第124話:空っぽになった魔王と、ブラウン管テレビの直し方
泥に塗れたゼロスの周囲で、セレン、お巳代、ゴルドが必死の説得を続ける中。
あまりの現実を受け入れきれず、完全に精神のタガが外れたバルトスが、髪を振り乱して絶叫した。
「ありえない……! ありえるはずがないィィ!! 至高の存在であらせられるゼロス様が、あのような矮小なる、人間に敗れるなど……! 認めん、断じて認めんぞぉぉぉ!」
「バルトス、いい加減にしなさい! 現実を見なさい……ゼロス様は、負けたのよ」
セレンが毅然としつつも悲しげに告げる。
「バルトスはん! 今はそんな些細なプライドより、ゼロス様の心配をせえへんでどうすんのや! 一番の忠臣や言うてたんは、口先だけやったんか!?」
「左様。これ以上の無益な戦いはゼロス様の御身を危険に晒すだけだ。今はただ、主の御命を気にかけるべきだ!」
お巳代とゴルドがそれに続く。だが、バルトスは血走った目を見開き、ガタガタと震えながら口端を吊り上げた。
「……嘘だ。こんなの夢に決まっている……そうだ、これは高位の精神魔法による集団幻術だ……ハハ……ハハハハハハハハハハハハ!!!」
完全に精神を病み、狂ったように笑い出すバルトス。
そのあまりに不気味な様子を、少し離れた場所からカイトたちがドン引きしながら見ていた。
「……ねえ、どうしようアレイン。あのバルトスって人、完全に目がイっちゃっててちょっと怖いんだけど……」
「……よし、一発ぶん殴って直すか」
貧血でフラフラと揺れながら、アレインが親指をポキリと鳴らした。
「だいたいこういうのはな、『斜め45度の角度から強めのチョップをガツンと入れれば一発で直るけぇ。力道山ばりのじいちゃんの空手チョップ、よぉ見とけって』って、転生前に広島のじいちゃんに教えてもらったんだよ」
「壊れた昭和のブラウン管テレビじゃないんだから無理でしょーがァァ!!」
カイトの鼓膜を破らんばかりの激しいツッコミが炸裂する。
「何その一世紀くらい前の知恵袋!? あんた本当は何年生まれだよ! 令和の時代にチョップで脳ミソ修理しようとするんじゃねえよ!!」
アレインたちがギャーギャーと騒いでいる間。
倒れたままのゼロスの耳には、セレンたちの必死な説得など一切入っていなかった。
「……クソが……!」
泥を握り締め、ゼロスは憎悪に身を焦がす。
(これで終わってたまるか……! このままあいつを、ただで帰してなるもんか! 僕にはまだ、最強の切り札が残っている。……正直、あいつの持ってるクソ下ネタまみれの変態鑑定スキルなんて、僕の至高のコレクションには絶対に必要ないけど……背に腹は代えられない! 奪って、全部めちゃくちゃにしてやる!)
ゼロスはセレンたちの制止を力任せに振り払い、アレインたちから死角になる位置で、手元のシステム画面を血眼になって高速操作した。
「――喰らえ!! 『強奪』ッッ!!!」
立ち上がりざまに放たれた、怨嗟の声を伴うドス黒い光条。
他者のスキルを強制的に奪い取るその魔の光が、大蛇のようにのたうち回りながらアレインへと迫る。
その時、アレインは変身による貧血の反動で完全に油断し、フラフラ状態だった。
「うおっ!?」
回避は間に合わない。強奪の光がアレインの胸に直撃する――その刹那。
上空から、凛とした声が戦場に響き渡った。
「――〈カバーシールド(Cover Shield)〉ッッ!!!」
――ズガァァァンッ!!!
アレインの目の前に、空間を割って巨大な光の盾が顕現した。
分厚い防壁が、ゼロスの放ったドス黒い強奪の光を完全に弾き返す。
「クソッ!! 誰だァァァ! 最後の最後で僕の邪魔をした奴はァァァ!!」
ゼロスが目を見開き、天を仰いで絶叫した。
声のした丘の上を見上げると、そこにはアレイン達にとって懐かしい面々が勢揃いしていた。
『鉄の絆』のバッシュ、ロルフ、ガザル、エルザ。
そして『銀の翼』のフェリス、カトリーヌ、シェリー達だ。
一行の先頭に立つフェリスが、亜麻色の長い髪をファサッとなびかせ、これ以上ないほどのドヤ顔で勝気な笑みを浮かべた。
「……ふふん、どうやら絶好のタイミングで間に合ったようね?」
「おいおい、盾張ったのはバッシュだろ。なんでお前が自分が救ったみたいな勝ち誇り方してんだ?」
すかさずガザルが的確なツッコミを入れる。
「ガザルうっさい!! 邪魔しないで!!」
「このアマ……!?」
「まあまあガザル、フェリスさんらしくていいじゃない? ねっ、バッシュ?」
エルザが苦笑しながら宥めると、大盾を構えた大男、バッシュも静かに頷いた。
「ああ、構わん」
「お前らがそうやって甘やかすから、このアマはいつまで経っても性根が曲がったままなんだよォォ!!」
頭を抱えて絶叫するガザル。
「まあまあ、2人とも戦場で内輪もめを始めるのはやめようか……」
リーダーのロルフが苦労人オーラを出しながら場を収める中、シェリーとカトリーヌが眼下のアレインたちに向かって大きく手を振った。
「やっほーアレイン、カイトー! 久しぶりー!!」
「おーい、生きてるかー?」
「バッシュさんたちだ!! ねえアレイン、バッシュさんたちが助けに来てくれたよ!!」
目を輝かせて喜ぶカイトの横で、アレインはうるさそうに耳を塞いだ。
「耳元で騒ぐなよ聞こえてるわ!!」
(クソ、貧血で頭がガンガンするってのに……!)
「調子に乗るな人間どもがぁ!! もう一度だ!!」
往生際悪く、ゼロスが再度システム画面を叩き、強奪のスキルを放とうとする。
「おっと、させないぞ」
バッシュがさらに盾の魔力を解放した。
すると、先ほど〈カバーシールド〉で防がれ、行き場を失って空中に滞留していた『強奪の魔力』が、反転。そのまま発動者であるゼロス目掛けて「逆流」したのだ。
「うわあああああああ――ッッ!?」
「「「ゼロス様――ッ!!」」」
セレンたちの悲鳴が響く。
自らの放った強奪の光に包まれたゼロスの視界に、これ以上ないほど残酷で、精神を完全に破壊するメッセージログが冷酷に流れ始めた。
【システムメッセージ】
『強奪スキル』が完全に反射されました。
これまで奪ったすべてのスキルが、元の持ち主へと強制返還されます。
(※元の持ち主が既に死亡、または存在しない場合はそのまま『消滅』します)
なお、スキルの過負荷反射に伴い、ゼロス様が保有する**『強奪スキル自体』も永久に消滅します。**
『今までお世話になりました。さよなら(笑)』
「あ……あ、ああ……。僕の、僕の苦労して集めたコレクションが……僕の力が……!!」
ゼロスの体から、これまで殺した野盗、手にかかった盗賊、罠に嵌めた冒険者たちから奪い、せっせと溜め込んできた色とりどりの魔力の粒子が、シュウウウ……と音を立てて無数に抜け出していく。
「馬鹿な……。空っぽだ。僕の中が……空っぽになっていく……!!」
自らの骨の手を見つめ、絶望に声を震わせるゼロス。
他者のものを奪い続けた死霊の覇王は、平原の泥の中へ、ついに力なく両膝を突いた。
そのちっぽけで哀れな姿には、もはや魔王としての威厳など、微塵も残されていなかった。




