第125話:合流する戦友たちと、手切れ金という名の優しさ
激戦の跡が残る平原。
丘の上から、大盾を抱えたバッシュを筆頭に、『鉄の絆』と『銀の翼』の面々が駆け下りてきた。
「アレイン、今回は随分と派手な鎧だな? 俺は暗黒騎士のほうがシックで好きだぞ」
「よぉバッシュ、助かったぜ……ありがとよ」
貧血でフラフラになりながら、アレインは力なく手を挙げて応える。
そこへ、長い亜麻色の髪をなびかせたフェリスが、ツカツカと傲慢な足取りで割り込んできた。
「ちょっとアレイン!! 私が直々に助けに来てあげたのよ!? 土下座して涙を流しながら感謝しなさい!」
「……あのよぉ。ガザルも言ってたけどよ。俺のピンチを防いだのはバッシュの盾だろ? なんで一ミリもスキルの軌道上にいなかったお前が、高い位置から偉そうに物言ってんの……態度がL過ぎんだよ……」
げんなりとした顔でツッコむアレインに、フェリスはキッと目を吊り上げた。
「な、何よ! 男のくせに細かいことをグチグチうるさいわね!! 大体何なのよその金ピカと黒の変な鎧は! またそんなコスプレして自分がカッコいいとでも思ってるわけ!? そんなんだからあんたはいつまで経ってもモテないのよ!!」
「今それ全く関係ねーだろォォォ!!! この変身がどんだけ血を吸うクソ仕様で、中身の俺がどれだけ精神的・肉体的に辛いと思ってんだチクショウ!! モテるとかモテないの次元でこの羞恥プレイに耐えられるかバカ野郎!!」
血を吐くようなアレインの叫びに、フェリスは顔を真っ赤にして地団駄を踏む。
「アレインのバカ! 鈍感! 唐変木!!」
「……はぁ、また始まった……」
いつもの痴話喧嘩を見て、カトリーヌがやれやれと額を押さえた。
「ふふ、フェリスったら素直じゃないんだから。本当はアレインが心配で真っ先に走ってきたくせにねー」
シェリーがクスクスと苦笑いしながらからかう。
「バッシュさん! 皆さんも、お久しぶりですね!」
「ああ、無事で何よりだ、カイト」
「おう、カイト! 元気にしてたか!」
喧嘩をスルーしたカイトが声をかけると、ガザルがガシッと肩を組んだ。
ロルフとエルザも笑顔で合流し、アレインたちの周りにはいつものように、賑やかで温かい日常の輪が広がっていく。
その眩しく、楽しげな光景を――強奪したすべてのスキルを失い、泥に塗れて横たわるゼロスが、羨望と絶望の入り混じった目で見つめていた。
(……ああ、そうだ。……僕は、知っている)
ゼロスの脳裏に、かつて夢中になり、そして彼を奈落へと突き落としたVRMMO『エターナル・レジェンド』の記憶が、鮮烈に蘇る。
(アレインは……『彼』に似ているんだ。いつもあんな風に、彼の周りには自然と人が集まって、馬鹿みたいに騒いでいたっけ。……僕も、いつも無理やりその輪に引きずり込まれて、酷い目にばかり遭わされていたけれど……。だけど、あの時は。あの時だけは、本当に、心の底から楽しかったんだ……)
アレインは、鎧の隙間からゼロスのそんな視線に気づいた。
静かに歩み寄ると、泥まみれの骨の体に向かって、ぶっきらぼうに右手を差し伸べる。
「……おい。もういいだろ。これ以上、そんな情けないツラ晒すんじゃねえよ」
「……っ」
ゼロスが息を呑む。
「お前がこの国で人を殺した罪は消えねえ。これから盛大に極刑を言い渡されるだろうし、運が良くても一生冷たい牢屋の中だ。……だがなぁ、ここで何もかも投げ捨てて、一人で寂しく野垂れ死ぬよりは、幾分かマシだろ。……ほら、来いよ」
低く、ぶっきらぼうだが、確かな救いを含んだアレインの声。
その瞬間、ゼロスの歪んだ視界の中で、アレインの差し伸べた手が、かつてネトゲの世界で自分を闇から救い出してくれた、クランリーダーの『彼』の姿と重なった。
『――困っている奴を助けるのは当たり前だろ? しけた面してんじゃねえよ、俺と遊ぼうぜ?』
ゲーム内でいじめられていた自分を助け、最強クランへと誘ってくれた彼。ゼロスにとって、彼は世界そのものだった。
ゼロスは震える手を、アレインの方へと伸ばそうとする。
(ああ、そうだ……。あの時も、彼はこうして手を……)
だが、その指先がアレインの手に触れる直前。
ゼロスの脳裏に、氷のように冷たい記憶がフラッシュバックした。
『――ごめんな、零次。俺、リアルで嫁さんも子供もいるから、これ以上は厳しいんだわ。今日で引退する。……これ、俺が使ってたアイテム。全部やるから、お前が使えよ』
差し出された手。
それは自分を救う手などではなく、自分を置いて現実へと帰っていくための、残酷な「決別の手」だったのだ。
堰を切ったように、かつての仲間たちの「親切な声」が、呪詛のようにゼロスの脳内に鳴り響き始める。
『就職が決まってさ。新しい仕事が順調なんだ。だから引退するね。このレア装備、全部あげる! 頑張ってね、零次!』
『うち、リアルで結婚することになってんやわぁ。今まで一緒に遊んでくれてありがとうなぁ。これ、私の全財産と倉庫のアイテムな。大事に使ってなぁ! バイバイ!』
『はぁ、リアルの仕事が私にばかり集中して困ったものですよ……。残念ですが、私もログインできなくなるので引退します。私の遺品、使ってください』
『ククク。ゼロス殿も我と一緒に他のネトゲで暴れぬか? まだエターナル・レジェンドで粘る? そうか、残念だ。ならば我の装備をゼロス殿に進呈しよう。さらばだ』
「…………あ」
彼らが得意げに、あるいは申し訳なさそうに自分に押し付けていった、サーバー屈指の最強アイテムたち。
それはゼロスにとって、絆の証などでは断じてなかった。自分をゲームという名の隔離部屋に一人ぼっちで置き去りにするための、ただの「手切れ金」に過ぎなかったのだ。
ゼロスの中で、狂った方程式が完成する。
――人から「優しくされる」ということは、その人が自分の前から「いなくなる準備」を始めたという兆候。
今、目の前のアレインが差し出しているその救いの手も、ゼロスの狂った目にはこう映っていた。
『俺はもうお前から離れて現実に戻るから、あとはその最強の力で勝手に一人で生きろ』という、最悪の拒絶に。
「……裏切り者」
ゼロスが、底なしの暗黒を瞳に宿し、低く呟く。
「ああ? ……何言ってんだ、お前?」
「――裏切り者だ……!!! お前も、あいつらも全員!!!」
ゼロスが地面を叩き、血を吐くように絶叫した。
「僕に『力』だけを身勝手に押し付けて、自分たちだけ綺麗な『現実』へ逃げていったんだ!!! 一人ぼっちで仮想世界に残される僕の気持ちなんて、ただの一度だって考えたこともないくせに!!!」
ゼロスの眼球から完全に光が消え去り、その肉体から精神の崩壊を告げる底なしの虚無が溢れ出した。
「助けてなんて、頼んでない……!! 『引退(お別れ)』なんて、僕は絶対に認めない……!! 僕を一人にする世界なんて……僕を置いていくこんな世界なんて……思い出もろとも、全部いらないんだよ!!!」
その瞬間、ゼロスの心臓を核として、天を衝くほどの赤黒い魔力の奔流が爆発的に噴き出した。
それは、彼がネトゲ時代にその身に刻んだ、最大最悪の禁忌魔法。
持ちうる全魔力、全装備、そして自らの全生命を対価として、発動したマップそのものを世界から完全消滅させる、狂気の自爆魔法――『終焉の審判』。
「――アレイン、下がれ!!! 全員、俺の後ろへ!!」
バッシュが波動を感知し、目を見開いて絶叫する。
即座に大盾を大地に突き立て、絶対防御の構えを取るが――ゼロスを中心に広がる、世界そのものを分子レベルで分解していく崩壊の波動は、一国の軍勢を防ぐ盾ごときでどうにかなるレベルを遥かに超越していた。
「……全部消してやる。この世界も、この大陸も……僕を裏切った思い出もろとも、すべて塵に還るがいい!!」
赤黒い光の中で狂ったように笑いながら、ゼロスが天を仰ぐ。
その絶叫と共に、グラン平原の頑強な大地が、まるでガラスの破片のようにバリバリと音を立てて砕け始めた。
大陸全体を飲み込もうとする破滅の光が、真昼の青空を、不気味な血の赤へと染め上げていく――。




