幕間 闇の中
陽が沈み、辺りがすっかり静かになった頃。
入り組んだ路地の暗がりで一人の男が歩いていた。
「うぅむ、この辺りのはずだがな……」
男の名はダリル。
上級冒険者、盗賊のダリルとしてこの街の冒険者にはちょっと名の知れた存在。
しかし、その名に反して彼は別に嫌われているわけではなかった。
盗賊と名がついたのは、駆け出し冒険者から質の良い武器を盗むからだ。
だが、ただ盗んでいるわけではなくそれは冒険者としての今後を考えて、成長を促すために奪っているのであって時が経ち装備を取り戻した者たちは皆理解している。
こういう理由でやったのだと。
とはいえ、盗むことには代わりはないため意味が分からない駆け出しには蛇蝎の如く嫌われる存在ではあるが。
閑話休題。
そんなわけでダリルを恨む冒険者、というのはあまり多くはない。
冒険者のことを考えてやっていることが分かられているからだ。
だが、今回はそれには当てはまらない。
未だ装備を奪った意味を理解しないであろう、駆け出し冒険者からの呼び出しであったからだ。
「…………流石に暗いな」
こんなことはさっさと終わらせて早く帰りたい、とそう思う。
本音を言うのであればダリルとしては呼び出しを無視して家に居たかった。
だが、呼び出された以上はそうもいかなかった。
これはダリル自身が決めた身勝手な決まり事ではあるが、装備を奪い一時的にしろ嫌な思いをさせるのだからその相手には誠実で居たかったから。
「……ここ、であってるよな?」
暗がりの中、魔力で僅かに灯りをともして渡された紙を見る。
そこには地図が描かれていた。
そして、その地図は間違いなくここを指している。
この街の裏側とも呼ぶべき、入り組んだ路地の更に最奥……人も済まないような閑散とした行き止まり。
そこへ奪った武器を持って来ること、それが手紙に書かれた指定だった。
さて、何をするつもりやら……
腰に付けた武具がチャラリと音を立てる。
金属が擦れるような音だ。
相手は自分のことを目の敵にするような奴で、何のために呼び出したか想像は大体できるけどダリルは警戒しなかった。
あいつ程度の腕ならどうとでもなる。
そんな確信があったから。
「おい、来たぞ。居るのか?こんなところに呼び出して何のつもりだ? 返事しろ」
闇に向かって声を掛ける。
しかし、反応はない。
居ないのか?
首を傾げるが、その答えは頭の中には既にあった。
少なくとも、ダリル自身の感覚としてはこの場には他に人の気配など無いから。
あいつなら、そんな上等な気配遮断など出来ようはずもないから居れば分かる。
ダリルはまがりなりにも上級冒険者。
その実力は経験に裏打ちされたものであり、ダリル自身も自信があった。
ここには誰も居ない。
だが、妙な胸騒ぎがあった。
何もない、なのに何か起きるようなそんな気が……
「気のせい、か……?」
暗いせいで怖気づいたか?
自嘲気味に笑った後に、自分の武器へと手を掛ける。
警戒を、した方がいい気がしたからだ。
そのまま何もないまま一秒、二秒……数秒が経過して、何もないまま過ぎ去る。
そこでようやく武器から手を離して……直後、闇の中に光が生まれた。
「なっ……」
声を出そうとする、がそれ以上の声は出なかった。
何か、魔法で制限されているかのように声が空気へと伝播しない。
肩が何者かに押さえつけられていた。
動けない。
まるで金縛りにでもあったかのように、首も、肩も……まるで自分の身体でないかのように。
何かを吸いだされていくような奇妙な感覚と共に、虚脱感。
足元から昇る赤い光が強さを増していった。
動けない、意識が消えていきそうになる。
そして、自分の何もかもを絞りだされたかのような虚脱感の中、足元から昇る赤き光が粒子を空間に残して霧散して消えていく。
もう、立っていられなかった。
視界が真っ白になっていく。
そんな中で、ダリルは誰かの声を聞いた。
「ありがと、クソ人間」
意識が塗りつぶされていく。
最後の瞬間、ダリルは持ってきた剣が何者かに掴み上げられるのを見た。
「や、め……そ、れ、は」
止めようと伸ばした手がパタリと地面に落ちる。
そこまでがダリルの限界だった。




