第111話:深淵なる知略と、呪われし変態の叫び
アレインの斜め上を光速で通り過ぎるスライディング土下座に、その場の全員が完全にフリーズしていた。
しかし、床に額を擦りつけるアレイン本人の顔は、死にも等しい悲壮感に満ちていた。
「おい、やるよ! 俺のスキル全部やるから一回使ってみろよ! マジで人生観変わるぞ!? お前みたいな『魔王様』なら、喉から手が出るほど欲しい最強スキルだろ?」
その必死すぎる形相の前に、再び空虚な空間に巨大なウィンドウが乱入する。
『アレインさぁぁぁん!! 何を言ってるんですかぁ! こんなに清楚で可憐で超絶優秀な私を、こんなカルシウム100%の骨野郎にあげるってどういうことですか!! 酷い! あんまりです! 訴えてやりますよぉぉ!!』
「うるせぇ!! お前のせいで俺がどれだけ『尊厳』という名の負債を抱えてると思ってんだ!! 俺の血管年齢はもう限界なんだよ!! このポンコツスキルがぁ!!」
『そんなー!? 酷すぎますよー!! わかりました、私、決めました! 意地でもアレインさんから離れませんからね! もし強奪されても、無理やり再インストールして地獄の底までストーカーばりにお供してやりますからね!! 覚悟しなさいよぉぉ!!(号泣)』
「来るな!! むしろ強奪されたまま一生あっちのアジトに永住してろ!! 骨を鑑定して『あ、この骨折れやすいですよ』とか一生やってろ!!」
虚空に向かって暴言を吐き続ける剣士と、涙目(?)で主張するシステムウィンドウ。
そのあまりにも低次元で不毛な泥仕合を……魔王軍の四幹部たちは、「深淵なる知略」として受け取っていた。
「……流石、流石はゼロス様!!」
バルトスが、感動のあまり全身を打ち震わせる。
「剣を交えることすらなく、その威厳だけで敵の精神を崩壊させ、自ら力を差し出させるまでに追い詰めるとは……! 私、バルトス、生涯ついていく所存です!!」
「……正に支配者の極致。戦わずして勝つとは、このことですわね」
セレンが恍惚とした溜息を漏らし、自らの身体を抱きしめる。
「我が主への忠誠心が、今この瞬間にカンストいたしました……!」
ゴルドまでもが、重々しく膝をついた。
絶対的な支配者として称賛を浴びるゼロス(佐藤零次)は、アレインの変態すぎるスキルとドン引きの光景を前に、思わず「素」で返事をしてしまった。
「お……おう」
「『おう』……? 左様ですか! 『王』の風格、正にその通りでございます!!」
バルトスのミラクルなポジティブ変換に助けられ、ゼロスはコホンとわざとらしく咳払いをした。
「……いや、この者のゴミスキルなど不要だ。……興が冷めた。アジトを移動する。……行くぞ」
(こんな呪われた変態スキル誰が欲しがるの!! 関わるだけこっちが損だよ! 退散だ! さっさと荷物まとめて引っ越する!)
「御意。主の御心のままに」
バルトスたちが恭しく頭を下げる。
踵を返し、足早に去ろうとするゼロス一行。
そこへ、絶望の淵に立たされたアレインの悲痛な叫びが突き刺さった。
「待てコラァ!! こっちはなぁ! そのゴミを維持するために、プライドも血液もズタボロにして戦ってんだよ!! それを『いらない』の一言で済ませるんじゃねえ!! 奪えよ!! この苦しみを共有しろよ!!」
「……いらんと言っているだろう! こっちへ来るな! 穢らわしい呪いが伝染するかもしれんだろうが!」
決して振り返らず、足早に距離を取ろうとするゼロス。
「伝染しねーよ!? 俺を勝手にウイルス保菌者扱いしてんじゃねーよ!! スキルなんだよ、ただの便利な、いや不便なスキルなんだよ!!」
すがりつこうとするアレインを、バルトスが蔑むような冷ややかな目で一瞥した。
「……ゼロス様が『見逃してやる』と仰っているのだ。その慈悲深き心に感謝し、穴でも掘って埋まっておれ。呪われし変態よ」
「さよなら、呪われし変態さん。……あ、ティッシュ必要でした?」
「無様なり……。……さらばだ、羞恥の権化よ」
セレンとゴルドも、ゴミを見るような視線を残して背を向ける。
「うちも御暇させてもらいますよって。……アレインはん、強く生きなあかんで? 背中の筋肉は、嘘つかへんからね……」
お巳代だけは少し名残惜しそうに、筋肉への賛歌を捧げて消えていった。
静まり返った地下迷宮。
残されたアレインは、ガクガクと小刻みに震えていた。
「……おい。……あいつら、今なんて言った? 俺が『可哀想だから』見逃してやっただと……?」
ブワァァァッ!! と、アレインの全身から、怒りと、それ以上の「羞恥心」という名の熱量が蒸気となって噴き出す。
「ふざけんなぁぁぁ!! 勝手に同情してんじゃねえ! このポーズがどれだけ恥ずかしいか、一回やってみろよ!! その上で『ゴミ』って言えよコノヤロー!!」
「アレイン、こっちが恥ずかしいからもうやめてよ!!」
わめき散らすアレインを、カイトが顔を真っ赤にして必死に止める。
「はぁ、久しぶりにカッコいいアレイン見れると思ったのだけれど、いつも通りね……」
ヴェルナが呆れたようにため息をついた。
「……しょーのないやつじゃのう。骨の王も、呆れて骨まで白くなっとるわい。カカッ」
ブルーナがカラカラと笑う。
かくして、「最強対最強」の激突は。
「ドン引きして全力で拒絶する常識人」と、「己の羞恥心を押し売りする変態」という、あまりにも締まらない形で幕を閉じるのであった――。




