第19話:羞恥の連鎖、あるいは「黄金と漆黒」のヒーローごっこ
俺の修行は、次の日からさらに、それこそ死ぬよりも過酷なものへと変貌した。
理由は単純だ。新機能を知ったブルーナとヴェルナが、目を輝かせて「早く自分と合体させろ」と、朝から晩までせっついてくるようになったからだ。
そのせいで、俺の朝のルーチンには「致死量一歩手前の1000ccの供血」と、それに続く「命がけのヒーローごっこ」が組み込まれることになった。
(……クソが。きっと今この瞬間も、管理者の野郎は天上の特等席でポップコーンでも食いながら、腹を抱えて笑ってやがるに違いねえ)
俺はふらつく足取りで、誰もいない裏山の広場に立った。
鑑定画面から「ブレイクバースト」を選択し、血管に針が突き刺さる感覚と共に血を抜かれる。
貧血で白む視界の中、俺はぼそぼそと、昨日必死で考えた口上を口にした。
「……悠久の碧龍よ……俺の意志を……光に変えろ……」
『声が小さいのでやり直してください。魂がこもっていません』
無機質なシステムメッセージが、網膜に浮かび上がる。
「……っ、この野郎!!」
システムに感情があるんじゃないかと、虚空をぶん殴りたい気持ちを必死に我慢して、俺は声を張り上げた。
夜な夜な中二病全開のノートを広げ、悶絶しながら書き連ねた口上を、全力で叫ぶ。
変身できても、それで終わりじゃない。
「うーん、決めポーズがかっこ悪いですね。65点。もう一度最初からお願いします」
……そんな地獄のようなリテイクを、俺は何度も、何度も繰り返した。
そして。
尊厳という名の肉を削ぎ、羞恥という名の血を流し、ついに「完成」の時が訪れた。
【第一形態:ブルーナ版】
まずはブルーナとの合体変身だ。
俺は両手を胸の前で交差させ、静かに目を閉じる。
「悠久の碧龍よ……俺の意志を、永遠の光に変えろ。今、ここに――真実の力が目覚める!」
碧色の粒子が渦を巻き、ブルーナが静かに、だが力強く翼を広げた。
「Standing by……」
システムが、どこかで聞いたような無駄に発音のいいボイスを響かせる。
「変身!!」
「Break Burst!!」
ブルーナの体が眩い粒子へと分解され、俺の体を包み込む鎧へと再構成されていく。
そこに現れたのは、悠久の古龍たるブルーナの碧色と黄金の威厳を融合させた、正統派の黄金騎士の姿だった。
全身を覆うのは、輝く碧色の鱗聖衣。表面には星座の模様がぼんやりと浮かび、所々に走る黄金のラインが光を反射して周囲を照らす。
兜は竜の顔を模した流線形の碧色で、二本の長い竜角が天を指している。
背中には、巨大な碧色の翼。
そして腰からは、炎のように広がる黄金のマントが翻った。
右手には、碧い輝きを放つ大剣「ブルリア・グレートソード」が握られている。
「悠久の碧龍の意志を纏いし者……ブライト・ドラグーン・ブルリア、降臨!!」
「この輝く碧の炎が、すべての闇を焼き尽くす!!」
バシィィィッ!! と、完璧なキメポーズと共に、大剣を横一文字に薙ぐ。
背後で都合よく爆発が起きそうなほどの、あまりに「主人公」すぎる演出。
鎧の中で、俺は死にたい気分だった。
【第二形態:ヴェルナ版】
休む間もなく、次はヴェルナだ。
俺は両手を腰に当て、仮想の変身ベルトを構えるように低く身構えた。
「漆黒の女王よ……俺の闇を、最強の刃に変えろ。今、ここに――絶対の力が顕現する」
漆黒の粒子が渦を巻き、ヴェルナが激しく嘶く。
「Standing by……」
「変身!!」
「Break Burst!!」
ヴェルナの漆黒の美しさを極限まで昇華させた、漆黒と碧のコントラストが美しい暗黒騎士が顕現する。
全身を覆う漆黒の鱗鎧。
兜にはユニコーンの角を模した長い一本角がそびえ、馬の顔を象った仮面の目元が赤く妖しく発光している。
肩からはヴェルナの尻尾を思わせる超長大なマントが垂れ下がり、それは俺の意志一つで鞭のようにしなる。
武器は、一突きで山を貫きそうな漆黒の巨大槍「ヴェルナス・ランサー」だ。
ここからが、練習を重ねた「完璧に決める」ためのポーズの流れだ。
まず目を細め、瞳に漆黒の光を宿す。
次に、鎧の腕をクロスさせて腰に構え、鋭い眼光で前を見据える。
そのまま一気に高く跳躍し、空中で体を捻りながら漆黒の翼を広げて急降下!! 着地と同時に巨大槍を地面に突き立て、黒い炎を爆発させる。
最後に槍を引き抜き、悠然と肩に担いで、兜の一本角を光らせて静止。
「漆黒の女王の闇を纏いし者…… ダーク・ドラグーン・ヴェルナス、顕現!!」
「この闇の槍が、すべてを貫き、砕き尽くす!!」」
――沈黙。 森の静寂の中に、俺の決め台詞だけが虚しく響き渡った。
「……かっこいいのじゃ! アレイン、最高にかっこいいのじゃ!!」
変身が解けた後、ブルーナが飛び跳ねて喜んでいる。
『ええ、本当に……。この「一つになる」という感覚、魂が震えるほど素晴らしいわね』
ヴェルナも頬を上気させ、うっとりと自分たちの合体した姿を反芻しているようだった。
「…………」
対照的に、俺は地面に膝をつき、鎧が消えた後の自分の手を見つめていた。
やっと終わった。
この、尊厳を微塵切りにされるような地獄の変身練習が、やっと終わったんだ……。
血液は1000cc持っていかれ、精神はボロ雑巾のようだった。
俺は静かに涙を流していた。
(いやー……お疲れ、もう一人の俺。本当によくやったよ。お前は頑張った。俺、お前のこと本気で見直したよ……。これだけの羞恥を乗り越えたんだ、もう何も怖くねえだろ)
脳内の相棒が、これまでにないほど深い同情と敬意を込めて励ましてくれている。
「……ああ。そうだな。明日からは……明日からは、普通の、まともな修行に戻れるんだな……」
俺はふらつく体で立ち上がり、拳を握りしめた。
血液を補うための嫌いなレバー料理すら、今はご馳走に思えるほど、解放感に満たされていた。
管理者の野郎が仕組んだ「罠」は、確かに俺の心をへし折りに来た。
だが、その結果として手に入れたこの力は、間違いなく「主人公」を正面から粉砕できるだけの重みを備えている。
「とにかく……明日からは普通の修行だ。歓喜だ。まともな戦い方だけを、追求してやる……!」
俺は裏山の夜風を浴びながら、歓喜の声を漏らした。




