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第46話 ラフィちゃんの夜

 人の賑わいも消えた夜遅い時間帯。

 時計の音がやけに大きく聞こえる。

 冒険者で賑わっていた昼の喧騒が嘘のように静まり返り、ギルド内は静寂が支配していた。

 もうギルドの営業時間も終わろうとしているから。

 併設している酒場ですら店じまいの様相を呈していて、もはや受付に居る私以外には誰も居ない。


「……今日は、いつもの倍以上は疲れちゃったぁ」


 机の上でぐでんと上体を横たえる。

 何なんだろ、本当?

 気苦労が耐えないのよね……でも、原因は分かってる。

 だってほら、今も私の前に。


「こんばんは、ラフィちゃん。お疲れ様ですね」


「…………お客様、今日の営業はもう終了しますのでお帰り下さい。っていうか、何の用なの?先生」


「おや、これはつれない返事ですね。レンくんとランちゃんのことでちょっとお礼を言いに来たのですけど」


「……あ、そう」


 物音も立てずに扉が入ってきて私の前に居る。

 原因はこの人。

 私の先生、子供の頃に全てを教えてくれて私を強くしてくれた……絶対に嫌いとは言えない恩人。

 うん、だから別に嫌いとかそういうことでこういう言葉が出るんじゃないのよ。

 ただ、昔の苦い思い出が思い起こされて頭に抜けないってだけで。

 それが今居るレンくんやランちゃんと重なって見えて余計に苦いってだけというか……


「ふふ、ちゃんと私のお願いした通りレンくんとランちゃんには薬草採取を勧めてくれてありがとう。ラフィちゃんは昔っからこういったさりげない誘導とか得意ですね」


「……そりゃまぁ、レフィが直情的で単純だったから」


「ええ、思い出しますね。レフィ君がパッと見とか直感でこれにしよう!って言い出すのをいつもラフィちゃんがまたかって感じの顔をして言葉巧みに誘導をして違う方へ行かせてたんですよねぇ。懐かしいですねぇ」


「……」


 これなのよね。

 レンくんとランちゃん、今日出会った二人の後輩みたいに、私も知らずにずっと旅をしてるなか付いて来られてたのよ。

それにしばらくの間ずっと気付かなくって……わかった時にはすごくショックだったわ。

 自分の力だけで頑張ってきて切り拓いてた思ったのに、保護者同伴だったなんてって。

 先生って本当過保護なのよね……

 だから今日はあの二人のことをずっと考えてやけに気を揉んでしまったし、カニバルズスライムなんてとんでもない魔物の話まで聞かされちゃったしで本当に……

 別に先生が直接的に悪いことじゃないのは分かってるんだけど、ね。

 先生のせいで気を揉んで疲れたって言いたくもなっちゃうわよね。

 まぁ、薬草採取に関しては私が言わなくても向こうで受けたと思うのだけどね。

 何やら冒険者のお友達と約束をしていたようだったし。


『次は薬草採取なんてどうかしら? 採取の基本を学ぶにはもってこいよ』


『あ、そうだね。ユリィにも誘われてたし、そうしようかな』


『……まぁ、そうね。ここで取るだけ取っちゃおうかしら。ラフィ姉様、これをお願い』


 と、そんな感じで。

 ユリィ、というのは私も知っている。

 駆け出し冒険者のあの子。

 目立つから自然と視界に移るのよね。

 やたらと甘ったるい声音、過剰なまでに可愛さを追求しているかのようなその姿……それだけならまだしも、よく聞こえてくる高笑いに物騒な言動に、調子に乗りやすく凄い大口を叩いたりと。

 見てて飽きない女の子、私としてはそういった印象ね。

 ただ、先生はその名前が出たときに何だか複雑そうな表情をしてたの気になったけれど。


「でも、先生……何でそこまでして薬草採取をやらせたいのよ?自由に選ばせてあげたら?」


「選んだ結果が、アレですからね。まぁ、ちょっと詰めが甘かったくらいで何とかは鳴りましたけど……それに魔物討伐だなんて危ないではないですか?もうちょっと色々と経験を積んでからでいいと思うのですけど」


「……はぁ、そんなカニバルズスライムが出るなんてことそうそうないわよ。先生」


「でしょうね。でも、私は心配なのです。二人の身にもしもがあったらどうするのですか?」


「………うん、まぁ先生ならそう言うよね」


 相変わらず心配性……って言えば聞こえはいいけれど、ね。

 もう卒業をした後なんだから干渉なんてしなくていいと私は思うのよ。

 もう一人前に立派に成長したって認めた後なんだから、その後どうなろうとそれはその子たちの選択じゃない。

 というか、私は先生には付いて来てて欲しくなかった、その時実際。

 それで助かってる局面があるから文句を言える筋合いが無いのは分かっているんだけど、ね。

 やっぱり感情としては別よね……


「いつまで付いていくつもりなのよ、先生。卒業の証も渡したんだからもう好きにさせてあげたら?」


「あっはは、それは当然レンくんとランちゃんに『付いて来ないで』と言われるまではついていきますよ」


「…………そう」


 当分このままなんでしょうね。

 可哀想に、二人とも。

 でも、私の時もそうだったわね。

 先生に気付くようになって、私たちの後ろに張り付く先生を見て……もう付いて来ないでって言った。

 大丈夫だから、私たちだけで頑張っていくから、先生に甘えて進んでいくだけなんて嫌だってね。

 そしたら、あっさりしたものだった。


 ふむ、見えるならもう大丈夫でしょうね。二人とも強くなりましたね。


 なんて、言ってそれ以降は先生を私たちの傍で見ることはなかった。

 だから、先生が納得せずに付いて来ているってことはそういうこと。

 まだまだ見ていなければならない、そういうことなんでしょうね。 

 溜息が洩れそうになる。

 二人はなんて思うかしらね? すべてを知った時に。

 先生って無駄に高度な魔法を使ってすぐ傍に居るのに気付けないようにしてるもんだから。それを自然に見破れるように、となるとまだかかりそうだし。

 その時を考えると、ちょっと可哀そうな気にもなる。


「でもまぁ、先生にしては我慢強く見守るようになったね。カニバルズスライム、それほどの強さが出てきたら昔だったら問答無用で消し飛ばしてたじゃない」


「まぁ、生徒の成長を見守るのも先生の役目、ですからね」


「そっか……先生はちょっと変わったのね」


「まさか、変わりませんよ。いつまででも私は先生ですから、ラフィちゃんも困ったことがあったら先生にいつでも相談していいんですよ?」


「それは、遠慮しとく……」


 先生に頼んだらただじゃすまない気がする。

 具体的に言うととんでもなく大事になりそう。

 先生って過激だから……

 昔なんて小さな蜂が襲ってきた時にちょっと追い払えばいい程度のことなのに光線魔法を乱射したりしたものだから……危うく蜂との全面戦争になりかけてたっけ?

 おやおや、と楽しそうに笑う先生を見てると身体の力が抜けてくる。。

 なんだか懐かしいわね、こんなこといつぶりだったかしら?

 先生とはしばらく会ってなかった。

それに、あいつ……レフィはまだまだ冒険者であちこち行ってるし。

私はギルドの職員、先生が居る山奥までホイホイ行けるような暇はないし。

まぁ、別に嫌いじゃないんだけどね。この仕事。面倒ではあるけど。


「で、先生の用件はそれで終わり?」


「そうですね、久しぶりにラフィちゃんともこうして話せましたし満足……と言いたいところなのですけど」


 言葉が止まる。

 先生の手には一枚の依頼票があった。

 あれは……レンくんとランちゃんと一緒にやってきたときに取ってきた依頼票ね。

 貼ってあったのは真ん中あたり、冒険者の中でも中級者が受けるような仕事。

 

「この依頼を受けるので、明日はレンくんとランちゃんのことを見ててもらっても構いませんか? 確か、冒険者には職員による指導講習というのがありましたよね?」

 

差し出してきた依頼票をそのまま受け取る。

先生も冒険者なのよね、確か。

随分前のギルドカードだったけど、あの時に見たし。

話も聞いたことはあるし。

依頼の受付処理をしながら考える。


職員による指導講習、ね……

 

そういった制度は確かにある。

いえ、あったというべきものね。

一応、今にもあるんだけど冒険者のほとんどがやらないからギルド側としても勧めないことが当たり前になってしまっている形骸化した制度。

 やることとしては採取のやり方や素材の綺麗な取り方、解体などを実地で教えるようなものでほぼ一日付きっ切りになる。

 その上でしかも、冒険者にはお金が払われないという……労力の割にはどちらも敬遠したがる嫌な事ではあるんだけど。


「まぁ、いいわ。二人には明日、私から話をしておくから」


「そうですか、ありがとうございます。流石はラフィちゃんです」


「……あんまり持ち上げてもそんなにサービスしないからね」


「ふふ、そうですか。それは残念」


「でも、見てなくても私としては別に構わないと思うんだけど……」


「駄目ですよ。私は依頼のせいで一日付き合うことが出来ませんからね。その間に何かあっては悔やんでも悔やみきれません。まぁ、最初はライちゃんに頼んでおこうかと思ったのですけど、断られてしまいましてね。何でもどうしても外せない用事があるとかなんとか……」


「え? ライちゃんって……それ、先生の一番弟子のライフィス様? あの、ギルドのグランドマスターの?」


「ええ、そのライフィスですよ」


「……先生、それは、あんまりよ」


「ふむ、そうでしょうか?」


 ライフィス様にこんなことを頼むなんてどうかしてるとしか思えない。

 多分、先生としては教え子にちょっと頼みごとをするくらいの気分なんでしょうけど。

 明日……明日って、確か各地のギルドマスターを集めた大事な会議があったわよね?

 とてもじゃないけど先生の私用で駆り出すなんて出来ない、やっちゃいけない。

 私がやるので正解ね、これは。

 まぁ、私としても先生が言うんだからって気持ちもあるしやるのは構わないもの。

 恩もあるし、やってあげたいとも思うし。

 それに、あの過保護で無自覚にもストーカー化してる先生が私に任せたいって言ってくるんだもの。

 

「安心してよ、私がレンくんとランちゃんのことはしっかり見てるから。間違ってもライフィス様に言わないでよ?可哀想じゃない」


「そうですか?ライちゃんはなんだかんだで嬉しそうにしてると思うのですが」


「それでも、よ。だいたいグランドマスターで私からしたら雲の上くらいの上司なのよ?仕事以外であまり振り回さないで上げてよ」


「ん、そうですか。まぁ善処しましょう」


「信頼できない返事ね……」


 処理の終わった依頼票を先生へと差し出す。

 むしろ、私がこの後忙しくなるのよね……

 講習をするってことは一日付きっ切りになってギルドで仕事が出来ないから誰かに頼まなければいけないし、ギルド長にもこの辺り言っておかないといけないし……正直、面倒くさい。

 でも、やらないわけにもいかないのが辛いところなのだけど。


「で、先生? その依頼に何があるわけ?」


「ふふ、それは秘密です。駄目、と言い換えてもいいでしょうか? 関りあいにならせたくありませんからね」


「……そう」


 これは……なんかよっぽどのことみたいね。

 何があるのかしら?

 ふぅ、と小さく息を吐きだして出て行く先生を見守る。

 

『黒曜石の納品』


それが先生の受けた依頼だった。


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