第119話:天才少年の結界破りと、逆光に命を懸ける小心者
もぬけの殻となったゼロスのアジト。
薄暗い部屋の中で、バルトスの放った高位結界に囚われたセレンとゴルドは、空中に遠隔投影されたグラン平原の映像を呆然と見つめていた。
そこには、数千の生贄を糧に顕現した超巨大な骸骨騎士が、絶望の叫びを上げるシルヴァニア軍を無慈悲に蹂躙していく地獄絵図が映し出されている。
「……お巳代は、間に合わなかったようね……」
セレンは拳を白くなるほど握り締め、悲痛な面持ちで唇を噛んだ。
「そのようだな。……もはやゼロス様も、我らですら引き返せぬ深淵の底まで行かれてしまった。バルトスめ……!」
「バルトス……!! 孤立を恐れるゼロス様の心に付け込み、このような覇道へ拐かした罪、必ず私の手で……ッ!!」
ドンッ! と結界の壁を叩いたその時、部屋の重い扉が勢いよく開き、
お巳代とカイトが飛び込んできた。
「セレンはん!! ゴルドはん!! 助けに来たで!!」
「お巳代……! あれを見なさい」
セレンが力なく指さす映像を見て、お巳代は息を呑んだ。
「そんな……アレインはん、間に合わへんかったんやね……」
「……あの変態が関われば、またゼロス様の選択を斜め上の馬鹿な方向に捻じ曲げてくれると、一縷の望みを抱いていたのだけれど……無理だったようね」
セレンは自嘲気味にため息をついた。
「お巳代、もう私たちのことはいいわ。今すぐ平原へ行き、ゼロス様の罪が少しでも軽くなるよう、人間たちを助けなさい」
「何言うてんの! 二人を置いていけるわけないやろ! でも……うちの力ではこの結界、破壊するのは難しそうやね……」
お巳代が結界をコンコンと叩き、重苦しい諦念の空気が漂い始めた――その時だった。
人間の少年であるカイトだけが、緊迫感ゼロの様子で、結界の表面に浮かぶ複雑な魔導文字を興味深げに観察していた。
「人間の子供じゃ無理よ。あなたも早く逃げなさい」
「セレンの言う通りだ。童がいていい場所ではない」
二人の忠告を無視して文字を追っていたカイトは、やがて「あっ!」と嬉しそうにポンと手を叩いた。
「これ、ベアトさんに習ったやつに似てる!!」
それは正に、通信教材のお陰で定期テストの難問を奇跡的にクリアできた中学生のような、ハツラツとした顔だった。
「えっ!? カイトはん、これ中身がわかりはるの!?」
「うん! 僕の師匠も魔族だからね。術式の構成がそっくりだよ。これなら僕でも破壊できると思う!」
「馬鹿な……!? これはバルトスが全魔力を注ぎ込んだ高位結界だぞ!? 人間の童に解けるはずが――」
ゴルドが目を見張る前で、カイトはブツブツと呪文とも数式ともつかない言葉を呟き始めた。
「えーと、ここの術式の結節点に、完全に『反転』させた魔力を直接流し込んで……えいっ!!」
カイトが結界の核となる魔力溜まりに軽く手を触れた瞬間。
――パキンッ!!
と、ガラスが割れるような高い音が響き、絶対不可侵のはずの結界にみるみるヒビが入り、あっけなく霧散してしまった。
「……は?」
「カイトはん、やるやん!! 天才や!!」
「えへへ、上手くいって良かったよ」
照れて笑うカイトの前で、魔族の幹部二人はガタガタと震え上がっていた。
「こ……こ・このような、人間の童がバルトスの結界をいとも簡単に破壊するとは……。やはり、人間とは我らの想像を超える侮れぬ種族……!」
「術式を完全に理解した上での逆流……。この子の師匠とやらは、一体どれほどの上位種魔族なの……?」
「ちょっと二人とも! 今はそんな設定解説パートやってる場合じゃないでしょ!! 早くあのバカな戦争を止めなきゃ!!」
メタ的なツッコミを入れるカイトにハッと我に返り、セレンとゴルドは互いを見つめ合って力強く頷いた。
「セレンはん、ゴルドはん! はよいこ!!」
「ええ。私たちの主を……これ以上、孤独にさせないために!」
四人は一斉にアジトを飛び出し、戦場のグラン平原へと向かって走り出した。
* * *
一方、グラン平原。
両軍が激突する地獄の戦場を完璧に見下ろせる、一番高い丘の突端に、アレインたちは立っていた。
……ただし、彼がこの場所を選んだのには、ヒーローらしからぬ「大人の事情」が多分に含まれていた。
「……よし。ここならゼロスたちからもシルヴァニア軍からもめちゃくちゃ目立つし、何より『完璧な逆光』になって俺の顔が影で隠れる! これならツラバレする可能性を極限まで低くできるはず……!!」
『相変わらず、ここ一番で見せる往生際の悪さと悪知恵だけは天下一品だな』
脳内に響く内なる相棒の皮肉に、アレインは胸を張って反論する。
「悪知恵じゃねえ。平穏なモブ生活を守るための危機管理能力って言ってくれよ相棒」
『……そういうことにしておいてやるよ』
『……はぁ。私の主は、本当に度し難い小心者ね』
後方からゆっくりと歩み寄ってきたヴェルナが、巨大な漆黒の馬体を揺らして深く嘆息した。
『伝説の魔獣であるこの私を従えているのだから、もっと堂々と構えて欲しいのだけれど?』
「カカッ! ヴェルナよ、諦めるのじゃ! こやつの小心者っぷりは出会った頃から一つも変わらんのじゃ! 今更期待する方が間違っておるのじゃ!!」
アレインの頭の上で、チビドラゴン形態のままブルーナが楽しそうに胸を張る。
「お前ら、ご主人様の前で堂々と悪口かましてんじゃねえよ!! 小心者で悪かったなチクショウ! 」
「カカカッ! 怒るな怒るな!」
『フフフ……そういう情けないところも、あなたの魅力かしらね』
「……まぁいい」
アレインはわざとらしく咳払いをし、頭上の相棒に声をかけた。
「ブルーナ、時間だ。そろそろ元の姿に戻ってくれ」
「良かろう! 久々に我が真なる力を解放してやるのじゃ!!」
ブルーナが空高く舞い上がり、叫んだ瞬間。
丘の上に激しい紫電が走り、まばゆい光の中から天を覆うほどの巨大な碧龍――伝説のドラゴンがその圧倒的な威容を現した。
「……さぁて、舞台装置は整った」
アレインは雄大な碧龍の頭上を見上げ、腹を括った顔で空を睨みつけた。
「……クソ鑑定スキルのお望み通り、ド派手なヒーローごっこを始めてやろうじゃねえか……。行くぞ!!」
『まぁ、社会的な死を恐れずに気張ってやれや、もう一人の俺』
「おうなのじゃ!! 派手に行くのじゃ!!」
『いつでもどうぞ、我が主』
すると、アレインの目の前に、最高に上機嫌なピンク色のメッセージウィンドウがポップアップした。
【何でも言うこと聞くって言いましたもんね! 約束は絶対ですからね! 恥ずかしがらずに、どーーーんと行きましょ〜〜〜♡】
アレインは全てを諦めた、清々しいほどの「死んだ魚の目」で呟いた。
「……ああ、やってやるよチクショウ。……骨を止め、国を救う、地獄のヒーローショーの始まりだァァァ!!」
ゼロスの巨大骸骨騎士が暴れ狂う絶望の平原に向けて。
碧龍の咆哮と共に、アレインの「尊厳」を賭けたド派手な大決戦の幕が、今、切って落とされようとしていた――。




