第78話:朝の防衛線
「……はっ。知ってる天井だ……じゃねえ! クソ、いつの間にか寝ちまってたぜ……」
ガバァッと跳ね起き、真っ先に部屋の中を見回す。確認すべきは、エリナの不法侵入(および寝込みの襲撃)の有無だ。
「……いない、みたいだな。おいブルーナ、珍しくちゃんと仕事したじゃねえか。見直したぜ」
枕元を見ると、そこには「むにゃむにゃ……肉……」と涎を垂らしながら爆睡しているブルーナの姿があった。
「……なんだよ! 結局寝てんじゃねーか! 全然見張りしてねーじゃねえか! ただの重りだろこれ!」
(……そうでもないみたいだぜ、相棒。ドアと窓をよく見てみろよ)
脳内の「内なるアレイン」に指摘され、目を凝らす。
するとドアと窓の隙間に、淡く輝く古代文字の魔法陣が浮かび上がっていた。
(ブルーナの奴、寝る直前に「強力な結界」を張ってくれたみたいだ。これ、並の物理攻撃や魔法じゃびくともしねーぞ。さすがは伝説の龍だ)
「マジかよ……。ただの食い意地張った『のじゃロリドラゴン』じゃなかったんだな。偉いぞブルーナ、後で特上の霜降り肉でも奢ってやるからな」
深く眠っているブルーナの頭を撫でるが、彼女はピクリとも動かない。
アレインは起こさないよう静かにベッドを抜け出した。
「さて、馬車を借りに行くついでに、鍛錬でもしてくるか」
ドアノブに触れると、結界が『パキンッ!』とガラスが割れるような音を立てて消失する。
「おー、セキュリティバッチリじゃねえか。SECOMも真っ青だわ」
鼻歌まじりにドアを勢いよく開ける。
――そこには。
杖を構え、全身から尋常ならざる魔力を放ち、今まさに「扉を物理的に消滅させようとしていた」エリナが立っていた。
「……っ!?」
エリナは瞬時に杖を背中に隠すと、100点満点の営業スマイルを浮かべた。
「アレイン、おはようございます。今日も太陽が眩しいですね」
「……お、おはよう。……お前、今、何しようとしてた? その、手に隠してる『殺意の塊』みたいな杖は何だ?」
「何を言っているんですかぁ。私はたった今、アレインの清らかな寝顔に挨拶をしようと来たばかりですよ?」
「いやいやいや! 杖構えて、部屋ごと更地にする勢いで魔力高めてたろ! 俺、結界が悲鳴あげてるの聞こえたからな! 誤魔化せねーぞ!」
「はて……? 何のことでしょうか? シュー、シュシュシュー」
「吹けない口笛吹いてんじゃないよ! お母さん怒らないから、正直に話しなさい!」
「……それ、絶対怒るやつじゃないですか!! 故郷のエルフの村でも、そうやってお母さんたちに『嘘つくと宙吊りの刑』にされてる男の子たちがいっぱいいたんですよ!!」
「おいおい、エルフの教育方針スパルタ過ぎだろ……」
呆れ果てるアレインの横で、隣の部屋から寝癖を爆発させたカイトが出てきた。
「……ふぁ〜ぁ。朝っぱらから何騒いでるの……。近所迷惑だよ……」
「カイト、いいところに。馬車借りに行くついでに鍛錬やろうとしたら、この『ムッツリエルフ』が俺の部屋に強行突入を仕掛けようとしてやがったんだわ」
「ひ、酷い!! 私はムッツリではありません! 私はただの……『アレ専』なだけです!!」
「変な造語作ってんじゃないよ! 『アレ専』ってなんだよ、お母さん本当に怒るよ!? アホなこと言ってんじゃありません!」
カイトが眠たげな目で二人を見比べ、ぼそりと呟く。
「……ねぇアレイン。最近、アレインのツッコミがキレキレすぎて怖いんだけど。やっぱりあの呪いの手紙に、変な精神汚染でもかかってたんじゃ……」
「……の、呪い!? 解呪……解呪しなくては!! さあアレイン、私の部屋で二人きりで、衣類をすべて脱ぎ捨ててハァハァ……」
「絶対行かねーよ!! 欲望丸出しじゃねえか! 解呪じゃなくてトドメ刺す気満々だろ!」
「……朝から元気だねぇ〜。エリナ、いい加減にしないと、また女将さんに『塩』撒かれて街の外まで追放されるよ?」
背後から現れたミナが、エリナの首根っこをヒョイと掴み上げる。
「ミ、ミナ! 待ってください、アレインの呪いが……私の愛の魔力で浄化しないと……!」
「はいはい、呪い呪い、凄い凄い。じゃあ、エリナは私が全力で『拘束』しとくから、アレインは安心して行ってきなよ」
「ちょっとミナ! 離して! ア、アレイン、助けてーー!!」
「……じゃあな」
爽やかな笑顔で手を振るアレインに対し、エリナは「アッーーー!!」と悲鳴を上げる。
ミナは「はいはい、静かにしようね〜。……これ、口に猿轡しとく?」と物騒なことを言いながら、彼女を強制連行していった。
「……ふぅ。一難去って、また一難の予感しかねーわ」
「……エリナさんのキャラ崩壊、原作の設定をマッハで突き抜けてるよね。……愛って怖いな」
「所詮、原作は原作。現実はあんなもんだ。……夢を見るのは勝手だが、現実は常に『重い』ってことを受け入れろ」
カイトが不思議そうにアレインを見つめた。
「でもさ……アレインって、主人公を降りた割には『フラグ』立ちまくってると思うんだけど? 無自覚なのかな?」
「……そうか? 俺には死神の鎌が何本も首に突き刺さってるようにしか見えねーけど」
「……本命とか、決めたりしないの?」
アレインは一瞬、真面目な顔をして答えた。
「少なくとも、今は無いな。俺はあの下衆ガミに絶対勝って、地球に帰るんだ。……それに、進むも引くも、俺の中にいる『相棒』が決めることだしな」
「……内の相棒?」
「ああ、今更だが……本物のアレインと今の俺の魂は、完全に融合してるんだわ。一応、脳内で意思疎通も取れるしな」
「……あ、たまに独り言言ってるのって、それだったんだね。一人二役の漫才かと思ってたよ」
「そういうこった。勝負に勝てば、この体は本物のアレインに返す。……相手はその時、相棒がテメェで決めりゃいいんだよ」
「……へー」
「っつーわけで、俺は誰とも『既成事実』を作る気はねーんだわ。じゃ、公爵様のところに行く馬車、手配してくるわ」
アレインは颯爽と宿屋を後にする。
その背中を見送りながら、カイトは確信していた。「……カッコいいけど、絶対後で困るやつだこれ」と。
(……おい、もう一人の俺。さっきからカッコつけて語ってるけどよ……)
活気溢れるメルキアの街を歩くアレインの脳内に、相棒の声が響く。
(もし俺が元に戻った瞬間、東西南北からヤンデレたちに刺し殺されるような展開になったら、責任取ってくれんのか……?)
「……いやぁ、モテる男って大変だよな。羨ましいぜ、相棒」
(……おい、誤魔化してんじゃねーよ!! エリナだけでも『積載量オーバー』なのに、これ以上変なフラグとか立てんじゃねーぞ!! 俺の未来が血の海だわ!!)
「ハハハ、何言ってんだい? 俺がそんなにモテるわけないじゃん。全部お前の『勘違い』かもしれねーじゃん?」
(……だといいがな。……おい、念のため聞くが、フラグが立ってそうな女、他に心当たりあんのか? 予想だけでも教えろ)
「……そんなにいたっけ? エリナくらいだろ。……多分」
(……本当かよ。全然信用できねーんだが?)
「大丈夫、大丈夫! ポジティブに行こうぜ、相棒! 世界は希望に満ちてるぞ!」
そう言って誤魔化しながら、アレインは朝の喧騒の中へと消えていった。




