第118話:プライド滅亡の危機と、クソ鑑定スキルのストライキ
グラン平原の戦場に、数千の生贄を喰らって顕現した天をも突く超巨大な骸骨騎士。
それは周囲の光を吸い尽くすような漆黒の魔力を放ち、ゼロスの禍々しい威光を体現しているかのように、不気味に、そして圧倒的な質量をもって佇んでいた。
「……フハハハ!! 素晴らしい……! 恐るべき破壊の化身よ! これぞ我が力、我が絶対的な支配の証明だ!!」
玉座から巨大な骸骨騎士を見上げ、ゼロスは傲然と両腕を広げて高笑いを響かせる。
だが、冷徹な仮面の裏側の脳内は、完全に深夜の限界ガチャに勝利したオタクのそれだった。
(すっげぇぇぇぇ!! マジで出たよ!! たった三千人の生贄でこんなクソカッコいいの出るの!? ガチャのグラフィック詐欺じゃなかった!! 課金して良かったぁぁ!! 人が死んだ? 知るかそんなの! 演出が最高ならオールオッケーだよ!!)
もはや、かつて持ち合わせていたはずの「命を奪った」という良心の呵責など、完璧なビジュアルの前には塵に等しい。
完全にダークマージとしての全能感に脳が灼かれていた。
「おお……おおお!! 素晴らしい!! 流石は至高の御方、ゼロス様!!」
その傍らで、バルトスはあまりの光景に美しく涙を流し、激しく拍手を送っていた。
「命の灯火を束ね、これほどの芸術的な死の王を創り出されるとは……正に神をも超える御業にございます!!」
対するシルヴァニア王国軍は、その圧倒的な「死の具現」を前に、戦意を完全に喪失しつつあった。
「な、なんと悍ましい……。これほどの悪意、見ているだけで吐き気がする……」
フリードリヒ王は顔を青白くさせ、ガタガタと膝を震わせる。
「クソが……。あんなのを相手に、どうやって耐えりゃいいんだよ。根性論じゃ流石に誤魔化せねえぞ……」
ゴトー将軍ですら、苦虫を噛み潰したような顔でそう毒づくしかなかった。
総大将のその諦め混じりの態度は、前線の兵士たちに底なしの恐怖として瞬く間に伝染していく。
一方、丘の上のアレイン一行。
セレンたちを救出に向かったカイトとお巳代の後ろ姿を見送ったアレインは、ガリガリと乱暴に頭を掻きむしった。
「……はぁ、結局またクソヒーローごっこしなきゃなんねえのかよ」
深くため息をつく彼の脳内に、もう一つの声が響く。
『おいおい、もう一人の俺。贅沢は言ってられねえだろ。諦めてあいつ(鑑定)を呼べ』
「わーってるよ相棒……」
アレインはさらに深いため息をつきながら、空間を操作してシステムウィンドウを展開した。
「……おい、クソ鑑定スキル。変身だ。お前が大好きな変身の時間だぞ。好きなだけ血でも何でも持ってきやがれ!!」
投げやりに、慣れた手付きで【合体変身】のアイコンを連打する。
だが、そのボタンは冷たくグレーアウトしたままで、一切の反応を示さない。
「どうしたのじゃ?」
『早くしないと、あそこの人間の命が全部吸い尽くされてしまうのだけれど?』
ブルーナとヴェルナの催促に、アレインは顔を引きつらせる。
「いや、押せねえんだが……!? おい! クソ鑑定スキル! 変身だって言ってんだろ! 仕事しろ!」
すると、ピコンと緊張感のない軽い音が響き、目の前にテキストがポップアップした。
【ツーーーーン。知りませーーーん!】
「ツーンじゃねえんだよ!! バカかお前は! 画面の向こうで可愛いポーズ取ってんのが透けて見えるわ! 可愛くねーんだよ!!」
先日の「ゼロスに強奪してくれ、いやいらない」騒動で、このシステムは完全にヘソを曲げていた。
【な、何ですかその言い草は! アレインさん、私は都合のいい時だけ呼び出して使える便利な女じゃないんですからねっ!!】
「めんどくせぇぇぇ!! 超めんどくさいよお前! なんなの!? つーか、お前ただの『システム(スキル)』だろ! 性別なんかねーだろ!!」
【ふん! ふーーーん!! 私は人格面においては、可憐で清楚で超絶可愛い女の子なんでーす!! そんな上から目線の乱暴な態度じゃ、絶対に許してあげませーーーん! ストライキです! 有給休暇です!!】
「うぜえクソうぜえ……!! お前はあれか、記念日を忘れた彼氏を詰めるめんどくせえ彼女かよ!!」
アレインのツッコミに、鑑定スキルのウィンドウの文字が瞬時に真っ赤に染まった。
【ななななな、何言ってるんですかぁぁぁ!! わ、私がアレインさんの彼女だなんて、そんなおぞましい勘違いするのやめてくださいぃぃ!! 訴えますよ!? もっと優しくてジェントルマンな彼氏……じゃなくて、使用者になって出直してきてくださーーーい! ごめんなさい!!】
「なんで俺は戦争の最中に自分のスキルにフラれてんだよォォォ!! 今そういうギャグやってる場合じゃねえんだよ!!」
アレインが不毛すぎる口論を繰り広げている間にも、平原の戦況は最悪の段階へと突き進んでいた。
超巨大骸骨騎士が、その山のごとき巨剣をゆっくりと振り上げる。
「来るぞーーー!! 防壁が砕ける!!」
「逃げろ! 早く! 踏み潰されるぞォォォ!!」
ただ一振り。
それだけで平原の土が爆ぜ、圧倒的な暴力がシルヴァニア軍を容赦なく蹂躙していく。
ゼロスは玉座からそれを見下ろし、恍惚とした表情で声を張った。
「……フハハハ!! 圧倒的ではないか、我が軍勢は!! 人間どもよ、これが世界の理だ!!」
(うっわ、今のセリフ!! 一度でいいから現実で言ってみたかったやつ!! 今の僕、完全に悪のカリスマじゃん!! 録画機能とかないのこれ!? 後で夜中に見返して悶絶したい!!)
「ゼロス様……最高、最高でございます!! 流石は我が至高の主、悪の頂点に立つお方にふさわしい蹂虙劇!!」
バルトスが感動のあまり涙をこぼす中、決壊した最前線ではゴトー将軍がフリードリヒ王の前に立ちはだかっていた。
「陛下!! ここは俺たち現場の兵隊に任せて、とっとと城にお帰りください! ここに居ちゃ、ただの的ですよ!」
「ならん! 王が戦場から下がっては、兵たちの士気は完全に崩壊する! 王として、命尽きようとも民を守る……それが私の義務だ!」
「あのね、王様」
ゴトー将軍はやれやれと首を振った。
「ヘビはナンボ切られてもね、頭さえ残ってりゃあ生き返るんですよ。あんたがここで死んだら、この国それこそおしまいでしょうよ」
「しかし……!」
「その気概は嫌いじゃありませんがね、このまま居座られたら、一分もしない内にお陀仏です。せめてもっと後方に下がって、立て直しの指示でも出してください。ほら、お前ら!! 陛下を安全な場所へ案内しろ!!」
将軍の指示で兵たちが王を引っ張っていく。
「クッ……仕方あるまい……!」
無念をにじませ、後方へと避難していく王。
それを見届けたゴトー将軍は、迫りくる巨骸を見上げ、剣を構え直した。
「どうにもならんかもしれんが……もう一回組み立て直すぞ!!」
その最前線が壊滅していく様子を遠目に、アレインはついに発狂寸前、ウィンドウを叩き割るほどの勢いで叫んだ。
「もーーー!! なんなのお前ぇぇぇ!! どうやったら機嫌直すんだよ!! 時間がねえっつってんだろ!!」
【アレインさん怖いですぅぅ〜!! ひどいですぅぅ! 私、怖くてますます仕事したくなくなっちゃいましたぁ〜!!】
「あああああああクソがァァァ!!」
ヴェルナがそのやり取りを冷ややかに見下ろす。
『……はぁ。この調子じゃ、助かる命も助からないわね』
ブルーナも諦めて地面にドサリと座り込んだ。
「この国も、あの骨の王様に壊されて終わりじゃな。カカッ……笑えんわい」
「――っ」
アレインは天を仰ぎ、次の瞬間、戦場のど真ん中の丘の上で、空中に浮かぶメッセージウィンドウに向かって、地面にこれ以上ないほど綺麗な五体投地――滑らかな土下座を決めた。
「――鑑定スキルちゃんお願いぃぃぃ!! 機嫌直して!! 俺が悪かった! お前は世界一優秀で可愛いスキルだよ!! 何でも言うこと聞くから、お願いだから変身させてぇぇぇ!!」
静寂。
一瞬の間を置いて、ピコンと、妙に現金なシステム音が響く。
【ん? 今、「何でも言うこと聞く」って言いましたね?】
「ああ言ったよ!! 何でも言うこと聞くから、早く変身のロックを解除しろ!!」
【へぇ〜……。じゃあ、これをやってもらいましょうか?(ニヤリ)】
アレインの眼前に、新たなメッセージウィンドウが最優先で展開される。
そこに書かれた「条件」を目にした瞬間、アレインの顔からスッと血の気が引いた。
「……こ、こ……これを、この大衆の面前で、やれって言うのか……?」
【はい、そうです♡】
『……相棒。背に腹は代えられねえ』
脳内のもう一人の自分が、神妙な声で語りかけてくる。
『……やるしかねぇぞ。お前のプライドと引き換えに、人の命が救えりゃ安いもんだろ』
「クソっ……!! やってやろうじゃねえかチクショォォォ!!」
ブルーナが興味深げにウィンドウを覗き込んできた。
「それで、どんな恥ずかしい要求をされたのじゃ?」
アレインは生まれたての小鹿のようにガタガタと震えながら、絶望に満ちた声で呟いた。
「……『この戦場に、ド派手にカッコよく登場して、身バレ覚悟の超絶カッコいい厨二病全開の変身口上とポーズをキメろ』……だとよ……」
『何よ、大したことじゃないじゃない。今更でしょ?』
ヴェルナの辛辣な念話に、アレインは遠い目をする。
「……俺の、俺の平穏なモブとしての日常も……今日で本当に最後か……」
【さあ! アレインさん!! 命を救うため、戦場のみんなを魅了するカッコいい変身、期待してますねー♡】
メッセージウィンドウのハートマークを見つめ、アレインは全てを諦めた。
完全に死んだ魚の目になりながら、腰の剣の柄を強く握り直す。
「……はぁ、やるか。ブルーナ、ヴェルナ、行くぞ。……俺の、社会的な死を見届けてくれ……」
一人の男が、自らのプライドを文字通りドブに捨ててシルヴァニア軍を救う――ある意味で、世界一過酷で最悪な戦いが、今、幕を開けようとしていた。




