第113話:潜入調査報告会と、バルトスの恐るべき大義
アレインによる「変態スキルの強奪押し売りストーカー被害」に悩まされたゼロスは、幾度もの引っ越し(夜逃げ)が無意味だと悟り、ついに作戦を変更した。
何かと理由をつけては部下に「留守だ」と言わせる、堂々たる『居留守作戦』への移行である。
しかし、その結果。
アレインは暇を持て余し、毎回のようにゼロスの配下であるセレン、お巳代、ゴルドを連れ出しては、街へ飲みに行くという謎の生活サイクルを確立してしまった。
(なんで僕を誘わないんだよ!!)
玉座の間で、ゼロスは内心ハンカチを噛んで悔しがっていた。
しかし、普段から威厳ある魔王様ムーブをかましてしまった手前、今更「佐藤零次として、僕も一緒に遊びに行きたいです!!」などとは、口が裂けても言えない状態だったのだ。
薄暗い玉座の間。重厚な静寂を破るのは、定例となった『潜入調査報告会』の声だ。
――ある日、うっかり「もしかしてゼロス様も行きたいのですか?」と指摘されそうになり、咄嗟に「お前たちを敵地に潜入させているだけだ」と誤魔化した結果、始まってしまった不毛な報告会である。
「至高なるゼロス様。お待たせいたしました。潜入調査を終えた守護者たちによる、最新の人類社会情勢をご報告申し上げます」
「……許す。語るがよい」
バルトスが深々と頭を垂れ、ゼロスが威厳たっぷりに応える。
(……本当は僕も混ざりたい。あの変態にスキル押し付けられるのは嫌だけど、みんなで酒場に行くのは羨ましすぎるんだよぉ! 佐藤零次として『僕も混ぜて!』って言えたらどれだけ楽か!!)
血の涙を流すゼロスをよそに、セレンが頬を興奮に高揚させて前に出た。
「――ご報告申し上げます。私は今回、人間たちの作る『菓子』なる文化を重点的に調査いたしました。矮小な食物を美しく飾り立てるその執念、驚愕を禁じ得ません。現場では、パティシエとして人間に化け、修行に励む同族(魔族)とも接触いたしました」
「……で、何を得た?」
「はい! その魔族曰く、繊細な力加減でクリームを絞る作業は、魔力操作にも通ずる深淵があるとのこと。私も……私もいつか、ゼロス様のために最高級のデコレーションを施してみたいと、そう強く思わされました!!」
(職場見学かよ!! 楽しそうだなオイ! しかも同族のパティシエってなんだよ、この世界の魔族は自由か!!)
ゼロスが内心で盛大にツッコミを入れる中、バルトスが「では次、ゴルド」と進行する。
「報告申し上げる。俺は武具工房に潜入。そこでは人間とドワーフが種族の垣根を越え、希少鉱物の精製に心血を注いでおりました。現場の魔族職人も、その熱意に絆され弟子入りしたとか。……俺も剣を打つ体験をしましたが、師匠に筋が良いと褒められ……柄にもなく、胸が熱くなりました」
(だから! ここはキッザニアじゃないんだっての!! みんなして『褒められて嬉しかったです』日記を発表する場所じゃないからね!?)
頭を抱えそうになるゼロスの前で、今度はお巳代が瞳を輝かせて手を挙げた。
「――うちは、アレインはんの腹筋が……!」
「その話はよい。……控えよ」
(筋肉の話はもういいって!! しつこいよ!)
「……お巳代。筋肉の審美眼ばかり磨いていてはいけません。もっと広い視野で人類を観察せよ、とのゼロス様の『深慮遠謀』、お気づきになられよ」
バルトスが重々しくフォローを入れる。
(違うよ!! 勝手に『深い考え』に変換しないでバルトス!! 潜入なんて、適当についた嘘なんだから!!)
限界を迎えつつあるゼロスは、無理やり話をまとめることにした。
「……ふむ。して、潜入を終えた貴様らの、人間に対する現在の見解は?」
「はい。ゼロス様が仰った通り、人間はただの矮小な存在ではなく、我が軍と共存繁栄するに値する可能性を秘めた種族であると確信いたしました。流石はゼロス様。我々の狭い視野を正してくださるとは」
「左様。あの工房の熱気を知らぬまま世界を滅ぼそうとしていた己の無知を、今は恥じるばかりです」
「せやからうちも言うたやん、人間も悪うないってぇ」
「そうか。我の潜入命令で、お前たちも多様な考えを持ち嬉しいぞ」
ゼロスの言葉に、バルトスだけは眉をひそめていた。
「……私には理解できませんが、至高なるゼロス様がおっしゃるのであれば努力いたしましょう」
(お、おう……。なんか上手くいっちゃったな。これで世界征服なんて物騒な目的も消滅するかな……。あの変態ストーカーには腹が立つけど、結果的にみんなの意識を改革してくれたことには、感謝すべきか……)
報告会が解散し、玉座に一人残されたゼロス。
ふと、心に冷たい風が吹き抜ける。それはかつての「現実」での、VRMMO時代の記憶だった。
『いやぁ、社会人でVRMMOはきついって。悪い、俺ら引退するわ』
『新しいもっと緩いゲームあるんだよ。そっちやらね?』
『それいいな。ゼロス、一緒にそのゲームに移住しようぜ』
次々と去っていった仲間たちの背中が、今の楽しそうな部下たちの姿と重なる。
(……もし、みんなが人間世界に完全に馴染んでしまったら? 僕という『魔王』が必要なくなったら? ……あいつらのように、また僕を置いてどこかへ行ってしまうんじゃないか?)
カタカタと、骨の指が無意識に玉座の手すりを強く握りしめ、微かに震える。
そこへ、影からスッとバルトスが現れた。
「……ゼロス様? 何かお悩みで? 御身が震えておいでですが……」
「……いや。……何でもない。……ただ、少し……風が冷たかっただけだ」
(寂しいんだよぉ! 頼むから僕を一人にしないでくれぇ!!)
しかし。
その「震え」と「孤独の言葉」を、忠臣バルトスは『人間との馴れ合いに汚染されゆく部下たちへの、静かなる激昂と悲哀』と完全に履き違えていた。
「――ゼロス様!! お気づきのはずだ! 今、我が軍に必要なのは、弛んだ魂を再び一つに束ねる『共通の敵』、そして揺るぎない『大義』にございます!!」
「……大義、だと?」
急に声を張り上げたバルトスに、ゼロスが呆然と聞き返す。
「左様! 甘言に惑わされる幹部共を再び我が主の足元へ集め、貴方様の偉大さを全種族の魂に刻みつける唯一の手段……!! ――それは、不完全な共存などではない!!」
バルトスは玉座の前にひざまずき、狂信的な光を宿した目で叫んだ。
「真なる『世界征服』!! これこそが、至高なる御方に相応しい覇道にございます!!」
「…………」
(えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!? なんでそうなるの!? 今、一番平和な方向に向かってたじゃん!! 戻して! さっきの和やかな菓子作りの話に戻してぇぇぇぇ!!)
平和なスローライフ路線が見えた途端、最も忠義に厚い部下から叩きつけられた「世界征服」というとんでもない提案。
ゼロスの声にならない絶叫だけが、冷たい玉座の間に空しく響き渡るのであった――。




