第120話:共感性羞恥と絶望の対価、降臨せよカオス・ドラグーン・ヴェルリア!
グラン平原。
数千の生贄を喰らって顕現した巨大な骸骨騎士の蹂躙の前に、シルヴァニア軍は文字通り壊滅寸前まで追い込まれていた。
大地は砕け、絶望が戦場を支配し、兵士たちの悲鳴が血煙と共にこだまする。
「将軍! 前線が崩壊します! これ以上の維持は不可能です、一時撤退を!」
血まみれの伝令が叫ぶが、最前線に立つゴトー将軍は、大剣を地面に突き立てて吼え返した。
「馬鹿野郎!! 今更王様に『すんません、やっぱり無理でした』ってケツ捲って帰れるか! 男が廃るだろ、男が!!」
「今それどころじゃない気がするのですが!? メンツで命が救えるんですか!?」
「うっせえ!! せめてあいつの足留めぐらいしてみせるぞ! 総員、意地を見せろ!!」
その将軍の怒号が響き渡った、まさにその時だった。
グラン平原の一番高い丘の上から、大気を震わせるパチパチとした異音が響いた。
「……ブルーナ、一発ブレス頼むわ。全員の視線をこっちに釘付けさせるぞ」
「カカッ! 任せるのじゃ!!」
丘の上、伝説の碧龍へと姿を戻した巨体が、広大な翼を広げる。
次の瞬間、ブルーナの全身から激しい紫電が迸り、天を衝く雷のブレスが放たれた。
一直線に放たれた閃光は、無慈悲に剣を振り下ろそうとしていた骸骨騎士の胸板へ直撃し、轟音と共にその山のような巨体を平原へと叩き伏せた。
「な、何事だ……!? 一体どこからの一撃だ!?」
玉座から身を乗り出し、ゼロスが狼狽える。
(僕の骸骨騎士があああああ!! せっかく生贄三千人も捧げて出した僕の課金お気に入りモンスターがぁぁぁ!! 誰だよ邪魔したの!!)
「ゼロス様、あちらをご覧ください! 丘の上に、不届きな影が……!」
バルトスが指差す先。
シルヴァニア軍からも、地鳴りのような歓声が巻き起こった。
避難命令を無視して前線に顔を出していたフリードリヒ王も、ブレスの飛んできた丘を呆然と見上げる。
「何だ……!? あの圧倒的なドラゴンは……!?」
「で、デカい……。伝説の生き物じゃないか……?」
「ん? 待て……」
目を細めたゴトー将軍が気づく。
「ドラゴンの側に、誰かいるぞ。……なんだありゃぁ?」
そこには、美しい漆黒の馬体を震わせるヴェルナが嘶き、そして一人の男のシルエットがあった。
しかし、完璧な逆光と、不自然なほどに濃い「影」のせいで、その顔は全く判別できない。
「……顔が見えんな。何者なのだ、あの御方は……?」
「陛下!! 勝手に戻ってこないでくださいって言ったでしょうよ!」
王の呟きに将軍がツッコミを入れる中、当の丘の上の男――アレインは、冷や汗を流しながら相棒たちに確認を取っていた。
「……どうやら注目は集まったようだな。おい、俺の顔、ちゃんと隠れてるか? 見えてねえよな?」
「カカッ! 心配いらぬのじゃ。周囲の精霊共がお主の顔を隠すため、全力で光と闇を操作しておるのじゃ!」
『普段は仲の悪い光と闇の精霊が、あんなに息を合わせて共同作業してるなんて。本当に珍しい光景ね』
ブルーナとヴェルナの言葉通り、アレインの周囲だけ物理法則を無視したコントラストが形成されていた。
「精霊共が『ヒーローの正体バレはダメ! 絶対!』と言ってるのじゃ。これほど精霊たちに愛されておるのは、初代聖女とお主くらいじゃろうな」
「へっ、そうかい。相変わらずのヒーローオタク共(精霊)に感謝だな。……よし、やるか」
アレインは気を取り直すと、重い覚悟と共にシステムウィンドウを開いた。
「……クソ鑑定スキル。変身だ!」
『待ってましたァァァ!! さあアレインさん、気合いを込めて、どうぞーーー!!』
ピコン! と軽い音がして、これまでロックされていた【Break Burst / Dual Shift】のボタンが眩しく輝く。
アレインがそれをタップした瞬間――。
「がああああああ!! 相変わらずキツいわ、これーーー!!」
血管に極太の針を突き刺されるような激痛と共に、システムから強制的に1000ccの血液が徴収される。
全身から血のような紅い霧と、碧い魔力の粒子が爆発的に溢れ出した。
アレインは強烈な貧血と吐き気を堪え、鑑定スキルの要求通り、気合いを込めて「あの恥ずかしい口上」を大音量で叫んだ。
「――光と闇が交わりしとき……!! 一つの魂は光を誘い、一つの魂は闇を導く……!! 悠久の碧龍よ、漆黒の女王よ……今こそ、俺の魂に集え!!」
『――Standing by……』
重厚なシステムボイスが響き渡る。
アレインが両手を大きく広げ、胸の前でクロスさせる。呼応するようにブルーナとヴェルナが咆哮を上げ、その膨大な魔力がグラン平原全体を震わせた。
「変身!!」
『Break Burst!!…… Dual Shift!!』
二対の巨獣のシルエットがアレインの体に激突し、光と闇の渦が爆発的に巻き起こる。
……光が収まったその跡には、漆黒と碧色が複雑に融合した、禍々しくも圧倒的に美しい鎧を纏った「双極の竜騎士」が立っていた。
兜からは二つの異なる角が伸び、手には大剣と魔槍を一体化させた巨大な複合武装が握られている。
アレインは巨大武装を大地へ突き立て、左腕を天高く掲げた。指先から漆黒と碧の雷光を放ちながら、背中から光と闇の魔力翼をバサァッと広げる、完璧な特撮的決めポーズを披露する。
「――双極の魂を纏いし者。この身に宿る光と闇の境界が、すべての運命を塗り替える……!! 日輪の使者!! カオス・ドラグーン・ヴェルリア、ここに降臨……!!」
精霊たちもここぞとばかりに光の粒子を撒き散らして演出し、視界の端ではメッセージウィンドウが狂喜乱舞していた。
『いやぁぁぁぁ!! アレインさん最高!! 超カッコいい!! 抱いて!! 惚れちゃいますぅぅぅ!!』
そのあまりにも圧倒的、かつ完成された「変身シーン」に、戦場全体が水を打ったように静まり返った。
「……なんだか分からんが、とんでもねえのが来たな……」
「地獄の使者か、それとも神の御使いか……。どちらにせよ、あの御方が我らの希望だ……!」
ゴトー将軍とフリードリヒ王が戦慄と希望の入り混じった声を上げる一方。
死霊軍の本陣では、バルトスがガタガタと震えながらゼロスの前へと進み出ていた。
「ぜ、ゼロス様!! あの者から、凄まじい次元の魔力を感じます……!! 非常に、非常に危険な存在です!!」
しかし、ゼロスは玉座の上で完全にフリーズしていた。
「……」
(なんか変なの来たぁぁぁぁ!! 変身ポーズ付き!? 固有の口上付き!? 嘘だろ、超カッコいいけど……超カッコいいけどさぁ!! 僕は絶対に、この歳でああいう恥ずかしいやつ人前でやりたくない!! メンタルが持たない!! 見てるこっちのほうが恥ずかしくなってきたよ!!)
戦場を包む圧倒的な威厳と、敵の総大将からの見当違いな共感。
その中心で、禍々しき鎧の内側では、男がたった一人で血の涙を流していた。
「……はぁ……疲れる……。だせえ……。何がカオス・ドラグーン・ヴェルリアだよ……」
精神的な致命傷を負いながらも、鑑定スキルの満足げな笑顔を背に。
絶望の戦場に今、ド派手な救世主が降臨したのであった。




