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第79話:公爵邸の門番と、変貌したお嬢様

ガタゴトと、一定の周期で揺れる馬車の振動が、座席越しに身体へと伝わってくる。

窓の外には、手入れの行き届いた並木道と、平民が一生かかっても稼げないような額を投じて維持されているであろう、広大な貴族領の景色が流れていた。


「ふぅ……。ようやく見えてきたな。ザイン公爵邸がよ」


アレインが御者席で呟くと、客車に座るエリナが、馬車を引くヴェルナに向けて優しく声をかけた。


「ヴェルナさん、ごめんなさいね。私たちのために馬車を引かせてしまって」


『……別にいいわよ。曲がりなりにもアレインは私の「主人」なんだもの。たまには役に立ってあげないと、餌のグレードを下げられそうだものね』


念話で返ってくるヴェルナの言葉に、エリナは「ふふ、ありがとうございます」と微笑む。

だが、そこで黙っていられないのが「動く財布」こと主人である。


「おい待て。今さらっと聞き捨てならねぇワードが混ざったぞ。『曲がりなりにも』ってなんだ!? 俺、今の今まで主人としてカウントされてなかったの!? ただの『動く財布』だと思われてたの!?」


「まあまあ、アレイン。彼女なりの『デレ』ってやつでしょ〜? ねぇ、ヴェルナっち!!」


ミナが能天気な声を上げると、ヴェルナから氷点下の念話が飛んできた。


『……そうね。それより、その「語尾に『っち』をつければ何でも可愛くなる」っていう安易なネーミングセンスをどうにかしてほしいのだけれど?』


「えぇ〜? ヴェルナっち、可愛くない?」


『死ぬほど可愛くないのだけれど? はぁ……アレインの仲間は、どいつもこいつも変な奴ばかりね……』


「……ミナのネーミングセンスは、出会った頃から壊滅的だからな。期待するだけ無駄だぞ」


アレインの言葉に、エリナも深く頷いた。


「そうですね。私も危うく『エリリン』なんていうあだ名にされそうになって、全力で阻止しましたから」


「お前らの方がまだマシじゃねーか。俺なんてミナに呼ばれる時、名前ですらねぇぞ! 『アレ』だぞ!? 『アレ取って』の『アレ』と同じ扱いだぞ! 記号か俺は!!」


「え〜? 響きがミニマルで可愛いのに〜」


そんな不毛な言い争いを一喝したのは、アレインの頭の上で寛いでいたブルーナだった。


「……おぬしら、不毛な言い争いをしておる間に、公爵の屋敷が見えてきたのじゃ」


ブルーナが指差す先には、天を突くような立派な正門がそびえ立っていた。


「へー! さすが公爵様、お家も気合が入ってるね! 楽しみ〜!」


「ミナ、貴族様の前なんだから、粗相しちゃダメですよ」


「わかってるわかってる! このミナちゃんに、まっかせなさーい!」


『……その「まっかせなさーい」が、この世で一番信用できない言葉だわ』


ヴェルナが辛辣な追撃を加え、その足元ではカイトが「ううぅ……気持ち悪い……。もう、世界が、回ってるよ……」と三途の川の渡し船に乗ったような顔で震えていた。


馬車が門の前に到着すると、一人の門番が、鼻息荒く槍を突きつけてきた。


「止まれェェ!! 何者だ貴様ら! ここをどこだと思っている、ザイン帝国公爵エドワード・フォン・ザイン様の邸宅だぞ!」


「ああん? 『アレイン一行が来る』って、ギルドのエレーナさんから連絡通ってるはずなんだが?」


「黙れ! 薄汚い冒険者共が! 我らがエドワード様が、貴様らのようなドブネズミみたいな連中を呼ぶわけがないだろう! 早々に立ち去れ、不審者として引っ捕らえるぞ!」


あまりにテンプレ通りの罵倒に、アレインは一瞬呆れ、次の瞬間には「名案」を思いついたような顔をした。


「……。……あ、そう。はい、そうですかって帰っていいの? ラッキー、じゃあ俺、子守しなくて済むから一向に構わねぇんだわ。じゃ、お疲れ!」


迷いなく馬車をUターンさせようとするアレイン。


「ふん! 潔いゴミだな! さっさと消えろ!」


「あ、ちょっと待て。一応、後で公爵様に『アレインが来なかったぞ!』って怒られた時のために、お前が俺を追い返したっていう『証明書』に一筆書いてくれんかね?」


ニヤニヤしながらメモ帳とペンを取り出すアレインに、門番は勝ち誇った顔で筆を走らせる。


「よかろう! 薄汚い冒険者め、私のサインを家宝にして一生拝むがいい!」


「へーへー、ありがとうごぜえます。……さあ、これで俺は自由だ」


歓喜の声を上げようとしたその時、奥からベテランの門番たちが慌てて駆け寄ってきた。


「……アレイン!? アレインじゃないか! 何やってんだ、こんなところで」


「おー! 久しぶりだなアレイン! 連絡もらってたぞ、待ちわびたぜ!」


「おう、久しぶり。……だがよ、この『意識高い系ルーキー』が、『薄汚い冒険者の侵入者は許さない』って言うからよ。俺は大人しく帰るところだわ」


「……あぁ!? おい新人!! てめぇ何やってんだ!! 今日はエドワード様の『超・VIP』が来るって朝礼で言っただろうが!!」


「ええぇ!? こ、こんな汚い野良犬みたいな冒険者が、エドワード様の客人……!? ありえない!!!」


「ありえなくねーよバカ! この人はお嬢様のお気に入りだぞ! バレたらお前、明日から地下労働施設送りだぞ!!」


ベテラン門番の怒声に、新人は顔を真っ青にする。


「アレイン、悪かったな! 本邸に使いを出すから、いつもの詰所で茶でも飲んで待っててくれ」


「……おっ。それにしても、また別っぴんさんを連れてきたな。アレイン、お前の新しい仲間か? それとも、ついに……コレか?」


「そんな色っぽい関係じゃねーよ。昔からの『腐れ縁』ってだけだ」


「……アレイン……。お嬢様がいつも話してるあのアレインが、この、薄汚い野良犬みたいな男……!? ありえない……!」


なおも呟く新人の言葉に、アレインの背後で「ピキッ」と何かがひび割れる音がした。


「……。酷い言いようですね。……アレインの良さがわからないその節穴、私の高火力魔法で『矯正』してあげましょうか?」


『無礼にもほどがあるわね。……私の角で、そのルーキー串刺しにしてあげようかしら?』


「いや、妾が踏み潰して『煎餅』にしてやろうかのう」


「おいやめろ! 邸宅の前を血の海にするな! 出禁になるだろーが!!」


なんとか暴走する身内を宥め、羽交い締めにされた新人門番を尻目に、アレインたちは馴染みの門番たちとお茶をすすり始めた。


「いやぁ、新人が悪かったな。最近、お嬢様に心酔してる奴が多くてよ」


「構やしねーよ。……それより、リリーお嬢はどうよ? 相変わらず、屋敷の中で暴れ回ってんのか?」


アレインの問いに、門番は意外な反応を見せた。


「いやいやいや……。アレイン、それがよ……。うちの『猛獣お姫様』は、お前のおかげで、もう『わがまま』の文字を辞書から消しちまったよ」


「……はぁ!? 嘘だろ」


「マジなんだよ。俺なんか、こないだ巡回してたら『いつもお仕事ご苦労さまです』なんて声をかけられちまってよ……。思わず、死期が近いのかと思って遺書書いちゃったぜ」


「俺もだ。『ごきげんよう』なんて挨拶された時は、あまりの美しさに、門番やめて執事学校に入り直そうかと思ったぜ」


「マジかよ……。あのワガママお嬢様、どっかで頭でも打ったのか?」


「そういうわけでな、今のお嬢様しか知らない新人にとっては、お前みたいな野良犬が隣にいるのが許せないわけよ。ハハハ!」


そんな話を詰所で話していると、遠くから優雅な、しかし力強い馬の蹄の音が聞こえてきた。現れたのは、見事な芦毛の馬に跨った一人の少女――リリアンだった。


「……ゲッ。噂をすれば、リリーお嬢様のお出ましか……」


アレインが身構える中、リリアンは鮮やかに馬から降りると、ドレスの裾を汚れ一つ気にせず捌き、アレインたちの前へ歩み寄った。かつての刺々しさは微塵もなく、その表情は春の陽だまりのように穏やかだ。


「……お待たせいたしましたわ。アレイン、そして仲間の皆様も。ようこそザイン公爵邸へお越しくださいました」


アレインが身構える中、リリアンは鮮やかに馬から降りると、ドレスの裾を汚れ一つ気にせず捌き、アレインたちの前へ歩み寄った。かつての刺々しさは微塵もなく、その表情は春の陽だまりのように穏やかだ。


「……お待たせいたしましたわ。アレイン様、そして仲間の皆様も。ようこそザイン公爵邸へお越しくださいました」


リリアンは、非の打ち所がない完璧な所作で膝を折り、深々とカーテシーを決めた。


「案内は、私……エドワード・フォン・ザインが娘、リリアン・フォン・ザインが務めさせていただきますわ。……お会いできて、光栄です」


そこには見惚れるような笑顔をした完璧な貴族令嬢が現れたのだった。

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