第97話:教皇へのホットラインと、鋼鉄の聖女
冷徹な選定官シリウスたちが去り、孤児院に一時の平穏が訪れた――と思いきや。
そこには「法」という概念をマッスルパワーで粉砕した老人が一人、ニヤニヤとご満悦な顔で立っていた。
「……おい、クソジジイ。今『印鑑盗んだ』とか、およそ聖職者が口にしちゃいけない不穏なワードがダダ漏れしてたんだが?」
アレインがジト目で凄むと、ドルヴァンは悪びれもせず豪快に笑い飛ばした。
「ガッハッハ!! 細けぇことをグチグチとうるさい男じゃのう! 結果的に聖女候補の連行は阻止できたんじゃ、万事快調! オールオッケーじゃろうが!!」
「どこがオッケーだコラァ!!」
アレインがドルヴァンの胸ぐらをガシィッと掴む。
「助けてくれとは言ったが、教皇のハンコ盗んで公文書偽造しろなんて一言も言ってねーだろ!!」
「人に助けを求めておいて、なんじゃその態度は!! ……よかろう、久々にそのひねくれた根性を叩き直してやるしかないかのぉ!?」
「上等だクソジジイ!! 今日をお前の命日にしてやるよ!!」
「フンッ!!」
ドルヴァンが短く気合を入れた、その瞬間。
彼の全身の筋肉が文字通り爆発的に膨張し、着ていた神父服がパーンッ! と凄まじい破裂音を立てて木っ端微塵に弾け飛んだ。
「わー! アレ兄がんばれー!!」
「アレ兄もおじいちゃんも、負けないでー!!」
孤児院の子供たちが無邪気に歓声を上げる。
「あわわわ!! 応援してる場合じゃないよ!!」
「すごっ……何あの体。本当にかつて神に仕えてた人?」
「感心してる場合じゃありません!! 早く止めないと!!」
カイトが頭を抱え、ミナが目を輝かせ、エリナが慌てて制止に入ろうとする。
だが、すでにアレインからは青い殺気のオーラが、半裸のドルヴァンからは赤い熱気のオーラが立ち込め、孤児院の空気がミシミシと悲鳴を上げ始めていた。
一触即発。今まさに、恩師と不肖の弟子の拳が交差しようとした、その時――。
「待ってください!! 待ってくださいぃぃぃ!!!」
「「ああん!? なんだよ(なんじゃい)!!」」
二人が同時に振り返ると、孤児院の神父が涙目で土下座せんばかりの勢いで叫んでいた。
「……やるなら、外でやってください!! うち、築年数のいった建物なんです!! 頼みますから!!」
あまりに切実かつ情けない懇願に、場がシュールな静寂に包まれた。
そんな中。先ほどドルヴァンの足元に転がった通信用の魔道具から、再び間の抜けた声が響き渡った。
『お~い、せんぱ~い? 聞こえてますか~? おかしいなぁ、ねぇこれ壊れてない?』
『猊下、壊れてませんよ。切れているなら、ここの宝玉が白色になりますから』
教皇とその秘書官の、ゆるすぎる会話がダダ漏れである。
「……おいジジイ。出たほうがいいんじゃねーか? 教皇様からのクレームだぞ」
「……なんじゃアル! 儂は今、不肖の弟子を教育しとる最中じゃ、手短にせえ!!」
ドルヴァンが咳払いをして魔道具を拾い上げると、教皇アルフォンスが泣きつくような声を上げた。
『やっと繋がった!! 先輩、私の印鑑を勝手に持ち出すなんて酷いですよぉ。おかげで秘書官たちに「猊下の管理能力はどうなってるんですか」って一日中ネチネチ怒られちゃいましたよぉ……』
「机の上に無造作に置いとくから悪いんじゃろうが。抜き足差し足で忍び込んだ儂の苦労も考えろい」
『泥棒の苦労なんか知るかぁぁ!! 紛失届出すのも大変だったんですからね!? ……で、一体何に使ったんですか?』
「……教え子の友人が『聖女候補』に拉致されそうになっとったから、チョチョイと『育成特例』の文書を偽造するのに使っただけじゃよ」
『さらっと国家レベルの犯罪を自白しないでくださいよ……。……はぁ、まぁいいです。シリウスには私のほうから「あれは極秘の密命だった」って適当に口裏を合わせておきますよ』
「ガッハッハ!! 話が早いのう! さすがアルじゃわい!!」
かくして、教皇の職権乱用による隠蔽工作がたった十秒で成立した。
『まぁ、うちの神官たちも最近は強引な勧誘が目に余りますからね。そちらの聖女候補は、先輩にお任せしますよ。くれぐれも、壊さないでくださいね?』
「任せとけ!! 三年後には歴代最強の『鋼鉄の聖女』にしてやるわ!! ガッハッハ!!」
通信が切れ、ドルヴァンの笑い声が響く中、カイトの顔色が悪夢を見たかのように青ざめていく。
「……あれ? ちょっと待って。これ、セイラにとって救済じゃなくて、もっと酷い地獄が始まろうとしてない?」
「あー。……次に会う時はゴッツくビルドアップしてるかもな」
「えええええええ!?!?」
カイトの脳内に、最悪のビジョンがフラッシュバックした。
『セイラ、修行お疲れ様! 会いたかったよ!』
『カイト君! 私も会いたかったわ! 見て、修行の成果よ……フンッ!!』
(ここで神官服を弾け飛ばし、ムッキムキの肉体でサイドチェストを決めるセイラ)
『……私、こんなに大きく成長したの。今の私なら、マイホームも素手で建てられるわ!!』
「うわああああああ!! そんなのセイラじゃない!! セイラさんになっちゃうぅぅぅ!!」
頭を抱えて絶叫するカイトを放置し、ドルヴァンがセイラに向き直った。
「……っちゅーわけじゃ。セイラ、お主は今日から儂が預かる。異論はないな?」
「……あ、あの……ミリーは……。ミリーはどうなるんですか?」
不安げなセイラに代わり、ドルヴァンが足元のミリーに目線を合わせた。
「お嬢ちゃん、セイラと一緒に儂の孤児院に来るか? メルキアからは少し離れるが、空気も飯も最高な場所じゃぞ」
「お姉ちゃんと、離れ離れにならなくていいの……?」
「ああ。儂のとこも孤児院じゃからな。お嬢ちゃんくらいの年齢のガキも山ほどおるし、友達にも困らんわい」
「いくー!! おじいちゃんと一緒に行くー!!」
ミリーが無邪気に飛び跳ねて喜ぶと、セイラの瞳から安堵の涙がポロポロと溢れ落ちた。
ミリーが無邪気に飛び跳ねて喜ぶと、セイラの瞳から安堵の涙がポロポロと溢れ落ちた。
「……ドルヴァン様。……ありがとうございます。本当に、ありがとうございます……!!」
「『様』はやめてくれんかのう。耳が痒いわい。……うちの子供たちのように、儂のことは『先生』と呼べ。……さぁて、お主の筋肉をいじめ抜く修行のメニューを組まねばならんなぁ!」
「はい!! 先生!!」
一片の疑いもなく、嬉しそうに返事をするセイラ。
その光景を見て、アレインは遠い目をした。
「……あー。……これ、セイラも素質あるタイプだな……。……ご愁傷様、カイト」
「うわあああああああ!! セイラぁぁぁぁ!!」
かくして、聖女候補セイラは神聖国の冷たい檻を逃れ――より過酷(?)な、筋肉神父の直弟子としての道を歩み始めるのであった。
未来のマイホームは、果たして大工の手によるものか、それとも彼女自身の拳で建つのか。それはまだ、誰にもわからない。




