第73話:魂の混濁、あるいは最低な相棒へ
お前が俺の体に入り込んだあの日――俺はブレイブに嫉妬する自分が、どうしようもなく嫌になってた。
あの日のクエストが終わったら、あいつらの前から消えるつもりだったんだ。
キラキラしたあいつらに、俺みたいなドブネズミが一緒にいていいわけがねぇ。
そんな卑屈な考えで頭がいっぱいだったせいで、俺は戦場で特大のヘマをかましちまった。
「アレイン、危ない!!」
「アレイン、後ろよ!!」
「アレイン、避けてぇぇ!!」
ブレイブ、エリナ、ミナの声が重なる。
「……あ?」
抜けた声が出た直後、凄まじい衝撃が走った。
イノシシのような魔物の突進をモロに喰らい、アレインの意識は深い闇へと沈んでいった。
『……そのせいで、奴に、あのクソ野郎に出会っちまったんだ。』
目が覚めると、そこは何もない真っ白な空間だった。
「なんだここは? あの世にしちゃ殺風景なところじゃねえか」
呆然と立ち尽くすアレインの前に、人の形をした「何か」が音もなく現れた。
『お悩みがあるようですねぇ……?』
「あぁ!? なんだテメェ、その気持ち悪いツラは」
得体の知れない圧迫感。
そいつ――セレスティアは、くねくねと姿を揺らしながら言った。
『おや? おかしいですねぇ……』
「おかしいのはてめえの顔だろ」
『うーん……君、僕がどう見えるかな?』
「どうもこうも、声も顔もコロコロ変わりやがって。一言で言えば『気色の悪い化け物』だ。それ以外に表現のしようがねーよ」
アレインが吐き捨てると、セレスティアはクスクスと不気味に笑い始めた。
『フフフ……。教会の孤児院育ちのくせに、君、さては救いようのない不信心者だね?』
「お生憎様。うちの孤児院は、ジジイが無神論者の似非神父だったんでね。神を拝む暇があったらスクワットしろって教育なんだわ」
『ふむ……。最近、コストをケチって「リサイクル(転生)」なんてさせてたせいで、システムの不具合が生じてるのかな……』
独り言を漏らす化け物に、アレインは苛立ちをぶつける。
「おいてめぇ、教会がなんの関係があるんだよ。つーかここは何処なんだよ。あの世か?」
『ああ、ごめんごめん。ここはあの世じゃないよ。「狭間」かな。……簡単に言えば、僕がこの世界の理、セレスティアそのもの……とでも名乗っておこうか』
「はぁ!? 教会の女神像と全然違うじゃねーか。実物がこんな気色悪い化け物とか詐欺だろ」
『ハハハ! 大丈夫、信じる者には美しく見えるのさ。君が性格くれてるから化け物に見えるだけだよ』
「やっぱり詐欺師じゃねえか」
『ハハハ』
「笑って誤魔化してんじゃねえよ」
『ハハハ、まあいいじゃないか。それより本題に入ろうじゃないか』
その瞬間、心臓を直接掴まれたような衝撃が走り、アレインの動きが止まった。
『君は不信心だけど、僕の可愛い「駒」だからね。特別に力を授けようと思ったんだ。……どうだい? ブレイブを超える力が欲しくないかい?』
……ブレイブを超える力。喉から手が出るほど欲しかった言葉だ。
だが、アレインは絞り出すように答える。
「……してねえ」
『ん? なんだって?』
「嫉妬なんて……そんなもんしてねえよ!!」
『でも君、ブレイブの前から消えるつもりだったんだろう?』
「けっ……化け物のくせに、神様名乗るだけあってお見通しってことか」
『そういうこと。理解が早くて助かるよ。で? どうだい、ブレイブを超える力、欲しくないかい? さあ、顔も、性格も、才能まで持っている親友が羨ましいだろう? 僕に縋れば、すべてを凌駕する「主人公の座」を与えてあげるよ……』
セレスティアがアレインの肩に手を伸ばす。
『悩む必要はない。親を殺され、泥水を啜って生きてきた君への「ご褒美」だ。さあ――』
アレインはその手を、渾身の力で振り払った。
そして、今までで一番不敵な、汚い笑顔を見せる。
「……いらねぇよ。クソ野郎」
『あらら、断られちゃったよ』
「そんな偽物の力貰って、あいつを超えて……それで満足するほど、俺のプライドは安売りしてねーんだわ。それに……死んだお袋から言われてるんでね。『知らない変質者から物を貰っちゃいけません』ってな!!」
『ハハハ、いいお母さんじゃないか』
「てめぇの力なんていらねえよ。俺は曲がる気はねえ。失せろ、化け物」
『ハハハ……いやあ、原作以上の意地っ張りで困ったね』
「原作ってなんだよ。さっさと俺を元の場所に戻せ」
すると、セレスティアの雰囲気が一変した。
『……こうなっては仕方ないね。「予備」を使うか』
セレスティア・・・管理者がが取り出したのは、眩しく光る「魂の欠片」だった。
「……なんだ、それは
」
『君の体は、この魂(もう一人の君)が代わりに使うよ。自分の意思で動けない「駒」は、もう用済みだからね?』
「ふざけんな……誰が体を渡すか……!!」
突如、全身が鉄のように重くなった。声が出ない。指一本動かせない。
『お喋りはここまで。……おやすみ。いや、「さようなら」かな?』
押し寄せる猛烈な眠気。
意識が遠のく中、俺は見たんだ。
自分の体に、見知らぬ「誰か」の意識が入り込んでくるのを――。
『……そうして、もう一人の俺。……お前にこの体を明け渡したんだ』
語り終えた内なるアレインが視線を向けると、横ではアレインが心地よさそうな寝息を立てていた。
……どうやら、相棒の長い昔話が最高の子守唄になってしまったらしい。
『……寝ちまったか。ったく、人がキャラに合わねーシリアスな告白してたってのに、相変わらずマイペースな野郎だぜ』
焚き火の光に照らされる、アレインの寝顔。
内なるアレインは、透明な視線でその背中を見つめ、独り言をこぼす。
『……でもよ。俺の体に入り込んだのが「お前」で良かったぜ。もし、あのクソヤロウの書いた「原作」通りになってたら……俺はきっと、悔やんでも悔やみきれねー結末を迎えてたはずだからな』
『お前が俺のドロドロした嫉妬を必死に押し殺して、呪いに耐えながら生きてるのを……俺はずっと、夢を見てるような感覚で見ていた。悪いなって思いながらよ。……呪いが解けてブレイブと再会した時、俺はお前に体を全部譲って、完全に消えるのも悪くねーって思ってたんだ』
『……全く、人生ってのはわからねーもんだな。消えるつもりが、あのクソ野郎をぶん殴るために、魂が一つに混ざりちまうなんてよ』
「……おい、ブレイブ……。その……金色の髪……毟って……換金……してやるからな……。ぐへへ……」
『……寝言まで最低かよ、お前。……まぁ、いい。これからもよろしくな、もう一人の俺よ。体がねえから口出ししかできねえけどよ』
焚き火が小さく爆ぜる。アレインは夢の中で、かつての自分と肩を並べているかのような、穏やかな寝顔を見せていた。




