第32話 交渉、その後
さて、その後の話になるんですけどね。
案の定、交渉は難航しました。
「ったく、ふざけやがって……お前の死んだ親父ってのはどんな教育を施したんだ?いっぺん見てみ」
「親御さんは今は関係ないでしょう?やめていただけますか?」
脈絡のない暴言を止め。
「どうしてそんなことが言えるんだ?普通の神経してたら出来ないだろうが、あんまり俺らを甘く見てっと痛い目じゃ済まさ」
「脅迫するのもやめていただけますか?」
暴力的な手段に訴えようとするのを諫めて。
「あ~ぁ、ったく、金なんか貸さなきゃよかったよなぁ……大体よぉ、こんな無駄な話のために貴重な時間を使わせやがって……ふざけるなよぉ?慰謝料を寄越せっ!慰謝料を!」
「申し訳ないのですが、その無駄な話をするために私たちは訪問をしたのです。その言いようはあんまりではありませんか?貸したお金に関するお話は十分にあなたたちのお仕事だと思うのですが」
やはり、最初にも思った通り相手に言葉と仕草で圧力をかけて交渉を有利に運ぶタイプの模様。
このボスさんはこれ以外の様々な言いがかりをコウガ君につけては、私が止めに入り……結構な時間を使って話し合いをしているはずなのですけどまるで話が進みませんでした。
これも技術なのでしょうね。
今までのあれやこれやも全部相手から有利な条件を勝ち取るための織り込み済みの話術なのでしょう。
私にはとても真似できそうにありません。
私の介入が多いので途中からはそこそこ普通な話し合いが続いてはいるのですが、ふむ。
「……はぁ、とにかく、だ。小僧、金は返せ。返済期限の引き延ばしは認めねぇ。出来なきゃ奴隷だ。それでいいだろう?」
「いやだっ!お断りだって言ってるだろ!」
「チッ、はぁ……こっちもいい加減面倒くさいんだがな。大体な、さっきからお前よぉ……隣の先生に頼りっぱなしでみっともなくないのか?俺だったら恥ずかしくって死んじま」
「あぁ、そういう話に関係ないことを言うのはやめてくださいね」
「チッ、またか! あんたって奴は……」
「はい、何度でも言いますよ」
このために来たのですからね。
まぁ、こんな役割ない方が本当は良かったのですが。
山賊団との話し合いですからこうもなるでしょう。
いい加減ボスさんは我慢の限界のようですね。
足が床を叩く音が室内に木霊する。
さっきからずっとです。
それも時間を追うごとに強くなって、早くなって。
恐らくこれもコウガ君を追い込む技術の一つなのでしょうね。
まぁ、それ以外にも多分に彼自身の感情が乗っているようにも見受けられますが。
人を追い詰めて交渉をする、おおまかにはそれが彼のやり方だというのは理解出来ました。
それを幾度も止められれば苛立つのも無理はないことでしょうね。
「……あんた、一体なんなんだ?」
「私ですか?山奥で色々なことを教えているしがない教師ですよ。今日のところはコウガ君のただの付き添いですね」
「……何がしたいんだ?」
「そうですね、この場に限って言えば公平性を保ちたいだけといったところでしょうか?」
これはコウガ君の問題ですからね。
彼自身が解決しなければならないし、私自身も彼にとっては何者でもありません。
さっき知り合ったばかりの他人です。
だから、そんあ私が出しゃばって借金について解決をするというのは彼のためにはならない。
けれど、ね。その過程で理不尽な目に遭うというのはやはり教師として見過ごしたくはないのです。
私がやっているのはただそれだけのことなのです。
「ふぅん、公平性、ねぇ」
私の気持ちのこもった言葉をただつまらなそうにボスさんが呟く。
それから、パチリと指を弾いた。
それに伴いバハラスさんが腕を回しながら得意そうに前へと出てくる。
「邪魔だから消えて貰おうか」
「へいボス」
どうやら限界を越えてしまったようですね。
まったく……穏やかではありませんね。
一目で鍛え上げられていることが分かる、太い二の腕に筋骨隆々の肉体……どうやら彼は荒事のための要因で間違いなかったみたいですね。
「ボスの命令だ。悪く思うんじゃねぇぞ、先生さん……よっ!」
「ふむ、それがあなたの仕事なのでしょう?大変ですね、あなたも」
「っ、この!俺の拳を、こうも容易く!?」
振り下ろされた拳が空を切る。
拳撃はとても速いものでした。
普通の人間であれば視認したときには殴られているような、鍛え上げられた……練り上げられた拳です。
弛まぬ鍛錬によって磨き上げられたことがそれだけで分かる、錬鉄の拳。
成程……山賊をやっている方のようですが、努力家のようですね。
繰り出される拳を避けながら分析をする。
その拳は純粋に身体能力のみで放たれているものであることは相対している私にはすぐに分かることでした。
彼の身体を見ればすぐに分かります
その身に付けている数々の魔道具の姿を。
それらは身体強化、身体の動きを補助するのが目的のもので……全てを全開で使用すればもっと強力な一撃を放つことが可能となることでしょう。
しかし、それを使うことを良しとしていない。
己の身体のみで戦うことに今、こだわっている。
その姿が私としては敵ながらあっぱれと言える姿でもありました
しかし、それはそれとして、ですよ。
「ボスさん?気に入らないから暴力で排除、というのはどうかと思うのですけどね」
「チッ、うるせぇ。排除できれば何だって一緒なんだよ……おい!バハラス!さっさとそんな奴叩き出しちまえっ」
「ぬおおおおおおっ!」
拳の連打。
身体の軸をずらして避けていき、おまけとばかりに流れた身体に手を触れてバハラスさんの体勢を崩して距離を取る。
強い、と何もしていない一般人の目線でならそう言えるでしょうね。
鍛錬もしているし、鍛え上げられてもいる。
ですが、私から見れば彼のその姿は……致命的なまでに実戦経験が足りていませんでした。
「っ、この、このぉっ!」
「自分の腕に絶対の自信を持っているから乱暴な言葉遣いをしてしまう……そんなところですかね。あなた、師匠は?」
「俺を、測ろうとするなぁああああああっ!」
空気を切り裂き、唸りを上げる右拳。
しかし、その暴力的なまでの一撃も私にはあたらない。
コウガ君が「おわぁ……すご、どうなってんだ?」なんて感心したような顔で見てますが……何を他人事のように見ているのですか? コウガ君、あなたはまだ交渉中なのですよ。
困ったものです。
ただこの光景に理解が及ばない方はもう一人居ました。
けしかけたボスさんです。
「どうなってやがる?バハラスの拳を躱すだと?」
今まで避けられたことがないのでしょうね。
そのことはバハラスさんの反応からも分かってはいました。
確かに、バハラスさんの腕前は素晴らしいのです。
ですが、それは山賊としては、と注釈がつきます。
山賊であるからこそ、彼は私に拳を当てられずにいるのです。
さて、ここで問題です。
山賊である彼が普段その拳を振るうような状況というのはどういうものでしょうか?
それは、指を弾いて合図を送っていたボスさんを見ていれば自ずと分かります。
要するに気に入らない相手を排除するためのもの。
排除が可能だと判断できる、自分より弱いものが相手ということです。
それで腕が上がることはないのです。
実戦経験が少ないというのはそういうこと。
彼は戦いの場で振るう拳の数が少なすぎる。
鍛錬のみでこれほどまでに練り上げたのだとすればそれは驚嘆すべきものではありますが、それだけです。
こと戦いにおいて相手が何もしないなどというのはあり得ないのです。
当然、攻撃を避けもするし防ぎもする、それに対応しようとするでしょう。
それに対しての試行錯誤が実力を一段階上に持っていくのです。
その意味で言えば、これは非常に勿体ないと言わざるを得ない光景ではありました。
「このやろ、このやろっ、このやろぉおおおおおおおおっ!なんでだっ、何で当たらねぇええええええっ!」
「大丈夫ですか?あまり精神を乱して激しく動くと息切れが早くなりますよ?」
「っ、うるせえええええええっ」
裂帛の気合のもとに放たれる渾身の一撃。
それを真っ向から右手で受け止め、ボスさんの方を見る。
「うぉ、馬鹿なっ、この細腕に何でこんな力がっ!」
「ふむ、これは部下に対してあんまりなのではないですか? これも一つのやり方であると、まぁ理解くらいはしますけれど、ね……これではやらされるバハラスさんも可哀想ですよ?」
「くっ、どうなってやがるっ? バハラスが手も足も出ない奴が、居る? ……おい、バハラス!早くそいつをやっちまえっ! この際、全てを壊しちまっても構やしねぇ。やっちまいなっ!」
「っ、くっそがあ……俺はもう知らんぞおおおおっ!」
全身に帯びた魔道具が光を帯び始める。
その輝きは彼の身体を照らし、魔力の光が全身を包み込む。
まるで励起するかのような輝きでした。
壊れる寸前であるかのように強烈な光を明滅させて力を放つ、魔道具。
ふむ、すごい力ですね。
掴んでいた手が振り払われてしまいました。
振り払われた右手を軽く振り、目の前のバハラスさんを見る。
一目で分かる魔力の奔流。
魔道具の限界を越えて力を使わせているのでしょう。
耐えきれずに壊れる魔道具の破砕音が幾つも聞こえてきました。
その輝きは幾重にも全身を取り囲み、それだけに飽き足らず周囲に火花をまき散らしている。
これは、正面から受けたらとんでもないことになるでしょうね。
それだけの力です。
しかし、それとは裏腹にバハラスさんの顔は嫌そうに顰められていました。
出来れば身一つでどうにかしたかったのでしょうね。
自分の力に自信を持っているタイプのようですから。
その姿に、そっと息を吐く。
ボスさんも、酷いことをなさいますね。
「コウガ君。話を続けなさい。今ならば多少は優位に立てるというものです」
「え、そ、んなこと言っても……レイフォルトさんは、大丈夫なのかよ」
参りましたね。
今ならばあからさまに実力行使をしている最中なのですから、話を優位に進めるのにはうってつけの機会なのですが。
要するに悪いことをしている最中なわけですからね。少しは気後れしてこちらの要求を聞いてくれるというものでしょう。
なのですが、コウガ君はそのような気はない様子。
呆然と目の前の光景を見やっている。
いささか光が強すぎますかね。
いやでも目を引くのでしょう。
「お、おおおおおおおお、ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ……くらいやがれええええええええっ!」
全身にゆらめく光が、右腕に収束していく。
直後、暴力的なまでの光の奔流。
拳と共に放たれたそれが視界を埋め尽くす。
強力な一撃。
ええ、それは間違いないでしょう。
正面から受ければただでは済まない、それも間違いではないですね。
ただ、それは何もせずに受けた場合の話です。
「なっ、ば、ばか、な」
「現実逃避はよくありませんよ。バハラスさん、次からはこの経験を活かしてくださいね」
受け止めた拳から力が抜けて、バハラスさんが前のめりに倒れていく。
どうやら、限界を越えた一撃のようでしたね。
魔道具は砕け散り、力なく横たわる姿に軽く魔法で癒しを掛けておく。
これで死んでしまう心配はないでしょう。
「な、なに? あの一撃が、どうして?受け止め、られるだと?」
信じられない様子で呟くボスさんが呆然と私を見つめている。
わけですけどね。
どうやらボスさんもあまり戦う人ではない様ですね。
身体強化。
向こうがやるなら、私もやらない道理はないでしょうに。
それも今の攻撃はほぼ魔法攻撃に等しかった。
となれば防壁を張るのも当然というもの。
一撃必殺のつもりだったのでしょうけど、ね。
私からすればバハラスさんが可哀想でなりませんでした。
あれくらい、実戦に慣れた冒険者くらいであれば対応策の何個かは思い付きますからね。




