第83話:おまけ付きお菓子と招かれざる客
「アレイン君……素敵よぉ! 今の完璧な作法に撃ち抜かれちゃったわ!」
エレナ夫人が両手を合わせ、頬を紅潮させて黄色い声を上げる。
「はっはっは。我が家で学んだことをこれ以上ないほど完璧に活かしてくれているね。……だがアレイン君、私と君の仲だ。そんな他人行儀な挨拶はいらないよ」
エドワード公爵は満足げにうなずき、立ち上がるよう促した。
だが、アレインはゆっくりと立ち上がりながらも、少しだけ肩をすくめた。
「……そう言って貰えるのはありがたいですけどね。一応こっちも平民なんで。公私はきっちり分けさせてもらいますよ」
「もう!! アレイン君ったら、変なところで固いんだから!」
唇を尖らせるエレナ夫人に、エドワード公爵が苦笑を漏らす。
「ハハハ! その『適度な距離感』こそがアレイン君の良いところだよ。……よし、挨拶は済んだ。ここからは堅苦しいのはなしだ。普通にしてくれていいよ」
「……ありがとうございます」
アレインがいつもの気の抜けた姿勢に戻ると、公爵はその後ろで固まっている面々へと視線を移した。
「……それで。そちらの面々はアレイン君の新しいパーティーの仲間かな?」
「アレイン君、早くその可愛い子たちを紹介してちょうだい!」
「……こっちは俺の今のパーティーメンバーのカイト。で、こっちの騒がしい二人……エリナとミナは、前のパーティーの仲間です。今日はただの友人として遊びに来たんですよ」
アレインに促され、三人はガチガチに緊張しながらも自己紹介を始める。
「……アレインのパーティーメンバー、カイトです……」
「あ、友達のミナです! よろしくお願いしまーす!」
「……友達の、エリナです。そのエルフです」
ミナの意外な図太さに感心しつつ、エドワード公爵は鷹揚に笑った。
「ハハハ! そんな、今にも討ち入りにでも行くような顔をしないでくれたまえ。アレイン君の友人なら、我が家の友人だよ」
「そうねぇ。みんなとっても可愛らしいわぁ! 特にエリナちゃん、エルフなのね? 久しぶりに本物のエルフの娘を見たけれど、やっぱり綺麗ねぇ……」
「あ……あ、ありがとうございます……」
恐縮して身を縮めるエリナ。だが、そこへリリアンがズンズンと歩み寄り、立ち塞がった。
「ちょっと、お母様! エリナは私のお友達なんだから、失礼なことやめてよ!」
「あらあら、リリー。あなた一人で独占なんてズルいわぁ。エリナちゃん、私ともお友達になってくださらない?」
「え、ええっと……。その……」
「……あら。こんなおばさんとは、お友達になるのは嫌かしら?」
「い、いえ!! 奥様、すごく綺麗ですし! むしろ、お姉様と呼んでも違和感ないくらいお若いです!!」
必死に首を振るエリナに、リリアンがさらに庇うように前に出る。
「ちょっと! お母様、エリナを困らせないで!!」
「うふふ、ごめんなさいね? ついつい楽しくて調子に乗っちゃったわ。うふふ」
コロコロと笑うエレナ夫人を見て、ミナがアレインの袖を引いた。
「あはは……。なんか、アレインの周りって濃い人しかいないね」
「……あの、僕男なんですけど……さっきから『娘たち』って一括りにされてませんか?」
不憫なカイトの小さなツッコミも、エレナ夫人の前では風の前の塵に等しい。
「あらあらごめんなさいね。こんなに沢山娘達と同じくらいの子達がいるのって初めてだから嬉しくてはしゃいでしまったわぁ」
「エレナ様が喜んでいただけたなら、俺が連れてきた甲斐もあったってもんですよ」
アレインがさらりと返すと、エレナ夫人は意味深な笑みを浮かべた。
「……あら。アレイン君、また口が上手くなったわねぇ。そんなに口説き文句を並べて、私をどうする気? 既成事実でも作る?」
「作らねーよ!! 旦那さんの目の前で不敬罪のハッピーセットを頼む奴がどこにいるんだよ!!」
全力のツッコミに、エドワード公爵が腹を抱えて笑い出す。
「ハハハ! アレイン君が来ると、公爵邸が一気に明るくなっていい。最近全然顔を見せないから、私たちが君に貸した『恩義』も『依頼』も忘れたのかと思ったよ」
「……意地悪なこと言わないでくださいよ。俺だって、色々野暮用が忙しいんですよ」
『……まぁ、実際は「管理者」っていうチート野郎と命のやり取りしてるからな。口が裂けても言えねーけどよ』
内心でぼやくアレインに、リリアンが噛みついた。
「ふん!! 『色々』って何よ! 私という美少女の顔を見るのを後回しにする『野暮用』って!? 納得いかないわ!!」
「まぁ、男には色々あるんだよ。」
「……。……あっ、いいこと思いついた!! アレイン、さっきも言ったけど、冒険者なんて今すぐ辞めて、私専属の『従者』になりなさいよ!」
「なんでだよ!! 俺は自由を愛する冒険者なんだよ!! 組織に縛られるのは御免だね!」
「だって、あなたを従者にすれば……セットで『ブルーナ』も『ヴェルナ』も私の所有物になるじゃない! アレインは正直いらないけど、おまけとして貰ってあげるわ! 感謝しなさい!」
なぜか頬をリンゴのように赤くしながら叫ぶリリアンに、アレインは天を仰いだ。
「なにそれ俺はおまけ付きのお菓子かよ!! 後で絶対食べないで捨てられるやつじゃねーか!!」
「安心しなさい、私がそんな勿体なことしないわよ! ちゃんと食べるわよ!!」
さらに顔を真っ赤にして叫び返すリリアン。
「おまけ付きお菓子の扱いは変わらねーのな……」
「あら、それ名案ね。採用!!」
「ちょっとエレナ様まで悪乗りしないで!!」
そこへ、ここまで静かに憎悪を燃やしていたエリオが口を開いた。
「……姉さま!! お母様!! 僕は断固反対です!! こんな『野良犬』を家に住まわせたら、公爵家の衛生管理が疑われます!!」
「「エリオは黙ってて!!」」
リリアンとエレナ夫人の見事なハモりに、エリオは一瞬で撃沈した。
「……はい」
「……どうしよう。アレインが、おまけ付きお菓子として買収されようとしてる……」
カイトがオロオロとする中、エリナがスッと手を挙げた。
「……むむむ。……あの、私もアレイン専属の『助手』として雇って貰えないでしょうか……?」
「エリナ、それ今真剣に悩むことじゃないよね!? どさくさに紛れて禁断の契約結ぼうとしてるよね!?」
ミナの鋭いツッコミが炸裂する。
「ハハハ! アレイン君が困ってるじゃないか。二人とも、いい加減にしなさい。……まぁ、冗談はさておきだ」
ひとしきり笑った後、エドワード公爵が少しだけ真面目な顔になった。
「リリーもエリオも、来年には『グレイ回廊』の学園に留学することになる。その間だけでも、アレイン君に『ボディガード兼従者』の依頼を出したいと思っているんだ。……どうかな?」
「やった!!」
無邪気にガッツポーズを取るリリアン。
(ちっ……。……姉さまに悪い虫が常駐することになるなんて……)
対照的に、エリオは舌打ちをして苦虫を噛み潰したような顔になる。
「……エドワード様には、確かに返しきれない恩がありますからね。受けてもいいんですけど……俺もあまり、拘束時間の長い依頼はキツいんですよ」
「ハハハ。この子たちが学園生活に慣れるまでの数ヶ月でもいいさ。……まぁ、期間は数ヶ月から……『永遠』まで、選べる仕様にしているよ」
「……不穏な言葉が丸聞こえなんですけど!? 終身刑の間違いだろそれ!!」
「ハハハ!」
「……と言うか、リリーお嬢様も年頃の女の子でしょーが。俺みたいなむさ苦しい男を専属にするなんて、外聞が悪いですよ」
「うちにはもうエリオもいるしね。……それに、リリーのお気に入りの『悪い虫』なら、家の中で飼っていても誰も文句は言わないさ」
「だから『悪い虫』扱いをやめてくれませんかね……?」
深い溜息を吐いたその時。
部屋のドアが控えめにノックされた。一人のメイドが静かに入ってきて、セバスの耳元で何事か囁く。
「…………」
セバスは、あからさまに「面倒なのが来たな」という顔をして、エドワード公爵に伝えた。
「エドワード様。……『レオンハルト殿下』が、こちらへ向かわれたようです」
「……殿下が? 何も聞いてないが……。……はぁ。急なアポなし訪問か」
エドワード公爵は眉間を揉み、エレナ夫人は楽しそうに手を叩いた。
「あらあら。また賑やかになりそうねぇ」
「げっ……。……最悪。一番面倒なのが来たわ……」
「……フン。また姉さまに集る『本物の虫』が来たか……」
リリアンとエリオの露骨な嫌悪感に、カイトたちは戸惑いを隠せない。
「……で、殿下? 王族の方ってこと……?」
「殿下……。ザイン帝国の、本物の王族……」
「ちょっと待って。公爵様に殿下って豪華すぎでしょ……」
「……レオンハルト殿下? どこのどなたで?」
アレインが首を傾げると、エドワード公爵は少し申し訳なさそうに切り出した。
「……ああ。アレイン君にはまだ言っていなかったね。……リリーの『婚約者』だよ。……一応、暫定的な話だがね」
「……帰っていいですか?」
特大の爆弾を前に、アレインは真顔で回れ右をしたのだった。




