第71話:泥臭き一勝、あるいは向日葵の笑み
「へぇ……。ブレイブとは、そんな出会い方だったのか。意外と王道してんじゃねーか」
焚き火を囲みながら、アレイン(現代人)は感心したように呟いた。記憶の奥底から響く相棒の声は、どこか居心地が悪そうに鼻を鳴らす。
(あ? つーか『ラニべ』とかいうやつで、俺の過去くらい知ってるんじゃねーのかよ?)
「『ラノベ』な。……まぁ、ネット小説なんてのは水物だからな。商業化して金が絡みだすと更新がピタッと止まったり、作者がエゴサで病んで失踪したりするんだよ。だから完結まで追えてねーんだわ」
(……そんな適当な奴が、俺の物語の創造主なのかよ。世も末だな)
「それが『投稿小説』ってやつよ。義務もねーし、書きたい時に書く。嫌になったら放置。それがこの業界の不文律よ」
内なるアレインは呆れ果てた様子だったが、すぐに気を取り直したように言葉を続けた。
(……。まぁいい。それで、孤児院に強制収容された俺が、なんであの金髪野郎とダチになって冒険者なんていう仕事に就いたか……だったな。)
「おう。過去編は一気に終わらせるのが長編の定石だ。後で小出しにされてもテンポが悪ぃからな。さっさと聞かせろよ」
(俺の過去にここまで食いつく物好きは、世界でお前一人だけだと思うぜ。……もう一人の俺)
相棒は照れ隠しのように毒づきながら、再び古い記憶の幕を開けた。
俺がジジイとブレイブに拉致――もとい、強制連行された孤児院は、予想に反して街の真ん中にあった。
お前が読んでるラノベなら「森の奥」とか「絶海の孤島」と相場が決まってんだろうがな……。
だが正直、助かったよ。
学も金もねぇクソガキに、初めて「帰る場所」ができたんだからな。
……まぁ、当時の俺はそんな殊勝な考えは微塵もなくて、ただブレイブに負けたのが悔しくて、あいつの顔面に一太刀浴びせることしか考えてなかったがな
午後の穏やかな光が差し込む孤児院の教室。
しかし、その空気は一人の老人の怒声によって切り裂かれた。
「アレイン!! 寝るなぁぁ!!」
ゴッ!! という鈍い衝撃音と共に、十三歳のアレインの頭にトルヴァンの特大の拳骨が叩きつけられた。
「……いってぇぇ!! クソジジイ! 児童虐待で通報すんぞ、この野郎!!」
「授業中に涎垂らして寝るお前が悪いんじゃろうが、このクソガキィ!!」
アレインは涙目で頭を押さえながら、目の前の筋骨隆々な「神父」を睨みつけた。
「ジジイのイカれた宿題(筋トレメニュー)のせいで慢性的な寝不足なんだよ! 寝させろ!!」
「そんなに寝たいなら、今すぐ儂の手で物理的に『永眠』させてやろうかのぉ?」
「上等じゃねえか! 老い先短いその命、俺が今すぐ散らしてやんよ!!」
「表出ろぉぉ、クソガキィ!!」
「かかってこいや、ハゲジジイ!!」
怒号を撒き散らしながら教室を飛び出していく二人。
その嵐のような光景を、他の子供たちは慣れた様子で、深いため息と共に見送っていた。
「……また始まったよ。あの二人、本当は仲いいよね」
「自習になったからラッキー。」
「アレインが来てから、先生も楽しそうだよね。なぁ、ブレイブ?」
同年代の子供たちの問いかけに、ブレイブは苦笑いを浮かべた。
「あはは……。先生の体力が有り余ってるのは、僕としてはちょっと困るんだけどね……」
そんな、騒がしくも温かい毎日が繰り返されていたある日のことだった。
「アレインがまたブレイブとやるってよ」
「何度目だよ、よくやるなあいつ」
「早くアレインの応援に行こうぜ!」
道場には、噂を聞きつけた子供たちが続々と集まってきていた。
その中心で、二人の少年が木刀を構えて対峙している。
「今日こそ、そのいけすかねー綺麗な面に、俺のドロドロの怨念を一撃お見舞いしてやるぜ、ブレイブ!」
「君、日に日に強くなってるからね。今日はどんな隠し芸を見せてくれるか楽しみだよ」
不敵に笑うアレインに対し、ブレイブはどこまでも涼やかな笑みを崩さない。
その周囲では、黄色い声援と野太い野次が飛び交っていた。
「ブレイブ、アレイン! 二人とも頑張ってー!」
「ブレイブ、手加減しなさいよ! 毎日毎日アレインの手当(包帯巻き)するの、私の仕事なんだから!」
「二人とも、怪我しないでね!」
女の子たちの心配をよそに、男の子たちは勝敗に熱狂していた。
「今日こそ勝てよアレイン!」
「お前が勝てば今日のおかずが一品増える方に賭けてるんだ、絶対勝てよ!」
「アレイン、一発かましてやれ!」
「……おいお前ら、応援するフリして俺の勝敗でギャンブルすんじゃねーよ! しかも勝っても『おかず一品』ってレート低すぎんだろ!!」
アレインのツッコミに、道場がドッと笑いに包まれる。
ブレイブはその様子をどこか眩しそうに見つめていた。
「ふふふ、君は男の子たちに大人気だね。羨ましいな」
「野郎に好かれて何が嬉しいんだよ、この天然タラシ野郎が!」
「僕は女の子には好かれるけど、男の子にはあんまり人気がないんだよね……」
「……ナチュラルにモテ自慢してんじゃねえぞ。ぶち殺す!!」
アレインが弾丸のごとく踏み込んだ。
いつものように「剛」の剣が唸りを上げるが、ブレイブはそれを華麗にいなしていく。
アレインの剣の軌道が逸らされ、無防備な胴体にブレイブの木刀が叩き込まれようとした、その瞬間だった。
(……ここだ!!)
アレインは軌道を逸らされた勢いに逆らわなかった。
むしろ、その遠心力を利用して独楽のように鋭く一回転する。
予想外の角度からブレイブの脇腹へと、アレインの渾身の一撃が放たれた。
バキィィ!!
激しい衝撃音が響き、ブレイブの体が派手に吹き飛んだ。
すぐに立て直そうとするブレイブだったが、地面に膝をついたその喉元には、既にアレインの木刀がピタリと突きつけられていた。
「……へっ。俺の勝ちで、いいよな?」
静寂が道場を包む。ブレイブは数秒間、呆然とした表情でアレインを見上げていたが、やがて「やれやれ」と肩をすくめて笑った。
「……参ったな。うん、君の勝ちだ。完敗だよ」
「うおおおぉぉぉ! やったなアレイン!」
「お前、マジですげーよ!」
「ブレイブが尻もちついてる姿、初めて見たぜ!!」
その瞬間、少年たちが津波のように押し寄せた。
アレインは揉みくちゃにされながら、無理やり担ぎ上げられる。
「おい! やめろ離せ! 汗くせーんだよ!」
「アレイン、次は負けないからね」
ブレイブが爽やかに立ち去ろうとする。
その背中に、アレインは担ぎ上げられたまま必死に叫んだ。
「おい! 何いいライバルに出会ったみたいな『良い話』風の顔して去ろうとしてんだよ! この野郎どもを止めろ、助けろよ!!」
「……あはは。男同士の友情を邪魔しちゃいけないかな、と思って。……仲良くね!」
振り返ったブレイブの笑顔は、いつもの作り物めいた優等生の笑みではなかった。
心の底から楽しんでいる、少年らしい表情だった。
「お前……そんな顔で笑えたんだな」
「君の面白い顔のおかげかもね?」
「人の顔で笑ってんじゃねえよ!!」
二人のやり取りに、男の子たちがまた笑い、それを少し離れた場所から見ていた女の子たちが囁き合う。
「ブレイブがあんな楽しそうに笑ってる顔って、初めて見たわね」
「先生もブレイブも、アレインのおかげでだいぶ変わったね……」
「ねぇねぇ、私もアレイン兄ちゃんわっしょいわっしょいしたい!!」
「だめよ、汗臭い匂いが移るから大人しくしてなさい」
「えー!!」
(あの時、ブレイブに初めて勝って、ようやくあいつと対等になれたと思ったんだ。それからだな、ブレイブと普通に話すようになって、遊ぶようになったのは。……まぁ、勝ったのはその一回だけで、その後は一度も勝てたことねえんだけどな)
内なるアレインの声は、自嘲気味ではあったが、どこか誇らしげでもあった。




