第112話:魔王の引っ越し(夜逃げ)と、ぼっち・ざ・まおう!
アレインとゼロスの、あらゆる意味で締まらない初対決が幕を閉じたその後。
事態は、かつて誰も予想しなかった奇妙な方向へと転がっていた。
かつての「絶対不可侵の魔王」としての威厳はどこへやら。
アジトの場所がバレるたびに、ゼロスは防衛を諦めてそそくさと引っ越し(夜逃げ)を繰り返していた。しかし、どんなに巧妙にアジトを隠蔽し、階層をランクアップさせようとも、数日後には必ず「アイツ」がやってくるのだ。
「おーい! 出てこい骨野郎! 今日こそ俺の『変態スキル』を根こそぎ強奪してもらうまで、俺は一歩も動かねーからな!」
新居(新アジト)の最深部の扉をガンガンと叩く、アレインの姿があった。
もはや魔王と勇者ではない。完全にストーカーである。
(いらぬ!! と言うかなぜここが分かったんだ!?)
玉座の間で隠しモニターを見ていたゼロスは、骨の頭を抱えていた。
(もう嫌だ……。あいつ、僕がアジトをランクアップさせるたびに執念で探し出してくる。最早、魔王と勇者じゃなくて、家賃滞納者と取り立て屋の構図だよ!!)
そんなゼロスの苦悩をよそに、アジトの入り口では呑気なやり取りが始まっていた。
「あらぁ、アレインはん、いらっしゃいませぇ。今日もご苦労さんどすなぁ」
「おう、ねーちゃん。骨野郎を呼んでくれ。今日こそこの呪いをバトンタッチしねーと、俺の精神が持たねーんだわ」
笑顔で出迎えるお巳代に、アレインが切実な顔で訴える。
「はいはい、ちょっと待ってな〜。……ゼロス様〜! お友達が遊びに来はりましたよ〜!」
「待ちなさい!!」
奥に声をかけようとしたお巳代の前に、影からセレンが飛び出してきた。
「……ア、アレインさん。……あいにくですが、本日のゼロス様は……その、急用で外出しております!」
「あれ? セレンはん何を……。さっきまであそこに……」
「ゼ・ロ・ス・様・は・不・在・よ!!」
凄まじい威圧感でお巳代を睨みつけるセレン。
そして、アレインに聞こえないよう小声で耳打ちした。
「(お巳代、話を合わせなさい! じゃないとゼロス様が、ゼロス様の心が死ぬわ!!)」
「……せ、せやったな! 留守やったなぁ! うっかりどす、堪忍してぇな」
滝のような汗を流しながら誤魔化すお巳代。
「……なんだよ、露骨な居留守かよ。思春期の中学生かあの骨」
「アレインさん、ゼロス様は繊細な御方です。……余りしつこいのは、その、教育に良くありません!」
「セレンはん、ゼロス様を甘やかしたらあかんよぉ。周りが声をかけて表に引っ張り出さな、本物の引きこもりになってまうよ?」
「余りしつこいと余計引きこもる可能性だってあるわ」
モニター越しにそのやり取りを見ていたゼロスは、玉座から崩れ落ちそうになっていた。
(なんだよこれ……。お巳代とセレンが、不登校児を心配する母親と姉みたいになってるじゃないか!! 誰が引きこもりだ! 僕は高尚な隠蔽工作中なんだよ!!)
外からは、なおもアレインの声が聞こえてくる。
「まぁいいわ、また来るわ」
「ごめんなぁ。ゼロス様、今日は機嫌が悪いだけなんよぉ。また遊びに来てな?」
「わかってる、わかってる。また来るぜ」
「ゼロス様も、ええお友達もててよかったわぁ」
(お前は引きこもり少年を諦めない親友キャラかよ!!)
一人、暗い玉座の間で悪態をつくゼロス。
しかし、事態はさらに予想外の方向へ加速していく。
「……そんじゃ、今日は暇になっちまったし、お前ら飲みに行くぞ」
アレインの何気ない提案。
「ええな〜! 行く行く! セレンはんも行くやろぉ?」
「えっ!? ……で、でも、この前も行ったばかりですし、ゼロス様のお世話も……」
「骨野郎は留守じゃねえのかよ」
「……あ、あぁ。そうでした。……本日は主も『不在』ですからね。……ええ、ご一緒させてもらいましょう」
自らの「バレバレの居留守」の嘘を守るため、セレンまでが頷いてしまう。
さらに、奥から重武装の巨漢が現れた。
「俺も行くぞアレイン。今日こそお前に飲み勝つ」
武闘派幹部のゴルドまでが、完全に常連のノリで参戦を表明する。
「バルトス、おめえさんはどうする?」
いつの間にか背後を取っていたバルトスに、アレインが何気なく声をかけた。
「……お断りさせてもらいましょうか」
バルトスは氷のような声音で、アレインを冷徹に見下ろす。
「人間風情と馴れ合いをするつもりはありません。……私は主の忠実なる影。貴様らのような不届き者とは魂の格が違うのですよ」
「相変わらずつれねえ奴だな」
「バルトス!! アレインさんに失礼よ」
「やれやれ、頭の硬いやつだ」
「せやねぇ。一緒に来たら楽しいのにねぇ」
「人間と馴れ合うあなた達を、私は理解に苦しみますよ」
同僚たちから総スカンを食らうバルトスだが、その忠誠心は揺るがない。
「バルトス、留守中の……いえ、ゼロス様のことを頼みますよ」
「ええ、どうぞどうぞ。ゼロス様は私が誠心誠意お世話いたしますので」
かくして。
アレインと、魔王軍幹部であるお巳代、セレン、ゴルドの三人は、和気藹々と楽しげにアジトを去っていった。
その背中を、バルトスが一人、静かに見送る。
そして――。
玉座の間で、その一部始終をモニターで見ていたゼロスは。
(なんで仲良く遊びに行ってんだよ!! 僕抜きでオフ会かよ!! 僕も誘えよ!! 4幹部のうちバルトスしか残らないってどういうことだよ!! 僕への忠誠心下がってない!?)
骸骨の王は、かつてない「孤独」という名のデバフを背負いながら、玉座で一人震えていた。
自らが設定した自慢のNPCたちが、どんどん人間臭く進化し、あろうことか「アレイン陣営」と仲良くなっていく現状に、骨身に染みる不安と疎外感を募らせるのであった――。




