんばかりに大獅子と接する。
一外界国の一外交官が取っていい態度ではない。
アリサは呆気に取られ、二人のやり取りをただ眺めることしかできなかった。
「ようやく日本国が帝国との戦争を決断されたのです。我らアルミナ大公国はもろ手を挙げて支援させていただきます。その意思を表明するためにも私はこの場に馳せ参じた次第。本国に戻られた際には、どうかその旨を大道総理にもお伝えください」
「承知しました。アルミナの意志が固い旨、官邸にも報告させて「今何て――?」
長谷川とシャトラドールの会話、その途中で凛とした声が差し込まれる。
長谷川は声の主に視線を向けるが、そこにはアリサが顔を蒼白にして立っていた。
「アリサ殿下?」
「……今の話は……それは本当なのですか……?」
「と申されますと?」
「日本国が帝国との戦争を決断したという話です――っ」
鋭く尖った声音と険しい表情。
一変するアリサの雰囲気に、長谷川は事の重大性を認識する。
そして、まずは真実を伝えるのが重要だと判断し、彼女の質問には「事実です」と端的に答えた。
「お伝えするのが遅くなった非礼をまずはお詫び致します。日本政府は東大陸北方地域の国家間紛争、つまりはアルミナ大公国とルイファラリス帝国の武力衝突について、アルミナ大公国に代わって戦線を受け持つことを決断致しました。よって、北方地域ではアルミナ大公国の支援を受けつつ、我が国の軍隊、自衛隊が帝国軍と対峙、敵対行動を取ることになります」
アリサは絶句する。
日本国がアルミナ大公国に代わって帝国と戦争する? 戦線を受け持つ?
意味がわからない。冗談でも笑えない。
あまりの荒唐無稽な話に、アリサの思考が乱れる。
「て、帝国と戦争をする? そんな……まさか……本気で言っているのですか?」
「はい、全て事実です」
「なんて愚かなことをっ、相手はあの帝国なのですよ!? わかっているのですか!? あの国がどれほど強大で、どれほど冷酷な意志を持つのかを。外界国がどうにかできる相手ではありません。それこそ兵や民を無駄死にさせるだけです! 下手をすれば国の消滅すら有り得るかもしれない――っ」
アリサは叫び、瞳を大きく揺らした。
そんな鬼気迫る迫力に、周囲は釘付けとなる。
エルマは主君を落ち着かせようと傍らに寄りそうも、当の本人も日本国が帝国と事を構えると聞いては冷静ではいられない。
「――まさかっ、この艦隊の目的は!?」
「想像の通りです。対帝国戦の第一段階として、まずは重要拠点であるエイセル島を奪還致します」
「無茶です――っ」
「エイセル島は開戦当初から帝国軍が占領中だ。東大陸平定の足掛かりとして相応の戦力が駐留しているはず。島の防備は堅牢。周辺海域には多数の船舶が警戒任務に当たっている。そんな海域に近づこうものなら生きて帰れる保証はないぞ――!」
「それは百も承知しています」
エルマの説明にも、長谷川は即答する。
その返答に、アリサは首を振る。
「どうか無謀な戦いはおやめください! シャトラドール卿も考えをお改め下さい――!!」
「……ほう? 殿下は何をご指摘ですかな?」
「日本国の決断の背景にはアルミナの意向があるのでしょう!? 公国の要求を日本国は断り切れなかったと推察します。日本国が帝国と戦争をする。そこに何の意味がありましょう!? もちろん公国の危機的な状況は理解しています。ですがっ、勝てないとわかっていながら多くの兵や民の命を犠牲にすることに何の得がありましょう!? どうか、どうか、公国には賢明な判断をお願いしたいのです――!!」
不肖な小娘の言い分をどうかお聞き届けください、とアリサは言い放った。
年端も行かない娘だが、その物言いには帝国皇女としての風格が垣間見える。
シャトラドールは厳しくもどこか温和な表情で彼女を見据えると
「……殿下の日本国を想う気持ち、大変に感動致しました」
そう静かに語り始めた。
「ではっ」
「ですが、殿下は一つ勘違いをされているようだ」
「……勘違い?」
「如何にも。日本国はルイファラリス帝国との戦争を決断した。それは厳然たる事実でございます。ですが、それは我が国が強制したからでは決してない。むしろ我々は日本国に要請する立場に過ぎません」
「……要請? 公国が日本国に助けを求めたとそう仰るのですか?」
それはつまり、アルミナが一端の外界国に頭を下げたことを意味する。
そんなことがあり得るのだろうか? いいや、あるわけがない。
けれど、アリサの疑念に反して、シャトラドールはゆっくりと頷く。
予想外の返答に言葉が詰まる。情報の整理が追い付かず、どんな言葉を発していいかもわからない。
一方でそんなアリサを見兼ねたのか、シャトラドールは助け船を出すべく、艦橋の奥に佇む人物に語り掛けた。
アリサの視線が釣られて動く。
「日本国は大変に幸せものだ。このような美女にお国の心配をされているのですからな。神戸殿、此度の勝負、負けるわけにはいきますまい。日本国のお手並、しかと拝見させていただきますぞ?」
「……まったく無駄口を叩きおって。我々は如何なる場合でも最善を尽くすのみだ。それに北方戦線は引き受けたとはいえ、アルミナには王国との南の戦線が残っていよう。北の敵は退けたが南は突破されたでは示しがつかんぞ」
「これは手厳しい」
シャトラドールは苦笑する。
アリサは東大陸の大獅子に嫌味を放った人物を注視する。
けれど、そこに立っていたのは背中の丸まった老人だった。
シャトラドールが敬称を付けて呼ぶことから相当位の人物であるはずだが、さっきまで存在にすら気付かなかった。
老人はこちらを振り返ろうともせず、ずっと遠くの海を眺めている。
「……あ、あなたは――」
自然と口を突いて出る疑問。
けれど、その声は別な声に掻き消されてしまう。
「神戸司令! 今しがた“そうりゅう”より報告が。エイセル島周辺海域に展開する帝国潜水艦2隻を撃破したとのことです」
「ついに始まったか……」
「“そうりゅう”はエイセル島を迂回、予定通り西側軍港を目指し移動を始めています」
「あいわかった! “そうりゅう”後方に控える“せいりゅう”に連絡を。これより本艦隊も敵勢力圏に入る。ミラルザ諸島からエイセル島までの航行路に対して警戒任務に当たるべし。必要があれば敵艦を撃破しても構わん。そう伝えてやってくれ」
「了解」
神戸の指示の下、隊員の一人がアリサの近くを通過する。
風に煽られ髪が揺れるが、それは心も同様だった。
日本国と帝国の間で戦闘が始まっている?
さらに報告によれば、日本国の潜水艦が帝国の潜水艦を撃破したと言う。
きっと局地戦には違いないけれど、エイセル島攻略の前哨戦で日本国が帝国に勝利した。
その事実にアリサは動揺を隠せない。
「機関全速。針路をエイセル島へ。同時に艦載機発艦の準備を。まずは敵航空戦力を叩く!」
神戸の指示が契機か、艦橋内の士気が上がる。
アリサの鼓動が急速に速まる。
「……長谷川さん」
「はい?」
「申し訳ありませんが、もう少しだけ日本国への移動を待ってもらえませんか?」
「ひっ、姫様!? 何をお考えですか!?」
「私はこれからエイセル島で起こることを見届けるつもりです。そうしなければこの心は納得しません」
日本国と帝国。
両者の力がぶつかった先にある結末……
きっと目の前の出来事はごく一部に過ぎなくて、事の全体像を把握するにはまだまだ時間が掛かるのだろう。
けれど、知らないわけにはいかない。知ることを躊躇ってはいけない。
本は読み始めなければ終わらない。
「嬢ちゃんも物好きだな。日本人でいうところの成人にも満たないだろうに。だが根性が座っとる。その心意気や良し。己の信念は大事にせんといかん」
アリサは神戸の背中を見つめた。
小さく丸まった背中だが、この老人は私よりもずっと遥か先を見通しているのだろう。
そう思った。
次回「拠点奪還③」




