第37話 買い物
街に来て数日。
レンくんとランちゃんもここでの生活には慣れてきたみたいですね。
窓から覗く眼下にレンくんとランちゃんの姿。
どうやら今日も活動を開始するようですね。
うんうん、二人とも頑張ってますねぇ
「よし、じゃあ今日は……調理道具かな?」
「そうね。さっさと済ませちゃいましょ。もうそれだけだもの」
ふむふむ、調理道具ですか……自炊でも始めるのでしょうかね?
大体は見守っているので分かりますが、こういうことは実際にっかないと分かりませんからね。
「さて、ではコウガ君。こちらも行きましょうか?」
「ん……ぇぇ?もう? 俺、まだ眠いんだけどぉ……」
「まったく、仕方ありませんね」
寝ぼけまなこで目を擦るコウガ君をベッドから叩きだして、魔法で冷風を浴びせる。
何だか妙な呻き声が聞こえてきましたけど。
こちらは考慮に値しません。
このままではレンくんとランちゃんの見守りに遅れてしまいますからね。
「起きましたか?」
「……あの、もっと優しく起こしてくれない?」
「ふむ、平時であれば考慮するのですが今は時間が差し迫っていますからね。それに最初にも言ったでしょう?」
レンくんとランちゃんの見守りが最優先。
コウガ君は二の次になりますからね。
こればかりは仕方がありません。
最初にも伝えていますし、だから片手間になることもコウガ君はとっくに承諾済みですから。
「それでなくてもコウガ君は仮弟子ですからね。レンくんとランちゃんと対応が異なるのは仕方ないことでしょう」
「うん、まぁ……その辺り期待しないし、されたくもないけど、さ」
軽く息を吐いて、コウガ君が身支度を始め出す。
その動きは手慣れたもので、着替えはほんの数秒で終わってしまいました。
私のところに来てからというもののこういう生活が続いていますからね。
慣れたのでしょう。
「もう準備はいいですか?」
「あぁ……大丈夫」
「ふむ、結構です。では」
開け放っていた窓を締める。
それから軽く忘れ物の確認をして我々も外へと飛び出して行く。
「今日もレンくんとランちゃんを見守らないと。コウガ君も張り切って訓練に励んでくださいね?」
「はいはい……」
今日も一日のはじまりです。
それにしても最近のレンくんとランちゃんの朝は早いのですよね。
コウガ君は夜遅くまで訓練を続けているので眠いのもある程度は仕方ないと言えるもの。
まぁ、その辺りは自分で調整して頂くことなのでコウガ君頑張ってくださいとしか言いようがないのですが。
前方を歩くレンくんとランちゃんを見る。
まだ人通りはまばらですね。
おかげで見やすく、二人の行先も見通しがつく。
新生活の準備をしてるのですよね、ここ最近の二人は。
大体のものを買い揃えたのは私も知っています。
食料、薬、生活必需品群に、包帯などの治療道具……私としては、この後はもう軽く武器や防具を見て終わりだと思うのですが。
二人はそうではなく料理道具屋に行くみたいですね。
「ふぅむ……そろそろお金が心もとなくなってきた頃だと思うのですが」
お財布は私が調整したので中身は大体把握しています。
ずっと見ているので使った金額も。
その辺りを換算すると、もう私が上げた資金は底をつく頃だと思うのですよね。
レンくんが日雇いの仕事でっちょっとは貯めているみたいですが……
それもこの準備でほぼ使い切った様子。
残りは、私が把握していないお金があったとしてもそこまでは無いはずなのです。
聞いてはいたので知ってるのですが、二人とも……これは冒険者になるための準備のつもりなのですよね。
ふむ、料理道具など……要りますかね?
「ねぇラン。ここ、いいんじゃない?」
「……ん~、そうね。じゃぁ見てみましょ」
私の疑問をよそにレンくんとランちゃんが料理道具屋に入っていく。
これは……ずいぶんと専門的なお店に入っていくのですね。
二人の料理スキルを鑑みるに、ここで買うような道具は必要ないと思うのですが。
見守っていると、二人は店員さんに不審な目で見られてました。
「いらっしゃいませぇ……?」
「あ、どうも」
「何よ、元気のない店員ね。わたしたちちょっと見るから」
「あ、はい、ご自由に」
レンくんとランちゃんがおっかなびっくりといった様子で調理器具を手に取っていく。
それを見て店員さんの怪訝な目は深まるばかり……
この子たち、本当にこのお店で買い物するような子たちなのかしら?
例えるならばそんな感じの視線ですね。
まず料理人ではありませんし、レンくんもランちゃんもまだ子供といえるくらいには若いですからね。
疑うのも当然でしょう。
商品を見る目や、扱う手を見ても明らかに料理人の立ち居振る舞いではありませんからね。
「……なぁ、師匠」
「何ですか?コウガ君。私は今、非常にやきもきしてるのですけど……」
「それは見れば分かるけどさ」
呆れた調子でコウガ君が私の隣に並んで店内を見守る。
私の隣に来る暇があったらさっさと訓練に入って欲しいのですが……
すでにコウガ君には訓練の指示を出しているのです。
内容は、レンくんとランちゃんに怪しまれないように付いて行くこと。
時には近くを通り過ぎ、視界に入っても気にされないように……魔力などを一切使わずに技術だけで不審に思われないように立ち回るように、と。
言ったのですから、早く中に入って行って欲しいのですが。
「ふぅん……調理器具、ねぇ。なぁ師匠」
「何ですか?」
「あの二人……本当にこんなところで買うようなものあるのか?」
「さて……」
正直返答は出来かねるので曖昧に濁して緩く首を振っておく。
私の判断ではここで買うようなものはない、と思うのです。
しかし、二人が私も知らない間にこういったものが必要な事態になっている、というのも四六時中傍に居るわけではない身では否定は出来ない。
どうなのでしょうね?
私としては後者の線は限りなく薄いと思うのですけど。
「へぇ、すごい。ねぇラン!パスタ製造機だって、面白くない?」
「ふぅん、それならこっちももっとすごいわよ。撹拌まで自動でやってくれる卵割器だそうよ、どんな状況で使うんでしょうね?」
楽しそうに器具を手に取る二人の声が聞こえてきました。
この様子からすると……やはり必要ないのでは、と思うのです。
店員さんが二人を見る目も段々と剣呑になっていきます。
まだ買いもしない商品をそのようにベタベタと触っては、店員さんもいい気持ちはしませんよ?
レンくん、ランちゃん、ここは本当に来る必要があるのですか?
「……料理屋でも始めるのか?」
「何を言ってるんですかコウガ君。始めませんよ。二人がこれからやるお仕事は冒険者です」
「…………すぐ答えられる師匠が恐ろしいんだが……まぁいいや、で、どうするんだ?止めないのか?」
「うぅん、出来れば止めてあげたいのですけど、ね」
まだ、何か重要なことがあってここにあったという線も捨てきれません。
そうなった場合は私の介入は余計なお世話です。
それでなくとも私は極力手を出さずに見守ることに決めているのです。
ここで手を出してしまっては二人の旅路の妨げでしょう。
とはいえ、しかし……それでも手を出したいのが保護者心でもあるんですよね。
「うぅん……ままならないものですね。こんな私は薄情なのでしょうか?」
「こんなところでべったりと見てる時点で過保護だと思うけど」
「そうですか? ふふ、コウガ君はお世辞が上手ですね」
「お世辞じゃねぇよ……宿屋だってわざわざ見張りやすい位置を陣取った癖に」
ぼやくように言う。
その発言は半分正解で、半分不正解でした。
正しくは見守りやすい位置を選んだ、というところ。
もし仮に何かあったら大変ですからね。
いつでも見守れる位置を確保しておかないと。
ただ、まぁ、そんな万が一とかの事態は滅多に起きないですし……起きない方がいいですから、私はこうしてただ黙って見守る
だけになっているわけですがね。
私が干渉する、といことはそれだけ危険な事態に二人が陥るということですから。
しかし……私の気持ちは二人には関係のあることではありませんからね。
仮にもしこんな私を見て、二人はどう思うでしょうかね?
薄情、と文句を言われないでしょうかね?
思わず溜息。
するとコウガ君が呆れたように見てきました。
「……そんなに気になるんなら行ってきたら?」
「駄目です。これくらいは自分たちで何とか出来るようにならないと……」
「そう?でも、どうにか出来るんならそれに越したことはないんじゃない?」
「うぅん。まぁ、それはそうですね。レンくんとランちゃんに余計な出費をさせるのは心が痛みます」
「あぁ、そう…………なら、もう悩まずに行っちゃえば?」
「そうはいきません、二人とももう私の元を卒業した子たちですから」
「はぁ、面倒くさいな……」
「仕方ありません。面倒なのが親心というものです。それよりコウガ君、いつまでもここで喋ってないで訓練に戻ってください。指示はもうとっくにしたはずですよ?」
「はいはい」
やる気なさげに返事をしてコウガ君が訓練に戻っていく。
これで悩みの一つは解決でした。
ただまぁ、そもそもの大きな問題が解決してないわけですが。
「仕方ない……行くか」
店の前でコウガ君が店内の様子をチラリと見て、中へ入って行く。
これで店内に人が四人。
二人はコウガ君のことを気にした様子もなく、それどころか口喧嘩一歩手前の言い合いをしていました。
「………ねぇ、ラン?僕、思ったんだけど。これ、どうしても必要かな?」
「は?何でよ?先生だって言ってたじゃない?長期的に見れば自炊をするのが節約にもつながるって、先生の言葉を忘れたの?」
「いや、それは、忘れてないんだけど。だって、よく分からないものだらけじゃない?よく分からないものをよく分からないまま買うのって駄目だと思うんだけど」
「はぁ?いいじゃない、そんなのはこれから覚えれば」
「そう、かな?それなら宿屋で食べちゃった方がよっぽど安上がりになると」
「うっさい、なら安上がりになるまでやるのよ。先生が間違ったことを言うわけないんだから!口答えするな!」
ヒュンと調理器具が空を切る。
店員さんが酷く迷惑そうな顔をしてしました。
自炊が安上がり、ですか……
確かに、言いました。
長期的に見れば安上がりだと。
しかし、それは家などを構えたりして本当に長期……この街に住まうくらいの器官であればそうだということであって。
旅の初めに考えることではないのですが。
「えっと、それじゃ、料理器具は……包丁とそれにお鍋と……これは必要かしら? どう思う?レン」
「えっと、それ要るかな? そもそも何に使うの? えっと、棍棒?」
「さあ?料理中に邪魔でも入った時はこれを使って叩きのめすとかじゃない?」
「……そうなの?料理って物騒だね。先生のところにはこんなのなかったと思うんだけど」
「当たり前じゃない。わたしとレンは先生の邪魔なんてしないもの、こんなの必要ないわ」
ますます店員さんの目が剣呑になりました。
そりゃ麺棒を棍棒扱いされればそうもなります。
二人とも明らかに分かっていない迷惑なお客様ですもの。
そういう目になってしまうのは責められませんね。
どうしたものでしょうか?
あまりの惨状……流石に止めに行くのが保護者の務めというものでしょうか?
そう困っていると、中に居るコウガ君と目が合いました。
溜息を吐いて軽く身振り手振り。
俺に任せろ、ですか。ふむふむ。
ならばここはコウガ君に任せてまだ見守っておくとしましょうかね?
偶然を装って、違和感なく二人に近づいてくコウガ君をジッと見守る。
二人とも特に不審に思った様子はありませんでした。
「よう、お二人さん。ちょっと聞いてたんだが……冒険者になるのか?」
「え?あんた、誰よ?」
「あ、えと、こんにちは!初めまして……かな?」
「ああ、そうだ。実は話を聞いてたんだが……」
ふむ、それにしてもコウガ君、それとなく話しかけるのが上手いですね。
レンくんもランちゃんも、特に不自然に思った様子もなくコウガ君の言葉に耳を傾けています。
曰く、ここ最近よく擦れ違ってたから他人の気がしなかった。
曰く、自分も冒険者だから気になって話しかけるのを止めることが出来なかった、など……
口から出まかせがよく出るものですね……
感心してしまいます。
この辺り才能でしょうかね?
虚と実を織り交ぜた精巧な話、それにレンくんもランちゃんも疑うことすらなく聞き入っていました。
「ふぅん、自炊するから調理器具、かぁ……止めた方がいいと思うけどな」
「はぁ!?何でよ!」
「あ、やっぱり?ほら、ラン、僕もそんな気が」
「うっさいわね!ほらじゃないわよ!……コホン、一応聞いておくけど、それは何でなのよ?」
「だって、なぁ。そんなことをする冒険者とか滅多に居ないしな。宿で飯が食べるならそこで食べればいいし、他に飯屋があればそれでいいし」
そうですね。
確かに冒険者で自炊をする人は殆ど居ないと言っても問題はないでしょう。
生来の気質、というのもあるでしょうがそれ以上に……冒険者は準備に時間がかかるものですからね。
日々の依頼、その危険な仕事を乗り越えるためには準備が不可欠なわけです。
失敗したら命を落とすものも少なくはありませんからね。
だから、自炊をする暇があればその分を準備に当てて食事は手軽に済ませる、とこれが冒険者としては一般的な考え方になるでしょうかね。
それに、です。
冒険者でなかろうと、ここで調理器具を揃えるというのはよろしくありません。
「……冒険者は、自炊しない? それはどうして?」
「そりゃなぁ、調理器具から食材から揃えたら金がいくらあっても足りなくなるし、そんな自炊に使う時間があったら鍛えた方が遥かに効率的だからな」
「…………確かに、そうかも、しれないわね」
まぁそういうことです。
私の言ったことですからね、ランちゃんとしては認めたくないような渋々と言った様子で言ってましたが……これは、もう少し私が気を配ってあげるべきでしたかね?
準備にお金を使いすぎるのです。
なので、自炊するといっても本当に簡単なものです。
鍋も使わないような丸焼きだとか、簡単な塩を振った食べ物ですとか……まぁ調味料は高い上に少ないのでそれを買うものも少数でしょうが。
それなら安くお金を払って食事処で食べた方がずっと美味しいし安上がりというわけです。
腕も磨かなければなりませんしね。
まずいものばかりを食べていては日々の依頼にも身が入らないでしょう。
「まっ、冒険者の先達として忠告をさせてもらうとまずは強くなることだな。自炊はもっと稼ぎが安定してから考えた方がいいんじゃないか?」
「……………………」
「……えと、ラン? 何か言わないと失礼だと思うんだけど」
「なあに、別に構わんさ。通りすがりが変なことを言っただけだからな。邪魔したな」
二人を残してコウガ君が店を出る。
何だか不穏な空気でしたが……コウガ君、よくやってくれましたね。
いい仕事をしてくれました。
去り際にコウガ君に小さく頷いて、視線だけで軽く挨拶を交わしてから二人の見守りに戻る。
レンくん、ランちゃん、これでめげてはいけませんよ?
これからあなたたちは冒険者となるのですから。
「………ねぇ、レン? 先生だったら、どう言うかな?」
「どうかな……先生なら、普通にご飯だって作っちゃうかもしれないし、僕たちとは違うだろうし」
「……うん、そうね。先生は、すごいものね」
私を持ち上げる二人の会話が、今ばかりは少し心苦しく感じられてなりませんでした。
ごめんなさいね、二人とも。
自炊に関して私がもっと教えておけばこんなことにはならなかったでしょうに。
反省すべき事柄でしたね、これは。
大幅に変更を施しました。
話の筋は変わりませんのでそのままお読みください。




