11 雨過天晴②
太陽の光を反射してキラキラと輝く青い海。
血の色を何度も見続けてきたアリサにとって、それは心安らぐ光景のはずだった。
けれど、現状アリサの心は落ち着かず、好奇心という名の感情に支配されている。
その理由は悠々と海上を突き進む船団に関係していた。
「なんて大きくて凛々しい船なのでしょう! この船はいったい!?」
アリサはヘリに揺られながら、青海を航行する船団に夢中となる。
大きくも洗練された多数の艦艇。それらは帝国のものでも、公国のものでもない。
では、いったいどこの国の船なのか?
日本の自衛隊に危機を救ってもらったばかりだが、目の前の艦隊が“日本国”が所有するものだとは未だ考えが及ばない。
けれど、ヘリが滑走路を備えた船に接近し着陸態勢に入ったとき、彼女は甲板上で揺れる小さな国旗に気が付いた。赤き太陽を模した旗を目にし、驚きのあまり口元を押さえる。
「……エルマ!?」
アリサは隣のエルマに訴える。
エルマは頷き返すが、彼女もまた動揺しているのは明らかだった。
「……ひ、姫様、落ち着きください。とは言え、正直に言えば、私も驚いています。ジエイタイ……ウエモトの説明からしても我々を助けた集団は間違いなくニホン国の軍隊なのでしょう。きっとあの艦隊も日本国が所有するものに間違いない。我々を窮地から救ったヘリと呼ばれる回転翼機に、あのような海軍艦艇まで所有しているとは考えてもおりませんでした。外界の一小国だと侮っていましたが、どうやらそれなりの国力は有しているようです」
「ではっ」
「姫様、安易な期待は抱かぬことです。外界国は外界国なりの軍事技術を発展させたまでのこと。四大国とは比較になりません。それは姫様が最もおわかりのはず」
これだけの艦隊を建造、或いは大国から購入するにしても、ある程度の国力がなければ運用は不可能。その点、日本国は一定水準レベルに達しているのは間違いない。
だが、その軍備を以て大国に通じるかは別の話。さっきは帝国の軽巡洋艦に打撃を与えたが、それは日本国の実力というより、帝国艦が油断していた側面が大きいのではないか。加えてヘリなる乗り物は驚愕に値するが、帝国戦闘機に対抗するには力不足感は否めず、空中戦で優位に立てるものではない。
エルマはそう分析する。
大陸圏から外れている。
そのハンデは想像以上に過酷で悲惨だ。
国の文明力、経済力、強いては軍事力にまで暗い影をもたらす。
この世界の現実を理解しているからこそ、エルマは慎重な見方を崩さない。
「さらに申し上げるなら、この海軍艦隊も不明な点が多過ぎます。一つ一つの艦体は大きく立派なものですが、砲の数が少なく戦艦と呼べる船は見当たりません。艦隊戦に不向きであることは明らか。戦闘行為が発生した場合に使い物になるかも怪しいところです。艦隊というよりは、輸送船団に近いと私は思っています」
水増し船。
口には出さないが、エルマはその可能性を言外に匂わした。
劣等国がよくやる手法の一つに、通常船を改造し軍艦に見せかける手法がある。
自分たちが相応の力を持つことを相手国に認識させ、戦う前に降伏を促したり、交渉を有利に進めたりするのだ。
外界国同士では有効な戦術にもなり得るだろうが、内界国、まして四大国にその手の手法が通用するはずもない。
「マミヤ大使の話ではニホン国もかつては大きな戦争を経験したようですが、それは遥か昔のことだと聞いています。どうやら平和な時代が続いたツケが今の時代の軍備に現れているのでしょう」
まぁ、平和な時代が続く、それは必ずしも悪い事ではないが……
エルマはそうフォローしようとしたが、直前で言葉を飲み込んだ。
「護衛艦いずもにようこそ。アリシア・ルイ・アリサ皇女殿下。それに付き人のエルマ氏ですね。私は外務省の長谷川と申します」
アリサたちが空母の甲板上に降り立つと、スーツ姿の女性が出迎えた。
彼女の名前は“長谷川”。外務省の職員であり、転移後はエルファシス聖教国を始めとした西大陸圏を担当していたが、今回日本政府によってアリサたちの専任担当官に抜擢された。
きっちりとした服装に反した優しげな表情。
アリサの緊張が少しだけ弛緩する。
「お二人が日本国への亡命を希望されていることは既に日本政府も関知しています。ここから先は私が担当官としてお二人の案内役を務めさせていただきますのでどうぞよろしく」
「ルイファラリス帝国皇帝ビルキシス・ルイ・アルダードの末娘、アリシア・ルイ・アリサです。日本国大使館において一度は諦めた命を救っていただいたこと。帝国からの脱出を支援し、こうして外界の海を見せていただいたこと。そして我々二人の亡命を認めて下さる方針であること。どれをとっても感謝の念に堪えません。日本国のみなさんには何と御礼を言っていいものか……」
アリサは長谷川の前に歩み出ると深々と頭を下げた。
仮にも彼女は帝国皇女の身の上である。
なかなかできることではない。
そんなアリサの対応に、長谷川は想像通りの人だと安堵する。
「一つよろしいか?」
けれど、直後にエルマが二人の間に割って入った。
「はい。何でしょう?」
「今後の姫様の処遇を日本国はどう考えているのか。それを伺いたい」
保護してもらった点は感謝しているが、まずは姫様の安全を保証してもらいたい。
エルマはそう訴える。
「当然、配慮させていただきます。今後アリサ皇女殿下にはヘリ……先程の乗り物ですね。で、近場の空港まで移動。そこから航空機にて日本の首都“東京”に向かっていただきます。今後、殿下には様々な話を伺うことになると思いますが、ひとまずはご安心ください。日本国内での身の安全と行動の自由はできる限り保証させていただきます。ただし、戦時下ということもあり、何不自由なくとまではお約束できません。その点はご理解を。いずれにしても我々外務省はお二人が平穏かつ快適に過ごせるよう最大限のサポートをするつもりです」
長谷川は持ち前の性格を発揮し、早速二人と気さくに接する。
が、彼女は途中、現在の日本が戦争中であるかのような言動をした。
外界国間で何か争っているのだろうか?
それとも東大陸紛争が影響しているのだろうか?
まさか帝国が早くも実力行使に出たのだろうか?
アリサの脳利に瞬間的に“帝国”の文字が浮かぶ。
けれど、まさかと考え、その可能性を打ち消した。
次回「拠点奪還①」
明日はお休みです。再開は明後日の予定です!




