第123話:炸裂する怒りの鉄拳! 沈黙の戦場と、潰えぬ妄執
グラン平原の中央。
漆黒と碧の鎧を纏った「カオス・ドラグーン・ヴェルリア」と、死霊の覇王ゼロス、そして狂信の影バルトスが、張り詰めた空気の中で睨み合っていた。
「……おい骨野郎。ダラダラした喧嘩は俺の性分じゃねえんだわ。ここらでサクッと大将同士、タイマンで決着つけようや、魔王様よォ」
アレインは巨大な複合武装を肩に担ぎ、だるそうに首を鳴らして挑発する。
その不遜な態度に、バルトスが激昂して前に躍り出た。
「不敬なッ!! ゼロス様、このような身の程知らずの羽虫、至高なる貴方様が手を汚すまでもありません! このバルトスが今すぐ引導を渡して御覧に入れましょう! どうかご命令を!!」
「……下がれ、バルトス。我が直々に、あの傲慢なる不届き者を葬ってやろう」
ゼロスが片手を上げて、配下の言葉を冷酷に遮る。
(下がってぇぇぇ! お願いだから大人しく後ろで見ててバルトス!! さっきのヤバい威力見たでしょ!? 君じゃ絶対に勝てないから! 所詮ゲーム内のNPCのステータスじゃ、あの金ピカのチートには一瞬で消し炭にされるから!! 何より、僕の夏のボーナスを吹き飛ばした恨みは、僕自身の手で直接殴って晴らさないと気が済まないんだよ!!)
「し、しかし! ゼロス様!!」
「よい、下がれ。……我の真なる勇姿を、その目に焼き付けるがいい」
「おお……! は、はい!! 至高なるゼロス様の神々しき戦い、このバルトス、生涯の誉れとしてこの目に焼き付けまする!!」
あまりの主の慈悲と覇気に、バルトスは涙を流してその場に平伏した。
両軍の視線が集まる平原の中央へ、ゆっくりと歩み出る二人。その様子を、遥か後方からシルヴァニア軍が見守っていた。
「なんだぁ? 2人して真ん中に出てきて、今更古典的なタイマンでも始めようってんですかね?」
「わからぬ……。だが、今はただ、アマテ様の使者殿の勝利を天に願うのみだ……!」
ゴトー将軍が顎をさすり、フリードリヒ王が祈るように胸の前で手を組む。
ついに、シルヴァニアの命運を賭けた一騎打ちが幕を開けた。
「行くぜ、骨野郎ォォォ!!」
アレインが背中の光と闇の魔力翼をバサァッと広げ、大地を爆破するような凄まじい勢いでゼロスへと一直線に突っ込んでいく。
だが、ゼロスは微動だにせず、兜の下で冷酷に笑った。
「……来い。愚者が。――〈刻限の静寂〉!!」
ゼロスが懐に隠し持っていた重課金アイテム『時間停止のスクロール』を発動した瞬間。
グラン平原を吹き抜けていた風が止まり、舞い散る土くれが宙で固まり、世界の時間が完全に停止した。
色を失い、完全に静止した世界の中で、ゼロスだけが悠然と歩き出す。
「フハハハ!! 対人戦(PK)において時間停止からの即死魔法コンボは常套手段!! このまま動けぬまま死ねぃ!!」
(勝った!! ざまぁみろ!! これぞ社会人の課金額の暴力だよ!! 避けてみろよ避けてみろよ!! 君の油断が命取りなんだよ死んじゃえーー!!)
絶対的な勝ちを確信し、無防備に停止したアレインへと近づくゼロス。
……しかし、その時、あり得ない異変が起きた。
完全に静止しているはずのアレインの鎧から、眩いばかりの「光」と、ドス黒い「闇」のオーラが、凄まじい勢いで噴出し始めたのだ。
「な、眩しい……!? ば、馬鹿な、時間は完全に止まっているはずだぞ、何が起きているんだ!!」
ゼロスが慌てて腕で顔を覆う。
アレインを包む正反対のエネルギー――『光(正の魔力)』と『闇(負の魔力)』が、アレイン自身の魂を媒介にして限界を超えて凝縮され、激突。
時空そのものを根底から揺るがす膨大な消滅エネルギー、すなわち「対消滅」が強制発生したのだ。
――パキィィィンッ!!!
止まった世界に、まるで巨大なガラスが割れるような乾いた音が響き渡る。
アレインを中心に、ゼロスが固定していた『静止した世界』そのものにバリバリと巨大な亀裂が走り、時空の歪みが大爆発を起こした。
「止まった時間」という概念そのものが、圧倒的なエネルギーによって物理的に粉砕されたのである。
「嘘だろぉぉぉ!? 何したんだよお前!!」
「……悪いな、俺も細かい理屈はサッパリわかんねえ」
衝撃波で吹き飛ぶゼロスの前で、時間の檻を突き破ったアレインが、バキバキと拳を鳴らしながら煙の中から姿を現した。
「だがよォ、俺の『クソ鑑定スキル』は、お前が思ってる以上のドMなんだわ。おめえさん程度の生温い亀甲縛りじゃ、物足りなくて満足できねえってよォ!!」
次の瞬間、アレインの視界を埋め尽くすほどの、最大フォントの真っ赤な文字がポップアップした。
【アレインさんちょっと待ってくださいぃぃぃ!!! 私、そんなド変態じゃないですぅぅぅ!! いや、確かに一瞬だけ「あ、放置プレイもちょっとオツかも……♡」とか不謹慎なこと思った時もありますけど! 基本的には健全でピュアなソフトMですからー! 訂正してくださいぃぃぃ!!!(大号泣)】
「そんな適当でサイテーな下ネタ理由で、僕の超高級課金アイテムを破るんじゃねぇぇぇ!!!」
理屈もわからず下ネタで誤魔化したアレインに、ゼロスが全力のツッコミを入れた。
しかし、その言葉が終わるよりも早く、アレインはすでにゼロスの懐へと潜り込んでいた。容赦のない、殺意の塊のような右ストレートが、ゼロスの骨の顔面に炸裂する。
――ドゴォォォンッ!!
「まず一発目ェ!! 意味もなく生贄にされてゾンビにされた、人間たちの分の怒りだコノヤロー!!」
「ぐはっ……!!」
顔面の骨が軋む音を立てて仰け反るゼロス。
間髪入れず、アレインの凶悪な左フックがゼロスの腹部に深く突き刺さる。
――バゴォォォンッ!!
「二発目ェ!! 自分の仲間すら信じられなくて、勝手に一人で拗ねて世界征服とかいう大迷惑な魔王ムーブかました分の、お仕置きだ!!」
「ぐふっ……あふぅ……!!」
魔王の威厳などとうに崩壊し、くの字に折れ曲がるゼロス。
そしてアレインは、腰を深く落とし、全身の体重を乗せ――親の仇を殴るかのような、怒りのアッパーカットを振り抜いた。
「そして最後の三発目ェェェ!!! 俺の、俺の楽しみにしていた高級レストランのタダ飯券を!! 臨時休業にして無駄にしやがった分の怨みじゃァァァァ!!!」
「そ……それは僕のせいじゃなくて飲食店の判断だろ! 僕に関係な――!!」
「うるせえええええ!! 原因作ったのはテメーだろがァァァ!!!」
――ドッパァァァンッ!!!
「ぶベらッ!!!!」
凄まじい衝撃と共に、ゼロスの頑強な骨の顔面に派手なヒビが入り、砕け散る。
魔王の体は錐揉み回転しながら宙を舞い、そのまま平原の泥土へと無様に叩きつけられた。
巨大骸骨騎士が消え、魔王が倒れたことで、戦場は完全に沈黙した。
アジトから走ってきたカイトたちが、息を切らせてアレインの元へと駆け寄る。
「ゼロス様――!!」
「アレイン、やったね!! 何が起きたかわからなかったけど凄いよ!!」
「……おう、カイト。……そっちもうまく、助け出せたみてえだな……」
大剣を杖代わりにして、アレインは肩で息をしていた。
戦闘による高揚感が切れた反動か、強制献血による貧血で視界がグラグラと揺れている。
一方、倒れたゼロスの周りには、セレン、ゴルド、そしてお巳代が集まり、沈痛な面持ちで彼を見下ろしていた。
「……ゼロス様。もう、やめなはれ。こんなことせんでも、うちらはどこにも行きゃあしませんよって……」
お巳代が涙を浮かべ、和服の袖で目元を拭いながら声を絞り出す。
「そうです、ゼロス様。もう勝負は決しました。これ以上、虚勢を張ってご自身を傷つけるのはおやめください。私たちは……貴方様がどのような道を歩もうとも、お傍にいますから」
「ゼロス様。どうか……ご決断を。我らは貴方様の臣下。お戻りいただけるなら、いくらでもその汚名を共に背負いましょう」
セレンの切実な声と、ゴルドが静かに跪いて紡いだ言葉。
幹部たちの悲痛で、それでいて温かい説得が響く中、その少し後ろでは、バルトスが「至高の主が人間に敗北した」という現実を受け入れられず、小刻みに震えながら押し黙っていた。
すべてが終わったかのように思えた戦場。
しかし――泥に塗れたゼロスの、本来なら光など宿るはずのない虚ろな眼球の奥には。
未だ、冷たく、不気味な光が消えずに蠢いていたのだった。




