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第21話:学びの終焉、そして嵐を呼ぶ再会

「――今日も返り討ちにしてやるよ、クソガキ」


耳元で囁いた俺の低い声に、ザイン公爵令嬢リリアンの顔が一瞬で沸騰したように真っ赤に染まった。

怒りと羞恥が混ざり合った、実に彼女らしい反応だ。


「あ、あーっ! お父様! お母様! 今アレインが、アレインが私のことクソガキって言ったわ! 聞いた!? 今確かに言ったわよ!」


地団太を踏みながら両親に訴えかけるリリー。

だが、エドワード公爵は優雅に紅茶を啜りながら、困ったような、それでいて穏やかな表情で首を振った。


「ははは。アレイン君がそんな無作法なことを言うわけがないじゃないか」


「そうよ。あなったら最近、冗談も上手になったのねぇ。ふふふ、微笑ましいわ」  


エレナ夫人までもが、うっとりと頬に手を当てて微笑んでいる。


「……っ! 冗談じゃないわよ! 本当に言ったんだから! 嘘じゃないわ!」


「そうですよリリアンお嬢様。冗談もお上手ですね。さあ、あまりご両親を困らせてはいけませんよ?」  


俺は人当たりのいい、どこに出しても恥ずかしくない

「優等生スマイル」を浮かべながら、リリーにだけ見える角度でニヤリと挑発的に笑ってみせた。


「お父様見て! 今のこの顔、絶対悪い奴よ! 性格の悪さが顔に出てたわ!」  


リリーが俺の肩を掴んでぶんぶん振り回すが、俺はその瞬間に完璧な「無垢な表情」に戻す。


「ハハハ、リリーの冗談は本当に面白いな」


「ええ、本当ね。仲が良いのは素晴らしいことだわ。アレイン君、いつも娘の遊び相手になってくれてありがとうね」


何を言っても「微笑ましい親愛の情」として流されてしまうリリーは、顔を真っ赤にして俺がいかに自分を馬鹿にしているかを熱弁し始めた。

だが、公爵夫妻は完全に空気に流して笑い合っている。


俺は今までの授業をまとめたラグ・ペーパー(魔導羊皮紙)を整理し、筆記用具を整える。

そこへ、筆頭執事のセバスが静かに入ってきた。


「さあ、お嬢様、坊っちゃま。お勉強の時間でございます」


「えーっ! 勉強より先にブルーナとヴェルナと遊びたい! 今日こそは私の専属ペットにする交渉をするんだから!」


「遊ぶのはお勉強が終わってからでございます、お嬢様」  


セバスの鉄壁のガードに、リリーは不満げに頬を膨らませる。


エドワード公爵が追い打ちをかけるように言った。


「ブルーナとヴェルナは逃げないから、早く行きなさい。早く終われば遊べる時間が増えるよ」


「……さあ、お嬢様。お勉強に行きましょうか」  


俺は立ち上がり、彼女を促す。

そしてすれ違いざま、彼女にしか聞こえない極小のボリュームで最後の一撃を放った。


「――ボコボコに叩き潰してやるよ、クソガキ」


「あああああ待ちなさいよ! 今日こそ、今日こそは絶対に泣かせてやるんだからーっ!」  


リリーは顔を真っ赤にして俺を追い抜き、廊下を爆走して教室へと消えていった。


それを見送ったセバスが、俺に苦笑を向ける。


「坊っちゃま。あまりお嬢様を揶揄わないでやってください。心臓に悪うございます」


「……こうして俺で発散すれば、他の使用人たちへのとばっちりも減るでしょ?」  


俺の問いに、セバスは「いやはや、まいりましたな」と白髭を撫でた。


「坊っちゃまには、何でもお見通しですな。実のところ、庭師も料理番も、お嬢様が坊っちゃまに夢中になっているお陰で平穏な日々を過ごせると感謝しておりましたよ」


第一戦:歴史・知識の決闘

 

特設された学習室。

そこは静寂が支配するはずの場所だが、火花が散っていた。  

女教師が厳格な声で問題を読み上げる。


「ザイン帝国・第三代皇帝の御名は?」


その瞬間、リリーが机を叩かんばかりの勢いで手を挙げた。


「はいっ! ゼノフォス・ザイン二世!」  


自信満々の表情。だが、女教師は無慈悲に首を振った。


「違います」


「……アガレス・ザイン三世」  


俺が静かに答える。


女教師は頷いた。「正解です」


「リリー、あんたが言ったのは五代目だ。名前が似てるし功績も近いからややこしいんだよな。……いやー、助かったぜ」


「むーっ!! 知ってたわよ、うっかり間違えただけよ!」  


地団太を踏むリリー。


この世界での「歴史」は、後の主人公との会話の鍵になる。

俺は地球の受験勉強並みの気合で暗記してきたのだ。  

歴史勝負は、リリー正解9回。俺、正解10回。僅差だが、俺の勝利だ。


第二戦:社交・マナーの盤上遊戯

 

次は優雅さが問われるティー・マナーの授業だ。  

一見、リリーに有利に見えるが、俺は狡猾に攻める。


「お嬢様、そのカップの持ち方……そんなに指に力を入れてたら、まるで獲物を狙う鷹みたいですよ?」  


わざとらしく耳元で囁く。


「っ!? な、なによ、私のアクションはいつだって優雅……っ!」  


動揺したリリーが、カップを戻す際、スプーンに手が当たってしまった。  

カチャリ、と無慈悲な音が響く。


「あら、痛恨のミス。マナーの基本は平常心ですよ」


「アレイン! あんたわざとやったわね!」  


ミスを誘発されたリリーは顔を真っ赤にして、またしても俺の勝利となった。


第三戦:ダンス・身体連動の競演


音楽が流れ、俺とリリーは手を組んで踊る。  

リリーの動きは流石の一言だ。

幼少期からの鍛錬による優雅さがある。

しかし、いかんせん自己中心的すぎる。

相手をリードさせる気がなく、自分が輝くことしか考えていない。  

対する俺は、ブルーナたちの力を借りているせいか、動きがダイナミックすぎて「ダンス」というよりは格闘の予備動作」に近い。


「アレイン、もっと優雅に動けないの! 熊と踊ってるみたいだわ!」


「あんたこそ、俺の足を踏む勢いで突っ込んでくるなよ」  


結局、お互いに技術はあっても調和がゼロということで、この勝負は引き分けとなった。


最終戦:魔法・身体強化の実戦


そして最後は、中庭での魔法訓練だ。


「私の魔法で、アレインを木っ端微塵にしてあげるわ! 覚悟なさい!」


「おいおい、授業で殺しに来るなよ……」


リリーが杖を構え、火球を放つ。  


俺は基本的に魔法が得意ではない。

魔力を練って身体能力を底上げする「身体強化」が関の山だ。  


以前、ブルーナたちに「精霊」について教わったことがある。

魔法の才能がない者でも、精霊と契約すれば強大な魔法が放てる。  

だが、精霊というやつは俺を気に入りすぎていた。


『力を貸してあげる。でも、代わりに……あの恥ずかしい分泌液(秘液)をちょうだい?』  


そんなことを言われてはたまらない。

おねだりに応じなければ精霊が暴れだす可能性もあると聞き、俺は精霊に頼ることを固く封印した。


だが、俺には地獄の修行で培った「回避」と「直感」がある。  

ブルーナの爪やヴェルナの突進に比べれば、お貴族様が放つ優雅な魔法など、止まっているも同然だ。


「何で当たらないのよ! じっとしてなさい!」


「誰が的にされるかよ」  


俺は飛んでくる魔力塊を、強化した手の甲で軽く弾き飛ばし、最短距離でリリーの懐に潜り込んで彼女の杖の先端を指で弾いた。


「チェックメイト。俺の勝ちだ」


「…………うあ。また負けた……」  


リリーはその場にへなへなと座り込み、項垂れた。


女教師が苦笑しながら歩み寄る。


「負けはしましたが、お嬢様。以前に比べれば天と地の差で成長されていますよ。そもそも、お嬢様が実際に魔法で戦うことなど万に一つもありません。社交界に出る分には、既に誰にも恥じない完成度です」


「でも……アレインに勝てなきゃ意味がないのよ! 悔しい、悔しい!」


「その向上心は素晴らしいですわ。ですが、これ以上の負けず嫌いは毒になりますわよ」  


教師が優しく励ますと、リリーは顔を上げて俺を睨んだ。


「アレイン! 次は絶対に、絶対に私が勝つんだからね!」


「おう、いつでもかかってこいよ」  


俺が余裕の笑みで返すと、彼女はまた顔を赤くしてプイッと横を向いた。


授業が終わり、セバスが最高級のおやつを運んできた。  

テラスでお茶を楽しんでいると、遠くから地響きのような蹄の音が聞こえてくる。


ヴェルナだ。

エドワード公爵が所有する数十頭の馬たちを引き連れて、草原を爆走している。  

驚いたのはその序列だ。

ヴェルナは完全に群れの「ボス」として君臨していた。

牡馬たちは「姐さん、お供します!」という忠実な舎弟の顔をし、牝馬たちは「お姉様、なんて美しいの!」とうっとりした顔で後を追っている。


馬の世界でも、漆黒の女王のカリスマは健在だった。


「お疲れ様、アレイン君」  


エドワード公爵とエレナ夫人が、ちびドラゴンのブルーナを抱えてやってきた。


「もう遊んでもいいのよね!?」  


リリーが目を輝かせて問うと、公爵は頷く。


リリーは歓声を上げてエレナからブルーナを受け取り、その小さな体を抱きしめた。


「ブルーナ、今日もいい子にしてた!? ああ、本当に綺麗で可愛わ……この少しザラザラした肌触り、癖になるわね」


「ギャウッ!」  


ブルーナは計算高いことに、首を可愛く傾げてリリーの母性本能をこれでもかと刺激した。  

リリーはもうメロメロだ。

自分に配られた高級なお菓子を


「これも食べる? 美味しいわよ」


と次々にブルーナの口に運んでいく。  

ブルーナは美味しそうにそれを受け取っている。


(……あいつ、完全に『可愛いペット』を演じておやつを独り占めする術をマスターしてやがるな)


「アレイン、ヴェルナに乗ってもいいわよね? ねっ?」  


上目遣いで強請るリリーに、俺は肩をすくめた。


「ああ、いいぞ。……ヴェルナ、頼めるか?」  


俺が声をかけると、ヴェルナから鋭い念話が飛んできた。


『……アレイン、貴方の頼みだから乗せるのよ? 誰でも背中に乗せるような軽い雌だと思わないことね。』


(……わーったよ、帰ったらブラッシングしてやるから)


『なでなでも、たっぷりと要求するわよ』


ヴェルナは一鳴きすると、リリーを背に乗せて再び駆け出した。


「いっけーっ! ヴェルナ、もっと速く!」  


はしゃぐリリーの姿を見つめながら、エドワード公爵が静かに口を開いた。


「アレイン君。君が来てくれて、リリーは本当に変わったよ。生まれた頃の、みんなに愛されていた純粋なリリーが帰ってきたみたいだ」


「そうね……あの子、あんなに楽しそうに笑うのね」  


エレナ夫人も瞳を潤ませている。


「変わったんじゃないですよ。ただ、元に戻っただけです。……たぶん、寂しかったんですよ。貴族の家って忙しいですし、あの子なりに気を引きたくてワガママを言ってただけじゃないですか?」


「ははは。……そうか。地位にかまけて、娘に辛い思いをさせていたんだね」  


エドワードは少し寂しげに、だが深く納得したように頷いた。


「これからは、もっとリリーを愛してあげないといけないわね。アレイン君、教えてくれてありがとう」


「いえ……俺も孤児ですから。なんとなく、あのお嬢様の『自分を見てほしい』って気持ちが分かっただけです」


「……君は、孤児だったのかい?」


「ええ、まあ。大した話じゃないですが」  


俺が淡々と答えると、公爵夫妻は顔を見合わせた。


「そうか。……アレイン君、言い方は悪いが、ちょうどいい。君、僕たちの養子にならないかい?」


「……は?」  


俺は飲んでいた紅茶を噴き出しそうになった。


「あら、素晴らしいわエドワード! アレイン君なら私もリリーも大歓迎よ」


「ちょっと待ってください、何言ってるんですか。俺は平民ですよ?」


「なーに、そんなもの、少し生まれを弄ってしまえば済む話だ。どこでもやっていることだよ。リリーはいずれ誰かの元へ嫁ぐ。そうなれば他家から養子を取るのだから、見ず知らずの人間より君の方がずっと信頼できる」


あまりに熱心な誘いに、俺は背筋が寒くなった。


(公爵の養子? 超エリートコースじゃねえか。……だが、そんなことになれば管理者の思うツボだ。俺は『脇役』として、もっと自由に動けなきゃならない)  


俺は姿勢を正し、決意を持った目で公爵を見据えた。


「……ありがたいお話ですが、お断りします。俺にはまだ、やらなきゃならないことがあるんです。それが終わるまでは、一箇所に留まるわけにはいかない」


「そうか……残念だ」


「ええ……本当に。うちの息子になってほしかったわ」  


心底残念そうにする夫妻。


だが、エドワードが悪戯っぽく笑った。


「公爵の権力を使って、無理やり書類を作っちゃおうかな?」


「ちょっ!! それは横暴すぎる!」


「アレイン君が本気で困ってるじゃない。エドワード、冗談が過ぎるわよ」


「ハハハ、バレたか」


俺は胸を撫で下ろした。


「心臓に悪いこと言わないでくださいよ……」  


三人の笑い声が、穏やかな夕暮れの庭園に溶けていった。


日が落ち、別れの時間が来た。


「アレイン! また来なさいよ! 次は絶対に、知識でも魔法でもあんたを泣かせてやるんだから!」


「おう、いつでも受けて立つよ」  


門の外で手を振る公爵夫妻と、頬を膨らませながらも寂しげなリリー。


俺は公爵邸を後にした。  

牙は研いだ。コネも作った。貴族としての知識も身につけた。  

管理者との対決準備は、これ以上ないほど万端だ。


(走れ、アレイン。偉大なる管理者との戦いは、もうすぐだ!)


脳内に響く重厚なナレーションに、俺はこめかみをピクつかせた。


「……おい。おいくそ野郎。こんな荒野で何やってんだよ、お前」


暗闇の中から、ひょっこりと胡散臭い奴が姿を現した。


「おや、いい感じのナレーションをつけてあげていたんだけど。気に入らなかったかい?」


「そういうことじゃねえだろ。お前、今まで何してたんだよ」


「忙しいって言っただろう? 銀河の管理も楽じゃないのさ。やっと仕事がひと段落してね」


「ぜってー嘘だ。絶対、俺があがいてる姿を見て笑ってただろ」


「ははは、心外だなあ。君が致死量の血を抜いて『変身!!』なんて叫んでる姿を見て笑ってなんて……プッ、いないよ」


「笑ってるじゃねーか!!」


「いやあ、でもあの変身は子供たちに人気が出ると思うよ。次の『主人公』を倒すときには、ぜひお勧めする」


俺は拳を握りしめ、この野郎をぶん殴っていいか相棒に確認したくなった。


だが、管理者は急に真面目な顔(といっても胡散臭いが)になった。


「冗談はここまでだ。お待たせ。明日から、僕の『主人公』を送り込むよ」


その一言で、周囲の空気が一変した。


「……やっとかよ。待ちくたびれたぜ」


「期待して待っているよ。君がどれだけ『脇役』を演じ切れるか、それとも『主人公』を食ってしまうのか。……では、アディオス」


管理者が霧のように消える。  

俺は夜の風を浴び、ブルーナとヴェルナも頷く。


「行くぞ。俺たちは、絶対に負けない」


修行編、完。  


明日、この世界に「新たな物語」の幕が上がる。

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