12 拠点奪還①
北―東大陸間海域に存在する島“エイセル島”。
どちらかと言えば東大陸寄りの位置にあることから、永きに渡ってアルミナ領として活用されてきた島である。
けれど、東大陸紛争が始まって以降は帝国軍に占領され軍事物資の中継拠点として重宝される。現在は軍港や滑走路が再整備されるなど、次第に帝国領としての色合いが増していた。
そんなエイセル島だが、日本政府がアルミナ大公国の公都防衛より優先したのが本島の奪還だった。
東大陸北方地域の防衛を俯瞰した場合、島の地政学的重要性から早期に奪取する必要があると判断したからである。
エイセル島を取り戻すことができれば、北方全域に目を光らせ帝国軍を牽制することができ、北―東大陸間海域における物資供給ルートを限定させることも可能となる。
以上の点から内閣官房に設置された“広域作戦統括本部”は島奪還を最優先事項に組み込み、日本政府もそれを了承。相応の戦力をエイセル島及び周辺地域に送り出した。
北―東大陸間海域、エイセル島近海。
光の届かない海中を悠々と1隻の潜水艦が航行していた。
ダジリス型潜水艦“ダジリス105”。帝国海軍が誇る最新鋭艦である。
「静かなものだ。かつて公国としのぎを削った海域だと言うのに、これでは張り合いがなくてかなわん」
ダジリス105艦長“ポルドフ”の冗談に、同胞が笑い声を上げる。
艦内に緊迫感と呼べるものはなく、誰もが海の散歩を楽しむかのような心持ちだった。
こうなった理由は、アルミナ船、つまりは敵艦がいないためである。
歴史上、両国間で激しい争いが繰り広げられた本海域だが、最近では公国艦船の姿は鳴りを潜めている。その理由を艦長含む乗組員たちは、敵が帝国の勢いに押し負け、周辺海域から離脱した結果だと受け取っていた。
「聞くところによれば、我が軍の上陸部隊は公都制圧まであと一歩とのこと。公都を陥落させ、東大陸北方地域の制圧も完了すれば、北―東大陸間海域は帝国の庭になるも同然です」
「素晴らしい。誠に素晴らしい。次の航海では菓子職人を同行させ、海の中で茶会でも開くとするか」
ポルドフは軽い冗談を連発。副長も後に続く。
帝国が盟主として世界の海に君臨する。
それはもはや規定路線と思われ、疑う者など艦内には誰もいない。
「……艦長、少々速度減願います。前方の音が聞き取りづらくなっています」
「どうした? 敵か?」
冗談のつもりで口にした言葉だったが、ソナー員は返答せず、依然口を堅く結んだままだった。
ポルドフは速度を緩めるよう指示し、ソナー員の反応を待つことにする。
どうせクジラか何かだろう。
本海域での敵艦との遭遇。
可能性としてはゼロではないが、ポルドフは有り得ないと高を括っていた。
だが、ソナー員は慌てて大声を上げる。
「前方にスクリュー音! 間違いありません! 潜水艦です! 距離4500!」
「何だと!?」
ポルドフの声が艦内に響く。と同時に閉鎖的な艦橋に動揺が走った。
「アルミナ船か!? 友軍の可能性は!?」
「今まで聞いたことのない音です。帝国艦である可能性は極めて低いかと――」
「なぜもっと早くに探知できなかった!?」
待ち伏せをされた。
最悪の可能性が脳裏を過る。
「申し訳ありません。発信元が通常では考えられない深度だったため、潜水艦とは断定できず……」
ソナー員はそう言って額を拭う。
ポルドフは片方の瞼をヒクリとさせる。
音の発信源が考えられない深さから?
何を馬鹿なことを言っている。我々が乗艦するのは帝国最新鋭潜水艦“ダジリス型”。最先端の動力機構と強力な攻撃能力を兼ね備え、190メートルもの潜水限界深度を可能にした、まさに海の覇者と呼ぶに相応しい艦なのだ。
そんな世界最高峰の潜水艦ソナー員が相手の艦を指して「有り得ない深度」などとなぜ言える?
我々の艦よりも深く潜れる艦など世界には存在しない。
そんなことは少し考えればわかることだろう。
ポルドフは帝国海軍が誇る最新鋭艦に絶対の自信を見せる。
故にソナー員の報告は受け入れ難いものだった。
「――ッ、敵艦より注水音を確認!」
「やり合うつもりか!? 良かろう! 出力最大! 総員戦闘態勢に移行せよ――ッ」
「敵艦が魚雷を発射! 数2! 本艦に直進してきます!」
「この距離からだと!?」
ポルドフは驚くと同時に安堵の感情を滲ませた。
潜水艦と海上艦との対戦ならまだしも、潜水艦同士の対戦は厄介を極める。海中を三次元的に移動する相手艦を捕捉し魚雷を当てるは至難の業。
故に通常は相手との距離を限界まで詰め、命中率を上げるのが対潜水艦戦のセオリーであり、それが潜水艦乗りとしての常識だった。
しかし、相手は4000メートルも離れた距離から魚雷を撃ってきた。
こちらが突っ立っていれば話は別だが、大型スクリューによって高速走行を可能にしたダジリス型潜水艦に当たれと言う方が無理な話である。
敵艦の存在には意表を突かれたが、取り乱す必要は何もない。
戦い方からして相手は経験不足。
潜水艦乗りとしての腕は未熟。
ポルドフは敵の勇み足の行動から戦闘の不慣れさを感じ取り、同時に勝利を確信した。
「機関全速! 取舵一杯! まずは相手の攻撃を交わす! その後の反撃に備えて1番から6番管に魚雷を装填せよ!」
ダジリス105は速度を上げながら大きく左に舵を切る。
冷たい海中を黒き塊が突き進む。
「相手艦の位置を再度確認せよ! 艦首を敵艦へ向けるのだ。今度は当艦から仕掛ける。潜水艦乗りとしての格の違いを見せつけてやれ! 1番、2番、魚雷発射ヨーイ」
ポルドフは自信に満ち溢れた表情で攻撃命令を下した。
そんな中、ソナー員の上擦った声が意気軒昂の空気に水を差す。
「――ッ……艦長! 敵の魚雷を振り切れていません! 引き続き本艦との距離を詰めています――ッ」
「なっ、何だとッ!?」
まさかの報告に一同の呼吸が止まる。
とりわけポルドフは血色のいい大顔を豹変させ、口をわなわなと震わせた。
「そっ、そんなはずがあるか!? 魚雷が当艦を追尾したとでも言うのか!?」
「――ッ……なおも本艦に接近! 直撃します!!」
「待てッ! 嘘を言うな! そんなデマカセ、俺は信じんぞォオオ!!」
瞬間、海中に鈍く大きな爆発音が鳴り響く。
帝国最新鋭潜水艦ダジリス105は北東海峡にて海の藻屑と化した。
同エイセル島近海。
日本国海上自衛隊そうりゅう型潜水艦“そうりゅう”。
緊迫感に包まれた艦内では、艦長“山名”がソナー員からの報告を神妙な面持ちで聞いていた。
「艦体破壊音を確認。そのまま海底に沈降していきます」
「……そうか。索敵されることを前提に動いていたとは言え、5000メートル弱で気付かれるとは……。探索技術の恩恵か、それとも腕利きのソナー員がいたか……」
ただし、誘導魚雷への対応は明らかに誤っていた。
それが直接の敗因だろう。
あっけないと言われればその通りだが、戦争の口火を切るであろう戦闘行為。
山名は複雑な心境だった。
「撃沈した敵艦後方より別の潜水艦! 距離7000! 急速に当艦に近づきつつあります」
「戦闘前に捕捉した艦に間違いないか?」
「はい。同一艦かと」
「なら音紋は取得済みだ。3、4番魚雷に相手音紋をインプット。気を抜くなよ。一つの気の緩みが致命傷に繋がる。それが海の戦いだ」
再び姿を見せた帝国海軍の潜水艦はそうりゅうとの距離を次第に詰め、明らかな敵対行動を取り始める。
やがてある程度の距離が詰まったところで2本の魚雷を解き放った。
「敵艦が魚雷を発射! 数2! 本艦に接近してきます!」
誘導魚雷を所持する可能性は極めて低い。
それが事前に山名に周知された情報だった。
加えて先程の敵艦が見せた魚雷に対する退避行動。あれはまさにホーミングの概念を持たないことを表している。
この世界の技術水準は極めて歪だ。大陸圏諸国、とりわけ四大国を中心に産業技術や軍事技術は発展を遂げている一方、外界国は未だ帆船や馬車が現役な国も多く、文明レベルは大陸圏から離れれば離れる程に低下が著しい。その大陸圏とて、四大国とそれ以外とでは技術水準に開きがあるのが現実であり、一概に定義するのは難しい。
そして潜水艦技術に絞れば、帝国はこの世界では突出している。どの国よりも先んじていると言っていいだろう。ただし、その帝国ですら前世界で言うところの1930年代後半水準であるのはまず間違いない。
それらの情報も鑑み、山名は機関をフル稼働するよう指示を出した。
「魚雷は直進で来る。機関全速! 面舵一杯! 敵魚雷の到達予想範囲より離脱する――」
そうりゅうは方向を転換、激しい水のうねりをつくり出しながら冷たい海中を突き進む。
「敵艦がさらに魚雷を発射! 数2! いずれも直進してきます!」
1回目の攻撃で艦を移動させ、移動先めがけて2回目の攻撃を仕掛ける。
おそらくは第3波、第4波の攻撃まで視野に入れているはず。
少々離れた位置から打ってきたのも、直前の味方艦の撃沈を考慮して安全策を取ったのだろう。
山名は相手が手練れの潜水艦乗りであることを感じ取る。
「敵は相当実戦慣れしているな」
油断こそ命取り。
そう肝に銘じ、己の気を引き締める。
「ダウントリム10度。急速潜航開始。敵魚雷の圧壊深度まで潜航した後に反撃に移る」
そうりゅうは光の届かない海の底めがけて潜航。
帝国の潜水艦が放った魚雷はそうりゅうに命中することなく遥か先の海へと消えていく。
直後、そうりゅうは装填済みの89式魚雷2本を発射した。
「1、2番管より魚雷発射、敵艦との距離2500……2000……1500……敵艦が回避行動に移りました。アップトリムをかけています。ですが本艦の魚雷は進行方向を修正し依然敵艦に接近中。距離1000……500……100…………艦体破壊音確認――っ」
「艦隊司令部に連絡を。計画通りエイセル島周辺海域の脅威を撃破した。本艦はこのままエイセル島西側軍港へ向かうとな――」
「了解」
人知れず始まった海の中の戦いは、帝国の歯車を少しずつ確実に狂わせる。
次回「拠点奪還②」




