第126話:凍りつく破滅の光。降臨する三日月
狂気の自爆魔法――『終焉の審判』。
ゼロスの心臓から噴き出した破滅のエネルギーにより、真昼の青空は、まるでバケツの血をひっくり返したかのような禍々しい赤へと染め上げられていく。
その不気味な光は、遥か遠方から見守るシルヴァニア軍の陣形にまで、確実な「死の不安」を広げていた。
「……なんだぁ? あの禍々しい光は……」
ゴトー将軍が、額から大量の汗を垂らしながら歪む空を見上げる。
「……まるで、世界の終わりのようだ。魔法の素人である余の目から見ても、あの者に異様なほどの魔力が集中しているのがわかる……!」
フリードリヒ王は恐怖に身体を震わせながらも、決して王としての威厳を崩さずに呟いた。
「チッ、極大魔法でも使おうってんですか? 陛下だけでも、今すぐここから避難してください!」
「今更逃げたところで間に合わんだろう。……なれば、最後の時まで我が兵たちと共にいよう」
ゴトーの言葉を片手で遮り、王は静かに首を振る。
一瞬呆然としたゴトーだったが、やがて、やれやれと頭をかいた。
「……さいですか。まったく、最後の最後までわがままな王様で困っちまいますねぇ」
「最後まで迷惑をかけるな、ゴトーよ」
王が微かに微笑むと、ゴトー将軍はニヤリと不敵な笑みを返した。
「いえいえ、これも私の仕事ですからねぇ」
王の笑みと将軍の覚悟。
それを見たシルヴァニア軍の兵士たちは、いやがおうにも「もうここから逃げることはできないのだ」と確信し、無言で武器を握り締め直した。
一方、爆発の渦の直下では、セレンたちが主の暴走を止めようと必死に叫んでいた。
「ゼロス様! おやめください!! 私たちはここにいます! どこへも行きませんから、どうかその魔法をお解きください!!」
「ゼロス様!! こんなことして世界ごと心中したって、虚しいだけやんか!! うちらの思い出まで全部消してまう気ですか!?」
「ゼロス様ァァァ!!」
「――フハハハハハハ!! 遅い、もう遅いんだよ!! 全部、全部消し飛んじゃえよォォォォ!!!」
セレンたちの悲痛な叫びを、ゼロスは赤黒い光の暴風の中で全てを拒絶するように狂笑で跳ね返す。
「クククッ……ハハハハハ!! 素晴らしい!! これぞ至高なるゼロス様の真の力!! 愚民どもよ、世界ごと塵に還るがいいァァァ!!」
バルトスだけが髪を振り乱し、狂信の目で歓喜の声を上げていた。
――世界滅亡のカウントダウンが始まっている。
誰もが死を覚悟する絶対的な絶望の中。アレインたちは、どういうわけか「いつも通り」だった。
「はぁーあ!! あんたが中途半端に情をかけるから、大変なことになってるじゃないのよこのバカアレイン!!」
「えええええええ!? 俺が悪いの!? なんで俺が全責任を負わされてるの!?」
腕を組んで睨みつけるフェリスに、アレインが凄まじい風圧で顔を歪めながら絶叫する。
「普通こういう王道の展開ってさぁ! 主人公の熱い説得に悪者が涙を流して『俺の負けだ……』って改心する綺麗な流れじゃねえの!?」
「夢見すぎよ、頭腐ってんじゃない? そんな綺麗事が通じるほど世の中甘くないのよ!」
「……まあ、アレインのお陰で改心した私たちが言えた義理ではないわけだが?」
「だよねー。特にフェリスなんて、アレインの口車に一発で乗せられてチョロく味方になったしねー」
冷静なカトリーヌと、ニヤニヤするシェリーの容赦ない追い打ち。
「あんた達は今、余計なこと言わないでよ!!!」
顔を真っ赤にして地団駄を踏むフェリスを見て、アレインは涙目でカイトを振り返った。
「カイト君ちょっと聞いてコイツ酷くない!? ねえ!? つーかなんで久しぶりに再会したと思ったら、こんな最初から最後までツンツンツンツンされなきゃいけないわけ!? 少しくらい『いいわ……私もいっしょに死んであげる……ありがたく思うことね///』みたいなデレをくれよ!」
「アレイン!! 今そんな馬鹿なこと言ってる状況じゃないよ!! 今まさに! 世界が終わりかけてるの!! メタいラブコメの不満をぶちまけてる場合じゃないからァァァ!!」
カイトの悲痛なツッコミが戦場にこだまする。
「カイトの言う通りだぞアレイン!! どうする!? 俺の防御スキルで生き残れたとしても、大陸ごと消えたら足場がなくなって結局は同じだぞ!?」
バッシュが大盾を構えながら怒鳴る。
「……この最悪の状況でもこれだけ軽口が叩けるんだから、アレイン君の度胸にはある意味感心するよ」
「ロルフ、感心してる場合じゃないでしょ!!」
遠い目をするロルフの横で、エルザが悲鳴を上げる。
すると、ガザルがハッハハと豪快に笑いながら槍を肩に担いだ。
「さすがのアレインもお手上げか……。まあ、アレインとみんなで地獄旅ってのも悪かねえか! ガハハハ!」
「「縁起でもないこと言わないでよバカ!!!」」
「ひッ!?」
エルザとフェリスの怒声に、一瞬で黙らされるガザル。
カイト、『鉄の絆』、『銀の翼』のメンバーからの「お前が何とかしろ」という視線が一斉に突き刺さり、アレインはデカい溜め息をついて覚悟を決めた。
「はぁ……マジかよ。しゃあねえ、俺があいつを抱えて、お空に『fly away』するか……。この鎧が耐え切れるかわかんねえけどよ……」
アレインが決死の特攻を覚悟したその時。脳内で合体しているブルーナとヴェルナの声が響いた。
『……どうやら、そう単純にはいかなそうよ? アレイン』
『アレイン! 泣き言を言う前に残り時間を見るのじゃ!!』
「あん? ……残り時間?」
アレインが視界の端のデジタル表示を確認すると、そこには非情な数字が並んでいた。
【03:36】
「短ッッ!! ウルトラマン並みにギリギリじゃねえか!!」
頭を抱えるアレインの視界に、お馴染みの鑑定スキルのメッセージウィンドウが呑気にポップアップする。
【ふふん、困っているようねアレインさん! ここで頼れる鑑定スキルちゃんからのスペシャル提案よ! 変身時間を延長しますか? 一分毎に、あなたの血液たったの100ccの等価交換です!! ……どう? “1本いっとく?”】
「平成の栄養ドリンクのCMのマネしてんじゃねーよ!!! 今そういう緊迫感を削ぐようなメタボケいらねーんだよ!!」
【いやん酷い♡ そんな怖いアレインさんなんて、放置プレイの次に大嫌いですー!】
ギャーギャーと騒ぐアレイン達をよそに、ゼロスの全魔力はついに臨界点に達した。
「ハハハ……終わりだ!! ――力の解放(アポカリプス・エ――」
「――おっと、待った」
ゼロスが魔法の名前を叫び切る寸前。
世界のすべてを嘲笑するような、氷のように冷たく、かつ無機質で軽い声が戦場に響き渡った。
「ダメだよ、自爆なんて。そんな手垢のついた、使い古されたつまらない決着は……僕は認めないよ?」
その瞬間。
世界から、一切の「音」と「動き」が消失した。
大陸を飲み込もうとしていた赤黒い破滅の光が、突如としてその動きを完全に停止させる。
それだけではない。ゼロスの魔力が巻き起こしていた凄まじい衝撃波の渦も、空中に飛び散っていた岩片や砂埃も、まるで1枚の「静止画」のように空間に固定されて固まったのだ。
「……はぁ。それに、そんなことされたら、僕のせっかくのおもちゃ箱が壊れちゃうじゃないか?」
静寂に包まれた死の世界に、場違いなほど軽やかな足音が響く。
時が止まり、完全に隔絶された世界。そこで動くことを許されていたのは、ゼロス、アレイン、バッシュ、カイトの4人だけだった。
シルヴァニア軍も、セレン達NPCも、フェリスやガザル達も、全員が精巧な彫刻のように固まっている。
「な、何だ……!? 誰だ、世界を止めたのは……!!」
狼狽えるゼロスの視線が、虚空から歩み出てくる【管理者】の姿を捉えた瞬間――彼は本能的な絶対の恐怖で、全身を硬直させた。
「やあ、お初にお目にかかるね。――『佐藤零次』君」
「……ッ!?」
ゼロスの虚ろな眼窩が見開かれる。
(なぜ、僕のリアルネームを……!? この世界では一度も名乗ってないのに……!)
「うわぁ……相変わらず、いつ見ても気持ち悪い見た目だなぁ、あいつ……」
カイトが顔を歪め、アレインの背中に隠れる。
「おい!! ん!? ……あれ?」
ムカつく管理者にいつものようにブチ切れようとしたアレインだったが、ふと周囲の完全に静止した世界と、破滅の光を見て、余計なことに気がついてしまった。
(キレようと思ったけどよぉ……これ、俺達結果的に助かってね? ……バッシュ、なんて言えばカッコつくんだ?)
コソコソと耳打ちしてくるアレインに、バッシュは大盾を構えたまま呆れたように呟く。
「……俺が知るわけないだろう。俺は基本、口下手なんでな」
「こんな大ピンチな状況でも、相変わらず馬鹿なこと言っててある意味安心するよアレイン。それにカイト君にバッシュ君。久しぶりだね?」
管理者はククク、と肩を揺らして不気味に笑った。
時が止まった赤黒い空間の裂け目から、シュルシュルと黒い霧が集まり、不定形な「人の形」を形作っていく。
顔と呼べる場所には、悍ましい三日月のような『裂けた笑み』だけを浮かべて。
この世界のすべてを遊び場にする最悪の【管理者】が、愉悦に肩を揺らしながら、四人の前に立ちはだかっていた。




