第115話:魔王軍の分裂と、変態へ託された希望
地下のアジトの最深部。
魔力の残滓が冷たく漂う中、ゼロスは玉座から四幹部を見下ろしていた。
その虚ろな眼窩の奥には、決意という名の「執着」が不気味な光となって宿っている。
「……静粛に」
バルトスが仰々しく両手を広げた。
「至高なるゼロス様より、我ら臣下へ、新たな時代の幕開けとなる慈悲深きお言葉がある。心して聞くがよい」
「……我が忠実なる下僕たちよ」
ゼロスが重々しく口を開く。
「……人間との温い共存という夢は、今日この時をもって終わりを告げる。矮小なる者との馴れ合いは、我らの牙を鈍らせ、魂を堕落させる毒でしかない。……我は決意した。この世界の頂、すなわち『全土の支配』を我らが手に掴み取る!!」
(これでいい。世界を獲るという『共通の目的』さえあれば、みんなまた僕の周りに集まってくれる。誰もどこへも行かせない。僕を置いていくなんて、絶対に許さない……!!)
歪んだ執着を胸に秘めた宣言。
それに、バルトスは歓喜に身を震わせ、激しく拍手した。
「おお……! 素晴らしい!! 流石は至高の御方!! その覇道の礎となれる人間共も、死してなお悦びに打ち震えることでしょう!!」
しかし、バルトスの狂信的な賛同とは裏腹に、三人の幹部の顔には絶望と困惑が広がっていた。
「――ゼロス様。そのお言葉、聞き流すわけには参りません」
セレンが一歩前に出、その瞳に静かな怒りを宿して見上げる。
「何よりも人間との共存を望み、我々に『多様性』を説かれたのは、他ならぬゼロス様、貴方ではないのですか!?」
「再考をお願いいたします。……あの工房で見た、種族を超えて高め合う熱量。それを滅ぼすには、この世界はあまりに勿体ない……」
ゴルドも沈痛な面持ちで続く。
「せやせや! 人間滅ぼしてしもうたら、アレインはんのあの……あの芸術的な筋肉、もう二度と拝めんようになるやないですかぁ!!」
お巳代の斜め上の抗議が響いた直後、バルトスが激昂し、三人を恐るべき殺気で射抜いた。
「……貴様ら!! ゼロス様への不敬が過ぎるぞ!! 下し置かれた決定に異を唱えるとは、堕落も極まったか!!」
「……主が道を誤ろうとしている時、命を賭してそれを正すのが忠臣の務め。バルトス、貴様の盲信こそがゼロス様を孤立させていることに気づかないのか!」
セレンは怯まずに睨み返す。
「そうや……。なんや今日のゼロス様、おかしいんよ。……どこか焦ってはるように見えるわ。まるで、何かから逃げている子供みたいに……」
「……左様。いつもの冷静沈着な主とは思えぬ。……ゼロス様、貴方は一体、何を急いでおいでなのですか?」
幹部たちの痛いところを突く言葉に、ゼロスの内心はパニックに陥っていた。
(うるさいうるさいうるさい!! なんで言うことを聞かないんだよ!! ちょっと前まで『流石はゼロス様』って言ってたじゃないか!! 結局、僕のことなんて見てないんだろ!? また僕を置いて、あいつらみたいにどっかへ行く気なんだろ!!)
ゼロスは自らの焦燥を威圧感ですり替え、ゆっくりと玉座から立ち上がる。
「……黙れ。……これは決定事項だ。我が意に従えぬというのなら……」
「ゼロス様! どうか……! どうかご再考を!!」
セレンが跪き、悲痛な叫びを上げる。
その姿を見下ろし、バルトスが冷酷な笑みを浮かべた。
「……どうやら、この者たちは少し『頭を冷やす』必要があるようですね。……ゼロス様、教育は私にお任せを」
バルトスがパチン、と指を鳴らした瞬間。空間が歪んだ。
「――お巳代!! 」
異変にいち早く気づいたゴルドが、咄嗟にお巳代を突き飛ばす。
直後、地面から禍々しい光の鎖が噴出し、セレンとゴルドを包囲した。
高位結界魔法――〈嘆きの檻〉。
「バルトス……!! 貴様、本気か!!」
「お巳代、行けぇ!! 逃げるのだ!! あの男……アレインに、ゼロス様を止めてもらうよう頼むのだ!!」
「でも……!」
戸惑い、涙を浮かべるお巳代。
「行きなさい!! 今、頼れるのは……あの『変態』しかいないわ!!」
セレンの悲痛な叫びに、お巳代は覚悟を決めた。
和服の袖を翻し、蝙蝠のような漆黒の翼を広げる。そのままアジトの天井へと一気に加速し、闇の中へと姿を消した。
「……逃げられたか」
「……あのような小娘、一人程度では何の障害にもなりません。……さて、ゼロス様。全軍への指示を」
バルトスの悠然とした問いに、ゼロスは結界の中の二人を見つめ、心を殺して命を下した。
「……シルヴァニア王国へ……宣戦布告せよ。……拒む者は、灰にせよ」
「御意!! 覇道の一歩、謹んでお受けいたしました!!」
バルトスが狂喜に満ちた声を上げる。
セレンは結界の壁を叩きながら、悲しい目でゼロスを見つめた。
「……ゼロス様。……本当に、もう止まるつもりはないのですね……?」
「……無い」
背中を向け、低く、冷たい声で答える骸骨の王。
「ゼロス様。シルヴァニアを手中に収める頃には、彼女らも自らの浅はかさを反省していることでしょう。……さあ、行きましょう。貴方様の玉座は、世界の頂にこそ相応しい」
「……ああ」
玉座の間を後にするゼロスとバルトス。
残された冷たい静寂の中で、セレンの祈りにも似た呟きが響いた。
「……お巳代。……頼んだわよ。あのアレインという男に……私たちの『主』を……」
一方その頃。
街の大通りでは、鐘の音が賑やかに鳴り響いていた。
カランカランカラン!!
「 大当たりーーーー!! 特賞、この街一番の高級レストランの無料食事券だ!! 兄ちゃんやるじゃないか!!」
ガラポン抽選機の前で、福引きの親父が満面の笑みでベルを鳴らす。
「アレイン、やったじゃない!!」
「今日の夕飯も豪勢になるのじゃ!!」
『レストラン……また人化しないといけないのだけれど……面倒なのだけれど?』
喜ぶカイトやブルーナ、そして面倒くさがるヴェルナとは対照的に、当のアレインの表情は浮かないものだった。
「……あまり嬉しそうじゃないね?」
「こうツキがいいと、ろくでもねえことが舞い込んできそうな気がすんだよなぁ……」
「まさかぁ。考えすぎだって」
ハハハと笑うカイト。
だが、長年の勘が告げるアレインのその不吉な予感は――残念ながら、的確に当たっているのであった。




