第114話:過去の亡霊と、シルヴァニア王国侵攻の決意
アジトの奥深く、魔力の奔流が渦巻く玉座の間。
バルトスは冷徹なまでの忠誠心を瞳に宿し、主人へと更なる「覇道」を迫っていた。
「……バルトスよ。征服など容易い。だが、我から『人間との共存』を説いた以上、他の幹部たちに今更それを強いるのは、組織の根幹を揺るがしかねんぞ」
(今更何言ってんのバルトス!! 世界征服とか、そんなアニメみたいなこと現実的じゃないよ!!)
ゼロスが威厳を保ちながらも、内心で必死にブレーキをかけようとする。
「……何をおっしゃいますか。元より人間など、至高なるゼロス様の御足元に舞う塵芥と同義。忌避感など、圧倒的な『大義』の前には無に等しいのです」
(この子の人間嫌い、設定ミスったかなってくらい重すぎるよ!! バルトスだけ忠実すぎて、逆に逃げ場がなくなってきたんだけど!!)
「それに……ゼロス様。貴方様は既に、咎人ならぬ冒険者共を、その御手で数十人も葬り去っておいでだ。……今更、セレンたちのように清廉な日々を過ごそうなど、もはや不可能な『愚行』にございます」
「……確かに、そうだが」
(えええええ!!? あれ、ノーカウントにならないの!? ちょっと調子に乗ってスキル集めに励んじゃったけど、全人口から見れば数十人なんて誤差の範囲じゃん! 必要悪だよ! ……たぶん!)
心の中で見苦しい自己正当化を図るゼロス。
しかし、バルトスの次の言葉が、骸骨の王の胸を鋭く抉った。
「このままでは、セレンたちはいずれ我が軍を去るでしょう。……彼女らは、あまりにも人間の文化や、あの変態に感化されすぎている。……ゼロス様。貴方様は、また『一人』になるおつもりか?」
「…………!」
ゼロスの心臓が、大きく跳ねる。
(……嫌だ。また、あの時みたいに一人になるなんて、絶対に嫌だ……!)
ゼロスの脳裏に、転移する前の――VRMMO『エターナル・レジェンド』での光景が鮮明に蘇る。
――回想:VRMMO サービス終了間際。
閑散としたギルドホーム。かつての賑わいは完全に消え失せ、寂寥とした静寂だけが支配していた。
玉座に一人座るゼロス(佐藤零次)。
「……はぁ。今日も一人か。みんな、集まり悪くなったなぁ……」
そこに、一人のプレイヤーがログインしてくる。かつての戦友、モケモケだった。
「モケモケさん! お久しぶりです! また一緒にレイドでも……」
「……おお、ゼロス。まだこのゲームやってたのかよ。っつーか、お前……今ログインしてるの、一人だけか?」
「ええ、まあ……。みんな、リアルの仕事が忙しいみたいで……ハハハ」
引退や移住という現実から目を背け、無理に笑うゼロス。
「何言ってんだよ。このゲーム自体、もう過疎りすぎて誰も来ねーだけだろ。……おい、ゼロス。こんな墓場みたいなゲームもうやめて、俺たちが移住した『新しいゲーム』に来いよ」
「移住……ですか」
「そうそう。ここの連中も何人か向こうにいるから、お前も馴染みやすいと思うぜ? レベル上げが面倒なら、しばらくは俺がレア武器を融通してやるし、付き合ってやるよ。な?」
優しい提案。
誘ってくれる仲間は確かにいた。
しかしゼロスは、周囲を見渡す。
仲間たちと作り上げた、この思い出深いギルドホームへの「過去の執着」を捨てきれなかった。
「……ありがたいですけど。僕は、もうしばらくここで頑張ってみます」
「……そうかよ。じゃあな」
モケモケは去り際に、一つのアイテムを床に置いた。
「気が変わったらいつでも来い。これ、向こうのゲームの俺のIDな。……じゃあな、ゼロス」
光の粒子となって消えていく友の背中。
残されたのは、暗い部屋に一人きりのゼロス。
「……ハハハ。……また一人になっちゃったな。……寂しいな……」
現在――アジトの玉座。
骸骨の王の虚ろな眼窩に、暗く、澱んだ決意の炎が宿る。
(……また、あんな風になるのは嫌だ。あの時、モケモケさんの誘いに素直に乗っていれば……。……いや。もし僕が今、彼らに合わせて『人間側』に行けば、あいつらは僕以上に馴染める奴らを見つけて、僕を置いていく。……なら、僕が『彼らを繋ぎ止める柱』で居続けるしかないんだ)
「……バルトスよ」
「はっ……!」
「覇道を進む。……悪くないかもしれん。……セレンたちを、我から離れさせぬためにも」
バルトスが歓喜に身を震わせる。
「おおおお……!! ついに、ついに至高なるゼロス様が立ち上がられるのですね!!」
「……全軍を動かせ。まずは、この国……『シルヴァニア王国』を、我らが支配の揺り籠とする」
「畏まりました!! ゼロス様が望まれる地平まで、私めが屍の道を用意いたしましょう!!」
深く跪く忠臣を見下ろし、ゼロス(佐藤零次)は己に言い聞かせるように思う。
(これでいいんだ……。今度は、絶対に間違えない。彼らを失うくらいなら、この世界を僕だけの『箱庭』にしてやる……!!)
孤独という名の執着を満たすため、ゼロスはついに破滅へと続く覇道の一歩を力強く踏み出した。
――そして、一方その頃。
そんな重すぎる世界の危機が迫っていることなど微塵も知らないアレインたちは、街の路地裏を歩いていた。
冷たくなり始めた夜風が、アレインの髪を揺らす。
アレインはふと遠くを見つめ、低い声で呟いた。
「風が……泣き始めやがったな……」
「何言ってんの? あの骸骨に感化されて、今更中二病患ってる?」
隣を歩いていたカイトが、ゴミを見るような目で苦笑いした。
「うっせえ! ちょっと言ってみただけだ! もう二度と言わねぇ!!」
耳まで真っ赤にして怒鳴るアレイン。
するとカイトは、チッチッチと人差し指を立て、気怠そうな顔を作ってみせた。
「『黒い風がまた泣き始めたな……』のほうがいいと思うよ」
「もういいって言ってんだろ!! ダメ出しすんな!!」
魔王の恐るべき決意と迫り来る戦火の気配。
しかしアレインたちは、相も変わらず低次元な会話を繰り広げながら、平和な夜の街へと消えていくのであった――。




