第30話 内部へ
意気消沈とした様子のコウガ君が先導に従って歩いているのが私の位置から見えます。
その足取りはとても遅く、いやいやというのが一目で見て取れるような状況です。
そんなに行きたくありませんか?
流石に少しばかり苦笑をしてしまいます。
中にまで入ったのだから覚悟を決めればよいのに、と。
私は基本的に手出しする気はありませんからね。
さて、先導に従って歩いているわけなのですが、ね。
前に居るのは一人だけです。
筋骨隆々のバハラスさんが前で歩き、気配で分かるのでしょうね……時折「おい、早く来い」とコウガ君に声を掛けています。
私はコウガ君の速度に合わせて後ろを付いていますからね、それは遅くもなります。
そしてもう一人、なのですが彼は中へ入ると同時に自然と最後尾に付き私たちを監視できる位置を確保して付いて来ていました。
「いやぁ、すいやせんねぇ、先生さん。兄貴ってば短気なもんでしてね。まぁ山賊の性分でもありますから許してくださいや」
「ええ、大丈夫です。私は気にしませんから、山賊というのも大変でしょうからね」
「ほ~、先生さんは一般の方にしちゃあっしらに対する偏見とか無いんですなぁ、山賊に何か思うところはないので?」
「ええ、特に。それはまぁ悪事の現場に遭遇すればそれに準じた対応をしますけれど、ね。今はそういうわけでもありませんからね。それなりの対応になりますよ」
「ほほぉ、そりゃまた殊勝な心掛けで」
中々手慣れた方ですね。
恐らく後ろから監視できる位置を確保すると共に、会話により情報収集を行うつもりなのでしょうね。
それとない調子での会話が先程から続いています。
それと同時に、親しげに話しかけることによりこちらの警戒心を解かせて付け入る隙を生もうとしている……そんなところでしょうね。
普通ならやらないであろうことに少し感心しながらも私も周囲の様子を探っていました。
ここ、魔道具がやたらと見当たるのですよね。
天井にある灯りは言わずもがな、それ以外にもまるで使わないものを放置するかのようにそこいらに放置されているものが幾つもあるのです。
「……ふむ」
「どうしましたかい?先生さん」
「いえね、先ほどから妙な物がちらほらと見えるものですからね。あれは何なのでしょう?」
「あれかい?ありゃあ魔道具ですな、ボスに伝手があるみたいで度々どっかから持ってくるんでさぁ。まぁ、あっしらとしたら邪魔なだけなんですがね。使い方もよく分かりやせんし」
「ほう、そうですか」
ふむ、どうやらこの方、情報を得るのは得意なようですが私から情報を取られているということには気づいていないようですね。
なにげない会話なので強制的に打ち切ればそれまでの親しげな雰囲気が崩れるのもあるので、やりたくなかったというのもあるでしょうが。
重要な情報を幾つもくれました。
魔道具、というのは高価な物です。
一般家庭ではおいそれと手が出る値段ではないほどですし、富豪でも特に必要のないものを買うのは躊躇うものでしょう。
基本的に魔道具で出来ることは人の手で出来ないものではありませんからね。
そりゃ道具ですから魔道具の方が遥かに短い時間で済みますし、手間もかからないのですけど。そのために大金を払うか、というと自分でできるので別にいいというのが世間の風潮です。
まず日常的に使うとなると貴族くらいなものでしょう。
金を払って手間を惜しめるのなら自分の手を使うことを忌避するような貴族の方々にとってはこれほどよいものはありませんからね。
それが山賊団のアジトにこれほどまでにある。
それは奇異なことでもあり、明らかな異常でもあったのです。
山賊団はこんなものを必要とはしませんからね。
攻撃用の魔道具ともなればまた違っては来るのですが……そういうものは日常生活で使うものに比べてもずば抜けて高くなりますし、殺傷力が高すぎますからね。無用の長物と化すわけです。
ここのボスさんには魔道具を安定して手に入れられるような伝手があるようですが……これは、そっちの方に関しても考えておいた方がいいかもしれませんね。
何か危険な魔道具を所有しているかもしれません。
「おい、何をくっちゃべってんだっ!黙って付いてこいやっ」
「お~、こわっ。バハラスの兄貴。あんまり脅しとくとよくありやせんぜ。怖がっちまうじゃねえですかい」
「けっ、知るかっ」
ずんずんと進んでいくバハラスさんに前を行くコウガ君がビクリと肩を揺らす。
ふむ、私の考えですとこれは茶番なのですが……コウガ君は怖がり過ぎてその辺りも分からないのでしょうね。
ただ歩いているのに顔が真っ赤ですし、なんだか過呼吸気味ですし。
「……大丈夫ですか?コウガ君」
「う、あ、う、うぅ、あの、レイフォルト、さん? 俺、もう引き返したいん、だけど」
「駄目です」
「いや、だって、そのちょっとオシ○コしたくもなっちゃったし、なんだかお腹痛い気もするし、吐き気がするような気がするし、頭痛も」
「気のせいですよ」
「はははっ、坊ちゃんはひどい緊張具合ですなぁ。そんな心配せんでもいいですぜ?ボスに新しい契約を結びたいっていやぁすぐ話なんか終わりですぜ、すぐ」
「え、それ、本当か?」
後ろから聞こえた声に顔を輝かせるコウガ君に、困った顔をしてしまいます。
何を喜んでいるのですか、コウガ君は。
「いけませんよ、新しい契約など結んでは」
「へ?そりゃ、何で」
「何でもです」
今は山賊の方が前と後ろに居るのでこれ以上詳しく言うのも危険ですが、言わないのはもっと危険でしょう。
コウガ君の耳元にすっと口を寄せて「これ以上に借金を背負いたいのですか」と。
聞いてすぐコウガ君の顔が真っ青になりましたが、これくらい少し考えれば分かるでしょうに。
このあたり、私の元で勉強をすることになったら少し教育しなければなりませんね。
仮の教え子ですのでそこまで深入りするつもりはなかったのですけど、ね。
このまま放置するのも危険でしょう。
頭の中で教育計画をおおまかに練っていく。
その間にも先導のバハラスさんは歩いており、アジトの奥へ奥へと案内されていました。
そして、大きな扉の前で立ち止まる。
その扉は、これまで自然のままの形を利用した洞窟そのものであった風景と違って、明らかに人の手によってつくられた人工物であり、異質な存在感を放つものでもありました。
扉がバハラスさんによって乱暴に叩かれる。
と同時に中から声がしました。
「入るぜ、ボス」
『おう、構わん。入りな』
扉がバハラスさんによって開かれ、入るように促される。
その先の空間はこれまでと違い、完全に人工物であることが分かる執務室のような光景が広がっていました。
大きく豪奢な机に、書類などがびっしりと詰まった本棚、ソファーやカーペット、お茶を飲むに使われるようなテーブルまでありここが応接室の役目も持っているであろうことが伺える。
そして、大きく豪奢な机には書類に向き合う一人の男の姿。
あの方がボスさんですか。
入口の外に居る私たちの方をチラリと見てすぐさま書類へと視線を落とす。
山賊、というよりは大きな組織を統括するお偉方という表現がぴったりとハマるような姿でした。
扉の前で怖気づき入ろうとしないコウガ君の肩にポンと手を置いて、小さく頷く。
「さ、行きましょう。これが終わらなければ街には帰れませんからね」
「うぅ……レイフォルト、さん」
「そんな泣きそうな声を出すものではありませんよ。私も付いています、安心して行きましょう」
コウガ君と共に執務室の中へ。
後ろの方でここまで先導をしてきたバハラスさんともう一人の方が完全に扉を閉め切る音が聞こえました。
逃走を防止するため、でしょうかね。
開けっ放しというのもおかしいので閉めるのは自然ではありますが、この分かりやすい音にはこちらに圧力をかける意味合いもあるのでしょう。
私と同じことを思ったらしいコウガ君が、少し青い顔で呻いていました。
さて、ここから交渉開始ですね。
どうなることやら。
書類仕事に一段落を付けたボスさんが私たちに視線を向けました。
「で、お前らは何なんだ?」




