第29話 借金
あれからしばらく。
街を出て山中にある『山の涙』さんのアジトへと着きました。
鬱蒼と生い茂る草や木々によりカモフラージュされた入り口。
その前には二人の見張りの姿が見受けられます。
「ふむ……彼らが山の涙さんですか」
名前は既に知っていたのですがね。
まさかこのような縁があるとは思いませんでした。
山の涙、それはレンくんとランちゃんが捕まえた山賊団の頭でもあったタルムさんが言っていた名前でもあり、彼らの上位組織にもあたる山賊団なわけです。
末端の山賊団で関りなんてほとんどないに等しい、とタルムさんは言っていましたが、ね。
さて、どうしたものでしょうか。
「あ、の、レイフォルト、さん?本当に、行くわけ?」
「当然です。そのために来たのですから」
不安げな顔で躊躇いがちに聞いてきた彼に小さく頷き、返事をする。
道中で自己紹介は済ませました。
彼の名前はコウガ・キルシュヘイン、というそうです。
さて、名字持ちということは何やらきな臭い雰囲気がしないでもないですが……まぁ、そこはいいでしょう。
私には関係ありませんしね。
家名を持つ、ということは過去にそれだけの功績を立てて許された者、あるいはその血族であるということですからね。最も一般的な例としては貴族などがそれにあたるでしょう。
しかし、彼はどう見ても貴族ではない。
彼が身に付けている技術から察するにその手の流派か何かを収める一族であるとかその辺でしょう。
今のところそのあたりには興味がないのでそれはいいのです。
それよりも問題なのは……彼の、この姿勢でしょうか?
「……やっぱり、止めない?」
「やめませんよ。やめてどうするのですか?借金をしてることに変わりはないでしょうに」
「それは、そうだけどさ……」
行きたくない、というのが見るだけで分かる顔をしていました。
この期に及んで往生際が悪いのですよね、コウガ君。
自分の案内でここまで来たのですから、いい加減腹を括って欲しいものですが。
でもまぁ、気持ちは分からなくもないのですよ。
ここまで来てしまったから逆に怖気づいてしまったのでしょうね。
行くまでは良かったのです。
まだ嫌なことを行う前ですから。
しかし、ここから先に進めばやりたくないことが待ち受けているわけですからね。
とはいえ、引き返すわけにはいきませんし、引き返す気もありませんけど。
「では、行きましょうか」
「っ、う、い、いやぁ……その、ちょっと、心の準備を」
「駄目です」
「うぁ、い、いやだああああっ!」
見張りには聞こえないように、しかし、声を潜めながらも叫ぶという器用なことをやってのけて嫌がるコウガ君をずるずると引っ張っていく。
案ずるより産むが易し、ですよ。コウガ君。
こういうのはやってしまったら大したことないことなどよくあることなのです。
往生際悪く逃れようとするコウガ君を引っ張って、山の斜面を下り、見張さんたちの真ん前へ。
警戒される、というより、驚いたような様子でこちらを見ていました。
「お、おぉ?な、何だ?お前らは」
引き気味で聞いてくる。
ふむ、引っ張ってきたせいでしょうか?
少々驚かせる結果になってしまったようですね。
引きつった顔の山賊さんたちと相対する。
大柄で筋骨隆々の、これまた分かりやすいくらいに筋肉を誇示した格好をした方と細身で飄々とした一見は一般人に見える方。
ふむ……体格から察するに役割分担でしょうか?
「こちらは山の涙さんでよろしいですか?」
「ん、あ、ああ、そうだがよ……まさか、入団希望か?」
「いえ、この子の借金のことでお話が」
「え、ちょ、や、やめろおおおおおっ!」
見張りの方二人のことを考察しながら、コウガ君を前へ引っ張り出す。
そんな断末魔みたいな声出さなくても……
少々呆れてしまいますが、容赦はしません。
これは彼の問題ですからね。
「うお、何だそいつは……あんた、人さらいか何かで」
「嫌ですね。この子が嫌がってるだけですよ」
「ってもなぁ、その小僧の怯えようはよぅ……あん?この小僧、どこかで」
コウガ君の声が大きいせいで妙な勘違いをされかかってしまいましたが、話の途中で気付いたようですね。
何かを思い出すように目をすがめて。
コウガ君はバレたくないのか必死に顔を背けようとしてるのを私がグイッと元の位置に戻して、そして納得の声を上げたのは後ろに居た小柄な方でした。
「あぁっ、バハラスの兄貴!その小僧、あれじゃないすか?気が付いたらアジトに潜入してて、馬鹿みたいね契約を結んだあの!」
「ああっ、あいつかぁっ!」
完全に思い出したようですね。
納得の声が上がりましたよ。
往生際の悪いコウガ君もこれで流石に諦めがついたのか、うつむき気味で項垂れていますよ。
それは、別にいいのですが、ね。
私としては言われたことの方が気になったのですが。
「コウガ君……馬鹿みたいな契約を結んだのですか?」
「え……さぁ、分からないよ。金を借りたのってあれが初めてだったし」
「……ふむ」
これは、困りものですね。
はじめてで山賊に借りに行ったうえ、よく分からないまま契約を結んだ、と。
それは……騙されても仕方ない案件ではないでしょうか?
そっと息を吐く。
あれほどの技術を持ちながらどのような仕事をすればよいのか理解せずに盗みを働いていたのですから、予想は付いていたのですけど、ね。
どうもコウガ君、世渡りが下手なみたいですね。
「すみませんね、コウガ君がご迷惑をおかけしたようで」
「おうっ!まったくだぜっ、あれのせいで見張りをしてたはずなのに何してたんだってボスに怒られたんだぜっ、俺らはよぉっ!ったく、詫びを寄越せ、詫びをよぉっ!金の一つでも寄越して欲しいもんだなぁ」
「いえ、それはお断りですが」
「はぁっ!?」
気色ばむバハラスさんをまぁまぁと宥めて後ろの方が前へと出てくる。
どうやらこういう舌戦では彼が前に出てくることになっているのでしょうね。
慣れたような笑みを浮かべて出てくるのを見て、血気盛んな様子のバハラスさんが後ろへと下がりました。
「ははっ、詫びなんていいですわ。おかげであっしらは怒られやしたが金貸しとしての仕事は出来たんでねぇ」
「ふぅん、そうですか」
「ええ、しっかしまぁこうして付き添いでやってくるってことはあなた様はそこの坊ちゃんの御家族かなんかで?」
「いいえ、まったく無関係の他人です」
「ほほう、他人、ですかい。それはまた、不思議なことがあるもんで」
私の言葉に何やら絶望した様子でコウガ君がこっちを見てきました。
裏切られたような顔をしていますね。
何ですかいったい?
私は本当のことしか言ってませんよ?
まだ彼には教えてはいないので教え子でも何でもありません。
仮に教えることになっても、私は彼に持っている技術の向上などを施すくらいの気持ちですし。コウガ君の先生はお父さんのままです、私は仮の先生のようなものですからね。
嘘は言っていません。
こういう方便が人と会話をして情報を収集する折ではとても重要になるのですが、コウガ君も真に受けているようですね。
嘘は言わず、かといって相手に情報を渡さずに相手から情報を得る。
彼の適性を考えると似たようなことをすることになると思うのですけど、本当に大丈夫なのですかね?
「知り合ったのはたまたまです。しかし、聞いてみれば借金を背負って悲観的なことを言うではありませんか。どうにかするためにここへ来たわけです、コウガ君がね」
「ぇ?あの、レイフォルト、さん。俺が、っていったいどういう?」
「それでどうでしょう?通して頂けませんか?」
「いや、ちょっと、聞いてる?」
聞いていますが相手はしません。
私を見るコウガ君を無視して、山賊さんたちに視線を投げかける。
私の言葉を聞いて、小柄な方は何やら思案顔でしたが……バハラスさんの方は目に見えて嫌な顔をしました。
「えぇ?んなこといわれてもよぉ」
「ふむ、何かこの先に入れたくない理由でも」
「ああ、そりゃな……ってなんで俺がそんなことをお前に言わなきゃなんねぇんだよっ!」
「成程、教えてはいただけない、と」
まぁ、大体予想はつくのですけどね。
この前にコウガ君が潜入したことでボスにお叱りを受けたという話でしたからそういうことでしょう。
通してくれない、となると困りますね。
どうしましょうか?
ここは、強行突破しますか?
「兄貴、兄貴!」
「あぁ?んだよ」
「いえね、ちょっと」
と思ったのですけれど、ふむ、少々状況が変わりましたね。
バハラスさんを手招きしてヒソヒソと小さな声で言葉をかわす。
『ひとまず通しやしょうぜ。あの小僧、そうとうアホなんでまた金を巻き上げられますぜ、きっと』
『ってもよぉ、それで俺らに得はねえし』
『いやいや、金を巻き上げられたらボスから褒美があるかもしれやせんぜ』
「金が貰えるってわけか!」
最後だけは普通に聞こえてきました。
残念ながらその前も全て聞こえていたわけですけどね。
身体強化を極めればこれくらいは簡単に聞けるようになりますからね。
少し離れていた二人が戻ってくる。
まるで聞こえてなかったらしいコウガ君が不安な顔をしていますが。
「いいだろう、付いてきな。ボスのとこまで案内してやるぜ」
鉄製の扉を二人で開けて、バハラスさんの先導のもと歩き出す。
強行突破しなくて済みましたね。
少しばかり気楽な気分で私は付いてこうとしたのですが、コウガ君の足が止まってました。
顔面は蒼白。
口はパクパクと無意味に開け閉めさせられ、汗もひどい。
見るからに緊張してるのが分かる状態ですね。
これは……往生際が悪い、というより肝が小さいというのではないでしょうか?
一度入って行ったところでしょうに、どうして今更そこまで緊張するのか。
「行きますよ、コウガ君」
「う、あ、え?本当に、行くのか?」
「何度目ですか。そんなに行きたくありませんか?」
「い、行きたくない」
「そうですか。では私におんぶされて運ばれるのと抱っこされて運ばれるのとどちらが好みですか?」
「え、どっちも、嫌だけど……」
「では、自分で歩いてください」
肩をトンと軽く押して歩き出しを補助する。
すると観念したように、重い足取りですが徐々に動き始めて……そのままアジトの中へ。
うぅん、見ているとどうも不安になるのですけど本当に大丈夫ですかね?
これは彼自身の問題ですから、基本的に私は見守っているだけのつもりなのです。
ですが、このような姿を見ているととても心配になります。
借金の契約も、馬鹿みたいな契約を結んだ、らしいですからね。
私が付いて来てよかったかもしれませんね。
そっと息を吐きながら、歩いていく。
洞窟内は暗がり、ではなく灯りに満たされていました。
「……ふむ」
魔道具、ですね。
これほどの数の魔道具を山賊団が保有する?
少しばかり気を付けた方がよいかもしれませんね。
天然の洞窟を利用したほとんど人の手が入っていない形状であるにもかかわらず、天井付近には等間隔に灯りの魔道具が立ち並ぶ姿はとても奇妙な物に映りました。




