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第50話 その頃のレンくん 朝

 朝が来た。

 閉め切ってた窓を開けて、陽の光を浴びる。

 気持ちいい。

 外を見ると太陽がもう随分な高さまで昇ってた。

 いつもより長く眠ってたみたいだね……

 昨日は、ちょっと疲れちゃってたからね。

 カニバルズスライム。

 昨日戦った強敵の姿を思い浮かべて、軽く笑う。

 洪水のようにその膜から溢れ出る粘液……そして、光の粒子として消滅する光景。

 あんなことは滅多にない、か……うん。

 ラフィさん、分かってるよ。

 もうあんなことにはならない

 なっても、対応できるように力を磨かなきゃ。

 軽く伸びをして僕はまだベッドで眠っているランに向き直った。


「ん~……うん!よく寝た……ほらラン?起きて!行こうよ!今日もギルドに」


「……うぅ、あんた、無駄に元気ね。わたし、まだ少し眠いんだけど」


 髪の毛がくしゃくしゃのままランがもぞもぞと動き出す。

 ランって、朝弱いからね……

 先生のところに居た時のことを思いだして軽く苦笑する。

 いつもそうだったんだ。

 まず僕が起きる。

 で、まぁ僕はランと違って何だか早く起きちゃうことがほとんどだったから……それで二度寝して、もう一回起きたらちょうどいい時間になってるからランを起こすんだけど。

 ランってばまだ眠いもんだから僕のことを不機嫌そうに押しのけてくるんだよね。

 で、結局先生が優しく起こしてくれるってわけなんだけど。

 実は、ちょっと羨ましかったんだよね……

 あんなふうに優しく、根気よく揺り起こして……迷惑だなんてまったく見えない、優しそうな顔で呼びかけてくれて……

 先生に構ってもらえてるのを見て、僕もやろうかな、なんて思ったこともあるんだよね。

 まぁ、先生に迷惑を掛けるのも嫌だったから僕はやらなかったんだけど。

 うぅん、ただまぁ今ここに居るのは僕だけだからね。

 別にこのままランを寝させてもいいかな、とは思うんだけど、ね。

 ユリィとも約束してるからなぁ。


「ほら、きっとユリィも待ってるよ。薬草採取」


「……うぅ、あんた、楽しそうね、ううぅ」


「はは、ランは眠そうだね」


「そうね……」


 僕の言ってることを理解してるんだか理解してないんだか。

 何だかよく分からない返事がかえってきた。

 でも、起きなきゃってのは理解してるみたいで重たげな緩慢な動きでベッドから抜け出して、身支度を始め出した。

 本当、朝弱いなぁ……

 ゆっくりな動作。

 頭もふらふらと揺れていて、いつも以上にまだ眠たいのが僕には分かる。

 ここからが長いんだよね、ランは。

 女の子の身支度は長いって、昔先生から聞いたことはあるけど。

 何でそんなにかかるんだろうね?

 僕の場合はそんなに時間がかからないから、もう終わってるわけなんだけど……所要時間を考えると明らかに僕よりもランの方が長いんだよ。


「ん、うぅ……なによ? なんか、文句あるわけ?」


「ううん、別にないけど」


「あ、そ……へらへらこっち見てんじゃないわよ」


「酷いこと言うね……流石に言いがかりが過ぎるんじゃない?」


 ランが櫛で髪の毛を整えている。

 長いからこれも時間かかるんだよね。

 それにいつも寝起きで凄いことになってるし。

 髪の毛がなかったらこれも早いんだろうなぁ、なんて思うんだけど……ふぅむ、髪の毛のないランか……

 その姿をぼんやりと想像して軽く笑ってしまう。

 うん、これはない。

 やっぱり、利便性よりも優先するものってのもあるよね?

 と、笑ってるとこちらをジトッと見てるランの視線に気が付いた。

 何だろ?

 

「どうしたの?」


「……レン。あんた、悩みがまるでないと馬鹿みたいに能天気になるわよね。普段からもっとそんな調子でいられないの?」


「えぇ?そんな理不尽な……悩みがあるときにそんなのんびりしてられないよ。それに……そんなに能天気に見える?僕は普通なつもりなんだけど」


「能天気よ、馬鹿みたいに。浮足立ってるもの、浮かれてる。いくら昨日貰ったお金で不安ごとの大半が解消されたってね。鬱陶しいにもほどがあるわ。一目で分かるわね」


「そうかな?」


 酷い言いがかり、だと思うけどなぁ。

 だって、誰でも気分が良ければ陽気になるよね?

 どうしようもないと思うんだけど。

 確かに、昨日のお金で悩み事の大半は消えた。

 枯渇しかけていた資金も潤沢になったし。

 それに、このあともカニバルズスライムの関連でお金が入る。

 何だか凄い魔物だったみたいで情報量が別途で入るんだって。

 冒険者ってこんなにお金が貰えるんだなぁ……まぁ、ちょっと運に恵まれただけとも思うんだけど、ね。

 おかげでランと一緒に買い物も出来たし。

 腕に付けた装飾品。

 簡素なものだけど、しっかりした造りのそれを見て、ちょっと嬉しくなる。


「へへっ、こういうの腕に付けてると冒険者になったんだなぁって気分になるよね」


「? あぁ、昨日買った腕輪見てるの? まぁ、記念で買っただけの飾りだから防御力としては皆無だけどね……にしても、あんた本当にそういうの好きよね。昨日から何度見てるのよ、それ」


「だって、気分がいいじゃん」


 見るだけで楽しいよ。

 いかにも思い出の品って感じなのがいいよね?

 ランはまぁその辺り特に感慨もないみたいで、僕ほどは思い入れがないみたいなんだけど……

 ニヤニヤと笑う僕の方をジトっと見据えて、それから机に無造作に置いてある腕輪を付けて袖の中に隠す。

 ね? 僕ほど気にしてない。

 でも、別に何とも思っていないわけじゃないのを僕は知ってた。

 置くときは大事そうにそっと机の上に置いてたし、今だって腕に付けてから顔がちょっと綻んだもの。


「終わった?」


「ええ、もう出れるわ……でも、そんなに気は進まないわね。わたし、昨日の戦闘とかでちょっと疲れてるし、もうちょっとこの街のお店とか回ってもみたいし」


「お店って……屋台?」


「なんでそっちになるのよ……っていうか屋台なんてここ数日でほとんど回ったじゃない? いい加減もういいわよ。暇だから付き合ってあげたけど、何で街の反対側まで屋台を探しに行かなきゃいけないのよ……」


「あ、はは、それを言うんだったらお店だって冒険者になる前の事前準備のときに結構回ったからいいじゃない」


「よくないわよ、まだまだ回っていないお店なんて沢山あるじゃない」


「まぁ、そうだけど」


 確かにランの言う通りだった。

 僕が主体で動いてたからね。

 行ったのは屋台とその周辺……屋台に掛けた時間ほどお店は回ってないもんね。

 だって、僕はあんまりそういうのに興味はなかったし。

 食べ物の方が気になったから。


「ったく……適当な返事ね。つまらないことではさんざん悩むくせに、そういったところは無頓着なんだから」


「そうかな……ランには言われたくないけど……だって、ねぇ」


「ねぇ、って何よ?」


 ランにじろりと睨まれる。

 まぁ、慣れたもんだから怖くもないけど。

 ランが興味のないことをとことん気にしない性格なのは僕も、それから先生もよく知っていることだった。

 先生も「ランちゃんはもう……仕方ありませんね」なんてちょっと困ったふうに笑ってたし。


「ん~……そうだね……例えばさ、すぐ隣の部屋から物音がしたとするじゃない?寝てても飛び起きるくらいの物音、どうする?」


「は?どうもしないわよ。そんなの隣の人の問題でしょ?気にしてどうするのよ?」


「ほらね」


「何が「ほらね」なのよ?当たり前みたいな顔しちゃって……まったく、腹が立つわね」


 ランからの睨みが止まらない。

 でも僕は間違ってないと思う。

 だって、隣から物音がしたら普通は気にするじゃない?

 まず何かあったのかと思うし、隣の人が倒れたんじゃ?とか襲撃があったんじゃ?とか……

 興味ないの一言では済ませられない。

 そんなランに無頓着っていわれるのは本当に不本意なんだよね。

 ランの方が色々気にするべきなんだけど。

 しばらく無言の時間が続く。

 それから、もう折れたみたいにランが小さく溜息を吐いた。


「はぁ……まぁいいわ。別にどうでもいいものね……で、今日は薬草採取だっけ?」


「うん、ラフィさんにも勧められたしさ」


「……まぁ、そうね。それはわたしもやらなきゃって思うわね。だってラフィ姉様が言うんだもの、きっと大事な事よね」


「そうかな? うぅん、僕はそっちはそこまで気にならないけど……」


「は?何でよ? 先生のところを卒業して独り立ちまでしてるラフィ姉様の言うことなのよ?」


「いや、そんなこと言われてもなぁ……」


 あのときのことを思いだす。

 ラフィさん、勧めてた時やけにやる気のなさそうな子顔してたんだよね……

 何か、漠然と何かに促されて言ってるみたいな、渋々な感じっていうか。

 説明は理路整然としてて必要なんだって思ったよ?

 でも……うん、ランほど無条件にやらなきゃって気にはならない。

 もしかして、駆け出しには薬草採取を勧めなきゃいけない規則でもあったりするのかな?

 まぁ、それは流石に僕たちには分からないことだけど。

 身支度を完璧に終え、忘れ物の確認まで終えて連れ立って外へ出る。

 鍵もしっかりと締めなきゃね。


「ん、じゃあ行こっか」


「そうね……で、ユリィと一緒にやるってことでいいのよね?」


「うん、だってやろうって誘ってもくれたしさ」


 他の人と依頼をこなす、そういう経験も何だか楽しそうに僕には思える。

 だって、先生のところで呼んだお話とかでもそういうの多かったしさ。

 依頼を共にこなすにつれて芽生える友情、競い合うことで生まれる物語……ああいうの、憧れるよねぇ。


「で、どうやって合流するのよ?約束とかしてないけど」


「さあ?とりあえずギルドに行けば会えないかな? ユリィも冒険者だし、多分来るでしょ」


「…………はぁ、無計画」


 大きなため息を吐くランと共に宿の外に出る。

 無計画……そうかな?

 別に可笑しくはないと思うんだけど。

 

「本当、こういうときは能天気よね」


「そうかな?」


「そうよ」


 面倒くさそうに相槌を打つランと街道を歩いて、ギルドまで行く。

 能天気……さっきも言われたけど、僕には本当にそうか分からなかった。

 普通だと思うけどなぁ。

 照り付ける太陽、街を行く人々の喧騒……そういったものが今日はやけに楽しく思えた。



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