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第92話:修羅場の馬の尻尾亭と、少女の壮大な野望

セイラの「冒険者志望」という爆弾発言を詳しく聞くため、アレイン一行は行きつけの食堂『馬の尻尾亭』へと足を運んだ。


カランコロンとドアベルを鳴らして暖簾をくぐるなり、看板娘のリノが目を輝かせて駆け寄ってくる。


「あーっ!! アレインさんいらっしゃいませー!! ……って、何ですか今日!? 右も左も女子ばっかりじゃないですか! ついに念願のハーレムパーティーでも結成したんですか!?」


リノがジト目でアレインをねめつける。すると、厨房の奥から親父のバルドも包丁を片手に身を乗り出してきた。


「おいおいアレイン! 別っぴんさんばかり引き連れてどうした! ついに年貢の納め時か!? それとも修羅場か!? 修羅場なら表でやってくれ、店が壊れるからな!!」


「ちげーよ、バカ親父!! 黙って火の番してろ!! テメーの不謹慎な脳みそでも一緒に焼いとけ!!」


「お父さん!! もっと根掘り葉掘り聞いて!! 私、気になります!!」


「おうよ!! 秘伝のタレより濃いネタを絞り出してやるぜ!!」


親子揃って見事な連携プレイで囃し立ててくる。


「煽ってんじゃねえよ……。……お前ら、客を何だと思ってんだ」


アレインが深くため息をついた、その時だった。


「……アレイン……。また、ですか。……この店にまで『種』を蒔いていたんですか」


エリナがスゥ……と目を細め、氷点下の声音で呟いた。


「おいちょっと待て!! 今の会話のどこに『種』があった!? ゼロだろ! 受粉のチャンスすらなかったろーが!!」


「私のアレイン・センサーが、『あの店員さんも、アレインの毒牙にかかっている』とビンビンに反応しています。……ギルティ。執行猶予なしです」


「何そのクソの役にも立たなそうなピンポイント・レーダー!! 完全に誤検知だろ! 修理に出せよ!!」


バンッ!!

カイトが力強く机を叩いた。


「……アレイン!! そのコントはもういいから!! 早く話を進めてよ!!」


「……お、おう。……今日のカイト、目がマジでこえーな……」


普段は温厚なカイトの静かな怒りに、アレインはビクッと身をすくませた。

ひとまず注文を済ませて席に着く。

リノが「アレインさん、ではごゆっくりぃ〜♪」と、わざとらしい意味深な笑顔で麦茶を置いて去っていった。


「……怪しい。……あのお茶、惚れ薬とか入ってませんか」


「入ってねーよ!! ただの冷えた麦茶だよ!! ……いいか、お前のその妄想は無視するぞ。……で、セイラ。改めて聞くけど、なんでまた唐突に冒険者なんて危険な稼業に足突っ込もうとしてんだ?」


アレインが仕切り直して本題に入る。

セイラは膝の上で両手をギュッと握りしめた。


「……カイト君もお兄様も、あまりご存知ないかもしれませんが……。孤児院にいられるのは十五歳まで、という決まりがあるんです」


「へー。……十五歳って、中学卒業レベルじゃないか。厳しいなぁ」


カイトが同情的な声を漏らす。

アレインは腕を組んで深く頷いた。


「俺も孤児院育ちだからな、その辺の事情は知っとるわ。……そんで、卒業後の仕事探しってところか。……だがよ、お前ならシスターの道だってあるだろ? その首にぶら下がってる月のマークは、ただのファッションじゃねーだろ?」


アレインが、セイラの胸元で静かに光るセレスティア教のシンボル『月を模した首飾り』を指さす。


セイラは首飾りにそっと触れた。


「……そうですね。セレスティア様への信仰は本物です。……でも、妹のミリーの将来のことを考えると、教会の薄給では難しいと思ったんです。……お兄様は、神父を目指さなかったんですか?」


「あ? うちのジジイか。……あいつは『神に祈る暇があるならスクワットしろ! 考えろ! 知恵と筋肉は裏切らないが神はたまに休暇を取るぞ!』っていう、超がつくほどの異端の筋肉神父だったからな。……おかげで俺も、信仰心なんてもん綺麗さっぱりなくしっちまったわ」


「ふふふ……面白い神父様ですね。ぜひ一度お会いしてみたいです」


セイラが口元を押さえてクスクスと笑う。


「やめとけ、見た目はただの脳筋のジジイだぞ。会えば確実に『とりあえずプロテイン飲むか?』って聞かれるぞ」


「えー! 面白そう!! 会ってみたいかも!!」


「アレインを育てた父親代わりの方……。私もぜひ、ご挨拶に伺いたいですね」


ミナとエリナが俄然食いついてきた。


「皆さんで会いに行きましょうか! お兄様の子供の頃の、可愛らしい失敗談とか聞いてみたいです!」


「やめろやめろ。あのスケベジジイが調子に乗って、あることないこと吹き込むだけだからな」


アレインが全力で拒否してげんなりした顔を見せる。


「……話がまた、見事に脱線しておるのじゃ」


テーブルの上で、運ばれてきた串焼き肉を器用に頬張りながら、ブルーナが呆れ声を出した。


『女の子が集まると姦しいと言うけれど、まさにこれね』


開け放たれた窓から顔を出したヴェルナが、念話で冷静なツッコミを入れる。


「……アレイン!! さっきから何回脱線すれば気が済むんだよ!!」


カイトの叫び声が店内に響いた。


「あ、ああ……悪い悪い。……で、話を戻すとだ。セイラ。冒険者なんて、やめとけ。悪いことは言わねぇ」


「そうだよ!! 冒険者なんて危ないし、セイラみたいな子がやるような仕事じゃないよ!!」


「そうだなぁ。冒険者なんてのはな、臭いし汚いし危ねえし、物語みたいな華やかさなんて微塵もないからな」


アレインが真剣な顔で諭すと、ミナとエリナもそれに同調する。


「野宿とかザラだしねー。雨が降ったら、全身ビショビショで泥水の中を這いずり回るんだよ?」


「お風呂も三日入れないなんて日常茶飯事……。女子力が、瞬く間にゼロになります。……鏡を見るのが怖くなりますよ」


酸いも甘いも噛み分けた経験者三人の生々しい愚痴の波状攻撃。

カイトは「ほら見ろ!」と勝ち誇ったようにセイラを見る。


だが。セイラの瞳の光は、決して死んでいなかった。


「……楽な仕事じゃないってことは、わかっています。……でも、私はどうしても冒険者になりたいんです!」


「なんでさ!! 他にいくらでも、安全な仕事はあるだろ!?」


「カイト君、さっきも言ったけど……私には、ミリーがいるのよ。……あの子を、私と同じように『家がない』という不安の中で育てたくないんです」


セイラの強い決意。その真っ直ぐな瞳に、アレインは戸惑いを隠せなかった。


「……冒険者と、ミリーがどう関係あるんだ? 稼ぎたいだけなら、他にも手はあるだろ」


「お兄様!! 私、冒険者でガッツリ稼いで……」


セイラは、両手をドンッとテーブルに叩きつけた。


「一等地に、マイホームを買いたいんです!!」


「「「「……マイホーム!!?」」」」


アレイン、カイト、ミナ、エリナの四人の声が、完全にハモって食堂の天井に吸い込まれた。

果たしてカイトは、セイラの「一戸建て購入」という、あまりに現実的かつ壮大な夢を止めることができるのだろうか?

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