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第20話:学びの園と、じゃじゃ馬令嬢の宣戦布告

俺は今、ザイン帝国の重鎮、エドワード・フォン・ザイン公爵の別邸を訪れていた。  


事の始まりは、帝国の商人から依頼された積み荷の護衛だ。


その際、俺が連れていた「ちびドラゴン(ブルーナ)」と「美しい毛並みの巨馬ヴェルナ」を見た商人が、帝国の貴族たちに『珍しい魔物を連れた凄腕の冒険者がいる』と吹聴して回ったらしい。


その話が耳に入り、わざわざ魔物を見物するためだけに俺に指名依頼を出してきたのが、このザイン公爵夫妻だった。  


提示されたのは破格の報酬と交通費、さらには全額負担の宿泊費。


まさに「濡れ手に粟」と言える内容だったが、俺はただ金に釣られたわけじゃない。


(管理者が送り込んでくる『主人公』が、もし帝国側の高貴な人間だった場合、コネがないのは致命的だ。今のうちに最上級の貴族と縁を作っておくに越したことはない)


そんな打算を抱えて赴いたザイン公爵家だったが、公爵夫妻は意外にも常識人だった。


大貴族特有の傲慢さは薄く、目の前で寛ぐブルーナやヴェルナを見て、


「これほど気高く、美しい魔物を間近で見られるとは」


と心から感謝してくれた。


問題は、彼らの一人娘だ。  


見物中、俺が「ガキなんだから少しはサービスしてやれ」とブルーナたちに言ったのが運の尽き。


娘はブルーナたちの愛らしさと神々しさに一瞬で心を奪われ、


「この子たちを買い取りたい! 私のそばに置きなさい!」


と喚き散らす事態になった。


夫妻は「金で解決できる問題ではない」と娘の我儘を断固として跳ね除けたが、娘の執念は凄まじい。


結果、夫妻からは


「金はいくらでも出すから、定期的に娘に魔物を見せに来てやってほしい」

という継続依頼を打診された。

そこで俺は、報酬の代わりにこう提案した。


「金はいりません。その代わり、俺に行儀や作法の教育を受けさせてください。今後、貴族や王族の方々と接する際、無礼打ちにされない程度の教養が欲しいんです」  


公爵は驚きつつも、「娘の勉強相手を兼ねてで良ければ」と気前よく快諾してくれたのだった。


それ以来、俺は暇を見つけては公爵邸に通い、専属教師による帝国の高等教育を受けている。


「よう、アレインか。また来たな」  


正門の門番が、慣れた様子で声をかける。


「ああ。中に入れてくれ」


「わかってるよ。今から迎えを呼んでくるから、詰所で茶でも飲んでくつろいでろ。」


最初のうちは「不潔な平民め」という視線で見られていたが、今や俺は『お嬢様のワガママを受け止める唯一の盾』として、守備隊の間で英雄視されている。


「……お前が来ると、ワガママお嬢様の矛先が俺たちに向かなくなるから、みんな喜んでるんだぜ」


「歓迎するぜ。今、本邸から迎えを呼ぶからな。正直、俺たちじゃあのお転婆は手に負えん」


詰所で茶を啜っていると、廊下の向こうから凛とした、だがどこか温かみのある声が聞こえてきた。


「――お待たせいたしました。よくいらっしゃいました、坊っちゃん」


そこに立っていたのは、公爵家の筆頭執事、セバスだった。


「セバスさん。だから、俺は坊っちゃまじゃねえよ。ただの野良犬だ」


「そのようなことはございません。知識を求め、礼を重んじる心を持つ者は、我らザイン公爵家の賓客。さあ、どうぞ。当主様方も首を長くしてお待ちでしたよ」


案内された執務室へ入ると、エドワード公爵が書類を置き、笑顔で立ち上がった。


「やあ、アレイン君。今日もよく来てくれたね」


「さあさあ、座って。いい紅茶が入ったのよ」  


奥様のエレナ夫人も、上品な仕草でソファを勧めてくれる。


「俺みたいな平民に、わざわざ出迎えなんていいですよ」  


俺が恐縮しながら答えると、公爵は苦笑して首を振った。


「いやいや、そんなわけにはいかないな。アレイン君、君が来てくれるようになってから、娘のリリー(リリアン)は実によく笑うようになったし」


「何より勉強に身が入るようになったんだ。君という『競い合うライバル』がいるおかげでね」


「そうよ、アレイン君。あなたは我が家の福の神ね。あの子、以前は使用人に当り散らしてばかりいたけれど、今はあなたに負けたくない一心で、嫌いだった歴史も作法も必死に学んでいるんですもの」


公爵はさらに声を潜めて笑う。


「お陰で、リリーに嫌われて辞めさせたことにしていた有能な使用人たちを、こっそり呼び戻すこともできた。あの子の注意がすべて君に向いている隙にね」


「……俺、ダシに使われてるだけじゃないですか」


そんな和やかな会話を遮るように、廊下から凄まじい足音と叫び声が近づいてきた。


「アレイン! アレインが来てるんでしょ! どこよ、隠れてないで姿を見せなさい!」


「お嬢様、落ち着いてください! 殿方にお会いするのですから、もう少しおめかしを……!」


「あんな奴にそんなの必要ないわよ! 早く通しなさい!」


扉の向こうで繰り広げられる喧騒に、公爵夫妻は「やれやれ」といった様子で顔を見合わせ、俺は思わず額を押さえた。


 バァァン!!


勢いよく扉が開かれ、一人の少女が飛び込んできた。  


艶やかな金髪を振り乱し、宝石のような瞳を爛々と輝かせた公爵令嬢、リリアン・フォン・ザイン。


彼女は俺の姿を捉えると、スカートを翻して不敵に笑った。


「見つけたわ、アレイン! 今日こそ、今日こそ勝負よ! ブルーナとヴェルナは、この私が正当に貰い受けるんだから!!」


高らかに、そしてあまりに傲岸不遜な宣戦布告。  


だが、その顔には隠しきれない歓喜の色が浮かんでいた。


(……やれやれ。お前はどこかの乙女ゲームの悪役令嬢かよ……)


俺は手元の最高級の紅茶を一口啜り、変なフラグを立ててないよな、

と心の中で溜息をつく。


そして、詰め寄ってきたリリアンの耳元で、

彼女にしか聞こえない低い声を掛けた。


「――今日も返り討ちにしてやるよ、クソガキ」


その言葉に、リリアンの顔が一瞬で真っ赤に染まる。    


こうして、俺の「休養」という名のもう一つの修行が始まった。

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