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第87話:華麗なる晩餐会と運命の軌跡

煌びやかなシャンデリアが眩い光を落とし、流れる優雅な音楽が会場を包み込む。

そこは帝国中の貴族が集まる晩餐会。

しかしその実態は、豪華なドレスや燕尾服の下に、ドロドロとした野心とむせ返るような香水の匂いが渦巻く欲望の坩堝であった。


そんな中、若干十五歳の皇子レオンハルトは、果実水の入ったグラスを片手に「死んだ魚のような目」で会場を見渡していた。


「……あぁ。つまらん。実につまらんぞ。どいつもこいつも、俺の顔ではなく背後の『帝位』しか見ていない。……ここは晩餐会か? それとも、高値で自分を売り込む『人間市場』か何かか?」


「殿下。お飲み物のおかわりをお持ちしましょうか?」


レオンハルトの背後に静かに控えていたのは、黒髪に眼鏡をかけ、鋭い眼光を放つ長身のメイド、キリエだった。


「キリエか……。果実水など、ガキの飲み物はもういい。……酒だ。アルコールを持ってこい。度数の高いやつをな」


「却下です。殿下はまだ十五歳。帝国の法律では、お酒は十六歳の誕生日からと決まっています。あと一年、我慢してください」


「たかが一年だろうが!! 数値上の誤差だろーが!!」


苛立ちを隠そうともしないレオンハルトに、キリエはクスクスと意地悪く笑う。


「……またワガママを。ついこの前、『大人の階段を登る!』とか言って一口飲んだだけで、目を回して白目剥いて倒れたのはどこのどいつですか」


「あれは……あれは初体験だったから、俺の肝臓がびっくりしただけだ!! 今の俺なら、樽ごと飲み干せるわ!!」


「はいはい。そういう設定にしておきましょうか。……それより、お気に召した令嬢はいましたか?」


「ふん! どいつもこいつも、妃の椅子に座るためなら魂でも売り飛ばしそうな『雌臭い女』ばかりだ。ヘドが出るぞ」


「そうですか? 見た目だけは美少女が揃っていると思いますがねぇ」


「どうせ、俺の妃に選ばれる女など決まっているんだろう? 父上たちの政治的な思惑で作られた『出来レース』……。ただの茶番だ」


忌々しげに舌打ちをする皇子に、キリエはやれやれと肩をすくめた。


「それを言ったらおしまいですよ、殿下。一応は『誰でもワンチャン、シンデレラになれる!』という建前のイベントなんですから。……で? その本命の婚約者候補、リリアン様とは挨拶されましたか?」


「……挨拶? ああ、あの金髪縦ロールの『お人形さん』か」


「リリアン様! その髪、どうしてそんなに完璧な巻き具合なのですか!? 専属の職人が屋敷に住んでるんですか!?」


「うふふ♪ ありがとうございます。毎日、感謝の気持ちを込めて手入れをしているだけですわ」


「ドレスのコーディネートも素敵! まるで絵画から飛び出してきたみたいですわ!」


「まぁ、嬉しい! 貴女のドレスも、その瞳の色と合っていて、とってもエレガントですわよ?」


リリアンの完璧な対応に、令嬢たちは「キャーッ!」と黄色い歓声を上げ、話せなかった組は「ぐぬぬ……」とハンカチを噛んで悔しがる。

まさに会場の主役。

レオンハルトとどちらが皇子かわからないほどの求心力だった。


「……じゃじゃ馬娘と聞いていたが、猫を被るのが上手いではないか」


「そうですね。最近、急に勉学や所作に目覚めたという噂は聞いていましたが……。帝国の淑女としては完璧です」


「ふん。違うな。……あれは『腹芸』だ。心の中では『早く帰りてぇ』とか思ってそうな顔だぞ」


「おや。お気づきでしたか? ですが、皇帝の妃の椅子に座るなら、そのくらいの演技力は必須科目でしょう?」


「女狐め……。あんなのを嫁にしたら、毎日胃薬が手放せなくなりそうだ。自業自得だな、父上の命とはいえ」


主従がそんな冷めた会話をしていると、一人の貴族令嬢が震える手でレオンハルトに歩み寄ってきた。


「で、殿下……。お、お初にお目にかかります……。フェレール男爵の娘、ヴィオラと申します……!!」


「……。……男爵? 誰だそれは。知らないな」


レオンハルトは氷のような視線を向けた。

だが、ヴィオラは勇気を振り絞って前に出る。


「わ、私! 殿下のために、クッキーを焼いてきたんです!! お口に合うか分かりませんが、どうか……食べてください!!」


差し出された小箱に入っていたのは、形は歪で、いかにも「初めて作りました!」という熱意だけが溢れんばかりの代物だった。

だが、晩餐会のつまらなさと苛立ちが限界に達していたレオンハルトは、それを無慈悲に腕で振り払った。


「……こんな粗末な物、俺の口に合うわけなかろうが。不潔だ、下がれ無礼者が!!」


「殿下!! それはやりすぎです!!」


キリエの制止も虚しく、ヴィオラは床に倒れ込み、手作りのクッキーが無惨に散らばった。

周囲の貴族たちが一斉に冷ややかな視線を向け、ヒソヒソと嘲笑し始める。


『男爵ごときが身の程知らずだわ』

『殿下が手作りなんて食べるわけないじゃない』


心無い言葉の針に刺され、涙を浮かべて屈辱に震えるヴィオラ。

……その時、人混みを割って、一人の少女が歩み寄ってきた。


「――貴女、大丈夫? 怪我はないかしら?」


スッと差し伸べられた白く細い手。

ヴィオラが顔を上げると、そこには心配そうに眉を下げるリリアンがいた。

、ヴィオラはその手を握り、ゆっくりと立ち上がる。


リリアンはそのまま床に膝をつき、ドレスが汚れるのも構わずに、散らばったクッキーを拾い集め始めた。


「……あら、美味しそうなクッキーじゃない」


「リリアン様!! そんな、汚いですから、やめてください!!」


「なぜかしら? 困っている人がいるなら、手を貸すのは人として当たり前のことでしょう? ……それに」


リリアンは拾い上げたクッキーの欠片を、躊躇いなく自分の口へと運んだ。


「……!! リリアン様、食べた!?」


「……うん! 美味しいわ。形は少し個性的だけど、貴女の気持ちがぎっしり詰まっていて、とっても優しい味がする」


リリアンが満面の笑みを向けると、ヴィオラは顔を真っ赤にして泣き崩れた。


「あ……ありがとうございます……!!」


「今度、私にも作り方を教えなさいよ。……いつか、絶対に食べさせたい人がいるのよ」


「わ、私でいいんですか……?」


「貴女がいいって言ってるの。……お名前、教えてくれる?」


二人の間に咲いた温かな友情の花。

――しかし、完全に蚊帳の外に置かれ、無視されたレオンハルトの我慢は限界に達していた。


「貴様!! 皇子であるこの俺を無視して、何をしている!!」


怒号を上げたレオンハルトに、リリアンがゆっくりと振り返る。

その瞳には、さっきまでの「淑女の輝き」など微塵もなかった。

そこにあったのは、対象を焼き尽くさんばかりに燃え盛る『怒りの炎』。

彼女はヒールを鳴らし、ヅカヅカとレオンハルトへ一直線に近づいてくる。


「……あ……」


あまりの美しさと迫力に、レオンハルトが一瞬呆けた。

――その直後。


パァン!!


会場の喧騒を切り裂くような破裂音とともに、レオンハルトの頬に強烈な平手打ちが炸裂した。


「ぶべらっ!!?」


皇子の体が、無様に吹き飛ぶ。


「女の気持ちを無下にして、暴力を振るうなんて最低ね。……私が知ってる『ただの平民』だって、もっとマシな誇りを持ってたわよ。それ以下ね、あんた」


見下ろすリリアンの声は、絶対零度のごとく冷たかった。


「……き、貴様ぁぁ!! 皇子の俺を殴ったな!? 父上にも殴られたことないのに!!」


「殿下、落ち着いてください。……いやぁ、いい音しましたね。今の、魔道具で撮っておけば良かったです」


キリエが必死に笑いを堪えながら腹を抱えている。


「ヴィオラ、こんな『声だけデカいバカ』は放っておいて、行きましょう」


「待て!! リリアン!! 貴様、俺の婚約者になりたくてここに来たんじゃないのか!!」


「お父様が、どうしてもって言うから顔を出しただけよ。……あんたみたいな男、こっちから願い下げだわ」


「なっ……!! 俺に無礼を働いて、ただで済むと思っているのか!? 公爵には苦情を入れ、貴様を貴族社会から追放してやる!! 野垂れ死ぬがいい!!」


「好きにすればいいじゃない。……貴族なんて飾り、捨てれば『あいつ』みたいに自由になれるかもしれないしね」


「強がりを!! 女の貴様が追放されて、どうやって生きていくというのだ!!」


吠えるレオンハルトに、キリエが冷静なトーンで告げた。


「……殿下、それは難しいかと。リリアン様、実は勉学だけでなく魔法も武芸も、才能を発揮しているという情報があります」


「……なんだと?」


「つまり、彼女なら追放されても、その辺の魔物を狩りながら冒険者として余裕で稼げる……ということですよ」


「というわけで、苦情でも追放でも、お好きにどーぞ。……もう二度と会うことはないでしょうけど。……殿下、ごきげんよう」


最後に完璧なカーテシー(淑女の礼)を決めてみせると、リリアンは見事な笑顔を浮かべ、ヴィオラを連れて堂々と去っていった。


その凛々しい背中を、レオンハルトは赤く腫れ上がった頬を手で押さえたまま、ただ呆然と見つめていた。


「殿下ー? 生きてますかー? 脳のネジ、全部飛びましたかー?」


「…………ほ、惚れた…………」


「はい?」


「惚れたと言っているんだ、バカ者ぉぉぉ!!」


「あー。……末期ですね。脳みそ、リセットしてきますか?」


「リリアン……面白い女だ!! 親父の命令などどうでもいい!! 今すぐ、公式に婚約の打診をしろ!! いや、むしろ今すぐ俺が追いかける!!」


「まじっすかー。……面倒なことになりそうですねぇ」


「リリアン!! リリアン!! 必ず我が妻にして、またあのビンタを……いや、必ず俺のモノにしてやるぞぉぉぉ!!」


「――というわけだ!! どうだ、運命を感じるだろう!? ハッハッハ!!」


現在の公爵家執務室。

自らの美しき初恋の記憶(脳内補正120%)を語り終え、両手を広げて高笑いするレオンハルト。


「……ただのMの覚醒シーンじゃねーか。リリーは俺を都合いいネタに使いすぎだろ」


アレインが心底どうでもよさそうに吐き捨てた。


「……死ね!! 今すぐ記憶から消去して!!」


リリアンは顔を真っ赤にして頭を抱え蹲っている。


(……ウザイナー。本当に絶滅シナイカナー)


エリオの暗黒微笑はさらに深みを増し。


「……はは。……なんというか、ご馳走様でした……」


無理やり話を振った張本人であるカイトは、完全に目が死んでいたのだった。

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