第72話:光への嫉妬、あるいは泥の底から
……俺がブレイブに一太刀浴びせてから、あいつの様子も少しずつ変わりやがった。
会ったばかりの頃の、あの鼻持ちならねー優等生面が剥がれ落ちてよ。
どこにでもいる、ただのクソガキに戻ったんだ
内なるアレインの声は、どこか慈しむような響きを帯びていた。
それからはもう、二人で授業をサボって街へ繰り出したり、ジジイの寝込みに悪戯を仕掛けては、揃って特大の拳骨を喰らったりよ。
いつの間にか孤児院一の「厄介者コンビ」なんて呼ばれるようになってたが、悪くねー毎日だったぜ。
親父たちを失ってから、俺が心の底から笑えるようになったのは、あいつとバカやってる時だけだった気がする。
……だが、そんな温い日々も、永久に続くほど甘くねぇ
この孤児院の定年は十五歳。
十六になったら、否応なしに追い出されて自分の足で立たなきゃならねぇ。
卒業の日が迫ったある日、ブレイブが将来の話を切り出しやがったんだ,。
孤児院の裏手、燃えるような夕焼けが街道を赤く染める頃。
十五歳になったアレインとブレイブは、背の高い草むらに寝転んで、刻一刻と表情を変える空を見上げていた。
「ねえアレイン。……君は、ここを出たら何をしたい?」
隣で空を見つめるブレイブの横顔は、出会った頃よりも少しだけ大人びていた。
アレインは鼻を鳴らし、わざと投げやりな口調で返す。
「あぁ? なんだよ急に。……俺はあれだ、とりあえず定職に就かずに、公園のベンチで鳩と会話する隠居生活でも送ろうかと思ってたところだわ」
「あはは、それじゃあ餓死しちゃうよ。……僕たちは、もうすぐ十六歳だ。アレインには、何か『やりたいこと』があるのかなって思ってさ」
ブレイブの問いに、アレインの胸の奥がチリリと疼いた。
「……。そうさな。……ならお前はどうなんだよ。そのキラキラした目で、どんな未来を見てやがんだ?」
「僕かい? ……僕はここを出たら、冒険者になろうと思ってるんだ」
意外な答えに、アレインは身を起こした。
「冒険者? なんでまた、そんな仕事選ぶんだよ。お前ならもっとこう、王都の受付嬢をナンパして回るチャラい役人とか、いくらでも働き口あんだろ」
「ただの冒険者じゃないよ。僕は……『S級冒険者』になりたいんだ」
あまりにも壮大で、あまりにも無謀な目標。
アレインは呆れたように肩をすくめた。
「……でけぇ夢だな。なんでまた、そんなランクを目指すんだよ」
「……僕の両親に、僕の名前が届くくらい有名になりたいんだ。……僕が捨て子だってことは、君も知ってるよね?」
アレインは黙って頷いた。
かつてブレイブ自身から聞いた話だ。
「ああ。……あれか。有名になって、自分を捨てた親を見返して『ざまぁ!』ってやりたいとか、そんな感じか?」
「違うよ」
ブレイブは静かに首を振った。
「僕の入ってた籠にはね、書き置きがあったんだ。『必ず迎えに行くので、しばらく預かってください』って」
「……で、結局来なかったんだろ。それが答えじゃねーか」
「きっと、何か事情があったんだよ。……そう、思いたいんだ」
「……お前、意外とおめでてー頭してんだな」
辛辣なアレインの言葉にも、ブレイブは怒ることなく、ただ穏やかに微笑んだ。
「あはは、そうかな? ……だから、僕はS級冒険者になって、世界中に名前を轟かせたいんだ。僕を置いていった両親に……『もう僕は立派にやってるから大丈夫だよ。だから、心配しないで』って伝えたい。迎えに来なくても、僕は幸せだよって」
「……。そのためだけに、命張るのかよ」
「うん。……それしか、思いつかないから」
隣にいる少年が、どうしようもなく眩しかった。
アレインの復讐すべき相手――親たちを奪った貴族は、既に法の手によって勝手に処刑されていた。
矛先を失い、心の中が空っぽのようになっていたアレインには、ブレイブのような確かな「夢」なんて、これっぽっちも無かった。
『……だから、あの時俺が吐いた言葉は、ただの『逃げ』だったのかもしれねぇ』
「……しゃあねぇな。やることもねーし、お前のそのバカげた夢、手伝ってやるよ」
「いいのかい? アレインだって、何かやりたいことが……」
「無ぇから付き合ってやるっつってんだろ! なんだ、俺が相棒じゃ役不足だってか!?」
「そんなことないよ! ……君と一緒なら、きっと最高に楽しい冒険になるよ」
そんな安請け合いの約束を交わし、二人は十六を迎えてすぐに冒険者ギルドへと登録した。
……だが、現実は非情だったぜ。
ブレイブは魔法全般、さらには超希少な光魔法にスキルまで持っていた。
「天は二物を与えず」なんて諺、あいつを前にしたらただのデマだと思ったね。
対する俺は、攻撃魔法はカス、無属性魔法が関の山。
おまけに授かったスキルは「鑑定」……。
これから戦場へ行こうって奴に、フリーマーケットの鑑定士みたいな能力よ。
アホかと思ったぜ。
でも、俺は良かったんだ別にブレイブみてえにS級目指してるわけでもなければやることもねえから手を貸してるだけだったからな。
それからエリナやミナと出会って、パーティーを組んで、クエストをこなす。
ブレイブの名前が上がるたびに、俺も自分のことのように誇らしかった。
……だが、いつからだろうな。
柄にもなく、あいつに……親友に『嫉妬』しちまったのは…
輝く光の隣にいればいるほど、自分の影は濃く、暗くなっていく。
なぜあいつのように輝けない。なぜ自分には、仲間を救う華やかな力が無いのか。
そんなドロドロとした感情を抱えながら戦う自分自身が嫌になって――お前、つまり「もう一人の俺」がこの身体に入り込んだあの日、俺はブレイブに何も告げず、こっそり消えちまおうって決めてたんだ。
……その時だ。奴が、あの吐き気のする『管理者』が現れたのは。




