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第81話:公爵邸の銀髪少年

エリナとリリアンが打ち解け、その場を包み込んでいた和やかな空気を切り裂くように、聞き覚えのある老執事の声と、鈴を転がすような少年の澄んだ声が響き渡った。


「姉さまーっ!! 馬車が見えたと思ったら、いきなり走り出すからびっくりするじゃないか! 淑女のたしなみはどうしたのさ!」


声の主は、全速力で駆けてきた一人の少年だった。年齢はリリアンと同じくらいだろうか。

月の光をそのまま編み込んだような美しい銀髪に、整いすぎた顔立ちをした、絵に描いたような美少年である。

そしてその後ろには、息一つ乱さずに付き従う老執事——セバスの姿があった。


「ホッホッホッ。お嬢様が全速力で飛び出していかれたのは、やはり坊っちゃんの……おっと失礼、アレイン殿のせいでしたか」


人の悪そうな笑みを浮かべるセバスに、アレインは早速げんなりとした顔になる。


「セバスさんよぉ。その『坊っちゃん』って呼び方は、やめてくれよ」


「そうでしたなぁ。エドワード様からの養子縁組のお話を、お断りになられたんでした。では、これからは『アレイン殿』とお呼びしましょうか」


「いや、普通に呼び捨てでいいっての。ただの平民なんだからよ」


「では……『わか』とお呼びしましょうか?」


「もっとダメだろ……」


頭を抱えるアレインを見て、セバスは満足そうに肩を揺らす。


「ホッホッホッ。冗談ですよ、アレイン殿」


「はぁ……もう呼び方は何でもいいわ。……ところでリリー、この銀髪の美少年』は誰よ? お前さん、一人っ子だったろ。まさか、お父様の隠し子か?」


アレインが銀髪の少年を指差すと、リリアンは心外だとばかりに眉を吊り上げた。


「失礼ね! この子はエリオよ。お父様が引き取った私の義理の弟にして、次期公爵……つまり、私の『可愛い弟』よ」


「……弟のエリオ・フォン・ザインです。姉さま共々、よろしく。……一応ね」


エリオと名乗った少年は、どこか棘のある言葉尻で会釈をした。


「エリオ! あんた、いい加減にその『姉さま』呼びをやめなさいよ! 同い年でしょ! 恥ずかしいじゃない!」


「だって姉さま。戸籍上は姉さまの方が誕生日が早いんだから、僕にとっては永遠の『姉さま』じゃないか。文句ある?」


「……本当に、最近は生意気に口が回るようになったわね。家に来たばっかりの時は、部屋の隅でウジウジしてたくせに!」


「……姉さまのおかげで、僕も強くなれたんだよ。……それで。その人が、姉さまがいつも話している……この『アレインさん』?」


不意に、エリオの言葉の温度が急激に下がった。まるで親の仇でも見るかのような、極寒の吹雪を思わせる視線がアレインを真っ直ぐに射抜く。


「おいおい、リリーさんよぉ。門番のルーキーもそうだったが、お前、俺のことを周囲にどういう風にプレゼンしてんだよ。指名手配犯か何かか?」


「……べ、別に!? ただ『私に逆らう生意気な平民がいる』って事実を述べてるだけよ!!」


僅かに視線を逸らしながら声を荒らげるリリアン。そこへ、セバスが容赦なく爆弾を投下した。


「ホッホッホッ。お嬢様、また思ってもないことを。寝言では『アレインのバカ……早く会いに来なさいよ』とおっしゃっていたではありませんか」


「セバスはうっさい!! 黙れエロ執事!!」


顔を真っ赤にして怒鳴るリリアンを、エリオが冷ややかな声で窘める。


「そうそう、姉さま。そんなにムキにならなくても。……ただの『姉さまにちょっかいをかけてくる悪い虫』の話をしてるだけだよね?」


「……あれ? お前の弟、顔の良さに反比例して口が悪くね? 初対面なのに俺のこと『虫』扱いしたぞ。害虫駆除業者呼ばれる一歩手前なんだけど?」


「ふん! あんたなんか虫で十分よ! 羽虫!」


言い争いを再開したアレインとリリアンを完全にスルーして、エリオはスッとカイトたちに向き直った。

その瞬間、先ほどまでの極寒の視線が嘘のように、表情が慈愛に満ちた天使のそれへと変貌する。


「改めまして。皆様、リリアン姉さまの弟、エリオ・フォン・ザインです。……アレインさん以外の皆様を、心から歓迎いたします」


優雅に、非の打ち所がない完璧な貴族の礼を決めるエリオ。

アレインへの態度とのあまりの「差」に、カイトたちは冷や汗を流しながら慌てて挨拶を返した。


「……カ、カイトです」

「……み、ミナですぅ……」

「……エリナです」


「僕も姉さまと同じで、普通に話してくれて構いませんよ。……ええ、『アレインさん以外』ならね」


エリオは花が咲くような眩しい笑顔を見せた。


「……おい。なんでこいつ、俺のことこんなに全力で敵視してんの? 俺、前世でお前の大事なプリンでも食ったか?」


いたたまれなくなったアレインが抗議の声を上げる。


「さあ? そうかもしれませんね。……あるいは、姉さまに近付く不潔な生き物は、前世だろうが来世だろうが僕がこの手で『浄化』すると決めているだけかもしれません」


「……こえーよ!! 目が笑ってねーよ! リリーよりもタチが悪いぞこのシスコン!!」


「エリオ、どうしたのよ? いつもと違うじゃない。……一応、平民とはいえアレインは年上よ? 少しは敬いなさいよ」


リリアンが珍しく弟を窘めようとするが、その言葉選びがまた火種を産む。


「『一応』ってなんだよ! っつーかリリー! お前だって俺に年上への態度なんて一度もとったことねーじゃねーか! 常に上から目線で踏みつけてくるだろーが!」


「あたしはいいのよ!! と言うより、アレインに敬語を使うとか、私の細胞一つ一つが生理的に拒絶してるわ! 使うくらいなら舌を噛んだ方がマシよ!」


「なんなの、この姉弟……。俺に対して辛辣すぎんだろ……」


理不尽極まりない扱いを受け、アレインは深々とため息をついた。

カイトたちが乾いた笑いを浮かべて完全に固まっていると、見かねたセバスがパンパンと手を叩いて場を収めた。


「さあさあ、皆様。エドワード様とエレナ様も、首を長くしてお待ちしております。お嬢様もアレイン殿も、この辺りで茶番を切り上げて、本邸へ向かいましょう」


「……茶番じゃねーよ、俺の心がボコボコなんだわ……」


セバスに促され、アレイン一行は重厚な門をくぐり、いよいよ豪華絢爛なザイン公爵家の本邸へと足を踏み入れるのであった。

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