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保護者同伴の勇者の旅路 先生いつまで付いてくるんですか?  作者: 樹里 灯
初めての街 その頃の先生
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閑話 その頃の山の涙さん

 煤だらけで物が無残にも散乱する山賊『山の涙』のアジト。

 真っ黒になって転がっている三人のうち一人がのそりと動き出す。

 動いたのはボスだった。



「うぅ、くぅ、ててて……くそ、どうなったんだ?あれから?」



 目が覚めてまず部屋の惨状を確認する。

 そこは酷い有様だった。

 飛び散った魔道具の破片が散乱し、発生した爆炎により幾つもの書類が燃え尽きている。

 不思議だったのはその中にあっても怪我や痛みなどがまるでない自らの身体のことであったが。

 それから記憶が途切れる直前までのことを思い出して、ボスは溜息を吐いた。


「こりゃ……借金は踏み倒されちまっただろうな」


 結構な額だったんだがな……

 ぼやくように呟いて、近くに倒れている二人の身体をゆする。

 肉体自慢のバハラス、情報担当のべリム。

 この二人はボスにとっては腹心とも言える存在で最も信頼をしていたのだが、この様だ。

 それを思い返して少し気分を沈ませながらも声を掛けた。


「おい、てめぇら、起きろー。アジトがとんでもないことになってるぞ~」


「う、うぅ……」


「っ、あれ?ここ、は」


 目を覚ました二人が辺りを見回して状況を把握する。

 その二人も当然、ボスと同じで煤まみれで真っ黒だった。

 惨めな姿、無残な部屋……それを見て二人も完全に思い出し、顔を顰める。


「あちゃぁ、ボス?どうやらこっぴどくやられたみたいですな」


「う、す、すまねぇ、ボス。俺が……俺があいつをどうにか出来りゃぁ、こんな……こんなことにはっ!」


「あ~あ~あ~、泣くなって。責めやしねぇよ。俺だって間近で見てたんだ、ありゃ抑え込めねぇよ。無理だよ、ったく」


 バリバリと頭を掻く。

 実際その通りだった。

 あんなのはどうしようもない。

 山賊の常として、自身も多少は荒事の心得があるためボスには分かっていた。

 バハラスは強い。

 それこそ、才能のある格闘家が真っ向から勝負を挑んできても努力の年月で正面から打ち勝つくらいには、そこいらの格闘家とは隔絶した腕の差が有る。

 それは多少は荒事の心得があるというボスも同じ、

 途方もない差が有る。

 それを理解しているからこそ、ボスはバハラスを責めるなんてことは出来なかった。

 切り札である魔道具まで使ってあれなのだから、他の誰にもどうにかすることなど出来ないのだから。



「おい、べリム。お前は途中で気付いてただろ?確か……レイフォルト、だったよな? 名前を聞いて分かったみたいだがよ、誰なんだよ?」


「あ~、それですかい。それに関してはあっしとしても確信ではないんですがね」


「んだよ、もったいぶんなよ、誰なんだ?本人の居る前じゃ話さない方がなんて言ってたがよ」


「そうだ、べリムっ!俺も……俺も知りてぇぞっ!この俺を軽くあしらったあの男は何者なんだぁっ!」


 気色ばんで掴み掛っていくバハラスにべリムが肩を竦める。

 しかし、それから特に躊躇いもなくその口はその言葉を口にした。


「勇者の教師ですわ」


「……は?」


「勇者の、教師だとぉっ?あれがか?」


「へい。まず間違いないかと、確認は取ってないし事が事なんであっしとしても信じられないってのが正直なとこなんですがね」


「そりゃそうだろうがよ、だっておめぇ」


 それはボスからしても同じことだった。

 何故ならそれは、ほとんど御伽噺のようなものだからだ。

 昔からある、子供の頃に聞くような英雄譚の一説。

 世界が闇に覆われたときにそれに立ち向かった勇気ある者たちが居た。

 その者は強大無比な真なる魔王を封印し、世界を暗黒から解放した。

 だが、魔王は死んではいない。

 魔族が居る限り魔王は乱立する。

 一人を倒して、それでおしまいではないから。

 だから、有事に備え山奥では勇者を育てる賢者が居た。

 世界に再び危機が訪れたとき、そこから旅だった勇者が世界を救うだろう、と。

 大筋としてはそんな話で、その山奥で勇者を育てる賢者の名をレイフォルトと言ったはずだった。

 はず、というのは普段は名前まで出てこないからだ。

 ただ、賢者とだけ呼称される。

 それがまさか実在してるとはにわかには信じがたいことであることは確かだ。

 しかし、ボスはそれもおかしくないと思えた。

 あの強さは異常だ。

 人が、あんな強さを強さを手に入れられるなんて到底思えない。

 御伽噺の存在そのものか、あるいはそれを名乗るほどに自信のある奴か、いずれにせよ相手が強いことに違いはない。


「……成程。成程な、そりゃ俺たちでどうしようもねぇわけだ。おとぎ話が本当なら何年も昔から生きてんだろう?勝てるわけがねぇよ」


「まっ、そうですな。それに関してはあっしも同意見ですわ。あれは隔絶した強さ、少なくともあっしにはそう思えましたぜ」


「あぁ……だがよ、それで何で本人の前で言うわけにはいかなかったんだよ?別に構わねぇんじゃねぇのか?」


「いえ、ボス。そうはいきやせん。仮にそうでなかった場合、成り済まされたら区別はつきやせんし、こちらに隙を産むことになりかねやせんからね。聞いたらまず動きが止まるでしょう?」


「……ふむ……まぁ、は? とは言うだろうな。お前のほうへ顔を向けて」


「でしょう」


 したり顔で言う。

 べリムの言うことはボスには分からなくもなかった。

 あの状況下……つまりバハラスに強行排除を命じて失敗し更に杖まで持ち出そうというあの状況では確かに一瞬の隙は命取りだった。

 緊迫した状況下でこそ、少しの空白が非常に惜しいことは魔物などとちょこちょこ戦うことのあるボスにも分かる。

 仮に近接戦闘の最中に、一瞬でも動きを止めたらどうなるか?

 それは、相手に一撃を貰うだろう。

 それも無防備な状態で、大きなダメージを受けることが予想できる。

 そんなのは確かにごめんだった。


「あれほどの実力じゃあな……ちょっとでも目を離せば手痛い仕返しを受けることは確実、か……まぁ、目を離さなかった今でも手痛い仕返しは受けたんだがな。借金は回収不可か」


「……まぁ、破棄は出来やすからね。紙を破いちまえば契約は無効ですからな」


「だろう?それから他にも色々と書類が燃え尽きてるしよ、幾らの損害になることやら」


 せめて、あいつの借金を回収できてればな。

 溜息、それと共に呟く言葉にべリムは周囲を見る。

 酷い有様。

 特に書類が燃えたのが痛かった。

 この商売、書面に残すことは非常に重要だからだ。

 相手に言い逃れが出来なくすることが出来る。

 その紙が無いというのは金貸しとしてはかなり痛い。


「アジトもこれだしなぁ。回収が出来ないとなるとかなりきついな。損失分をどうやって埋め合わせるか」


「いえボス。どうやら、その心配は要らないようですぜ」


「は?何で……」


 そこで言葉が途切れる。

 べリムの視線を探るとそこには予想だにしないものがあった。

 それはすでにあの二人によって破棄されたと思っていたもの。


「どう、なってるんだ?これ」


「さて……あっしには何も」


 そこにあったものは誓約書だった。

 それも効力を失っていないということがこれを書かせたボスにはぼんやりと分かる。

 手に取ると誓約書の一部が変わっているのが見て取れた。

 まず返済期限が変更されている。

 それに加えて利子も小僧に署名を貰った時と変わっているし、名前も……

 訝しんでいると、誓約書の裏から一枚の紙がパラリと落ちた。


『こんにちは。目を覚まされましたか?さて、山の涙さん。申し訳ありませんが、誓約書の内容を一部編纂させていただきました。皆さんは気絶をしてしまわれましたし、あまり良くないこととは思いますが、魔道具をこちらへ向けてきたりもしましたし、これくらいは構いませんよね? 誓約書の名前が間違っていましたので正しいものに直し、利子と返済期限に関しては常識的なものに差し替えさせていただきました。後々、コウガくんが返済にお伺いすると思いますのでその時はよろしくお願いしますね』



「……なんだ、これは?」


「なんでしょうね、これは」


 あまりの非常識さに絶句する。

 何が可笑しいって最初から何もかもおかしかった。

 誓約書を一部編纂した、とあるがまずそこからだ。

 そもそも、誓約書は改竄不可能なはずだからだ。

 書いた人間の魔力波長を覚え、書き終わればその魔力により記載された内容を記憶し手を加えることが出来ないもののはずだからだ。

 それを、変えた?

 まずそこが第一だ。

 そこからはもう色々と混乱する。

 何故そんなことが出来るのにわざわざ名前を正しくしたのか?

 返済期限と利子を常識的な範囲に、と書いてあるが普通だったら踏み倒す。

 というか、俺だったら名前が違うから無効だって主張する。

 などと、色々だ。

 何がしたいんだ?こいつ?

 少し呆れながら、苛立ちを解消するためにその紙をバリッと破いて地面へと放る。

 だが、あまり気は晴れないし意味は分からない。


「つまり……借金は、踏み倒されなかった、と」


「なんというか、色々と規格外な御仁ですな……ボス」


「そう、だな……」


 小さく呟いてボスはバハラスを見た。 

 未だに落ち込んでいる様子の筋肉達磨。

 奴は強いんだ。

 血の気が多くて喧嘩っ早くて、見た目通りのおつむの足らなさでいつもいつも馬鹿だとは思っていたが……その強さに関しては絶大な信頼を寄せていた。

 それほどバハラスは強い。

 遠距離から火球などで攻撃をしてくる魔法使いに一方的に距離を詰め、完勝を収めるくらいにはただの格闘家に収まらない強さを持っていることをボスは知っている。

 そのバハラスが、まるで手も足も出なかった。

 そんなのはボスにとっては悪夢に近かった。

 だからこそ、逆上をして本来は使ってはいけない魔道具『死の黒杖』なんてものも使ってあの得体の知れない男を排除しようとまでしてしまったわけだが……その魔道具はもう見る影もない。

 御伽噺の賢者に叩きのめされた、か。


「賢者さまにやられたって吟遊詩人にでも話したらネタ代だって少しはくれないもんかねぇ」


「いやボス、そんなのはまず信じてくれないかと」


「……ま、そうだな」


「くそぅ!何が賢者だっ!次こそは俺がぶちのめしてやるっ!!」


「そうっすかね……バハラスの兄貴ぃ、あっしはもう関わり合いになりたくはないんですが」


「ああんっ?」


 バハラスが床を叩きすごい剣幕でべリムを見るが、その表情が変わることはない。

 気乗りしない雰囲気。

 元気になったのはいいが……ボスも気分的にはべリムの立場だった。

 もう関わり合いになりたくない。

 アジトは黒焦げのボロボロ、魔道具の破片が至る所に飛び散っていて、自慢だった執務机も豪奢な椅子も完膚なきまでに壊れている。

 爆発でどれほどの被害が出ているか、考えたくもない。

 天井を見ると爆発の影響か、穴が開いておりそこから陽が射し込んでいるような状況。

 生きているのが不思議なくらいの状況だった。


 生かされた、んだろうなぁ


 誓約書を改竄し、わざわざ機能するようにして手紙まで置いておくほどの余裕があったのだ。トドメを刺すなんて訳もないことだ。

 しかし、あの男はそれをしなかった。

 

 俺たちなんて、ただの悪党なのによ……


 不思議なことだった。

 けど、それはいいことばかりでもなくて頭の痛いことが目下色々とあった。


「借金は返ってくるらしいが……ふぅ」


 赤字だ。

 アジトの修復、部屋の改築……戻ってくる金以上に出費がかさむのは目に見えている。

 それも表立って大工になど頼むことは出来ないから、裏の奴ら専門の業者に……それもこんなことになっている手前ものすごく足元を見られた価格を要求されるだろう。

 それ以外にも損失は大きい。

 部屋にあった書類はほとんど焼け焦げてしまった。

 折角集めた色々な情報資料も失われてしまった。

 ここから持ち直すのには相当な時間がかかる。


「…………面倒だな」


 しかし、諦めるわけにはいかなかった。

 山の涙にとってここは居場所だから。

 これしかないから。


「とにかく俺はやるぜっ!あの野郎のにやけた面に一発ぶち込んでやるんだっ!」


「いやぁ……見てた限りですがねぇ、そいつは無理じゃないですか兄貴ぃ。全然当たるところが想像できませんし、相手はあの御伽噺の賢者っすよ?」


「うるっせぇっ!やるといったらやるんだよっ!そんな作り話のジジィの話なんぞ知るかっ」


「いやいや、兄貴?実際に殴りかかって手も足も出なかったじゃねぇですか?何言ってるんすかい?」


 ったく、こいつらは楽しそうにくっちゃべりやがってよ……

 バハラスとべリム、喋る二人をチラリと見て舌打ちをする。

 正直なところ少し羨ましかった。

 自分も何も考えずにこんなふうに喋っていられたらどんなに楽だったか……

 だが、混ざるわけにはいかない。

 そのことはボスである自分自身がよく分かっていた。

 自分がボスだから、自分が立て直さないと。


「おい、べリム!バハラス!何を楽しそうに喋ってやがる?早速次の仕事に取り掛かるぞ!!」


「……え?そりゃあ、ちょっと無理じゃねぇですかい?ボス。まずアジトの復旧を」


「おっ、いいぜ!ボス!俺はちょうど身体を動かしてえとこだったんだ!どこ行きゃいいんだ!?」


「そうだなぁ、んじゃあそこの貴族からまた金をむしり取るか。そしたら次は通りで人にぶつかっていちゃもんつけて金をだまくらかして、店の商品にケチつけて金を要求して」

  

「うわぁ、なんすか?その三下のチンピラのやりそうなことは?あっしはごめんですぜ?」


「うるせぇ!出来ることからやってくんだよっ!」


 いまいちやる気のないべリムを一喝する。

 三下のチンピラ?

 そんなことは分かってた。

 上等じゃねぇか、こちとら今はそのチンピラ以下なんだ。

 アジトはボロボロ、今までのノウハウが書かれた書類も消失、手元に情報は一切なし。

 しみったれた街中のチンピラを馬鹿になんか出来ない。

 けど、だからこそだ。

 また這い上がる。

 山賊団『山の涙』はその名の通り山に来たアホに泣くほど借金をさせるような組織になってみせる。

 そのために今できることなんてのは一つしかなかった。


「恥なんか捨てちまえっ!どうせ元から悪党なんだ、悪いことをしに行くぞっ!」


「あ~、へいへい……出来ることからやる、昔もボスからよく聞きやしたね」


「はっはぁっ、俺は懐かしいぜっ! 街でくすぶってた頃を思い出すってもんだっ!」


「おうよっ!また始めていくぞっ!俺たちが『山の涙』だっ!」


 三人は街へ繰り出す。

 山賊団を建て直して大きなものとするために。

 出来ることをやりながら。





『おいこらぁっ!山賊どもぉっ!!逮捕しに来たぞっ!観念しろぉっ!』


「おっ!?やべぇ、てめぇら!逃げるぞっ!戻れ戻れっ!」


「ちっくしょおおおっ、きたねえぞっ!自警団のやつらあああああっ!アジトから煙が上がるのを見て、やってきやがったなぁぁぁあぁっ!」


「……はぁ、あっし、クサい飯でもいいんで衣食住を最低限保証してくれそうなあいつらんとこ行ってもいいっすかねぇ?」


「そんなもん俺が後で幾らでも保証してやるから今は走れぇ!」


 さしあたって今まず出来ることといえば、逃げることくらいだった。





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