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第85話:義兄弟の契りは死出の旅路、黄金の瞳が野良犬を射抜く

レオンハルトの「俺様オーラ」全開の挨拶に対し、エドワード公爵はいつもの柔和な、しかし瞳の奥だけが一切笑っていない「ザイン帝国流・塩対応」で迎え撃った。


「……さて。レオンハルト殿下。本日はどのような御用向きで? アポなし訪問は、公爵家としても困るんだがね」


「おお!! お義父とう様ではありませんか!! 挨拶が遅れて失礼いたしました。愛しのリリーが私を呼ぶ声が聞こえたので、私レオンハルト・アルディウス・ザイン、音速を超えて参上いたしましたッ!!」


誰も頼んでいないのに完璧な貴族の礼を決める皇子。

その声量は、もはや執務室の分厚い窓ガラスをビリビリと振動させるレベルだった。


「……私はまだ君の『お父様』になった覚えはないんだが?」


「いえいえ!! いずれ私の父上になるのですから、今のうちから予行練習をしておくに越したことはないでしょう!! ハッハッハ!!」


「……だそうだが?」


エドワード公爵がスッとリリアンに話を振る。

リリアンは両手で耳を全力で押さえながら、顔を真っ赤にして叫び返した。


「呼んでないし!! ただの『暫定』婚約でしょ!! それに毎回毎回、声がデカいのよ!! うるさい!!」


「ハッハッハ!! なるほど、照れているのか!? 愛いやつめ!! そのツンデレ、嫌いではないぞ!!」


「うるさい!! 人の話を聞け!! バカ!!」


「……殿下、もう少しトーンを落としてください。その声、隣の領地まで届いてますよ……。公害ですよ、公害」


心底嫌そうな顔をしたエリオの苦言にも、レオンハルトは全く動じない。


「エリオ!! 俺のことは『お兄様』と呼べと言っているではないか!! 俺たちは近いうちに、切っても切れない兄弟になるのだからな!!」


「……まだ未来は不確定要素だらけですので、遠慮しておきますよ、殿下」


エリオが暗黒微笑を浮かべて牽制するが、レオンハルトのポジティブ思考は留まるところを知らない。


「ハッハッハ!! 姉弟揃って面白い奴らだ! 実に退屈しないな!!」


「……うるせぇ。あれ、皇子じゃなくて、ただの『声のデカい無職』の間違いじゃねーのか?」


部屋の隅で気配を消していたアレインが、思わずボソッと毒を吐く。


「アレイン、本当のことでも口に出しちゃダメだよ」


「見た目はいいのに、口を開いた瞬間に台無しだわー。もったいなーい」


「エルフの私は聴覚が鋭いので、余計に刺さります……。誰か耳栓持ってませんか?」


カイトたちが遠巻きにヒソヒソと囁き合う中、エドワード公爵が静かに口を開いた。


「まあ、どちらにしても後継者問題が片付いた我が家としては、この婚約はリリーの意思に任せているんでね。……家族になるか、ただの『赤の他人』に戻るかは、リリー次第ですよ、殿下?」


「ハッハッハ!! お義父様、私のことは『レオ君』と呼んでください!! それにこの婚約は絶対ですよ。我が父も、貴族派筆頭のフォン家を逃がすほど愚鈍な皇帝ではないですからな」


「……好きで派閥の長をやっているわけじゃないんだけどねぇ。だが、それは継承権一位のアルディウス家の事情であって、フォン家にはどうでもいいことさ」


「……ほう? お義父様、それは父上に弓を引く……ということですか?」


ほんのわずかに、レオンハルトの瞳に刃のような鋭さが走る。

だが、エドワード公爵は涼しい顔のまま紅茶のカップを置いた。


「そんなつもりはないさ。皇帝の椅子なんて、肩が凝るだけで興味はない。……アルディウス家の方々で帝位争いをしていてくれた方が、無駄な侵略戦争もなくて、我々直系貴族は平和でいいって話だよ」


「ハッハッハ!! なかなかに耳に痛い話をなさる。さすがはお義父様だ!!」


「アルディウス家は昔から『親族の不審死』のバーゲンセールだからねぇ。心配なのさ。……親として、子供の幸せを願うのは人として当たり前のことだろう?」


「ハッハッハ!! ご安心ください!! 私がリリーを、大陸一……いや、世界一幸せにしてみせますよ!! ハッハッハ!!」


「フフフ……だといいねぇ? ……調子に乗っているうちに、どこぞの『野良犬』に奪われないといいけどね?」


「ハッハッハ!! 冗談が上手い!! 私からリリーを奪える男など、この世界にいませんよ! ハッハッハ!!」


「フフフ……」


笑顔のまま政治的駆け引きという名の高度な煽り合いを始める二人を見て、アレインは呆れたように目を細めた。


「……あれ? あいつ、もしかしてただの『声のデカいポジティブバカ』じゃない?」


「……バカだけど、馬鹿ではないわね。……うるさいけど。死ぬほどうるさいけど」


リリアンがげんなりとした顔で同意する。

そんな中、レオンハルトの表情からフッと笑みが消えた。


「して? その……リリーを奪おうなどという不届き極まる『野良犬』とは、一体どこのどいつですかな?」


レオンハルトの瞳が、初めて明確な「捕食者」の鋭さを見せた。

――その瞬間、エリオが満面の笑みで特大の爆弾を投下した。


「殿下。……この方ですよ」


エリオの細く白い指が、全力で気配を消して壁と同化しようとしていたアレインを真っ直ぐに指し示す。


「おい!! シスコン野郎!! お前、今、何つった!? 何を指差してんだ!! 指、折るぞコラァ!!」


「……ほう? 貴様か。……名は?」


慌てて食って掛かるアレインを無視し、エリオは澄み切った声で続けた。


「すでに僕との間に、固い絆で結ばれた『義兄弟の契り』を交わした……アレインお兄様です」


「マジでお前、後で一発殴るからな!! 表に出ろ!! 義兄弟の絆を拳で語り合おうじゃねーか!!」


「……ほう。俺より先にエリオに『お兄様』と呼ばせるとは……。なかなかやるじゃないか、野良犬君」


レオンハルトから放たれる、明確な殺気を孕んだ睨み。

もはや逃げ場はないと悟ったアレインは、仕方なく、この世の全てを諦めたようなやる気のない自己紹介を繰り出した。


「ア……アレインでーす。……どうも殿下、ご機嫌麗しいでしょうか……?」


「……すこぶるいいぞ、野良犬君。……今すぐ、貴様を物理的に抹消したいくらいにな」


レオンハルトの顔に、獰猛な笑みが浮かぶ。

その光景を横目で見ながら、エリオの心の中では歓喜のファンファーレが鳴り響いていた。


(潰し合え……。姉さまの周りに集まる虫同士、共倒れになって絶滅してしまえ……フフフ……)


エリオの「計画通り」と言わんばかりの暗黒微笑。

アレインとレオンハルトの間で、一触即発――というよりは、一方的な殺意の火花が飛び散り、公爵家の執務室の空気はさらなる修羅場へと加速していくのであった。

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