第15話 王子は玉座にひとり残された
王城の大広間は、静まり返っていた。
かつて祝宴が開かれた場所。
断罪が行われた場所。
歓声が満ちていたはずの場所。
今は、冷たい石の匂いだけが残っている。
「王権の一部を貴族評議会へ移譲する」
重臣の声が響く。
「統治能力の再検討が必要と判断いたしました」
反論は、出なかった。
出せなかった。
国庫は空に近い。
民衆の暴動は広がり、
兵の忠誠は揺らいでいる。
玉座に座るレオンハルトは、動かない。
動けない。
すべては、少しずつ始まった。
交易の停止。
市場の混乱。
そして——
一人の不在。
机の上には、古い書簡がある。
整然とした筆跡。
セラフィーナの文字。
“北方穀物の代替航路を確保済み”
“貴族間の調整完了”
“外交文書、修正済み”
当たり前のように、そこにあった支え。
「……なぜ気づかなかった」
誰も答えない。
彼女は一度も誇らなかった。
一度も見返りを求めなかった。
だから。
当然の存在だと思っていた。
「取り戻せると、思っていた」
声が、わずかに震える。
王子は初めて理解する。
あの日、舞踏会で。
自分が断罪したのは、裏切り者ではなかった。
“支柱”だった。
そして。
帝国からの報せが届く。
新たな統括官就任。
皇帝との正式な誓約。
セラフィーナの名が、誇らしく刻まれている。
王子は目を閉じる。
想像する。
もし、あの日。
彼女を信じていたなら。
もし、あの場で断罪ではなく、
共に立つことを選んでいたなら。
だが。
歴史に“もし”はない。
「殿下」
重臣が静かに告げる。
「退位をご検討ください」
その言葉は、静かだった。
だが確実だった。
レオンハルトは立ち上がる。
玉座から降りる。
階段を一段ずつ。
かつて、セラフィーナを見下ろしていた場所から。
床に立つ。
初めて。
対等でも、上でもない。
ただの人間として。
「……余は、愚かだった」
それは、誰に向けた言葉でもない。
自分自身への断罪。
王国は形を保つだろう。
だが。
彼の名は、歴史にこう刻まれる。
“支柱を失った王”。
一方、帝国では。
新たな統治が始まり、
市場は安定し、
民は安心して眠っている。
皇帝の隣に立つのは、
冷静で、誇り高い統括官。
もう振り返らない。
もう迷わない。
断罪は、終わった。
選択が、未来を分けた。
そして。
王子だけが知っている。
失ったものの名を。
二度と取り戻せないという事実を。




