第116話:開戦の火蓋と、消えゆく高級ディナーの夢
無数の星々がホログラムとして浮かぶ特等席で、「管理者」は椅子から転げ落ち、のたうち回っていた。
「ハハハハハハ!! お腹痛い……死んじゃう! まさか、自分が作ったNPCに嫌われるのが怖くて世界征服を始めるなんて! 動機が重いっていうか、情けないっていうか……最高だよ零次くん!!」
管理者は爆笑しながら、手元のラノベ――『レムナント』の表紙をパラパラとめくり、ニヤリと口角を上げる。
「元ネタの主人公も大概だけど、君も相当に『歪んでる』ねぇ。さて、アレイン。今回の『救いようの無い主人公(笑)』を救い出せるかな? それとも引導を渡すのかな? まあ、どっちに転んでも僕は面白いからいいか! ハハハ!!」
その頃、シルヴァニア王国の中枢は未曾有の混乱に陥っていた。
「宣戦布告だと!? どこからだ、ザイン帝国か!?」
「いえ……ゼロスなる魔族らしいのですが、情報不足でよくわかりません!」
「どうなっとるんだ!!」
ゴトー将軍の怒号が飛ぶ中、顔を真っ青にした斥候が飛び込んできた。
「報告します! グラン平原に突如として出現したアンデッドの軍勢、おおよそ三万! 規則正しい陣形を維持したまま、微動だにしません!」
「三万!? 何かの間違いだろ!!」
「いえ! 間違いありません!!」
シルヴァニア王、フリードリヒは苦渋の決断を迫られる。
「……どうする、戦うのか? いや、それより民の避難は」
「安心してくださいと言っていいのか分かりませんが……『街を壊すと勿体ないからグラン平原にて決着をつけるか、さもなくば恭順せよ』とのことです……」
「なんじゃそりゃ!! 舐めてんのか!!」
ゴトー将軍が机を叩くが、フリードリヒは冷静だった。
「……民に被害が出ないことを喜ぶべきか、それとも徹底的に合理化された侵略を嘆くべきか。兵はどのくらい集められる?」
「掻き集めて一万……予備役を入れて二万行けばいいほうかと。相手が魔物では、数だけでは勝敗の計算ができませぬ!」
「……ヴァルドリアとセント・ガルドに即時、援軍要請を飛ばせ。同盟の義務を果たしてもらうぞ」
グラン平原を埋め尽くす漆黒の軍勢。
その中心で、ゼロスは豪華な玉座に座り、冷徹な仮面を維持していた。
「ゼロス様。敵軍の動揺が手に取るようにわかります。なぜ、奴らの体制が整う前に蹂躙なさらないのですか?」
「……案ずるな。ここで圧倒的な『格の違い』を見せつけ、根底から心を折る。それが最も効率的な支配の形だ」
(……本当は、課金アイテムの『超位召喚』をぶっ放してみたいだけなんだよね! 実戦テストも兼ねて、ド派手なやつ一発かましてビビらせてやろう。これで僕の威厳も保たれるはず!!)
「……流石はゼロス様!! 勝利すらも『過程』に過ぎぬという、その高潔なる支配の哲学……! 恐れ入りました!」
バルトスが恍惚と跪く。
シルヴァニア王国の街では、突如現れた軍勢の噂に人々がパニックになっていた。
そんな中、一軒のレストランの前でアレインが絶望していた。
「なんだよ……せっかくタダメシの券手に入れたってのに、使えねえじゃねえか……」
看板には無情にも『臨時休業』の文字。
アレインの頭の上のブルーナが憤慨する。
「まったくなのじゃ!! たかが魔物の軍勢ごときで店を閉めるとは、プロ意識が足りんのじゃ! 妾の腹の虫は、宣戦布告よりも激しく鳴っておるぞ!!」
『人化しないでいいから私は楽でいいのだけれどね……』
元の姿に戻ったヴェルナが安堵する横で、カイトがツッコミを入れる。
「皆、今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!!」
「だってよぉカイト、このタダ券、期限が今日までなんだぞ! 臨時休業なら明日使える保証あんのかよ!」
「そうじゃぞ小僧!! 明日行って『期限切れです』と言われたらどうするのじゃ! お主が払うのか!!」
「はぁ……この食い意地の張ったコンビなら、明日世界が滅びても生き残りそうだよ……」
そこへ、空から漆黒の翼を広げたお巳代が猛スピードで突っ込んできた。
「やっと見つけたぁ!! アレインはん、大変なんや!! ゼロス様が! ゼロス様が!」
「ねーちゃん落ち着け。で、今度はあの骨、何したんだ? 骨粗鬆症で階段から落ちたか?」
「世界征服する言うて、三万のアンデッド引き連れて平原に陣取ってはるんや!!」
「はぁ!? 骨野郎どうしたんだよ。今更、大魔王ムーブかよ」
「この騒ぎの原因、ゼロスさんだったんだ……。どうしたんだろ」
お巳代は半泣きで訴える。
「わからへん! でも、この戦争止めな沢山の人が死んでまう! そんなことになったら、ゼロス様はもっと孤独になってまうよ!!」
「はぁ……ほら、中途半端にツイてると結局こうなるんだわ」
やる気のないアレインを、カイトが説得する。
「アレイン、助けてあげようよ! なんだかんだ付き合いあるんだし、人情ってもんでしょ!」
「つったってなぁ……もうクライマックス寸前って感じの中、俺が出張ってなんとかなる気しねぇんだけど?」
「諦めたらあかんよ、アレインはん! 小さなことからコツコツとや!」
「……骨だけにコツコツとってか? うまいこと言ってんじゃねーよ! はぁ……」
カイトとお巳代、二人の必死な眼差しに負け、アレインは深いため息をついた。
「しゃあねえな……。タダ券無駄にしねえためにも、行くかね……」
アレインは重い腰を上げ、腰の剣に手をかけた。
世界の命運が、消えかかった「高級ディナー」への執着と共に、今動き出す――。




