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第38話 ギルド

結局レンくんとランちゃんは何も買わずに店を出てきてしまいましたね。

 お店に迷惑を掛けただけになってしまいました……

 自炊、ですか……心がけは立派なのですけど、もう少しよく教えてあげた方がよかったでしょうかね?

 若干の後悔を抱きつつレンくんとランちゃんの後方を付いて行く。

 周りを見渡すとそれとない感じでコウガ君も歩いていました。

 ふむふむ、感心感心。

 しっかりと私の言いつけた訓練をこなしているようですね。


「ん……買うものはこんな感じでいいかしら」


「そうだね。昨日までで大体揃ってたし、消耗品も……うん、これで……」


「ありがとうよ、またおいで」


「あ、はい!ありがとうございますっ」


「……あんた、やたらとお店の人たちと仲いいわよね?何で?」


「それは……ランと違って僕は外で色々やってたから」


「ふ~ん」


 ランちゃんてばどうでも良さそうですね……

 私はレンくんの方を見守っていたので知っていますが……レンくん、真面目にアルバイトをしていましたからね。

 この近辺の人たちには顔が知れているのですよ。

 礼儀もなっているし、生来ののんびりおっとりした部分も好意的に受け入れられて、おじさんからもおばさんからも受けが良いですし。

 ふふ、私も見ていて鼻が高いものです。

 レンくん、よく頑張ってますね?


「ランも外に出たら分かるよ。みんないい人たちばかりだし」


「おうっ!レインディス君じゃないか!今日は彼女と御散歩かい?」


「あっ、屋台のおじさん!ええっと、彼女……?はよく分からないけど、うん!今日はちょっとギルドに用事があって!」


「ほう、そうかい!ギルドの奴らは荒くれものが多いから気を付けるんだぞ」


「は~い」


「……すっかり馴染んでるわね」


「まぁね、良く分からないことは言われるけど」


「まぁ、そうね……彼女……ふぅん、どういう意味かしら?そりゃわたしは女の子だから彼女って形容になるでしょうけど……先生なら分かるかしらね?」


「ん~、どうだろ?聞きに行くことも出来ないしなぁ」


「……まぁ、それは、そうね」


 ちょっと寂しそうに呟くランちゃんに心が鷲掴みにされたような気分に陥ってしまいました……

 うぅ、私はここに……すぐ傍に居るのですが。

 もどかしい。

 ただ、聞かれたからといって教えるのもちょっと二の足を踏む内容ではあるのですけどね。

 情操教育の方面になりますからね……私とレンくんとランちゃんと、三人で閉鎖環境で暮らしていたので成長するにつれ他の子たちと話して自然と理解をするようなそっち方面のことがからきしなのですよね。二人とも。

 結婚とかその辺りに付いてはさらっと教えはしたのですが、ね。

 愛し合う男女が最後に行きつく神聖な行い、と。

 綺麗な形で、素晴らしいことだと思うように。

 まぁ、現実にはそこまで夢のような話ではないのは承知していますけどね。

 子供の時分はこれくらいロマンティックに思っていた方が良いと思うのですよ。


「ランは、部屋に籠っていて何か進捗はあったの?」


「そうね……まぁ、魔法の開発とか、魔力行使の修練とかはそこそこいい感じになったとは思うけど」


「へぇ、ランは真面目だね」


「暇だっただけよ」


 ランちゃんが右手をレンくんの方にかざして、その五指にそれぞれ小さな属性魔力を顕現させて見せていく。

 火、土、風、水、雷、氷……本当はここにもう一つ光の属性があるのですが、まだランちゃんは使えません。

 あれは魔力行使を続けていったり、成長をするにつれて自然と使い方が身に付いていく物ですからね。

 その内に習得することでしょう。

 この中でも雷と氷は応用の魔力属性に当たりますね。

 基本は火と土と風と水……その中でもランちゃんが得意なのは風の属性で次点で水というわけです。

 属性を用いない魔力本来のエネルギーを相手にぶつけるような魔法系統もありますが……まぁ、そこは今はいいでしょうかね。

 あれに関しては使用者の魔力量などがダイレクトに威力に直結していくような、技術うんぬんだけではどうにもならない範囲になりますから。


「へぇ……滑らかになったね」


「でしょ?わたしとしては上々だったと思うわ。まぁ、いつも楽しそうに帰ってくるあんたほど充実はしてんかったけど」


「あ、はは、だって外に行くのって色々楽しかったし」


「そうね……ちょっと行ってみたいとは思ったわよ」


「うん、出ればいいのにって思ってた」


 ランちゃんの方はその時ライちゃんにお願いしてたのですよね。

 特に報告も上がってなかったので特別なことはなかったはずですが……頼むときとても嫌そうな声をされましたね。 

 いやはや、それでも頼まれてくれる辺りライちゃんもなんだかんだで私の教え子ですね。

 先生の頼みを断らないのですから。


『……まぁ、いいだろう。そっちの方は動かんからな。片手間で仕事も進めてても構わんだろう?』


 なんて言って。

 お仕事は捗ったのでしょうかね?

 まぁ、その辺りはライちゃんの責任の範囲なので私の気にするようなことではありませんが。


「そう、ね……でも、やっぱり出たら出たで鬱陶しいわね」


「……あ、はは、また?」


「そうよ、さっきも通り際にわたしの胸のあたりをチラチラと見てきて、何なのかしら?この、先生に貰ったローブに文句でもあるわけ?」


「どうかな?おっきいから気になるだけだと思うけど」


「そういうものかしらねぇ……ただの男女の違いでしょ?」


 そう言ってランちゃんはレンくんの股間のあたりに視線をやり、不満げに目を逸らしていく。

 わたしがこんなに鬱陶しい視線を受けてるのに、あんたは何で何もないのよ、不公平よ……とまぁ、ランちゃんの気持ちとしてはそんなあたりでしょうか?

 男女の違い、そうですね。私はそう教えましたから。

 ランちゃんが胸を注目されて、それで意識が行くのは男にしか付いていないものと、そうなるでしょう。

 ううん、こういうのを見ていると微笑ましいですが不安になりますね。

 情操教育、ちゃんと施しておいた方がよかったでしょうか?

 しかし、私自身が男ですからね。

 その辺りデリケートな問題になるのですよ……誰かに今度頼んだ方が良いでしょうかね?


「わたしばっかりこんな見られて不公平よ……何であんたは平気なわけ?」


「そう言われても……ランと違って、僕のは目立たないから」


「わたしのが目立つって言いたいわけ?」


「だって、現に目立ってるじゃん?」


「……チッ」


 あからさまな舌打ち。

 その視線は通行人の女性に向けられていました。

 その胸のあたり。

 街に来て、その辺りの自覚も芽生えてきたみたいですね。

 他の女性に比べても自分のものが大きいと分かっているからこその舌打ちなわけです。

 あちらの方からしたらたまったものではないでしょうがね。


「え、何?今の……」


「こわ~……すっごい可愛い子なのに、なんだかもったいないねぇ」


「そうね」


 刺すようなランちゃんの視線。

 それを感じて、胸を隠して女性たちがそそくさと去っていきました。

 注目されて何の不満があるのよ?

 と、通り際にもぼそりと聞こえてきましたが……

 女性に関する胸の話……これも私には教えられることではありませんでしたからねぇ。


「はぁ、わたしもあれくらい胸が小さかったらいいのに」


「……あの、ラン?何だか道行く女の人たちが凄い目で見てきたけど」


「そうね。先生の家には女の子ってわたしだけだから分からなかったけど、皆、わたしと同じくらいじゃないのね……何だか、不公平よね」


「……あの、ラン?更に凄い目で女の人たちが見てきたけど」


 ふむ、まぁごくたま~に……今は廃村みたいな有様になったサンワ村に連れてきた時も同じ年頃の子とは交流がありませんでしたからね。

 ふくよかで恰幅の良い、必然的に胸も大きくなりがちなおば様とか……二人よりももっと小さい、まだ性差が出始める年齢ではない子たちとかでしたからね。

 仕方ないといえば仕方ないでしょうが……


「ちょっと!さっきから何!?あんた、ちょっと可愛くて格好いい彼氏が居るからっていい気になって!」


「……誰?」


「そっちこそ誰よ!胸が大きいからって自慢してんじゃないわよおっ!くうぅぅぅぅっ、レインディス君のこといいなって思ってたのにぃっ」


 泣きながら走り去っていく。

 そんな彼女はランちゃんと違って慎ましやかな胸をした女の子でした。

 あぁ、あの子には見覚えがありますね。


「……何よ、今の?レン、知り合い?」


「うん、たまに屋台で仕事してたら買っていってくれたお客さんで」


「ふぅん、そう」


「……?どうしたんだろう?」


 ふむ、レンくんがモテモテだったという事実が発覚したわけですが。

 この辺りの話、レンくんにはまだ早かったみたいですね。

 不思議そうに首を傾げています……不憫な子ですね。

 特に私から声を掛けることなどはいたしませんが……

 ランちゃんはレンくんの恋人であるとかそういうことではないのですが……恋は盲目といったところですかね?


「はぁ、まぁ気にしても仕方ないわね。さっさとギルドに行きましょ。冒険者登録、済ませてこなきゃ」


「あ……うん、そう、だね」


「……何よ?」


「ん~、いや実は、その」


 ギルドの建物が見えてきました。

 それにつれてレンくんの足取りが重くなっていきました。

 そして、ギルドの前まで来てとうとう……その足を止めてしまう。


「……何よ?さっさと行くわよ」


「あ、はは、それは、分かってるんだけど、さ。はは、は」


「……笑ってんじゃないわよ、何なのか説明しなさい」


「うん、その、実は」


 冒険者ギルド……その大きな建物を見上げて。

 その威容に慄いたかのようにレンくんが唾を呑み込む。

 この姿に、私はだいたいを察してしまいました。

 ああ、これは……


「緊張、しちゃって」


「はぁ?今更何言ってんのよ?馬鹿じゃないの?」


「あ?おい、お前らそんなところで立ち止まるんじゃねぇぞ。邪魔だ」


「あぁ、はい、ごめんなさい」


 扉から出てきた冒険者さんと鉢合わせして、レンくんとランちゃんが端に避けていく。

 それを少し怪訝そうな目で見つめて、冒険者さんは去っていきました。

 依頼、でしょうね。

 何やら紙を持っていましたし。


「……はぁ、またしょうもないことでも考えてるわけ?」


「いや、またって……しょうもなくないし、しょうもなかったことは一回もないし」


「そういうのいいのよ、何だって聞いてんのよ」


「あ……うん、だって、さ。いよいよかと思うと、さ」


「思うと、何なのよ?」


「ドキドキしちゃって」


「……はぁ?」


 ランちゃんが呆れ顔でした。

 ランちゃんはレンくんと違って、こういった思い悩むような感覚とは無縁な子でしたからね。

 その点レンくんは、思い悩むような子でした。

 昔っからあがり症で、緊張をよくして……お祭りに連れ出す前日もドキドキして眠れないと私に言ってきましたっけね?

 きっとこれから、冒険者として登録して……それから起こることが頭の中を駆け巡って動けないのでしょう。

 未来に心を躍らせて。


「だって、冒険者だよ?ずっとやってみたいな、どんななんだろって思ってた冒険者。そう思うと、さ……ワクワク、してこない?」


「………………まぁ、それは、そうね。否定しないわ」


 ランちゃんが気恥ずかしそうにサッと目を逸らしていました。

 ふふ、大変可愛らしいですね。

 教え子のこのような姿を見れるのは見守り中の特権ですかね?

 眼福、眼福……可愛い教え子たちの普段の姿を見続けていられるだなんてなんと幸福なのでしょうね?


「……」


「……レン」


「……何、ラン?」


「…………冒険者、ね。確かに夢だったわ。なりたいと思ってた」


「うん、そうだね……」


「でも、これは夢じゃないのよ」


「……」


「だから……ん」


「……っ!?な、何!?」


 バシンと平手打ちがレンくんの背を襲いました。

 ランちゃんからです。

 それにレンくんが目を白黒とさせていますが……これは暴力ではないのは私には分かっています。

 激励、なのですよね?

 自分とレンくんに対する。


「いつまでも立ち止まってても仕方ないわっ!さっさと行くわよ!心を決めなさいっ!」


「……はは、そのためだけに、叩いたの?」


「ええ、気合が入るかと思ってね。どう?」


「痛かった」


「そうね、思い切り叩いたもの」


「凄い音もしたしね……でも」


 レンくんが深呼吸。

 大きく息を吸って、ゆっくりと吐いて……上げた顔にはもう迷いはありませんでした。


「うん!よし、行こう!」


「ええ、さっさと行くわよ。時間もお金も惜しいんだからね」


「あはは、そうだね。お金稼がないと!」


 レンくんがその扉に手を掛けて、ギルドの入り口を開けていく。

 そこには、レンくんとランちゃんが今まで何度も想像したであろう光景が広がっていました。


「わぁ……広い」


「人が多いわね。全部冒険者かしら?」


「うん、そうなんじゃない?」


 キィと音を立てて扉が閉まっていく。

 視線がレンくんとランちゃんに集中していました。

 まぁ、よくある光景ですね。

 二人のことを測るような……それでいて私は注目されないので少しばかり奇妙な気分にもなるのですけどね。

 そういう魔法を使っているとはいえ……何だか蚊帳の外に置かれているような疎外感といいましょうか?

 滑り込むように後ろから入ってきたコウガ君も特に気にされることはなかったので、この辺りはちょっと薄れた感じがしましたけどね。

 私以外にも影が薄い人が居るとホッとしますね。


「へぇ……ふぅん、こんなふうになってるんだ」


「あんまキョロキョロすんじゃないわよ。さっさと目的を済ますわよ」


「あ、うん、そうだね」


 物珍しそうに周囲を見渡しながら受付まで進んでいく。

 完全におのぼりさんであることが分かる姿ですね。

 その姿に、一人の人物が受付前で立ちはだかってきました。


「あぁ?おいおいおいおいおい、何で子供がこんなとこに居るんだぁ?ここは子供の遊び場じゃねえぞぉっ!?」


「……レン、またあんたの知り合い?」


「え?いや、この人は……見覚えないけど……誰?」


「俺はこの街の上級冒険者!豪腕のダルーカだっ!」


「あ、そうなんだ。こんにちは、ダルーカさん」


「…………ふぅん、豪腕、ね」


 どうでも良さそうにランちゃんが顔を背けてました。

 面倒だから関わりたくないモードになってしまいましたね。

 いやはや、こうなるとレンくんがいつもは応対することになるのですけど……さて


「それで、ダルーカさんは、僕たちにどんな?」


「どんなもこんなもあるかっ!子供は家へ帰れっ!ここはなぁ、覚悟も準備もしてねぇ奴らが生半可な気持ちで来ていいところじゃねぇんだよっ!」


「あ、うん、それは、そうで……あ、そうだね。で、いいんだっけ?この場合?」


「チッ、気やすい口きいてんじゃねぇぞ!礼儀はどうした!?」


「……はぁ、やかましい奴ね」


「ああん!?」


 ぼそりと呟いたランちゃんの言葉にダルーカさんがぎらぎらとした視線を向けてきました。

 当のランちゃんはどこ吹く風といった感じですが……

 レンくんが少し困ったようにランちゃんに耳打ちをする。


「ねぇ、ラン?確か、冒険者相手には下に見られるから敬語はあまり使わない方がいいんだったよね?」


「そうね、同業者になった場合はそれでよかったはずよ。先生も言ってたもの」


「だよね」


「おいこらぁっ!何をこそこそと話してやがんだぁっ!」


 ふむ、確かにそのように教えましたね。

 冒険者間では敬語などは滅多に使わないのです。

 自由と力を標榜をしているのもありますが……そういったしがらみとは無縁であるようにという意味が冒険者であるという意味にも込められていますからね。

 ただまぁ、それも実は状況によりけりでもあるのですが。


「はぁ、うっさいわね……準備ならしてきたわよ。それに覚悟?あるに決まってるじゃない?他には?無いのならそれでいいでしょ?さっさと退きなさいよ」


「ちょ、ちょっとラン、流石に失礼だよ」


「失礼も何もないわよ、向こうが失礼なんだから。で?どうなのよ?」


「はぁっ!?準備も覚悟もしてきただぁっ!?そんなの当てになるかよ!こちとらなぁ、十年冒険者やってきてんだ。そう言って半端な気持ちと足りない準備で入ってきてあっさりと死ぬ新人をどれだけ見たか!」


「あっそ」


「ちょ、ちょっと、ラン」


 レンくんが必死に止めていますが、ランちゃんもブレませんね。

 だから何なのよと言いたげに顔をそむけてしまいました。

 あとはレンくんが対応をするのみ……なんですけどね。

 この人……ただの言いがかりで来たわけではなさそうですね。

 ふむ、あっさりと死ぬ新人をどれだけ見たことか、ですか。

 中々、人情味に溢れた方のようで。


「チッ、聞きやがれっ!いいか!?冒険者ってのは考えるほど楽じゃねぇんだっ!自由さ、金だって手に入るさ!けど、それは本当に強い一握りの奴らだけだっ!こちとら悪意でこう言ってんじゃねぇ!真っ当な仕事しろ!死ぬ危険がないのが一番だぞっ!」


「あ、うん……えと、ありがとう、ございます?」


「……馬鹿、なにお礼を言ってんのよ」


「え、いや、だって……この人、すっごくいい人じゃ」


「いい人がいいがかり付けてこないでしょうが。で、それなら何をしたらいいのよ?」


「簡単だっ!俺に一撃……入れてみろおっ!」


 背中の大剣が解き放たれる。

 その巨体に相応しい長大な刃に肉厚の刀身……それを扱うに足る力を備えていることを彼自身の身体が証明している。

 まるで暴風のような、巨大な一撃でした。

 レンくんの身体を覆いつくすほどの塊がレンくんの身体目掛けて迫る。

 しかし、そこからはとても速いものでした。


「あ、うん」


 上体を逸らすようにその一撃を寸でのところで回避。

 回転の向きをそのままに腰に下げられた小刀を抜き放ち、それが吸い込まれるようにダルーカさんの首元へ……

 あぁ、これはいけませんね。


「っ、あれ?」


「何してんのよ、レン?」


「うおわっ!」


 どうでもよさげに言ったランちゃんに足払いを掛けられ、そのまま床に倒れ伏す。

 そこを上から叩きつけられて、床をぶち抜いて頭まで床下にめり込んで……

 ふむ、レンくんは止まりましたけどランちゃんはやってしまいましたか。


「あんたね……気軽に刃物を抜くんじゃないわよ。一歩間違ったらどうなってたのよ?」


「あ、ごめん。つい身体が動いちゃって。それにこれくらいは何とかしてくれるかなぁって」


「……ったく、昔からよね。いつもは阿保ほど悩むくせにこういう時は身体が動くんだから」


「…………?」


 小刀を引き戻す動きを感じたので、そのまま手を離してレンくんが違和感を感じないように退散する。

 不思議そうな顔でしたね。

 レンくんとしても止めるつもりはなかったでしょうから……こういう咄嗟の時、レンくんは身体に染み付いた動きがそのまま出てしまうのですよね。

 だから、私が止めに入ったわけですが……

 レンくんが人殺しにならなくて本当によかったです。


「う、うぅ、ぐぐ」


「どう?これで満足?」


「あ、あぁ、問題ねぇ……そうか、お前らは強かったんだな」


「だから、最初にそう言ったじゃない」


「はは、そりゃそうだ」


 ダルーカさんが床から頭を引き抜いてゆっくりと立ち上がる。

 突き刺さったままの剣も回収をして……先ほどとは打って変わった穏やかな表情を見せていました。


「すまねぇな。最近は、本当に無駄死にする新人が多かったものでな」


「そう」


「まぁ、そういうわけだ……悪いな、試すようなことしちまって……お前らは強かったよ。きっとこの先も大丈夫だ」


「あ、うん!ダルーカさんも強かったよ」


「ははは、お世辞をいうんじゃねぇやい!」


 それじゃあな、と軽く手を上げて人並みに紛れていく。

 丸く収まった良い光景……に見えなくもないのですが、ね。

 ことはそれだけに収まりそうもありませんでした。

 ドンッと、前を見ていなかったダルーカさんの巨体が更なる巨体を持つ男の胸板に当たる。

 そこにはさっきから受付のあたりでイライラしながら見ていた方が居ました。


「げ、げぇ……バルザスの旦那」


「ギルドマスターと呼べと言ってるだろうが、ダルーカよぉっ」


「あ、はは、あ!いっけねぇ!酒場のツケを払いに行かねぇと!じゃあな、旦那っ!」


「ほお~、そりゃちょうどいい。なら酒場には話を通しといてやるからこっちのツケも払いな」


 つるりとしたその頭がガシリと掴まれる。

 その表情は怒り心頭といった様子でした。


「お前なぁ……これで何回目だってんだ?ギルドの床をぶち抜きやがって!ギルドでの冒険者登録に制限なんて何もなし!子供でも絡むなって言ってるだろうが!」


「う、うるせぇ!それで命を散らすよかよっぽどいいだろうが!」


「散らすか散らさないかもそいつらの努力次第、冒険者はそこから自由な存在なんだ。まぁ、お前には一つこの後、仕事を強制させてもらうがな。お前が剣を叩きこんで割った床と、大穴が空いた部分を塞いでもらうからな」


「えぇっ、何で俺が!剣で叩き割ったのはまだしも、大穴はあのお嬢ちゃんのせいじゃ」


「そうなる原因を作ったのはお前だろ!つべこべ言わずにやれ!」


「ち、ちっくしょおおお」


 ふむ、これまで静観を決め込んでいたのは……二人を試していたからでしょうかね?

 あれで帰るのならばそれもよしと思っていたのでしょう。

 冒険者は自由……その論理に従うのであればダルーカさんのあの行為も責められるものではありませんからね。

 中々に面倒な世界なのですよ、大人の駆け引きは。

 

「……行っちゃったけど、受付はどうするのよ?」


「えと、とりあえず、待つ?」


「それしか、なさそうね」


 誰も居なくなった受付……受付をしていたのは先ほどのギルドマスターさんでしたからね。

 今は無人です。

 代わりの人が来るまではここで待つしかないでしょう。

 二人を見る視線もいつの間にか収まっていました。

 それどころかダルーカさんを叩きのめした二人を認めるような空気まであります。

 ダルーカさん、一撃でやられてしまいましたけど実力は確かでしたからね。

 認めざるを得ないのでしょうね。

 それからしばらく、レンくんたちの後ろに並ぶものはなく、それどこらか時間が惜しそうに去っていく。

 冒険者ってせっかちな人が多いですからね。

 待つ時間が無駄に感じられて嫌なのでしょう。

 戦いに際しては、そういった行為も容認できる柔軟さを兼ね備えていると私は思いますが……

 置くから足音が聞こえてくる。

 この間、数分。

 やってきたのは先ほどのバルザスさんと違って金髪碧眼でスタイルの良い一目でエルフであると分かる特徴的な耳をした……おや?


「お待たせしました。今から受付を再開します。ギルド職員を務めさせて頂いているラフィリ……え?」


 目が合いました。

 その顔はとても驚いている様子で……私もとりあえず手を握ったり開いたりして挨拶をしておく。

 

「ラフィリ……さん?」


「馬鹿。名札を見なさいよ、ラフィリエルって書いてある」


「あ、本当だ」


 状況が理解できていないであろうレンくんとランちゃんの前であるにも関わらず固まってしまうラフィリエル……ラフィちゃん。

 ええ、私の教え子です。

 そうですか、私の元を卒業して見守るのもやめた後はこうしてギルドに就職したのですね。

 そういえばよくよく反応を追って見ると、確かに卒業の証の反応がここにあることが分かります。

 久しぶりですねぇ、ラフィちゃん。



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