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第109話:元祖荒らし(ダンジョン・イナゴ)の矜持と、開戦の鐘

圧倒的な死の魔力と重圧。

普通の人間なら立っていることすら困難なその緊迫した空気を完全に無視して、アレインはトボトボとだらしない足取りで歩み寄ってきた。


「おーおー、なんだか修羅場ってるねぇ。で? あんちゃん、今どういう状況なんだ?」


リーダーの男は、目の前の骸骨と、背後から現れた場違いな男の板挟みになり、恐怖でガクガクと震えながら呻いた。


「……お、お前……今噂の『ダンジョン・イナゴ』、アレインか……!!」


「誰がイナゴだ。殺虫剤撒くぞ。で、何やってんの? ここで骸骨相手に我慢比べ大会でも開催中?」


いつものヘラヘラした態度で話しかけるアレイン。

先ほどまでの胃が捩れるような緊迫感が一気に弛緩し、戸惑ったリーダーの男が「えっと……」と言葉を詰まらせたその時。


「助けてくださいッ!!」


背後にいた少女が、これ幸いとばかりに泣きながらアレインに縋り付いた。


「この骨の化け物が、この場所に『不法侵入』したとか言っていちゃもんつけて、いきなり襲ってきたんです!!」


その言葉を聞いた瞬間、アレインはピタッと動きを止めた。


「……は? ……『ダンジョンに不法侵入』? なんだそりゃ。このご時世、ダンジョン入るのに受付で入場料払わなきゃいけねーの?」


アレインは呆れ果てた目でゼロスを見据える。


「おいおい骨の旦那。最近の魔王様は随分と法律にうるさいんだな? コンプライアンス遵守のホワイト魔王軍でも目指してんのか? 」


挑発的なアレインの態度に、骸骨の王の背後に控えていた妖艶な影が、弾かれたように前に出た。


「――あらぁ! アレインはんやないですか! お久しぶりどすぅ〜!!」


お巳代である。彼女はパッと顔を輝かせて駆け寄った。


「おう、ねーちゃん。最近見ねーと思ったら、この骨野郎の仲間だったのか」


「仲間いうか部下ですわぁ。……堪忍してぇな、上司の機嫌がごっつ悪うて、今必死に止めてたところなんよぉ」


「……あー、わかるわぁ。更年期か? 癖の強い上司がいると現場の人間は振り回されるよなぁ」


「そないなこと言うたらあかんですよぉ? それもこの人の『個性』やからねぇ」


ニコニコと、完全に女子会のノリで雑談を始める二人。

ゼロスはピキピキと見えない青筋を立てていた。


(……お巳代ぉぉ!! 何てめーの『推し』と世間話始めてんだよ!! ここは敵対勢力と対峙する緊迫のシーンだろ!! 職務放棄か!? )


内心の絶叫を完璧なポーカーフェイス(骨格)で隠し、ゼロスは重厚な覇気を纏い、空間を震わせるような低音を響かせた。


「……貴様が誰かは知らぬが、今、我は極めて不快だ。……死にたくなければ大人しく去れ。今なら見逃してやろう」


(帰れ! 帰れ! 僕の家を荒らす無法者め! お前なんかと戦いたくないんだよ!!)


「おお……なんと慈悲深い!! ゼロス様の広大なる御心に、私めは涙が止まりませぬ!!」


バルトスが感動のあまり床に崩れ落ち、熱狂的に叫ぶ。


「さあ、愚かな狼藉者よ! 主の気が変わらぬうちに、その汚らわしい命を抱えて立ち去るがいい!!」


「ああん? 帰っていいのか? ――おーい、あんちゃん。帰っていいってよ」


アレインはあっけらかんと振り返り、絶望してへたり込んでいた冒険者パーティーの肩をポンと叩き、連れ出そうとする。


「……待て。その者たちはダメだ」

「……はぁ?」


アレインが足を止め、面倒くさそうに振り返る。


「なんでだよ。今『去れ』っつったのはお前だろ。骨の中に耳クソでも詰まってんのか?」


「その者たちは、我が居城を荒らした……。相応の報いを与える。その者たちが待つのは死のみだ」


ゼロスの冷酷な宣告。

冒険者たちが「ああ、やはり見捨てられるのか」と再び絶望の淵に突き落とされた、その瞬間――。


「……そうかよ。そんじゃ……」


背中を向けていたアレインが、ヒラリと身を翻した。

彼はだらしない足取りから一転、鋭い踏み込みで、殺されそうな冒険者パーティーを守るように真っ直ぐと立ち塞がった。


「――よく考えたらよぉ。この場所を一番最初に『荒らした』のは俺なんだわ。つまり、俺が元祖で、こいつらは二番煎じ」


アレインの瞳から、普段の気怠げな色が消え失せる。


「……先輩として、後輩のケツ持たねーわけにはいかねぇだろ」


「なんだと……!?」


思わぬアレインの行動に、ゼロスが驚愕の声を漏らす。


「アレインはん!!」


お巳代が悲痛な声を上げる中、アレインは腰のの愛剣をゆっくりと引き抜き、その切っ先を骸骨の王へと真っ直ぐに突きつけた。


「コイツらに手ぇ出したいってんならよ……。『ダンジョン・イナゴ』……俺の首を取ってからにしな」


その言葉を合図に、背後にいた仲間たちも一斉に臨戦態勢に入る。


「アレイン、いいね! カッコいいよ! まるで最終回一歩手前の主人公みたい!!」


カイトが杖を構え、目を輝かせる。


「カカッ……やれやれ、仕方ないのぉ。骨の王よ、アレインの機嫌を損ねた代償は、貴様のカルシウム分では足りんかもしれんぞ?」


ブルーナが鋭い牙を剥き出しにして笑う。


『はぁ……主が戦うって言うなら、私も仕事しなきゃね。……お巳代さん、悪いけど、これからは「お仕事」の時間よ』


ヴェルナが艶やかな唇を舐め、魔力を集中させる。


圧倒的な強者たちが放つ、肌が粟立つような両者の殺気に支配される。


しかしアレインは、そんな重圧を微塵も感じさせないまま、ヘラヘラと笑いながら剣を肩に担ぎ直した。


「……おら、かかってこいよ骨野郎。……俺を全裸にしたそこのねーちゃんより、強ぇんだろうな?」


アレインは挑発的に笑った。

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