第93話:一戸建ての野望と、ヘタレ少年の覚悟
「一等地にマイホーム」――。
十五歳のうら若き少女の口から飛び出すには、あまりに世俗的かつ重厚すぎるパワーワードに、アレインたちは文字通り絶句した。
「……家か。おいおい、またどでかい夢をブチ上げたな」
アレインは呆れ半分、感心半分の顔で天を仰いだ。
「憧れのマイホーム……いいですね。アレインと二人で住むなら、やっぱりキッチンは広めで、私の愛の叫びが外に漏れないように防音室も完備した方が……」
エリナが両手を頬に当て、凄まじいスピードで己の欲望に忠実な妄想の城を築き始める。
「いいねー! クランハウスはあるけど、結局あれってただの巨大な寮だしね。自分だけの城を持つのは、全冒険者のロマンだよね!!」
ミナもノリノリで親指を立てた。
「ですよね!! そこでミリーと一緒に、安心して暮らすんです!!」
セイラがキラキラと希望に満ちた瞳で力説する。
その純粋な光に当てられ、たまらずカイトがガタッと席を立ち上がった。
「ちょっと!! エリナさんもミナさんも、ノリノリで賛同しないでくださいよ!! 応援する方向性を完全に間違えてますって!!」
必死に避難の声を上げるカイトに対し、アレインはやれやれと首を振った。
「カイトよぉ……おめーも男ならよぉ……」
アレインは突然、やたらと甲高い裏声を出してカイトの口調を真似し始めた。
「『僕がセイラのマイホーム代、全額出すよ!! だから一緒に住もうよ!! 二人で愛を育もうよ!!』……これくらいのセリフ、ビシッと言えねーのかよ」
「ええっ!? そ、そんなこと言えるわけっ……ていうか、それもうプロポーズどころか、人生の最終回じゃないか!! 無理だよ!! 僕の財布にはそんな莫大な予算がないよ!!」
顔を真っ赤にしてパニックを起こすカイト。
アレインは小指で鼻をほじりながら、胡乱な目を向けた。
「惚れた女のために体張って、漢を見せてやれよ。お前の財布、今こそ火を噴く時だろーが」
「いいね! もしカイト君にそんなこと言われたら、私ならその場で結婚しちゃうかも!!」
ミナがニヤニヤしながら悪乗りに加勢する。
「……アレインからの、情熱的なプロポーズ。……二人だけの、愛の共同生活。……子供の教育方針を巡っての、甘い痴話喧嘩……。ふふっ、いいですね……」
ツー……と。エリナの美しい鼻筋から、一筋の赤い液体が垂れた。
「あーもう!! 妄想で鼻血出すのはやめてください!! 僕はあの、その!! まだそういう心の準備が!!」
「まぁよぉ。ガタガタ抜かしてねーで、とりあえず『登録』だけしてみればいいじゃねーか」
パチンッ、と。アレインが指を鳴らしてカイトの叫びを遮断した。
「案外、隠れた才能が目覚めて、一撃でドラゴンを落とすようなチート美少女(笑)かもしれねーだろ」
「えぇ〜……。でも、一回登録しちゃったら後戻りできないんじゃ……」
「……登録だけなら事務手数料程度ですし、いいかもしれません。現実の厳しさを知るのも、一つの修行ですから」
紙ナプキンで優雅に鼻血を拭き取りながら、エリナが完全復活して助け舟を出す。
「そだねー。やってみて『あ、これ無理だわ』って思ったら、すぐ引退して諦めればいいもんね」
「やった!! お兄様、お姉様、ありがとうございます!!」
セイラが嬉しそうにパァァッと顔を輝かせ、胸の前で手を合わせた。
「……えぇ〜……」
完全に外堀を埋められ、自分だけ置いていかれたカイトが情けない声を漏らす。
「まぁ、最悪は俺たちがケツ拭いてやりゃいいだろ。カイトも最近は、ただのヘタレから『中堅レベルのヘタレ』に進化して、少しは冒険者らしくなってきたしなぁ」
「本当ですか!? ありがとうございます!! ……なら、カイト君と一緒にいられる時間も増えるね」
セイラがカイトに向かって、満面の笑みを向けた。
ドギュンッ!! と、カイトの心臓を不可視の矢が撃ち抜く音が、確かに響いた。
「……う、うん」
「カイト君、私、冒険者のことは初めてだから……優しくしてね?」
「……ぼ、僕が手取り足取り……腰取り足取り……ううん、なんでも教えるよ!! 命に代えても教えちゃうよ!!」
顔面を沸騰させたカイトが、両手をブンブンと振り回しながら即落ちした。
その光景を見て、エリナが怪訝そうに眉を潜める。
「おかしいですね……。私のアレイン・センサーは、セイラさんもアレインに気があるように見えたのですが。……この誤差はいったい……?」
「だから!! そのクソセンサーは根本から壊れてんだよ。さっさと修理に出してこいよ。メルキアの鍛冶屋で直せるか知らんけどな」
「アレインは『憧れのお兄さん』止まりだったんじゃないのー? ……ところでセイラちゃん、さっきから言ってる『お姉様』って、誰のことかな〜?」
ミナがニヤニヤしながらセイラを覗き込む。
「あっ、あのお兄様のお友達なら、お姉様かと思いまして。……嫌だったでしょうか?」
「嫌じゃないけど、『お姉様』って呼ばれると、なんか背中が痒いっていうか……。くすぐったいから『お姉ちゃん』の方がいいかな!」
「私は構いませんよ? ……可愛い妹ができたみたいで、悪い気はしません」
「では、ミナお姉ちゃん、エリナお姉様と呼ばせて頂きます!! ……お兄様とお姉様がいっぺんにできて、私、とっても嬉しいです!!」
ガシガシと後頭部を掻きながら、アレインが立ち上がった。
「そんじゃ、話もまとまったし。……朝飯食ったら、ギルドに登録に行くかね」
「はい!!」
遅めの朝食を胃袋に流し込み、いよいよ冒険者ギルドへと向かう一行。
果たして、マイホームという世俗的すぎる夢を背負った少女は、無事に冒険者への門をくぐることができるのか? 行く手には、予想外の試練が待ち受けている――かもしれない。




