第121話:太陽神(引きこもり)への祈りと、夏のボーナスを懸けた攻防
グラン平原に燦然と輝く、漆黒と碧の鎧を纏った「カオス・ドラグーン・ヴェルリア」。
戦場を支配する絶望を易々と塗り替えてしまうほどの圧倒的な中二病オーラに、シルヴァニア軍の兵士たちは戦慄と希望の入り混じった声でざわつき始めていた。
「おい、あの碧龍……ヴァルドリアに出た『暗黒騎士ヴェルナス』が乗ってたやつと同じじゃないか?」
「え? でもあれは全身真っ黒の暗黒騎士だろ? あんな金ピカの格好じゃなかったぞ?」
「名乗りは『カオス・ドラグーン・ヴェルリア』って言ってたな……。セレスティア様の使者か?」
『セレスティア』の名を聞いた瞬間、フリードリヒ王は居ても立っても居られず最前線へと走り出た。
そのまま泥に塗れるのも構わず地面に深々と膝を突き、両手を組んで天を仰ぐ。
「……おお、あなた様は! 我らが慈悲深き女神セレスティア様がお遣わしになった、伝説の使徒なのですか!?」
「……ああん?」
兜の下で、アレインは思わず素の低いトーンを出してしまった。
だが次の瞬間、かつてカイトが言っていた『下衆ガミ(セレスティア)の使者扱いされるのだけは徹底的に拒否しろ』という強いアドバイスを思い出し、慌てて腹から声を出し、低く太く作り直す。
「――断ずる!! 私は太陽神アマテの子にして、日輪の使者、カオス・ドラグーン・ヴェルリアである!!」
その堂々たる宣言に、シルヴァニア軍から「おおおーーーっ!」と地鳴りのような大歓声が上がった。興奮した兵士の一人がさらに叫ぶ。
「では、あのヴァルドリアの英雄、ヴェルナス様は貴方様のお仲間なのですか!?」
「然り!! ヴェルナスもまたアマテの子にして私の兄弟!! 我らは断じて、セレスティアの使いなどでは無い!!」
『おいおい、今日はいつになく口が回るじゃねえか、もう一人の俺よ』
(だろ? これで奴への信仰心が削れれば安いもんだぜ)
脳内の自分と自画自賛し合い、マントを翻して完璧なポーズを決めるアレイン。
だが、合体しているヴェルナとブルーナから即座に冷たい念話が飛んできた。
『アレイン。あまり調子に乗って演説していると、合体制限時間が無くなってしまうのだけれど?』
『そうじゃそうじゃ! 遊んでる暇は無いのじゃ!!』
「おっと、そうだったな」
指摘され、アレインは視界の端のシステムタイマーを確認した。
【 残り時間:09:59 】→【 09:58 】→【 09:59 】
「……ん?」
タイマーの数値が不自然に往復し、完全にバグを起こしていた。
【アレインさん!! 早くカッコいい戦闘シーン見せてくださいよぉぉ!! システム時間止めるの、もう限界なんです! 早く突撃してくださいぃぃ!!】
「お前が弄ってたのかよ!」
アレインがツッコミを入れた瞬間、ピコン! と音がして、タイマーがようやく正常なカウントダウンを始めた。
「やれやれ。時間もねえしさっさと片付けるか……」
アレインは光と闇の力が入り交じる大剣と魔槍の複合武装を、グッと力強く握り直した。
「――骨野郎、お仕置きの時間だぜ」
背中から光と闇の魔力翼をバサァッと広げ、大地を蹴る。
爆発的な衝撃波を残し、双極の竜騎士は音速で平原を飛翔した。
それを見送るシルヴァニア軍の中枢では、ゴトー将軍が泥だらけの顎をさすりながら首を傾げていた。
「太陽神アマテねぇ……。どっかで聞いたことがあるような、ないような、微妙にマイナーな名前ですな」
「……アマテ様は、セレスティア様がこの世界を統べるより遥か昔、世界が一つになる前にいた古き太陽神の名だ。まさか、そんな伝説の神名を聞くことになるとは……!」
フリードリヒ王は感極まってガタガタと震えている。
「ああ、そういや昔、学校の歴史の授業で習いましたわ。……確か、あまりに『癖が強すぎて』、セレスティア様の中に飲み込まれて消えた神様でしたっけ?」
「恐れ多いことを言うな! アマテ様は、最初に我々人類を導いた苛烈なる御方だぞ! ……まぁ、確かに繊細というか、情緒不安定なところはあったがな」
「やっぱり癖が強くて扱いづらかったんじゃないですか」
王はコホンと咳払いをした。
「事実だから否定はせん! 昔、アマテ様が可愛がっていた白ウサギを人間に誤って殺された時、人間に直接当たり散らすこともできず、悲しみのあまり洞窟に引きこもられてな……。数ヶ月も太陽が昇らず、人類が滅びかけたという神話がある」
「そうそう、それですよ。それで困ったセレスティア様が、洞窟の前でどんちゃん騒ぎの祭りを開催して、興味を引かれてちょっと顔を出したところを、セレスティア様がガバッと飲み込んで一体化したんでしたっけ。……完全に引きこもりを拉致した形ですよね」
「言い方は悪いがそうだ! ……だが今、我らを救うためにその使者が現れた! 異端と呼ばれようとも構わん、我が国が救えるのであれば……! おお、太陽神アマテ様、我らをお救いください!!」
アレインの完全なる「出任せ」で口走った名前だったが、太陽神アマテは実在していた。
この奇跡的な珍事により、王が必死に祈りを捧げると、それに倣って兵士たちも一斉に武器を置き、アマテへと祈り始めたのである。
「そんじゃ、俺も一応祈っときますか。……『遠くの神より、近くの鬼』ってね」
ゴトー将軍も剣を杖代わりに目を閉じ、その姿を見た前線の兵士達もまた、一斉に祈りを捧げた。
「ん?」
平原を飛翔するアレインは、不意に己の体に起きた変化に気づいた。
「……なんか急に、体がふわっと軽くなった気がするわ。気のせいか? 魔力も底上げされてるような……」
『気のせいじゃないかしら?』
「妾は特に変わった気がしないのじゃ!」
相棒二人はあっけらかんとしているが、アレインの武装には、確かな光の粒子が集まり始めていた。
一方の死霊軍本陣。
音速で接近する光と闇の流星を前に、バルトスは顔を青ざめさせて叫んだ。
「ぜ、ゼロス様!! 奴が……あの正体不明の化け物が、凄まじい速度でこちらに向かってきます!!」
「……案ずるな。我が最強の下僕は、未だ健在だ。――迎え撃て!!」
玉座の上で尊大に腕を組むゼロス。
だが、その仮面の下の素顔は、真っ青になっていた。
(うおおおおい!! こっち来んなぁぁ!! なんだよあの金ピカの騎士! 絶対にあいつ、中身アレインだろ!! 僕の夏のボーナス全額と生贄三千人を注ぎ込んで作った『巨大骸骨騎士』が負けるわけがない!! あいつを叩き潰してくれぇぇ!!)
ゼロスの悲痛な命令を受け、先の雷撃から完全に立ち直った無傷の巨大骸骨騎士が、その絶望的な質量の巨剣を構え、カオス・ドラグーンを迎え撃つべく立ち塞がった。
「――そこをどきな、デカブツ!!」
アレインは巨大な複合武装を天に掲げた。
そこへ平原中の光の粒子、そして一万人の兵士たちによる『アマテへの祈りの魔力』が一斉に集束していく。武器の刃が、まるで太陽そのもののような圧倒的な光属性の魔力を纏い、神々しいまでに激しく輝き始めた。
「――喰らいやがれ!! 〈日輪双極斬〉ッッ!!」
アレインの放った特大の必殺技が、天地を揺るがす咆哮を上げる巨大骸骨騎士へと、今まさに激突しようとしていた――。




