第94話:給与明細の衝撃と、室内日食、そしてアレえもん
メルキア冒険者ギルド・受付カウンター。
一行が顔馴染みの受付嬢、アレーナの元へと向かうと、彼女は書類の山と格闘している最中だった。
アレインはその顔を見るなり、相変わらずの気だるい態度で声をかけた。
「よぉ、アレーナ。今日も元気にやってるか?」
「アレーナさん、こんにちは。……なんか、今日は一段と忙しそうですね」
カイトが苦笑しながら労うと、アレーナは顔を上げてふぅと息を吐いた。
「こんにちは。……あぁ、アレインさん。報酬の確認ですか? 公爵様からはもう振り込み処理がされているので、そのギルドカードで確認してくださいね」
「おお、そうだった。……公爵様、仕事早いな。……ってか、報酬いくらだこれ」
ギルドカードをリーダーのような魔道具にかざしながらアレインが呟くと、アレーナがピシャリと小言を放つ。
「……ちょっとアレインさん!! 毎回言ってますけど、残高だけじゃなくてきちんと明細まで確認してください!!」
「めんどくせぇんだよなぁ」
アレインが頭を掻いていると、背後からミナがグイッと身を乗り出してきた。
「なになに!? 報酬入ったの!? いくら!?」
「ミナ!! みっともないからやめてください!! ……でもアレイン、私もしっかり確認しておいた方がいいと思います。家計の管理は大事ですから」
エリナがたしなめるフリをして、ちゃっかりアレインの真横に陣取る。
「これが明細です。……これ、公爵様からの特別ボーナスも入ってるんじゃないですか?」
アレーナから出力された用紙を、アレインが受け取るよりも早く、ミナが風の如き速度で強奪した。
「おい!! ミナ!! 人の給与明細を引ったくるんじゃねーよ!!」
「……い、いくらかな〜……。…………うわっ。……マジで!!?」
「そ、そんなに多かったんですか!? ……えっ!!」
ミナの手元を覗き込んだカイトが、目ん玉が飛び出そうなほど顔を驚愕に歪める。
「……子守の依頼にしては、多額過ぎませんか……? 公爵家、どんだけアレインを買い被ってるんですか……」
エリナも戦慄したように息を呑んだ。明細には、日本円にして約100万円相当という金額がズラリと記されていた。
「……私も、見てもいいでしょうか?」
「見て見て!! セイラちゃん!!」
ミナが見せた明細に、セイラも小さく口を開けて固まる。
「……もしかしてアレインって、実は金持ちなの? 結婚して?」
ミナが非常に現金な、甘ったるい声を出す。
「さあな。……とりあえず、預かり金には余裕があったはずだぞ。……つーか、お前ら。俺の財布を見て勝手に将来設計を始めるなよ」
「……なんでそんなにお金あるの?」
「装備のメンテナンス代と、このブルーナたちの飯代くらいしか使わねえからだろ」
「……将来も安心ですね。これなら、子供が三人生まれても最高峰の英才教育が受けさせられそうです」
エリナが両手を頬に当て、満足げにウンウンと頷く。
すると、セイラが真顔で爆弾を投下した。
「……マイホームを買うなら、カイト君と頑張るより、お兄様のお嫁さんになったほうが早いかもしれませんね……」
「セイラちゃん!!? 現実的すぎて、カイトのメンタルが今、粉々になった音がしたよ!!?」
ミナのツッコミ通り、隣ではカイトが真っ白に燃え尽きた灰のようになっていた。
「……俺の資産状況はどうでもいいんだよ!! 今日はセイラの冒険者登録に来たんだわ。……アレーナ、手続き頼むわ」
「はいはい、お仕事ですね。……ではセイラさん、この用紙に必要事項を記入してください。代筆は必要ですか?」
「いえ、文字は書けますので大丈夫です……」
ペンを走らせるセイラを確認し、アレーナが頷く。
「はい、問題ないですね。……では、ステータス確認を行いますか? 自分の『現在地』を知るのは、生存率を上げる第一歩ですよ」
「……あの、お願いします」
「ステータスやスキルは、自分だけで確認してくださいね。……いいですか、スキルは冒険者にとって命と同じ。見せるのは信頼できる相手だけにしてください」
「わ、わかりました!!」
アレーナが奥から、水晶玉のような魔導具を運んできた。
「この魔導具に触れてください。発光する色が『得意属性』。光の強さが『魔力量』の指標です」
「……いきます。……」
セイラが緊張した面持ちで、そっと水晶に両手を触れる。
セイラが緊張した面持ちで、そっと水晶に両手を触れる。
――その瞬間。
魔導具が視界を奪うほど神々しく光り輝いた――と思いきや、直後にドロリとした濃密な『黒い影』がその光を飲み込み、まるでギルドの室内で『日食』が起きたような異様な光景が広がった。
「……おいおい。ギルドの中で『世紀末』が始まっちまったぞ」
アレインが目を細めて光と闇の乱舞を見つめる。
「なにこれ凄くない!?」
「凄く神秘的で綺麗……。……でも、どこか不吉な気配もしますね……」
「えっ、えっと……。私、魔導具を壊しちゃいましたか!?」
慌てふためくセイラに対し、アレーナは絶句したまま震える声で答えた。
「……焦らないで大丈夫ですよ。……セイラさんは『光』と『闇』、両方の属性が限界突破しているんです。……ここまで極端に偏っているのは、私もギルドの記録でも初めて見ましたよ」
「セイラ!! 凄いよ!! これ、大天才ってことじゃないか!!」
カイトが自分のことのように歓喜する。
「……喜んで、いいんでしょうか?」
セイラが恐る恐るアレーナを見ると、彼女はスッと表情を曇らせた。
「……そうですね。能力が高いのは喜ばしいことですが。……ただ、厄介なことに、女性でこの『光と闇の極端な偏り』が出た場合……」
アレーナは周囲を気にしながら、声を潜める。
「……ギルドの規定で、『セレスティア神聖国』に報告を上げなきゃいけないんですよ」
「えっ!? なんでですか!! 冒険者のステータスは『プライバシーの塊』じゃないんですか!?」
カイトが食ってかかる。
「普通はそうですが……神聖国は現在、『聖女』の教育と管理を国策で行っています。……聖女候補となり得る情報の秘匿は、国際条約で固く禁止されているんです」
「えぇ〜!? プライバシーの侵害どころか、人権侵害じゃないですか!! そんなの納得できないよ!!」
「セレスティア教は大陸最大の巨大宗教ですからね……ギルドも、おいそれとは逆らえないんですよ」
巨大な権力の壁を前に、カイトは振り返った。
「アレイン!! どうにかしてよ!!」
「おいおい、カイトよぉ……。俺はどこかの青狸じゃねーんだよ。物理的に無理だっての」
四次元ポケットなど持っていないアレインが肩をすくめる。
「……あの、アレーナさん。……私、どうなるんでしょうか?」
「聖女候補の可能性ありと判断されれば……神聖国から専用の測定器を持った調査団が来るはずですよ」
「もし聖女候補になってしまった場合はどうなるんですか?」
「恐らく聖女候補として神聖国で保護されると思いますが……正直、私もこういうケースは初めてなので何とも……」
セイラの顔からスッと血の気が引いた。
「ミリーと、離れ離れになってしまうんですか!?」
「……正直、私の立場では何とも。……申し訳ありません」
アレーナが苦渋の表情で頭を下げる。
その瞬間、カイトがアレインの胸ぐらに泣きつきながら絶叫した。
「アレえもぉぉぉぉん!! 何とかしてよぉぉぉ!! 聖女候補を回避する道具を出してよぉぉぉ!!」
「やれやれ、カイト君はしょうがないなぁ……って、なるかぁぁ!! 俺の腹には夢も希望も詰まってねぇよ!!」
「……お兄様。……お願いします……。ミリーを、一人にしたくないんです……」
セイラがポロポロと大粒の涙をこぼし、アレインの袖を引いた。
「アレイン!! こんな美少女が泣いて助けてって言ってるんだよ!? ここで動かなかったら、男が廃るよ!!」
「私からも、お願いします。……アレインなら、何か『法の穴』を突くような汚い、いや、賢い案があるはずです」
ミナとエリナからもプレッシャーをかけられる。
極めつけは、カウンター越しの受付嬢だった。
「……公私混同を承知で言います。アレインさん……彼女を、助けてあげられませんか?」
逃げ場を完全に失ったアレインは、ガシガシと頭を掻きむしり、特大の溜息を吐き出した。
「……わーったよ!! クソ!! どいつもこいつも、俺を便利屋か何かだと思ってやがる!!」
「やってくれるんだね!!」
「言っとくが期待すんなよ。……俺はただ、『頼み込む』だけだからな」
「……頼むって、誰に?」
「……借りは作りたくねーんだが。……クソジジイに連絡を取ってみる。……あいつ、性格は最低だが、一応セレスティア教の神父の端くれだ。……教会の『裏口』や『汚い人脈』くらいは、腐るほど持ってるはずだ」
マイホームを夢見て冒険者ギルドの門を叩いた少女の運命は、図らずも、アレインが最も世話になりたくない男――筋肉とプロテインを愛する孤児院の異端神父、ドルヴァンの手に委ねられることとなった。
果たして、マイホームへの道は、神聖国への片道切符へと変わってしまうのか? アレインたちの新たな奔走が始まろうとしていた。




