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第49話 ミリオフェルン伯爵

 ティーミアさんに案内されることしばらく。

 とある一室の前でティーミアさんの足が止まりました。

 大きな扉ですねぇ。

 それを守るかのように佇む二つの甲冑がとても印象的です。

 精緻な細工の施された扉、これが何ともまあ見事なもので見るものを圧倒しますね

 この権威と威容を示す扉の造り……応接室、のようですね。

 部屋の周りには誰も居ないようですが、中の気配は一人ではありませんでした。

 ふむ、護衛、でしょうかね?

 中々物々しいものです。


「レイさん?これから中へと入りますけど、くれぐれも……くれぐれも!私が指示されてたことを言っちゃったことは秘密でお願いしますねっ!」


「そうですか。私としては正直、別にどちらでも構わないのですが」


「なら、喋らないでくださいねっ!約束もしたじゃないですかぁっ、私が言ったことは聞かなかったことにしてくださぁいって!」


「はは、わざわざ念押しなどされなくても分かってますよ」

 

 ふむ、この声量ではどちらにしろ中には聞こえていると思うのですけど……それは言わぬが華と言ったところでしょうか?

 まぁ、私としては本当にどちらでも構いません。

 ティーミアさんがお叱りを受けようとも免れようとも、その辺りはティーミアさんの問題ですからね。

 まぁ、私としてはここらできっかりとお叱りを受けといた方が今後のためではないかとも思いますが……

 でもまぁ、貴族の場合はその小さな失態で処刑ということも考えられなくはないことですからね。

 私の知っているミリオフェルン伯爵であればそんなことはしないと断言できるのですが……ふむ。

 代替わりしてどうなったことやら。


「お願いですからねっ?本当に言わないでくださいねっ」


「はいはい」


 念押しするのを軽く受け流して、扉を開けて貰えるように促す。

 するとティーミアさんは疑うような安心しきれてないようなそんな顔で私を睨んできて……うぅむ、少しばかり傷つきますね。

 約束したのですからそこまで心配せずとも言ったりはしないのですけど。

 ジトッとティーミアさんから睨まれる。

 それから感情を吐き出すように小さく溜息を吐いて、扉へと向き直っていました。


「分かりました、信じます……では、行きますからねっ。私が扉を開けたら入ってくださいね」


「ええ、お願いします」


 ティーミアさんが扉を数度叩き、中へと声を掛けていきました。

 返事はすぐのこと。

 中から入室の許可が聞こえてきました。

 それからすぐ、ティーミアさんが扉を開け放つ。 


「失礼しまぁすっ。依頼を受けた冒険者の方をお連れしましたぁっ」


「うん、ご苦労。下がっていいよ、ティーミア」


「はぁい、失礼いたしまぁす当主様」


 私が中へと入るのと同時にティーミアさんが部屋を後にしていく。

 ティーミアさんはあからさまに安堵した表情を浮かべていました。

 この感じ、まだ慣れていないのでしょうね。

 偉い人の前で緊張をする……彼女がここに来て間もない証拠といえるでしょう。

 これも情報の一つですね。

 それから小さな音を立てて扉が閉まりました。

 ふむ、まぁ私の見立て通りですね。

 中には私の予想通り一人ではなく複数居ました。

 三人、まずティーミアさんにねぎらいの言葉を掛けた金髪碧眼の美丈夫、そしてその彼を護るように傍へと控える鎧姿の者が二人。

 

「やぁ、わざわざご足労いただいてすまないね。私はメリオライト・ミリオフェルン、まずは椅子に掛けて欲しい。楽にしてくれたまえ」


「はい、ではお言葉に甘えて」


「ええ、気兼ねなく」


 穏やかで温厚な対応ですね。

 促されるまま椅子に腰を掛ける。

 代替わりをして人柄が変わってしまったのか、とも思っていたのですが。

 

 ふむ……変わってませんね。


 ミリオフェルン伯爵家のことは昔にちょっとした縁があったので少しばかり知っています。

 具体的に言えば先々代、それもちょっとだけ話しただけですが……彼の人柄、性格、どういった考えのもとで動くか、そういったことはあらかた。

 目の前の彼は、その先々代のミリオフェルン伯爵によく似た面差しでした。

 声色もそうですが、そこに込められる感情や抑揚も、表情さえも。

 変わっていないと言い切れる。

 あの、温厚で人柄の良かったミリオフェルン伯爵そのまま。

 これを悪人と断じるのは少しばかり引っかかるのですが……ふむ。


「まさかご当主自らお出迎えをされるとは、少し驚きました」


「えぇ、少し込み入った事情があってね。これに関しては私が直接受け取りたい」


「おや、それはよほどの事情があるのでしょうね」


「……えぇ、具体的には言えないのだけどね。盗難、というのが一番正しいかな……どうにか被害は一つだけで済ませられたのだけどね。それ以降はこうして」


 傍にいる二人を指し示す。

 そこに居る方は当然という顔をしているだけ、反応もしない。

 会釈もしないその姿に少し苦笑をしながら、ご当主様が軽く笑いました。


「私と、私が信頼できる者だけで受け取りをしている、というわけさ」


「そうでしたか」


 会話を円滑に進めるためか、軽く笑顔まで浮かべたその顔に私は小さく息を洩らす。

 やはり、人柄は善良そのものですね。

 本当に変わっていません、私が会った当時の当主様によく似ている。

 今のような会話、貴族である彼としては「それはあなたには関係のないことだ」の一言で終わらせられる程度のことでもありました。

 しかし、彼はそうはしなかった。

 曖昧でぼかした言い方、けれど、どうにかして答えようと努力をした。

 それがこの方の人間性を現しています。

 今、確信をしましたが彼は間違っても『死の黒杖』を集めて人を害するような者ではない。

 誰かに死をもたらし、それで利益を得ようとする者ではない。

 彼のような者がどうして『死の黒杖』などというものを集めているのか?


「それで今日は黒曜石の納品、ということで? 物を見せてもらっても?」


「ええ、それならこちらに」


「ほう、これはこれは……」


 喋りながら探っていくことにしましょう。

 応じてくれればの話になりますが……ふむ、少し考えていることはあるのですけどこれを聞き出すのは世間話で擬態するのには少々難しいのですよね。

 どうしたものでしょうかね……頭の中で考えながら袋から黒曜石を取り出していく。

 材料が黒曜石である、といってもそれに適した状態というものがあります。

 私が所蔵していたこれらは数、質、ともに『死の黒杖』を作るにはたまらないはず。

 まぁ、『死の黒杖』に最適である……というより魔道具を作るのに最適であると言える状態ではあるのですけどね。実のところ。

 『死の黒杖』に用いられているのにも分かる通り、一部の魔道具類を作るのには良い素材ですからね。黒曜石は。

 私の収納袋に入れておいたのです。

 まずは傍で控える護衛の方々がその黒曜石を検分、それから危険のないことをあらためて当主様に伝えて、それが当主様に手に渡る。

 それらを見て当主様は「ほう……」と感心した声を洩らしました。


「これはいい……素材には最適と言えるな」


「お気に召しましたか?」


「ええ、それはもう。しかし、私の目が確かなら今黒曜石を袋から取り出したように見えたが、それはあの有名な収納袋か?」


「はい、その収納袋になりますね」


 気付かれてしまったようですね。

 収納袋、これも魔道具になります。

 効果はよくある旅先や採集先などでの苦悩を無くすのが目的の便利な品物です。

 入れている間は時が止まり、、腰に下げられる程度の大きさしかないくせに巨大なものまで収納できるという……まぁ、商人や冒険者であれば垂涎の一品と言えるでしょうね。

 今では製法も失われ、再現の出来ない非常に貴重な品となってしまっているわけですが……まぁ製造された数が数なので手に入れるのはそれほど難しいことではないのですよね。

 

「この袋がどうかしましたか? 申し訳ないのですがこれをお譲りすることは遠慮させていただきたいのですが」


「む、あぁ、済まない。私は別にその袋を欲してあのような問いをしたわけではないのだ。ただ、な」


「ただ?」


「うむ……不躾なことをいうようだが、他に黒曜石が入っていたりはしないだろうか?」


「いえ、それで全部ですよ。お力になれなくて残念なことですが」


「……そうか、それはとても残念だ」


 ふむ、どうやら袋そのものが狙いではなかったみたいですね。

 気になったのは他に黒曜石が入っているのではないか、というその一点。

 それと、一瞬のことですが聞いたときに表情に焦りのようなものが見えました。

 ふむ、どうやらよほど黒曜石の量を揃えたいようですね。それも早急に。


「……すまない。我がままを言った、この黒曜石の質はとても良いもののようだ。報酬に少し色を付けておこう」


「いえ、お気遣いなく。私は困っている方のお手伝いがしたかっただけですからね。報酬は提示された金額で構いませんよ」


「む、そうはいかない。これは私の気持ちなのだ。どうか礼をさせて欲しい、本来なら聞くようなことはないのだけどね……あなたのお名前を伺っておこう」


「私の名前、ですか」


 貴族の方にしてはこれは相当な事ですね。

 貴族というのは滅多に平民、それも下々の名を聞かれることはありません。

 それは貴族だから、という誇りゆえ。

 覚えるのは価値のある者だけ。

 あるいは、極端に価値のない者や敵対する者も覚えるでしょうね。

 それがこれだけのことでここまで言うなんて、根はやはり善良なようですね。

 渡した黒曜石がたまたま質が良かった、彼からしてみればただそれだけのはずなのですけどね。

 ですが、聞かれたら名乗らないのは失礼にあたる。それも貴族からの要求となれば猶更ですからね。


「レイフォルト、と申します」


「……レイフォルト?」


 おや?

 ここで名前を言って終わりというのを予想していたのですが、名前を聞いた途端に当主様が目を見開いて固まってしまわれました。

 はて?私は彼とは面識はないはずですが。


「私のことをご存じで?」


「っ、はい。山奥で勇者の育成を担っている賢者レイフォルト様、ですよね?私の祖父、先々代より伺っておりました。恩があるため会うことがあれば最大限の礼を尽くすように、と」


「……ほう、それはそれは」


 確かに、私は先々代の当主様とは面識があります。

 ただそれはちょっと山の中で迷ってたのを案内した、という程度のことなのですが……まさか、それで孫の代にまで伝わっているなんて。


「あなたのお姿についても祖父より聞き及んでおりました。こうして改めて見ると、聞いた通りの容姿……聞いた通りのままお若い姿なのは魔法か何かで?」


「ん……まぁ、そのようなものです」


 相変わらず、と。

 そんな感想しか出てきませんね。

 律儀なものです、ミリオフェルン伯爵……まさかそのようなことまで伝えておられるとは……軽く苦笑いを浮かべてしまいまいそうになりますね。

 そして、それはこのご当主様も同じ。

 今にして確信しました。

 ミリオフェルン伯爵家、その人柄はまるで変わっていない。


「当主様、私に敬語は必要ありませんよ?あなたは貴き血の流れる貴族で、私は爵位を持たぬ身です。先ほどのような話し方で構いません。お傍におられる騎士の方も困惑なさるでしょう?」


「いえ、そういうわけには参りません!今まで知らず接していた無礼をお詫びいたします。レイフォルト様は我が家が大恩あるお方、決して礼を失せず最大限の礼を持って応えるようにとの先々代からの仰せです。私に出来ることなら何なりと」


「……ふふ、相変わらず堅いですね。先々代にそっくりです」


「私が、お爺様に?」


「ええ、よく似ておられます」


「っ、なんと!光栄です」


 実直で素直……礼を言う姿に私の知ってるその姿が重なります。

 礼を失せず、最大限の礼を持って、ですか……私がやったことに対していささか大げさだと思うのですけどね。

 出来ればそんな畏まらないでいただきたいものなのですけどね。

 私は先々代を知っているのですから、祖父の知り合いにでも接するようにしてほしいのですが。

 でも、これは好都合であることは確かですね。

 最大限の礼を持って……私に出来ることなら何なりと、というのならお言葉に甘えて。


「では、一つお聞きしたいのですが」


「はい、何でもお聞きください」


 明るい声で答えるご当主様。

 正直、答えてくれるとは思ってはいませんけど、ね。

 聞かなければなりません。


「黒曜石を集めて一体どうなさるおつもりですか?」


「……それは」


 言葉に詰まりましたね。

 表情も、眉間に皺を寄せ険しいものへと変わっていく。

 やはり、言いたくはありませんか。

 それだけでも有益な情報といえるものでもありますけどね。

 少しばかりの静寂の時。

 それから、ご当主様は険しい顔のままハッキリと口にした。


「言えません。言えば、あなたがこのことに関わりを持ってしまいますから」


「……そうですか。では、先々代からのおもてなしはその答えで十分です。答えてくださって感謝いたしますよ」


「……申し訳、ありません」


「いえ、では私はこれで」


 席を立つ。

 言うことが出来ない。

 関りを持って欲しくない、ですか。

 具体的なことは分かりませんが、それだけで大体のことは分かりました。

 私の身を案じてのこと。

 恩のある人間を危険に巻き込みたくない、とそういうことなのでしょうね。

 これは……思ったより妙なことになってるかもしれませんね。

 恐らくですが、一つだけ予想をしていることがあります。

 悪人でもなく、人の死に幸福を得るような破綻者でもない現当主様が『死の黒杖』を求める理由。

 善人が望むのだと仮定すればそれは


 大義のため、でしょうか?


 何にせよ、色々と確認しなければならないことが増えたみたいですね。

 中々実りのある時間でした。


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