第36話 街に慣れてきたレンくんのある日の朝
この街に来て何日かが経った。
生活にもだいぶ慣れてきたように思う。
先生から貰った資金は底を尽き始めてしまったけれど、拠点になる宿屋も決めた。
生活に必要なものも揃えた。
新しい生活にはお金がかかるなんて先生からも言われたけど……本当にそう思う。
実は覚えていた財布の中身じゃちょっと足りないくらいだったんだよね……買い食いをたくさんしちゃったからさ……
多分、先生がこういう事態も見越して入れておいてくれたんだろうね。
お財布の、お金を入れた覚えの無い位置に幾らか入っていなかったら凄く危なかった。
「未来予知でも、出来るのかな……」
ありがとう先生。
ここで感謝しても先生には伝わらないだろうけど……やっぱりそう思わずにはいられないよね。
今の僕と、それとランがこうしてあるのは先生のおかげだから……
「いらっしゃいませぇ!串焼きを一つですね!すぐにアツアツをご用意しますので!おい、レインディス君」
「あ、はい!すぐに!」
「頼むよ。これからお昼が近づいてどんどん忙しくなるからな?ぼっとしてる暇はないぞ?」
「はいっ」
店主の人に言われて串焼きを焼き始める。
今は日雇いの仕事をしてる最中だった。
お金、ちょっと危うくなってきたからね。
ずっとやるつもりはないんだけど……ある程度は初期費用としてまだ稼いでおきたいから色々と動き出す前にお金を持っておきたいんだよね。
「おまちどうさま!出来ました!」
「おう!やっぱり、君は筋がいいな!レインディス君!正式に俺の元で修業をしてこの屋台を継がないか?」
「あ、はは、それはちょっと……興味はあるんだけど、他にやりたいこともあるから」
「そうか……まぁ、君には可愛い彼女さんも居るからな!そう簡単に即答は出来んか!はっはっは、若人はいいなぁ。女ってのは男の原動力だものな」
「……はぁ」
わっはっはっと豪快に笑ってから店主さんが待っているお客さんに「おまたせしました!出来立てですよ!」といって今しがた僕が焼いた串焼きを渡していく。
どういうことなんだろうね?
最近こんなふうに言われることが多くなった。
彼女さん……ってのは多分ランのことを言ってると思うんだけど。
何を言ってるのかは分からない。
そりゃ一緒に先生のところから出てきて旅してるんだから傍に居るけど……うぅん。
ランが僕の原動力?
可愛い彼女さん?
別に僕の原動力はランじゃないけどなぁ……強いて言うなら先生だ。
先生から受けた恩と期待、そして僕自身がした約束。
それが僕を動かす力となって日々を活かしている。
そう、確実に言える。
まぁ、ランが可愛いかと言われたら……まぁ、そう見えるのかな?
ってくらいは思うけど。
旅に出てから知ったんだけど、ランって人目を惹くんだよね。
僕だけじゃ見られない。
先生のところで丁寧に手入れされて、今も手入れを継続している髪の毛はその辺りでは見ないほどにサラサラと流れるようで綺麗だし……お日様に晒されるとまるで光を反射するかのようにキラキラと輝いて見えるんだよね
『……なんか鬱陶しいわね。ジロジロみてんじゃないわよ、まったく』
と、当のランはそんな感じでむしろ嫌そうにしてたけど。
服も先生が用意してくれたランの身体に合う凄く綺麗で良質なものだし……ローブだからあまり目立たない感じではあるんだけど、胸の大きさって男の人は結構気になるみたいなんだよね。
僕はもう、特に何とも思わないけど。
あぁ、小さい頃は何でこんなふうになってるんだろ? 邪魔じゃないかな?とかは思ったけど……
男の子と女の子で身体は違うのですよ~、と先生に優しく言われてからはそういうもんだと納得もした。
だから、まぁ僕もそういうことはなかったし、先生も特に気にした感じもなかったから知らなかったんだけど……
胸の部分が盛り上がってるのを見て、何だか目を見開くんだよね。
たまに暑くてローブを脱ぐことがあるんだけど、そういうときはよっぽど顕著だったよね。
通り際にランの大きな胸をチラ見して、それから驚いたようにもう一度見て……それが鬱陶しいのか、ランはすっかり宿に引きこもるようになってしまったんだけどね。
ローブも滅多に外さない。
先生から貰ったものだから大事にしてるっていうのもあるんだけど……
こうして一人で屋台で労働をしていると思うこともある。
「ランも、一緒に働いてくれればいいのになぁ……」
ぼそりと漏らした僕の声に店主さんががっはっはと大きく笑った。
「おぉ、レインディス君は共働き志望かい?はは、ならいい。彼女さんも連れてここで働けばいいさ」
「うん、そうしたいんだけど、中々……ランが外に出たがらなくって」
「ほぉ、一人で頑張って稼いでこいって?」
「うん、わたしはここで色々と準備してるからやってこいって」
「そうかそうか。まぁ女を養うのも男の甲斐性だからな。夫婦になる前の練習だと思って頑張るしかないなっ」
「……はぁ」
夫婦になる前の練習?
この店主さんとはちょっと仲良くはなったんだけど、話がまれに変な方向に行って妙な感じで終わることが少なくないんだよね……よく分からないから反応に困るっていうか。
夫婦、かぁ……考えたこともないや。
先の話過ぎてどう思えばいいのかすら分からない。
いつかは結婚をする、大切な人を見つけなさい、なんて先生にも言われたことはあるけど。
「結婚かぁ……店主さんはもう結婚してるの?」
「ん?俺か?それがな……はっはっはっ、とんと縁が無くてな!あんなことを言った手前、説得力がないが結婚できる見込みがない!どうやって女と話していいのかすら分からん!」
「え?でも、お店に来る人とは普通に話してるじゃないですか?」
「おいおい、事務会話とそういうのは別物だって!可愛い女の子が傍に居て、将来も安泰そうなお前さんには分からんだろうがな!女って、男の何が魅力的に見えるんだ!」
「さぁ……僕も女の人とは、ラン以外とは話さないしな~」
「だろ?まぁ、そういうこった!お前も少しは自分の幸福を噛み締めろよ? この街の若い男どもはお前さんに嫉妬してる奴が割と多く居るんだからな!」
「そうかな……」
「そうそう、そういうもんよ……っと、お客さんだ」
「「いらっしゃいませ~!」」
口を揃えて挨拶をする。
屋台でのお仕事、これはこれで面白くって悪くない感じだった。
ずっとはやってないと思うけど……いいよね、こういう人と人との交流って。
「お?お前は!最近、街に来たかわいこちゃんと一緒のっ!」
「おお、さっそく名指しだぞ!人気だなぁ、レインディス君!」
「えっと、どちら、さまで?」
「初対面だ!」
曖昧に笑いを返すしか出来ない。
何でこんなに話しかけられるのか、正直よく分からなかった。
そんなにみんな、ランが好きなのかな?
「なぁ、おい!どうしたら俺もお前みたいに可愛い女の子とお付き合いできるようになるんだよっ!教えてくれぇっ!」
「えぇと、そう言われても……物心ついた頃にはずっと居たし、一緒に暮らしてたから」
「なにぃっ!子供の分際で同棲までしてただと!何て羨ましいぃぃぃっっ! 俺にも!俺にも誰かかわいこちゃんを!」
「えっ?そう言われても……あ!ユリィとかは?可愛いと思うんだけど」
「馬鹿野郎!あんな大口ばかり叩いてるような物騒なバカ娘願い下げだ! あいつがこの街でどれほど騒動起こすか分かってないのか!?」
「いや、バカ娘って……それ以外はまぁ、反論しようがないけど」
「くそぉ……幼馴染か?幼馴染だな!一緒にっ暮らしてたってことはそういうことだな!俺も今から幼馴染を作ればいいのか!?もう二十を超えてるがどうやって作ればいいんだ!?」
「いや、それって……幼馴染、なの?今から作るとか無理なんじゃ」
「知ってるから喚いてるんだろおおおおおっ!」
「あ、はは、えと、ご注文は?」
「串焼きを二十っ!」
「まいどありっ」
何だかとても賑やかな人だったね。
何がそんなに必死にさせるんだろう?
僕には良く分からなかった。
そんなふうに頑張って屋台で仕事を頑張っている途中。
妙な話を聞いた。
屋台に来たわけでもない通りすがりの人がしてた話なんだけど、ね。
最近、原因不明の意識昏睡になる人が後を絶たないらしい。
「また見つかったらしいぞ。最近多いな」
「うむ、なんでも……夜中に倒れてるようでな。朝には危険な状態であることも多い。外で野ざらしにされてる分、身体も冷え切ってしまうからのう……わしも少しばかり疲れた」
「そうか……大変だな。医者ってのも。まぁ稼ぎ時だと思って頑張るっきゃないな」
「これこれ……まぁ、それで金を得ているわしの言えた義理ではないがの。そういう不謹慎な物言いは止せ。患者に聞かれ取ったらお前さん殴られ取ったぞ」
「ほ~、そりゃ怖い。不用意な発言は控えるように肝に銘じておきますよ」
和やかな様子で通り過ぎて行く。
夜中に倒れる、か……何だか怖い話だね。
その時はそれくらいだった。
だって、僕にどうにか出来るような範囲を超えてるからね。
助ける、にしてもどうすればいいのかは分からないし。
原因も……人助けをしなさいって言われた身としてはちょっと心苦しいけどね。
どうしようもない。
近くで起きなきゃいいなぁ……
知らないうちに解決しててもう被害が起きないのが一番いいけどね。
その時はそんな他人事の感覚だった。
けど、それが他人事じゃなくなったのは屋台での仕事も終わって気分転換にランと外で食事をしてるときだった。
また、噂話が聞こえてきたんだ。
今度は冒険者から。
ダリルさんが先日路地で倒れてるのを発見されたらしい。
「……へ? ダリル、さんが?」
「ん、そう聞こえたわね。ふむ、見知った名前が出てくるのはあまりいい気分にはならないわね。こわいこわい」
「……こわいって言いつつ凄いどうでもよさそうだね」
「そうね。知り合いだけれど他人事だもの。あの人の問題でしょ?それより話を詰めましょ」
「……ラン、それはちょっと薄情すぎると思うんだけど」
「はぁ、あんたが気にしすぎなだけよ。それでわたしたちを取り巻く環境が改善できたら世話ないわ。わたしたちはわたしたちのことを考えないと」
「……それは、そうだけど」
今は自分たちの方が遥かに問題だから。
巷で起きている問題はどうでもいい。
ランの言うことも分からなくはなかった。
僕たちにだって生活はある。
他のことにかまけてる余力はない。
でも、それにしても僕は薄情だって思うけど。
ちょっと前に話して色々あった人なんだよ?
とてもじゃないけど、僕は欄みたいに割り切れはしなかった。
だって、知り合いだから……
「またしょうもないことで悩んでるわね。どうしようもないんだからいちいち考えるのをやめなさいよ」
「そう言われても……だって、ダリルさんだよ?見知った人が倒れたって聞けばそりゃ気になるよ」
「そうね。でも、わたしたちの生活に特に影響はしないわ。自分でどうにかするでしょ。向こうのことは向こうに任せて、こっちはこっちでやりましょ」
「……そう、かなぁ」
「そうよ。ったく、相変わらず損な性分ね」
ランが大きなため息を吐く。
僕にも分かっていた。
損だって。
でも、変えるなんて出来やしなかった。
僕はそういう人だから。
ランは昔からこういうところ僕と違ってハッキリとしてたけど。
今はやたらと薄情に見える。
多分、僕が今冷静じゃない証拠だと思う。
ランの性格なんて分かってるはずなのに、無関心さが僕には酷いものに感じられた。
「大体、気になるからってどうするのよ? 見舞いにでも行く?原因の解明に乗り出す?その間もお金は明確に減っていくわよ」
「そうだけど……」
そうだ。
こういうのが嫌だから、あの時僕はこういったことにも対応できるように余力を身に付けられるようにしようって思ったんだ。
まだ出来ていない。
まだ、強くなれてない。
そんな自分が口惜しく感じられる。
何かをしてあげたい。
「悩みだすと長いから面倒なのよね……割り切れるようになりなさいよ。店員さん、これお願い」
「はい、かしこまりました~」
疲れたように言って、ランが店員さんに飲み物を注文する。
それに、僕もついでに注文をして……溜息。
よく、ないなぁ……
こういうの、表に出しすぎるのって駄目だと思う。
ランにも迷惑がかかるだろうからさ……悩みや疑問、こういったことはなるべく自分一人で完結しないと。
「お待たせしました~」
「ん、ありがと。ほら、レン、あんたの分も来たわよ」
「あぁ、うん、ありがとう……」
ランから受け取って、気分転換に飲み物に口を付ける。
甘い……
そういえば、先生も僕が悩んでるとこうして甘いものを持ってきてくれたっけ?
少し気分が晴れたような気がした。
そうだよね……いかに辛くってもそれで自分たちが負担をおって、共倒れになるんじゃ、駄目だよね。
分かってはいるけど、力不足が恨めしい。
「ふぅん……その顔。少しは割り切れたみたいね」
「……まぁ、ね」
「ならいいわ。話の続きを」
「あっ!レンくんとランちゃんだ~!こんにちはっ!奇遇だねぇ~!」
「……続きをしたいのだけどね」
横合いから掛けられた声にランが出鼻を挫かれたように息を吐く。
ユリィは元気だね。
ランは嫌そうな顔をしたけど、僕はちょっと救われた気分。
重苦しいことばかり考えてたから、ね。
ユリィを見てると何だか僕まで元気が貰えるような気分になって……?
そこで、僕は妙な物に気が付いた。
「あの、ユリィ? ちょっと気になることがあるんだけど」
「うん?な~に?それよりまず、あたしへの挨拶が先だと思うんだけどぉ~?友達なんだよ?こんにちはって言われたらこんにちはって返してくれなきゃ」
「はぁ……その、やたらと『友達』を強調するのやめなさいよ。薄っぺらに聞こえるわ」
「ええ~?そう~?」
ひたすらに楽し気なユリィの声。
その姿を見て、ランも気付いたみたいだった。
その視線が、背中に向かう。
背中の……何だか見覚えのある大剣に。
あれって、ダリルさんに返してもらえなかったものだと思うんだけど。
「……あんた、その剣どうしたのよ?」
「ん?これ?ダリルから取り返したんだよ? いいでしょ~? ぷぷぷっ、ダリルの奴めぇっ!取り上げた割にすぐ取り返されてどんな気持ちかなぁっ!ぎゃはははっ」
耳障りな笑い声……ちょっと酷いけど第一印象でそう思ってしまった僕を誰も責められないと思う。
ユリィはひたすらに得意げだった。
可笑しくてたまらないと言った様子で高笑いをして、それから誰かを殴るかのように拳を空へと繰り出し……また得意げに笑う。
何だか、嫌な予感がしてきた。
ダリルさんは恨みを買うような酷い人ではなかった。
駆け出し冒険者の身を案じる良い人だった。
けど、恨む人も居るには居る。
それは被害を被ってまだその意味も理解していない駆け出し冒険者で……そう、具体的にいえばユリィとか
「あの……えと」
「うん?どうしたのぉ?レンくん?」
「…………取り、返したの?」
迷った挙句、それしか言えずに妙な雰囲気になってしまう
だって、そんな……酷い疑いを友達に掛けるなんてしたくなかったから。
それに、こういうのはまず確認からしないと。
「うんっ、そうだよぉ。取り返したのっ!やっぱり持つべきものは持ち主の元に帰るってことなんだろうねっ!ぷくくっ、あたしから取り上げたくせにっ!なんて無様でみっともないっ!ば~かば~かっ!きゃはははははっ」
「うっさいわよ……居ない人間を罵倒してんじゃないの。それより、あんたどうやって取り返したのよ? ダリルは意識昏睡状態だってさっき聞いたわよ? あんた、まさか」
「っ、ちょっと、ラン!」
「うっさいわね。こういうのはハッキリと聞いちゃうのが一番早いのよ。昏睡状態はあんたの仕業?闇討ちがどうとかってよく言ってたけど、本当にやったわけじゃないでしょうね?」
「ちょっとちょっと!流石にその物言いは」
「うっさいわね」
慌てて声を掛けるも軽くあしらわれてしまう。
ランは真剣な様子でユリィを見つめていた。
流石に言いすぎだよ、って僕もランの方に責めるような視線を送ってしまうけれど。
ユリィはそれらを気にしたふうもなくキョトンと首を傾げた。
「ふぇ?昏睡?」
「…………」
ジッと視線を送り続けるランに、僕も視線を注ぐ。
これは、分かってないね。
いったいどうするのさ?
って、目で圧を掛けていってるんだけど。
ランはまだユリィから視線を外さなかった。
はっきりと聞くまでは止めない、そんな強い意志を感じる瞳だ。
ランってこういうの白黒はっきりつけなきゃ気が済まない性格だからね。
まったく……後で謝るように言わなきゃ。
「ふぅん、昏睡、かぁ……それはあたしじゃないね。だって、意識が無くってそれでどこかに居るんでしょ? ふぅん、不思議なこともあるもんだね」
「ほら、ラン。だから、言ったじゃん……」
こういうのよくないよ。
そう窘めようとしたところで、もう一声聞こえてきた。
「うん、だって息の根を止めたはずだもの。不思議だよねぇ」
「…………は?」
「…………」
ランは何も言わなかった。
ただ躊躇いがちに口を開いて……
「じゃあ……その、つまり、本当に闇討ちをしたわけ?」
「うん。油断してたのかな? 思いのほかあっさり終わっちゃってびっくりしちゃった~」
「…………えと、ユリィ?僕も念のため聞きたいんだけど、それっていつくらいの話?」
「うん?そうだねぇ~」
思い出すようにな仕草で言われたそれは、ダリルさんが倒れただろう日とピタリと一致していた。
「…………」
「…………まさか、本当に犯人だったとは思わなかったわね……」
「うん?二人ともどうしたの?暗いよ~?」
いつもなら憎まれ口の一つも叩くだろう言葉にランですら何も言わない。
重苦しい雰囲気が漂っていた。
僕もそうだ。
疑ってはいたけど、まさか本当にそうだとは思わなかった。
むしろ違うって言って欲しくて聞こうとした。
それなのに……
「……」
「……」
「だから、どうしたの~?暗いよ~?」
ユリィは無視してランと顔を見合わせる。
こういうとき、どうしたらいいんだろ?
自警団に連絡、かな?
でも、ユリィは友達なんだ……そんな突き出すような真似は。
考えが堂々巡りする。
こんなことを考えるのは辛かった。
ユリィが、そんなことをするなんて思ってもみなかったから……本当にどうすればいいんだろ?
友達だから……この言葉が頭を巡って離れなかった。
友達だから、付きだすような真似は……さっきも思ったこと。
でも、だからこそ償わせるのが本当の友達?
分からない。
ダリルさんは死ななかった。
つまりユリィの行動は未遂に終わったわけだ。
でも、うん……傷付けたことには変わりないから。
やっぱり……
そう、考えかけたところで愉快そうな笑い声が聞こえてきた。
「お前さんたち、こいつの言うことを気にしちゃあいけねぇよ。いつもこんなふうに物騒な大口を叩くんだ。闇討ちをしたとか、復讐をしてやるとかそんなことをギルドで何度も聞いたしな」
「え?あ、それはまぁ……よく聞くけど」
「二人はこいつの友達かい? こいつはなぁギルドでも屈指の問題児でなぁ。その背中の御大層な剣もきっとダリルから取り返しただとかそんなことを言ったんだろうがよ」
ビシッと冒険者風の男の人がユリィの背中を指してそう言う。
言った。
確かにちょっと前に聞いた。
それでまたその男の人は愉快そうに笑った。
「こいつがそんなこと出来る技量かよっ。ダリルの奴はな、倒れたら奪った装備品は持ち主に戻して欲しいって周りに頼んでたのさ。だから俺たちは今こうしてるってわけ。そこの問題児にもさっき渡したよ」
「うん、貰ったよ。だから言ったじゃん、ちょっと前に取り返したって」
ユリィが悪びれもせずに同意した。
それは……取り返したって言わないよ……
何だか全身の力が抜けるような気分だった。
「……はぁ、紛らわしいわね」
「んぅ?何がぁ?」
「うっさい」
剣呑な返しだけれども、ランも僕と同じ気持ちなのが見て取れた。
ランもその辺り気を揉んでたもんね。
そうなると、さっきの話も一気に形が変わってくるようだった。
つまり、ダリルさんはユリィとは関係ないところで倒れて、ユリィはそれを大げさに言ってたわけだ。
で、何かしょうもない攻撃でも加えて、動かないから息の根を止めたなんて大げさに言って……こういっちゃなんだけど、子供みたいで微笑ましいことだったんだろうね。
「まぁ、そこの問題児の言うことは話半分に聞くこったな。真に受けてたらまともにこいつと接してられねぇよ」
「んん? あたし、あなたたちと接した覚えはないけどな~」
「だって問題児だからなぁ、そりゃ接したくはねぇよ」
「わ~、失礼~。レンくん、ランちゃんっ! 聞いたよねっ!あたし今酷いこと言われたよっ、一緒に復讐しよっ復讐っ」
「はぁ……あんたはまたそういう……一人でやりなさいよ、紛らわしいことを言うんじゃないの」
「うわ~、ランちゃんも辛辣だよぅ~。レンく~ん、慰めてぇ~」
「猫なで声ですり寄ってくんじゃないわよ……」
寄ってくるユリィを手で押し留めて、ホッと一息つく。
悩みが一つ解決した気分だった。
良かった……僕も友達を自警団に付きださなくて済んだよ。
うん、それは良かったんだけど……そうなると気になることがまた一つ別に出てきてしまった。
元々気になってたことが湧きだしてきた形だ。
「あの、ダリルさんは?」
「ああ、割とすぐ目を覚ましたらしいぞ。それだけじゃなくって、な。プププ……こっからが驚きなんだがな」
「驚き?」
「おうよ、献身的に解放してくれた女性に惚れ込んだらしいぞ。それも一回り以上年上のおばはんにだ。何も出来ない自分に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる姿に母の愛と温もりを思い出したなんて意味の分からんことを言って……」
「…………うん?」
何だか、良く分からない話の展開だった。
ダリルさんは近々その女性と結婚するらしい。
僕たちも会ったことがある、大家さんとだ。
冒険者稼業も完全に引退するらしい。
えと、おめでたい、でいいのかな?
多分、そういうのが一番正しいと思う……話が急すぎてちょっと付いていけないけども。
まぁ、無事ならそれでいいよね?
「じゃ、お前らもその問題児の言うことは真に受けるなよ~」
「あんまり変なことを言うようだったら俺たちに相談しなぁっ、いつでも力になってやるからよっ」
「あ、はい、ありがとう、ございます?」
「はぁ、なんだか可笑しな話になったわね」
僕らに注意するように呼び掛けて冒険者の人が去っていく。
よかった……本当に、何にもなくて。
本当良かった……そうは思うんだけど、ね。
色々あり過ぎてちょっと疲れたってのが正直なところだった。
ここまでの気苦労は、いったい何だったんだろうね?
「じゃあ、あたしももう行かなきゃ。依頼をやらなくちゃだから、ね!」
「あっそ、さっさと行きなさい」
「あ、うん、頑張って」
「ひど~いっ!何だか適当だよぉ~!もっと真剣に声を掛けてっ!」
「あ~、もううっさいわね。こっちは無駄に気苦労して疲れたのよ。壁とでも話してなさい」
「うぅ~、あたしこれから本当にいかなきゃいけないのに~!」
「はいはい……」
とはいいつつも、ユリィは僕たちが座る席に腰を掛けてきた。
何か軽く飲んでから行くつもりらしい。
さっきはもう行かなきゃって言ってたのに……
「ん~……ねぇ?二人とも冒険者にならない?それで、あたしと一緒に冒険するのっ1どう?きっと楽しいよ?」
「冒険、ねぇ……悪くはないけど。あんた駆け出しでしょ?やることなんて薬草採取と弱い魔物の退治とかそんなのくらいでしょ? それくらい一人でこなしなさいよ」
「ええ~、やることに意義があるんじゃ~ん!ねっ?レンくんはそう思うでしょ!」
「それは……えと、どうかな?」
「どうかなって、なに~!?」
ユリィが騒がしく声を上げる。
賑やかだね……さっきまで殺伐としてたからちょっと癒されるかも。
まぁ、ユリィの腕前的に考えて一人でこなして腕を磨いて欲しいってのが僕としても正直なところだから、あまり好意的なことは言ってあげられないんだけど。
「そんなことより、そろそろ行かなきゃいけないんじゃなかったの?大丈夫?」
「だいじょ~ぶ!とりあえずここで飲んで……」
「お待たせしました~。ご注文の飲み物です」
「はいはいっ!ふふ、きたきたっ」
飲み物を持ってきた店員さんから直に受け取って、口に流し込む。
一気だ……こういうの、ゆっくりと飲んだ方が楽しいと思うんだけど。
完璧に飲み干して、机にダンと大きな音を立てて置く。
中身は綺麗に空っぽだった。
「ごちそうさまっ!じゃあ本当に行くからっ!じゃあねっ!」
「あ、うん、バイバイ」
「勢いでお金誤魔化そうとしてんじゃないわよ……払っていきなさいよ」
「あ、そうだった」
外へ行きかけたユリィが戻ってきてお金を置いてからまた出て行く。
勢いよく開けられた扉がキィキィと耳障りな音を立てて揺れる。
それも完全に収まったころには、なんだか一気に静かななったように感じられた。
「行ったわね」
「そう、だね……」
二人して黙々と飲み物に口を付ける。
何だかほんのちょっとの間なのに、凄い疲れた気がしたから。
少し、無言で、お互いに時間を過ごす。
それから、十分に一息も付いたところでランが小さく息を吐いた。
「……ねぇ、レン」
「なに、ラン」
「ん……この先のこと、なんだけどね」
カップの縁をなぞる。
少しばかり言いづらそうだったのは、さっきのユリィとの会話のせいだと思う。
冒険者について、今まさに話してたから。
「そろそろ冒険者、やってみない?」
「そうだね。僕もちょうどそう思ってた。冒険者、やろうって話してたし、ね」
「そうね。わたしも街に来る前からそのつもりだったもの。あの子には、ああ言ったけど……一緒にやるってのも何だか楽しそうだし」
「ふふ、そうだね」
気恥ずかしそうなランに思わず笑ってしまう。
話は決まりだった。
大幅に修正を加えていきました。
話の筋は変わらないのでご安心ください。




