第95話:冷徹なる聖女選定官と、筋肉の咆哮。
セイラが「聖女」かもしれないと発覚して三日。
孤児院は、その重苦しい不安をかき消すかのような、底抜けのカオスに包まれていた。
「ミナ! ミナ! 逆立ちして踊ってよ!」
「カイト遊ぼうぜ!」
「ブルーナ抱っこしたい!!」
「ヴェルナなでなでさせて!」
孤児院の子供たちは、アレイン一行という名の『新しいおもちゃ』に完全に群がっていた。
「エリナお姉ちゃん、お花の冠の作り方教えて。アレ兄の頭に載せるの」
「ええ、いいですよ。こうやって茎を交差させて……」
エリナが涼しい顔でミリーに編み方を教えている。
その光景を申し訳なさそうに見つめながら、セイラが深く頭を下げた。
「……皆さん、せっかくの休暇なのに、連日すみません。私のせいで子供たちにまで振り回されて……」
「いいですよ。子供の相手は嫌いではないですから」
「そうそう! 気にしない気にしない! ほらカイト、子供たちにボコられてないでシャキッとしなよ!」
ミナがケラケラと笑い飛ばす。
その視線の先では、子供たちに髪を引っ張られ、馬乗りにされたカイトが悲鳴を上げていた。
「痛い! 痛いって!! 誰だ今、僕のポケットにセミの抜け殻入れた奴!! ……アレイン! それより、あの神父様はどうなってるのさ!?」
「手紙は送ったけどなぁ。音沙汰ナシだわ。……あのクソジジイ、とうとうくたばったか?」
近くの子供の頭を乱暴に撫で回しながら、アレインは口の端をニヤリと歪めた。
「笑い事じゃないよ!! セイラが連れていかれちゃうんだよ!?」
「冗談だっての。なんだかんだ言って、やることやるのがあのジジイだからな。今頃、こっちに向かってるんじゃねーの?」
アレインが気休めを言った、まさにその時だった。
孤児院の神父が、血の気を失った真っ青な顔で駆け込んできた。
「セ、セイラ……!! ついに来た。神聖国からの『調査団』が到着したよ……!!」
「……っ。……はい」
セイラの肩がビクッと跳ねる。
「不安がらなくていいからね。もし聖女候補になっても、ミリーのことは私が責任を持って……。……なんとかするから」
「アレイン、どうしよう!!?」
パニックを起こすカイトを尻目に、アレインは小指で鼻をほじりながらボヤいた。
「ジジイ、間に合わなかったか。……まぁ、なるようにしかならねーよ。ギルドの魔導具が故障してたってパターンに賭けようぜ」
そこへ、白と銀の豪奢な神官服に身を包んだ集団が、靴音も荒く踏み込んできた。
先頭を切るのは、銀髪に冷たい青い瞳を持つ、氷のように無機質な顔つきの男だった。
「……聖女候補選定官、シリウス・ヴァルグレンである」
「よ、ようこそいらっしゃいました……。お茶でも――」
「我々は崇高な聖女選定という聖務に来ている。……歓迎などという、世俗的な茶番は不要だ」
孤児院の神父の気遣いを、シリウスは冷酷に一刀両断した。
「随分と頭が硬そうな神官さまだな……。朝飯に鉄分摂りすぎてんじゃないのか?」
「……教義が絶対、っていうか……。冗談が全く通じなさそうだよ」
アレインとカイトがヒソヒソと囁き合う。
「……して、聖女候補のセイラとはどの方だ?」
「……は、はい。……わ、私です」
セイラが震える声で前に出ると、シリウスの後ろに控えていた部下の神官たちが、値踏みするような視線でヒソヒソと囁き合い始めた。
「なかなかの美少女ではないか。……教会の寄付金が三割増しになりそうだ」
「民衆の心を掴むには、やはりビジュアル。……マーケティング的にも合格点だな」
「……静粛に。部下たちが失礼した。……だがセイラ殿、聖女候補に美醜など関係ない。全てはセレスティア様の御心のまま……魂の格こそが全てだ」
シリウスが咳払いで部下たちを沈黙させ、冷たい眼光でセイラを射抜く。
そして、厳重に保管された木箱から『聖女選定の魔導具』を取り出した。
「これに触れなさい。聖女候補であれば、その魔力は『日食』を描く。それは月の女神セレスティア様が太陽を飲み込み、万物と一つになる証。……貴女が、その器であるかを確認させてもらう」
セイラがゴクリと唾を飲み込み、震える指先で魔導具に触れる。
……その瞬間。
冒険者ギルドの時以上の爆光が室内を白く染め上げ、次の瞬間、漆黒の影が光を完璧に食らい尽くした。
室内は、真昼だというのに夜のような深い静寂と暗闇に包まれた。
「……っ!? ……こ、これは……!!?」
常に冷徹だったシリウスの顔に、明確な驚愕が走った。
「ここまでの反応……記録にある初代聖女様の記述に酷似している!!」
「あのような辺境の少女が、初代様と同じだというのか!?」
「静まりなさい!! 選定官ともあろう者がみっともない!! ……セイラ殿……いえ、セイラ様。おめでとうございます。貴女は今日から、神聖国が守護すべき『聖女候補』だ」
シリウスがその場で深々と頭を下げる。
「……あ、ありがとうございます……。……でも……」
「……あまり嬉しそうではありませんね? 何か懸念が?」
「ミリーが……私には、妹のミリーがいるんです!! あの子を置いて、どこかへ行くなんて……!!」
セイラの悲痛な叫びに、シリウスの視線がミリーへと向けられた。
怯えたミリーが、アレインの背中にピタリと隠れる。
「あの子ですか。……確かにまだ幼い。心配するのも理解出来ますが、案ずる必要はありません。セレスティア教が責任を持って彼女を保護し、生活の全てを保障する。……いいですね?」
シリウスが背後の孤児院神父を鋭く睨みつける。
「お任せください!!」
いつも温厚で静かな喋り方の神父が、アレインも見たことがないほどの姿勢の良さと、過去最大の声量でビシッと敬礼した。
「これで安心でしょう。貴女は聖女候補として四人目。各地の厳選された教会で、修行に入っていただく。……聖女としての自覚を、魂に刻み込むのです」
「……あの……たまには、ミリーに会うことはできるのでしょうか?」
「……残念ながら、それは不可能です。修行が完了するまでは私情を挟む余地はありません。我慢してください」
「……そんな……。いつ、帰ってこられるのですか?」
「初代様が使用していた杖に選ばれる『選定の儀』が終わってからですから……少なくとも、三年後ですね」
無慈悲な宣告。
「……三年も!? 三年もミリーに会えないなんて……。……そんなの、あんまりです……!!」
「……さあ、旅立ちの準備を手伝いなさい。女性神官を中心に、迅速にエスコートするんだ」
泣き崩れるセイラを無視し、シリウスは事務的に部下へ指示を出す。
「アレイン!! どうしよう!! セイラが連れて行かれちゃう!!」
「チッ……ったく。あのクソジジイに頼ったのが間違いだったか」
アレインが忌々しそうに舌打ちをした。
神官たちがセイラを囲い込み、強引に連れ去ろうとした、その時だった。
孤児院の入り口から、地響きのような、重低音の効いた恐ろしい足音が響き渡った。
「……シリウス。……面白いことをやっとるのう? ……儂も一口、噛ませてもらおうか?」
全員が息を呑んで振り返る。
そこに立っていたのは、神父服をはち切れんばかりの筋肉で着こなす巨漢の老人。
アレインが孤児院を卒業してから五年経っても、一回りデカくなったようにすら見える筋骨隆々のジジイ――ドルヴァンが、嫌味なほどのニヤニヤ顔を浮かべて立っていた。
「…………おい。……遅ぇんだよ、クソジジイ」
アレインが呆れと安堵の混じった悪態をつく。
「おう、アレイン。……相変わらず、口の減らん奴じゃな。ガッハッハッハ!!」
神聖国の威圧感など微塵も気にしない、ドルヴァンの豪快な笑い声が、静まり返った孤児院に高らかに鳴り響いた。




